白馬車

高校でやっていたバンドは、途中からやりたい曲に合わせてメンバーが出入りするという極めて同好会的な形態を取る事になった。
自分は歌わせてもらっている身分だったので、「これがやりたい」という事は決して言わずに「ドゥービーやエアロスミスやるよ」と誰かが言い出すのをじっと待っていた。

 

そんな中、イエスの「Roundabout」がやりたいと言ってやってきた他クラスの奴、Iがいた。
Iは医者の息子で医大を目指していたため、それまであまり接点がなかったが、学校帰りに喫茶店に行く機会があった。

アイスコーヒーを飲みながら「早くジョン・アンダーソン歌ってくれよー」、「無理無理」と他愛ない話をしている内に、やがて男女交際の話へと発展した。

 

「なあ、皆、どこでイチャイチャしてる?」
「うちはかあちゃんいるから外だな」
「おれは彼女ん家」
「えー、度胸あるなあ。家族帰ってきたら気まずいじゃん」
「Aまでだって」
「何だキスかよ、それ以上はどうしてんだよ」
「それ以上って」
「Bだよ、ペッティング」
「えっ……聞いた所ではF組のSは文化祭の準備で徹夜した時に学校の裏手の沼に彼女呼びつけてBしたらしいけど」
「わっ、うらやましくねえな。Sの彼女ってあれだろ」

 

話がぐだぐだになりそうになった時に、Iがぼそりと言った。
「なあ、皆、東上線で池袋に着く寸前、西口に「同伴喫茶アンアン」って看板が見えるだろ?」
「ああ、もしかしてそこ行ってんの?」
「そんな所じゃない。新宿にある『白馬車』だ」
「そこも同伴喫茶なのか。『白十字』じゃないよな」
「『白馬車』だよ」

 

そこからはI先生の話を拝聴した。
・入店時に喫茶店とは思えない高い値段を払う
・席はベンチシート
・仕切りが高くて隣の席は見えない
・でも声が聞こえる事がある
・Bまでなら楽勝だ!へたすりゃCの寸前までいけるかも

 

なるほど、いつか「白馬車」に行ってやると思っていたが、車の免許取っちゃうと行く必要なくなるんだよなあ。

 

Frankie Valli & The Four Seasons | December 1963 (Oh, What a Night)