ジウランの航海日誌 (14)

 
 こちらにやってきたのは一組の男女だった。
 女性は大きなつばの付いた帽子を目深にかぶり、男性も布を顔に巻いて眼しか見えていなかったが、どちらもまだ若そうだった。
 二人はぼくらの前で立ち止まり、女性が声をかけた。

「あなたたち、覇王と戦うために最近ここに着いた人たちよね?」
 突然の問いかけにぼくも美夜も黙っていると女性は続けた。
「覇王軍に気付かれてないとでも思ったの。それともあれだけの手練れたちが観光旅行?」
「あなた方は?」
「ああ、ごめんなさいね。名乗りもせずに。あたしの名はアイシャ、そしてこっちが――」
「おいら、デプイさ」
「えっ、マリスの……」
「あら、覇王の実の名前を知ってるなんてやっぱり只者じゃないわね――ねえ、話してくれない。あなたたちの動きがあまりにも妙なの。場合によっては歩み寄る可能性があるかもしれない」
 ぼくと美夜は目くばせし、美夜が経緯を話した。

 
「なるほどね。船団を率いて攻め入るのは避け、個の戦いに持ち込もうとしたけど、又方針が変わった訳ね。でも創造主を満足させるってどういう意味かしら?」
「その前にあなたとデプイ、マリスのパートナーのお二人が何故、ここにいるのか説明してもらえませんか?」
「あらあら、今頃そんな事、訊いてどうするの。手の内晒す前に確認しとかなきゃだめじゃない」
「アイシャ、あんまり若者をいじめるもんじゃないぜ」
「そうね、デプイ――今のは謝るわ。あたしたちがあなたたちに接触した目的、それはあなたたちと同じかもしれない」
「同じって?」

「もう、うんざりなの。延々と続く血みどろの戦いの果てに何があるっていうの」
「おいらもこんな景色を見るために『聖なる台地』を降りたんじゃない」
「あなたたちがきた。でも戦う訳でもなさそうだったから、軍には『絶対に手出しをするな』って申し伝えてあるの。そして一番正直にありのままを話してくれそうなあなたたちの下にやってきた」
「ではマリスを説得して下さる?」
「ううん、それは無理。あの人は言う事を聞かない、戦う機械。人を殺し、文明を滅ぼす事に何の罪悪感も持ってないわ」
「戦いは避けられない?」
「十中八九ね。あなたの連れたちも皆、戦う事でしか己を証明できなさそうだし」
「勝利するしかないんですね」
「難しいわ。マリスは鬼神よ。十回戦って一回勝てるかどうかじゃないかしら。もちろんあたしやデプイは手を出さないという条件付きで」
「……どうすればいいでしょう」

 
「まずは戦力を分析しておきましょう。こちらはマリス一人、あたしとデプイは手を出さないわ。彼の能力は知ってるわね?」
「爆破」
「そう。そちらは?」
 美夜はこちらのメンバーの特徴を話した。注意深く七武神の力は大分差し引いて伝えていた。
「――で、リーダーはデズモンド・ピアナ。ここにいるジウランのお祖父さんで、拳一つで銀河を渡り歩いてきた男です」
「ふーん、美夜、前言撤回するわ。十回戦えば、二、三回は勝機が巡ってくるかも。でもそんなリスクは取れないし、もっと期待値を高める完全情報がほしい」

「おい、ジウラン。おめえは何ができるんだ?」
 デプイの質問の返答に困っていると美夜が助け舟を出した。
「ジウランは戦闘員ではないの。どう言えばいいのかしら。死者と話ができるっていう――」

 
 美夜はぼくの経験した過去三回の死者との対話の話をし、アイシャは興味深げにぼくを見つめた。
「ネクロマンサーって訳でもなさそうだし――ねえ、ジウラン。もう少し詳しく話してくれない?」
 ぼくが慌てているので美夜がまた割って入った。
「アイシャさん、その、ジウランは本当に戦闘の方はからきしで――」
「いいのよ、そんなの。ねえ、『死者の国』に行って、直接これと思しき魂を連れてくる訳?」
「ははーん、アイシャ。読めたぜ。マリスの両親を呼び出すつもりだな」
「ええ、まあね」

