6.4. Story 6 二つ目のシニスター

2 マンスールの最期

圧倒的強者

 夜が明け、リンたち五人はアンフィテアトルに向かった。
「リチャード」と出発の時にシェイが声をかけた。「その担いでいる板のようなものだが」
「これか。龍の鱗だ。しかも逆鱗だぞ」
「……どう驚いていいのかわからないが、戦いの時に邪魔だろう。ここに置いていったらどうだ?」
「いや、いい。担いでいくよ」

 
 円形劇場の陰から二本足で歩く大きな虎のような生き物がのそりと出てきた虎のような怪物、テグスターはリンたちを見て言った。
「今度は人数が少ないが精鋭を送り込んできたか。少しは楽しませてくれよ――まあ、誰が来てもおれには勝てんが」
「テグスターさんよ」とコメッティーノが叫んだ。「一対一じゃあなきゃだめかい?」
「弱いのに無理するな。五人だって十人だって少ないくらいだ。まとめてかかってこい」
「そいつはどうも」
「さあ、早くしろよ」

 
 アンフィテアトル前の広場で五人とテグスターは向かい合った。
 初めにリチャードが動いた。逆鱗を地面に置き、剣を抜かずに突っ込んだ。テグスターは避ける事もせずにリチャードの体当たりを受け止めた。
 間髪を入れずにリチャードの背後からコメッティーノが目にも止まらぬ速さで飛び上がり、右のこめかみに突きを見舞った。
 次に水牙が「冷気」と唱え、左足に斬りつけ、左足は地面もろともあっという間に凍りついた。
 最後に少し距離を取って構えていたゼクトが『真空剣』を放ち、体に命中した。
 息も尽かせぬ一連の攻撃が終わったが、テグスターは何事もなかったかのように立っていた。
「もう終わりか。おれは一歩も動いちゃいないぜ。だが少しは楽しませてくれそうだな。今度は反撃する」

 
 一回目と同じようにリチャードが突っ込み、その後をコメッティーノ、水牙が続いた。リチャードは体に届く前に、右の拳の一撃を受けて吹き飛ばされた。飛び上がったコメッティーノは左の拳の一撃で地面に叩き落された。剣を振り下ろそうとした水牙は左足の蹴りをまともに食らった。テグスターは正面に回ったゼクトの真空剣を難なくかわし、ものすごい跳躍力でゼクトに飛び掛り、右足の膝蹴りでゼクトを地面に叩き伏せた。

「あれ、もう一人いたよな。どこに隠れやが――」
 突然飛んできた天然拳を避ける事ができず右手を伸ばして掌で受け止めたが、テグスターの右腕は消滅した。
「……やるじゃないか。右腕をやられたが、ハンデとしてはまだ足りないな」
 テグスターは天然拳が飛んできた地点に素早く動き、そこで一回転しながら蹴りを放った。自然を発動させて気配を消していたリンは蹴りを食らってもんどりうって倒れた。

 
「もう少し楽しませてくれるのか、もうネタ切れか」
 テグスターは元の位置に戻りながら言った。
「おい、ゼクト。まだ思い出さねえかい」とコメッティーノが小声で囁いた。「大分、効いちまってるんだが」
「……もう少し待ってくれ。きっかけがあれば思い出せそうだ」
「じゃあ、もう一回いくかあ。みんな起きろよ。さっきと同じでいくぜ」

 
 三度、テグスターに挑んだ。リチャードが突っ込むと見せかけて距離を取りながら剣を抜いた。コメッティーノも接近すると見せかけてテグスターの周りを高速で回った。
「ふん、やり方を変えたか。感心だな。無駄な努力をする者は愛おしい」

 前方のリチャードと背後に回ったコメッティーノが同時に突っ込んだ。テグスターはリチャードを右手で払おうとしたが、腕がないのに気づいて右足の蹴りに変え、コメッティーノには左手で応対した。テグスターの左脇が空いた瞬間を水牙が逃さず「最大冷気」を放った。テグスターはリチャードを蹴り飛ばし、コメッティーノを弾き飛ばしたが、水牙の冷気には応対が間に合わず、左の上半身が凍り付いた。
「……今だ。リン」
 コメッティーノは蹲りながら言ったが、リンはようやく立ち上がったばかりで攻撃どころではなかった。ゼクトは攻撃を忘れて呆然としていたが、その顔には歓喜の色が浮かんでいた。
「見えた……見えたぞ」
 

