1970年、大阪で万国博覧会が開催された。
新聞記者だった叔父からもらった各国パビリオン紹介の本を事前に読みふけっていたため、当日の中継でパビリオンが映されると、アナウンサーよりも前に「あ、これはガス館」と答える事ができて得意になっていた。
多分会場に行けば、下手なガイドよりも詳しく会場内の説明ができたと思う。
だが我が家は貧乏でとても現地に行く余裕はなかった。
嘘吐きの父は他所に作った愛人に夢中なのかあまり家族に金を使わなかった上に、上の姉が音大に行っていたためほとんどそちらに金が注ぎ込まれた。
大阪に行くなんて夢の又夢だった。
でも夏休みの一斉登校日にクラスメートから聞いたある話が勇気を与えてくれた。
帰宅した父にこう言った。
「ねえ、大阪に引っ越そうよ」
「……どうせ万博目当てだろうが大阪市内なんて無理だ。そもそも父さんは地方公務員だ」
「大阪市内じゃないよ。天理市だよ」
「はあ、何言ってるんだ?」
「天理市に住めば安上がりなんだって。友達が行って、ただで泊めてもらって万博見たって言ったよ。それならお金かからないよ」
父は普段の嘘を吐くのとは違う諭すような口調で言った。
「天理市の人たちは朝早くから市内を掃除して、草むしりもして、街中にはチリ一つ落ちていないんだそうだ。お前に掃除できるのか?」
掃除と草むしり
それこそこの世で一番苦手なものだった。
「ううん、できない」
こうして大阪万博は夢のまま終わった。