「マリスは可哀そうな奴なんだ。両親が死んだのは自分のせいだと信じてる。心の中の消えない自責の念、それがあいつを残虐な行為に走らせる原因だとしたら、両親と会話する事によって何かが変わるかもしれない」
「――あたしたち、マルとツワコの件は知ってます」
「だったら話は簡単ね。『死者の国』から二人を連れてきてよ」
「あの、何と言うか……ジウラン、自分で説明しなさいよ」

 ぼくは美夜に促されて自分の力をわかっている範囲で説明した。
 『死者の国』になど行った事はない
 自分で呼び出すのではなく、向こうから会いに来てくれる
 だから誰かを狙って連れてくるのなんてきっと無理だ――

 
 ぼくが話す内にアイシャの顔がどんどん曇っていくのがわかった。
「何、その能力。でもそれに賭けるしかないかもしれないし――あなた、今から思った人を呼び出せるように修業しなさい。どうせ戦闘じゃ役に立たないんでしょ」
「そうだね、ジウラン」
 美夜が慰めの言葉をかけてくれた。
「ちゃんとマスターすれば凄い力になるはずよ、きっと」
「時間に余裕があるとは思わないで。いつまでも兵士たちを止めておけない」

「いつまでにマスターできれば?」
「あと一日くらいはどうにか誤魔化せるけど、問題はそちらの血の気の多い人たちよ。これからどうする予定?」
「この後、フェイスに戻って報告をして対策を立てるつもりです」
「ふぅ。どうせ他の地区では目ぼしいものは見つからないし、そうなるとこちらの兵士が動かない内にマリスの下に攻め入る作戦しか残されてないわね」
「というと、今夜中?」
「そうなるわ。ま、せいぜい頑張ってよ。あなたに賭けてみるから。じゃあ、明日、戦場で会いましょう」

 
 その後すぐにフェイスに戻り、集合場所らしき酒場に入っていった。
 じいちゃんたちはすでに飲み始めていたが、出かけていた全員が揃うのを待ってぼくたちは状況を説明した。
「――なるほどな。他の地区がびっくりするくらい静かなのも頷ける。こっちの様子を窺ってた訳だ」
「で、おじい様。どうします?」
「せっかくドンパチしないで済むようにしてくれてんだ。それに甘えない手はねえ。明日、覇王の下に乗り込むぜ」
「アイシャさんが言ってたジウランの件は?」
「こいつが今夜一晩で力を伸ばすなんて無理だ――期待せずに見守っててやろうじゃねえか」
「そうですか」
「だがわしの孫だからな。何かの弾みでネジがはずれちまうかもしんねえ。そん時は美夜さん、よろしく頼むぜ」
 じいちゃんはそれだけ言うと、皆に酒盛りを始める声をかけ、ぼくも途中で記憶を失くしてしまった。

 

登場人物:ジウランの航海日誌

 

 
Name

Family Name
解説
Description
ジュネパラディス《花の星》の女王
ゼクトファンデザンデ《商人の星》の商船団のボディーガード
コメッティーノ盗賊
ハルナータ《賢者の星》の最後の王
アダンマノア《オアシスの星》の指導者
エカテリンマノアアダンの母
リチャードセンテニア《鉄の星》の王
ニナフォルスト《巨大な星》の舞台女優
ジェニーアルバラード《巨大な星》の舞台女優
《巨大な星》、『隠れ里』の当主
陸天《念の星》の修行僧
ファランドール《獣の星》の王
ミナモ《獣の星》の女王
ヌニェス《獣の星》の王
マフリセンテニアヌニェスの妻
公孫転地《武の星》の指導者
公孫水牙転地の子
ミミィ《武の星》の客分
王先生《武の星》の客分
ランドスライド《精霊のコロニー》の指導者
カザハナ精霊
アイシャマリスのパートナー
デプイマリスのパートナー
マリス覇王を目指す者
マルマリスの父
ツワコマリスの母

 

 Chapter 7 暴走する生命

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