モスクワ帰りの伯母

父方の伯父は大手新聞社に勤めるジャーナリストで、一家でソ連に赴任していた事がある。

モスクワから数十キロ以内は届け出なしで移動できるのだが、そこから一歩でも出ようものならすぐにどこからか人がやってきて警告をされるようなお国柄だったらしい。

四六時中、監視されている生活というのはなかなか体験できない。

 

日本に帰国後は伯父の家で伯母が作ってくれたピロシキやボルシチを食べながら、家に置いてある文学全集を読み漁るのが好きだった。

理由は忘れたが、高校生になると伯母が髪の毛を切ってくれるようになった。

「ロッド・スチュアートみたいな髪型で」と伯母に言うと、「あら、それ誰。ソ連の人じゃないとわからないわ」といつも本気なのか冗談なのかわからない事を言った。

実際、伯母の口からロシア語やソ連の人の名前は一度も出た事がなかったので、自分がソ連の人の名前を出しても怪しかったと思う。