【ゼクトの回想:エクシロンのおとぎ話】

 ――昔々のお話、テグスターという暴れん坊がおりました。誰も彼を退治できないのをいいことに、町を襲ったり、人を攫ったりしていました。
 ある日、聖エクシロンが現れ、テグスターを退治すると言いました。聖エクシロンはテグスターのところに行くと、こう尋ねます。
「どうしてそんなに速くて強いのか?」
 どうせこいつも強くはない、調子に乗ったテグスターはぺらぺらとしゃべり出します。
「おれはここにあってここにない。本体が別の空間から空穴(そらあな)を通してこの幻を操っているから、こんなに速くて強いのだ」
「その空穴はどこにあるのか?」
「それはおれにもわからない。体に光る点があればそれが空穴だ」
 愚かなテグスターは光る点を聖エクシロンに見つけられて退治されてしまいました――

(幼かった頃、誰かから聞かされた話だった……)

 

「ゼクト、どうしたの?」
 リンがよろよろと寄ってきた。
「……リン。思い出した。奴の弱点を。奴には『空穴』と呼ばれる穴があって本体はその奥の別空間にいる。穴を私が開くからお前は本体を吹っ飛ばしてくれ」
「でも穴は見えてるの?」
「さっき、水牙が冷気を放った時、左脇の下に一瞬だけ光る点があった。何とかして奴の左腕を上げさせ――」

「後はお前らだけだ。遊びはもう終わりだな」
 テグスターが近付いた。気がつけば水牙も地面に倒れて、残るのはリンとゼクトだけだった。
「くそ、せっかく弱点がわかったのに」
「でも拳を振り上げる瞬間があるんじゃないの?」
 リンたちは身構えながらテグスターの動きを見守った。しかしテグスターの腕は二人を同時になぎ払うために横に伸ばされた。
「……横か。聖エクシロンよ。私に力を」

 どこにそんな力が残っていたのか、リチャードがリンたちの前に立ちはだかり、地面に置いてあった逆鱗を担ぎ上げ、地面に突き立てた。テグスターの鋭い爪は逆鱗に当たり、金属音とともに弾かれた。テグスターは弾かれた反動でバランスを崩し、大きく後ろにのけぞった。
「今だ……真空剣!」
 ゼクトはテグスターの左脇下に狙いをつけて真空剣を放った。テグスターの左脇腹にぽっかりと穴が開いて、その奥には宇宙に似た空間が広がっているのが見えた。
「急げ、リン」
 ゼクトに言われ、リンは天然拳をその空間に向けて発射した。テグスターの体は本体のいる空間に向かって吸い込まれた。まるで写真を燃やした時のようにテグスターの姿が穴を中心にみるみる消えていった。
「ぐおおお………一度ならず二度までもちっぽけな者に――」
 テグスターの体は穴にすっかり吸い込まれていき、最後にはその穴も消えた。

「どうにか間に合った」
 ゼクトが安堵のため息をもらした。
「何だったの、今のは?」
 ぐったりしたリンが尋ねた。
「まずはみんなを起こそう」
 ゼクトはコメッティーノたちの方にのろのろと歩いていった。

 
 ようやく広場の中心に五人が揃ったが、皆、立っていられず座り込んだ。
「しかし、強い奴はいるもんだな。ゼクト、よく思い出してくれた」
 コメッティーノが小さく笑いながら言った。
「いや、全員の勝利だ。お前とリチャードが盾になってくれた。水牙がテグスターの弱点をあぶり出してくれた。そしてリンがとどめを刺した」
「リン、奴の穴の中に何が見えたんだ?」とリチャードが尋ねた。
「えーとね。もう一つ宇宙が見えた」
「私たちよりも多くの次元を操れる訳か。コメッティーノの言う通り、強い奴はいるものだ」
「さあて、そろそろ王宮に乗り込もうか」
 コメッティーノに促され、全員立ち上がって王宮の建物に向かって歩き出した。
 

白亜宮

 王宮は鳥が翼を広げたように左右対称に広がる『白亜宮』の名の通りの白く美しい建物だった。広い庭園を抜けると、大きな石の階段が果てしなく上まで続いていた。階段の両脇には様々な石像が並んでいた。
 リンたちが階段を上がっていくと、途中の踊り場に黒い影が見えた。近づくにつれて黒い影の姿が露わになった。

 
「……何故?」
 最初にリチャードが口を開いた。
「確かに……だね」
 リンも同意した。
 踊り場で腕を組んで立っていたのはまぎれもなく大帝だった。

「大帝、何故ここにいる?」
 リチャードの問いかけに対して、返事ははるか先の階段の最上部から返ってきた。
「ふふふ、不届き者たちに、大帝自ら鉄槌を下しに来て下さったのだ」
 階段のはるか先には大帝のものらしき大きな石像があり、その前に豆粒のような人物の姿があった。
「マンスールか?」とコメッティーノが声を張り上げた。
「いかにも。残念だな。近くでお前らの顔を見る事ができないのは」
「まあ、待ってろよ。すぐにそこに行く」
「それは無理だ。大帝に勝てるとでも思っているのか」

