老婆のいる撞球場

自分の地元、旧市街のいわゆる三業地区の辺りに、普通の民家にしか見えないけどビリヤード台が置いてあって、突かせてくれる撞球場があった。

細い道の途中にあるのだが看板など出ているはずもなく、門をくぐって、中庭を通って、引き戸を開けると四つ玉の台が二台置いてあり、壁には貸出用のキューがずらっとかかっていた。

壁の切れ目には「マッセ禁止」の張り紙が貼ってあり、その下で店番のおばあちゃんが椅子にちょこんと腰かけている。

時間だけを伝えて壁にかかった貸出キューを確認していると彼女が四つ玉の入ったケースを持ってきてくれてプレースタートだった。

 

高校生の頃から通っていて、おばあちゃんとはほとんど会話をした事がなかったが、一度だけこちらのあまりの下手さに見ていられなくなったのか、椅子から立ち上がってつかつかと台に近寄り、講義が始まった。

クッションを入れて手玉を当てるやり方だったのだが、その説明の言葉使いに驚いたのを覚えている。

「お兄さん、こういう時はマエカラでござんしょ。手前に当てて的玉、的玉」

「そんな強く打っちゃいけやせん。もっと優しく、押すんでさ」

「そっちのお兄さんは幾らか突いてまさあね。ちゃんと押せてるし、的玉がまとまってますよ」

 

どう考えても明治生まれ、下手すれば江戸時代の人も知ってるようなおばあちゃんで、昔の江戸言葉を聞いているようだった。

やっぱ城下町ってすごいな。