ジウランの航海日誌 (12)

 
「さあ、リチャード」
「何でしょう」
「この鎧はお前さんのものだ。だから今からこいつを着てもらう」
 何かを言おうとした陸天を制して、じいちゃんはリチャードに近付いた。
「まあ、まずは鎧を見てからだな」
 じいちゃんはリチャードの肩を掴むと強引に箱のそばまで連れていった。
「よぉく見てみな。何か思い当らねえか」
「――言われてみれば、この形はセンテニア家に伝わる『野生の鎧』によく似ているかもしれません。ですがこんな赤っぽい色ではない」
「その『野生の鎧』さ。お前さんが龍たちと戦い、呪いと疫病と破滅と死、それを全て受け止めたからこんな色に変わったんだ」
「しかし私は自動装甲の能力の持ち主です。着脱可能な鎧は必要ありません」
「いちいちうるせえ奴だなあ」
 じいちゃんはリチャードの背後に回り、背中をどんと押した。突然の事にリチャードはバランスを崩し、頭から箱の中に飛び込んだ。

 
「何を!」
 陸天が叫んだが、じいちゃんはウインクを返した。
「まあ、見てなって」

 頭から落ちたリチャードがのろのろと起き上がった。
「デズモンド殿。何という事をしてくれるのです。どこまで私を愚弄すれば気が済むのか」
 リチャードの声は震えていたが、怒っているのは明らかだった。
「わかったかい。これが証拠だよ」
「?」
「今、お前さんはその瘴気に満ちた箱の中で立っている。並みの人間なら、わしもそうだがその中には三十秒といられないのに、お前さんはけろっとしてる」
 リチャードは初めて気付いたようにきょろきょろと周囲を見回した。
「そ、それは確かにそうですが、それだけでこの足元の鎧が私の物だという事にはなりません」

「――お前さんの中のロックはどうなんだ?」
「……ロックが」
「ロックの声に耳を傾けてみろよ」
「……この鎧は私の物だ。早く着ろと言っています」
「だろ」
「ですがロックは私の意識の中にしか存在しないもう一人の私。そんなものは所詮、夢であって現実の私は斯様に臆病者だ」
「なるほど。じゃあロックを表に引きずり出したらどうなんだろうな」
「おっしゃってる意味がよくわかりません――とにかく私は」
「いいから着てみろよ」
「しかし……本当に私はロックのようになれるでしょうか?」
「ああ」

 
 リチャードは静かに自分の足元の鎧を手に取った。胴から腰にかけて一体化された複雑な構造の鎧を慣れた手つきで身に付け、最後に顔前面まで覆う兜をかぶった。
「すげえな。瘴気が止んだ――おい、リチャード。どんな気分だ?」
「……どうと言っても別に。ただ体の奥底から力が湧き上がってくるような――もうはずしても構いませんか?」
「あ、ああ。構わねえよ」
 リチャードは身に付けた時と同じように静かに兜をはずそうと顎の部分に手をかけたが、そこで動きが止まった。
「どうした?」
「……兜が……兜が脱げません」
 確かにリチャードの身に付けた赤褐色の鎧兜はその色を薄めていき、まるでリチャードの肌に染み込んでいくみたいだった。
「……こんな物が、自動装甲の一部となってしまうのか」

 一分ほどかけて、鎧と兜は完全にリチャードの体に取り込まれた。
「おい、リチャード」
「ん、何だ?」
 完全にリチャードの声の調子が変わっていた。
「この箱はもう不要だな。処分しておこう」
 リチャードは鎧が入っていた大きな木箱を空中に放り投げると自らも飛び上がり、拳と蹴りで一瞬にして木箱を粉砕した。
「あっははは」
 コメッティーノとゼクトが乾いた笑い声を上げ、その場の全員が笑った。
「さてと、じゃあ行くか。《武の星》によ」

 

登場人物:ジウランの航海日誌

 

 
Name

Family Name
解説
Description
ジュネパラディス《花の星》の女王
ゼクトファンデザンデ《商人の星》の商船団のボディーガード
コメッティーノ盗賊
ハルナータ《賢者の星》の最後の王
アダンマノア《オアシスの星》の指導者
エカテリンマノアアダンの母
リチャードセンテニア《鉄の星》の王
ニナフォルスト《巨大な星》の舞台女優
ジェニーアルバラード《巨大な星》の舞台女優
《巨大な星》、『隠れ里』の当主
陸天《念の星》の修行僧
ファランドール《獣の星》の王
ミナモ《獣の星》の女王
ヌニェス《獣の星》の王
マフリセンテニアヌニェスの妻
公孫転地《武の星》の指導者
公孫水牙転地の子
ミミィ《武の星》の客分
王先生《武の星》の客分
ランドスライド《精霊のコロニー》の指導者
カザハナ精霊
アイシャマリスのパートナー
デプイマリスのパートナー
マリス覇王を目指す者
マルマリスの父
ツワコマリスの母

 

 Chapter 5 ドノス襲来

先頭に戻る