 
 踊り場で腕を組んでいた大帝は腕を両手に下ろした。リンたち五人は地面に押し付けられ、動けなくなった。
「……く、また重力制御か」
 リチャードが這いつくばったままで言った。
「おい、リチャード。どうにかなんねえのかよ。動けねえじゃねえか」
 コメッティーノも必死に起き上がろうとしたが、地面に押し付けられたままだった。
「……でもこれ、何だか」
 リンが独り言を呟いた。
「……ん、リン。何か言ったか?」

 
 目の前の大帝は何も語らず、はるか前方のマンスールの嬉しそうな声だけが響いた。
「グリュンカやテグスターまで乗り越えるとは正直予想外だった。あのレベルの化け物を召喚するのに、どれだけ命を削ったと思っているのか。だがいい勉強をさせてもらった。触媒となる人間がひ弱では、復活した邪神であっても大した力は出せないという事だ。どうだね、今度は君たちを触媒にして、もう一度召喚実験をするというアイデアは。そこで昆虫標本のように地面にへばり付いている君たちは神になれるのだよ。私に忠実な神にね。そして私は創造主になるのだ」
「……ぺらぺらとよくしゃべる男だ。てめえは安全な場所にいやがって」
 コメッティーノが怒りの声を上げた。

 
 マンスールはゆっくりと階段を降りてきた。
「そこにへばり付いた状態のままで実験を始めさせてもらおうか。水牙君にはウェットボアになってもらおう。ゼクト君にはテグスターに、コメッティーノ君はさしずめ閃光武王かな。リチャード君は暗黒魔王、そしてリン君は栄えあるナインライブズ。どうだね、この素晴らしいチョイスは。なかなか趣があるとは思わんかね。あはははは」

 
 最上部から踊り場まで半分ほどの場所に降りた時に背後で声がした。
「情けない。お前ら、何やってるんだ?」
 リンたちがのろのろと振り返ると、階段の下にはGMMとジャンルカが立っていた。
 GMMが階段の下で「グランドマスターメテオ」を唱え、巨大な隕石が大帝に命中した。大帝は仰向けに倒れ、リンたちの重力制御がはずれた。
 異変に気づいたマンスールは慌てて階段を上へと戻り始めた。ジャンルカが猛然とその後を追ってリンたちの脇を通り過ぎた。

 
 リンたちは立ち上がって大帝と向かい合った。
「今度は先手を取ったぜ」とコメッティーノが言った。
「その通りさ、偽者の大帝め」
 リンは起き上がったばかりの大帝に天然拳を撃ち込んだ。大帝は階段の上の方に吹き飛ばされ、そこからごろごろと転がり落ちた。踊り場に落ちた大帝の姿は一匹の大猿へと変わった。
「何だよ、猿真似かよ」
 コメッティーノがはき捨てるように言った。
「それよりマンスールを」
 水牙が言い、全員で階段を駆け上がっていくと階段の途中でマンスールとジャンルカが戦っていた。

 
「ジャンルカよ」
 マンスールはリンたちが階段を上がってくるのに気付いて言った。
「ここはひとまず退かせてもらう。又、どこかで会おう」
 マンスールはその場で数体のゾンビを召喚して自身は逃げ出し、ジャンルカが『アダニアの杖』でゾンビたちを昇天させながら後を追った。
「くそ、どこまでも卑怯な」

 
 マンスールは長い階段を昇り切って大帝の石像の脇を通り過ぎようとした。すると突然、巨大な大帝の石像が崩れ落ちてマンスールはその下敷きになった。
「ぐうぇ」
 押しつぶされた蛙のような声を残してマンスールの姿が消えた。マンスールが下敷きになった瓦礫の上に、ぽんと赤い玉が浮かび上がったかと思うと、猛烈な速さで空に上がり消えていった。

 
 リンたちは崩れ落ちた石像に近づいた。
「あの赤い玉は?」とジャンルカが尋ねた。
「シニスターだ。前もそうだった」とリチャードが答えた。
「しかし、あっけない終わり方だな」
 コメッティーノが石像のかけらを手に取りながら言った。
「ああ、今のはおそらく大帝が処断したのだろう」
 リチャードの言葉に皆、頷いた。
「さあ、まだ忙しい日が続くぜ。一旦、ホーリィプレイスに帰ろうや」

 

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 ジウランの日記 (10)

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