子供の頃は今よりも火事が多かった記憶がある。
建物が木造だったせいかもしれないが、近所だけでパン屋が2回、産婦人科の隣の家、実家の裏手のアパートが2回火事になった。
裏手のアパートの2回目の火事の時は、ばあちゃんの弟一家がそこに住んでいた。
一度だけ遊びに行ったが、階段も廊下も木で、歩くとギシギシ音がした。廊下にはお情け程度の裸電球がぶら下がっていて昼でも薄暗い、たまにドラマに出てくるようなぼろぼろのアパートだった。
冬の夜、夕食を終えてテレビを観ていると外が騒がしくなった。
近所のそろばん塾帰りの子たちが「〇〇荘が火事だぞ~」と大声で叫んでいる。
急いで家の外に出て裏手を見ると、通りを隔てて1ブロック先に建っているアパートなのに、真っ赤な炎の帯が夜空を覆い、火の粉が飛び、熱が伝わってくる。
これは大変だ
近所の家々を見ると何故かおじさんたちが屋根に上って、自分の家の屋根にバケツで水をかけている。
こんな火の手が強いのに、バケツの水で延焼を防げるのか?
消防車のサイレンがけたたましく鳴り渡り、消火活動が佳境に差し掛かった頃、それは起こった。
自宅の裏庭に人の気配があり、覗いて見るとばあちゃんの弟とその息子さんが裸足のまま立っていた。
着の身着のままで逃げ出してきたのだろう、奥さんと娘さんの姿は何故か見当たらなかった。
ばあちゃんが急いで二人の足を洗ってあげて家に上がってもらった。
どうやらアパートは全焼の勢いで、火の回りが速過ぎて何も家財道具を持ち出せなかったらしい。
奥さんと娘さんはまだ現場近くで途方に暮れていて、男性陣だけがここまで裸足のまま来たらしかった。
緊急家族会議が開かれ、ばあちゃんの弟一家4人をしばらく家に住まわせてはどうかという事になった。
ところがこれに父親が猛反対をし、ばあちゃんの弟は同じ市内に実家があるのだからそちらに行くべきだと主張して譲らなかった。
ばあちゃんは「せめて今夜だけでも」と粘ったが、父親はそれも拒否し、結局ばあちゃんが握ったおにぎりを携えたまま、ばあちゃんの弟と息子さんは借りた靴を履いてとぼとぼと鎮火しつつある現場に戻っていった。
父親は、ばあちゃんの弟が嫌いだったのだ。
二人を比較してみると
(父親) (ばあちゃんの弟) 公務員 職を転々 下戸 酒が大好きで酒の席での失敗を繰り返す 嘘つき 法螺吹き
一見正反対だが、最後の嘘つきと法螺吹きはどっちもどっちという事になる。
自分は子供の頃はばあちゃんの弟が大嫌いだったが、今になってみると究極のロマンチストだったんだなと思う。