6.2. Story 2 《花の星》

2 ジュネ皇女

 リチャードとリンの乗ったジルベスター号は小惑星ウーテに到着した。温暖な気候で暮らしやすそうな星だった。
「ねえ、リチャード。ここに人は暮らしてないの?」
「うむ、小さ過ぎるな」
「小さい?でもあそこに立派な屋敷が建ってるけど」

「教えてやろう。『銀河の叡智』でダークエナジー航法が発見され、移動距離が飛躍的に広がり、人々は新天地を求めた。裕福な者たちはシップを駆り、我先にとここのような気候温暖な小惑星に目を付けた。『自分だけの星』、魅惑的な響きに惹かれ、彼らは屋敷を建て、美しい庭園を造った。だがすぐに己の間違いに気付き、星を見捨てた。何故だかわかるか?」
「わからないよ」
「この世界は善人だけでできている訳ではない。無法者にとっては無防備な小惑星に暮らす金持ちは格好の餌食にしか過ぎないんだ」

「でも連邦が守ってくれるんじゃないの?」
「連邦はこの広大な銀河の主要な星を守るので手一杯だ。好き好んで人里離れた小惑星に住む人間まで守りやしない」
「お金があるんだから私兵を雇えば?」
「確かにな。だがそうなると星の大きさが問題になる。このウーテを例にとれば、屋敷の敷地よりもはるかに大きな軍事施設が必要になる。あるいは開放的な建屋ではなく城塞を築くか。そんなものが思い描いた新天地の姿か。この事実が明らかになると急速に小惑星移住ブームは去った。残されたのはここにあるような美しい廃墟さ」

「ふーん、わかるような気がする。自分だけが住んでる星を持ちたいってのも、それを守るには力が必要だってのも――文明が発展するにはある程度の星の大きさが必要だって事だね」
「その通りだ。お前の暮らす《青の星》などは奇跡に近い。外からの脅威にも晒されず、それを知らずに軍備も整えていない――もっともその奇跡の日々も終わったが」
「考えさせられるなあ。この星が未来の地球の姿かもしれないなんて」
「気にするな。お前が千人分の力を身につければどうにかなる」
「うーん、千人分なんてまだ無理」
「さて、それよりお転婆娘を探さないとな」
「どこにいるのかな」
「簡単だ。あの屋敷に決まっている」

 
 二人は小高い丘の上に建つ美しい屋敷を目指した。庭園の脇のポートには十隻ほどの小型シップが停まっていた。
 リチャードはノックもせずに屋敷のドアを開けて、ずかずかと中に入った。突然の闖入者に数人の武装した女性兵士が現れて二人を取り囲んだ。

 
「何者だ?」
「主はいるか」
 リチャードの静かな声に兵士たちが圧倒されて動きを止める中、螺旋階段を一人の兵士が降りてきた。
「ジュネ。久しぶりだな」
 ジュネと呼ばれた女性は兜を手に持ち、全身深紅の出で立ちで完全武装していた。ショートカットの茶色い髪にハシバミ色の瞳がよく動く、活発な仔鹿に似た美しい女性だった。

「リチャードじゃない。まさか帝国のスパイ?」
「大きくなったな。幾つになった?」
「おかげさまで二十三歳よ」
「その年ならもう少し分別があっても良さそうなものだ。いつまで海賊ごっこを続けるつもりだ」
「……父さんに会ったのね」
「ああ、お前を連れ戻すように言われた」
「いやよ。あたしは銀河の平和のために戦うの。あんたたちがだらしないから、あたしがやらなけりゃならないのよ」
「立派な考えだ」
「力づくで連れ戻す気ね――それはそうとそっちの男は?」

「《青の星》のソルジャー、リンだ」
「リンです。よろしく」
「えっ、あたしの聞き間違いかしら。《青の星》にソルジャーがいるなんて初耳だわ。うちの星以上に危機感のない星のソルジャーだなんてとんだお笑いね」
「だったらこうしよう。お前とリンが手合せして勝てば今のままでいい。リンが勝てばとっとと王の下に戻る。それでどうだ?」
 ジュネはぼーっと立っているリンを上から下までじろじろと見つめた。
「いいわ――その代わり、あたしのやり方でやるわよ。いらっしゃい」

 
 ジュネはリンの前をさっさと歩いて、屋敷の外の庭園の奥に造られた練兵場に向かった。
「あたしは《花の星》皇女ジュネ、でもそれよりも『薔薇騎士団』の団長である事が重要なの」
「僕はリン――裏にいる人たちも一緒でかまわないよ」

 練兵場の裏手に隠れて様子を窺っていた完全装備の剣士たちが現れ、ジュネが叱りつけた。
「あんなに殺気を漂わせていたら誰だって勘づくわ。まったく」
 一人の剣士が跪いた。兜を取るとショートカットの女性だった。
「申し訳ありません、ジュネ様の御身が心配で――『黄昏の薔薇園』であの男を叩きのめしてみせます」
「リン、騎士団が相手してやるわ。得物は何、持っていなければ貸すわよ」
「いいよ、要らない」
「ふーん、体術ね。実力の程、見せてもらうわ」

 
 ジュネを含めた総計八人の剣士がリンと向かい合った。
 鞭を持ったジュネが「薔薇園」と号令をかけると七人の剣士がジュネを守るように動いた。前段に槍を持った二人と剣と盾の一人、中段には何も持たない二人、後段ではジュネを挟んで弓を持った二人が隊列を組んでリンに襲い掛かった。
 槍の二人が前に出てリンを後ろに下げ、下がった所に矢が飛んだ。前に出ると槍は下がり、剣と中段の体術使いがリンに攻撃した。

「手も足も出ないじゃない。これならどう。『黄昏!』」
 号令とともに全員が総攻撃を仕掛けた。リンは寸前で避け、一呼吸してから自然を発動した。
 気配を消したリンは次々と剣士たちを打ち倒し、ジュネの背後に回ってから気配を戻した。
「ここまでだね」

 ジュネはあきらめなかった。降参すると思って気を抜いたリンを後ろ蹴りで飛びのかせ、鞭を構えながら再び距離を取った。
「デザートローズ!」
 ジュネは鞭の先端を高速で動かしながらリンの目を眩まそうとした。得意気に何かを言いながらリンを打ち据えようとしたが再びリンの姿は消えた。ジュネはあわてて防御を試みたが腹に一撃を浴びて昏倒した。

 
 手合わせが終わった練兵場で兜を取った剣士たちは皆、女性だった。実力差を痛感したのか、先ほどまでの敵意は消え失せていたが、ジュネだけが不満そうな表情だった。
「確かに強いけど次は負けないわよ」
 それだけ言うとジュネは立ち上がって練兵場を出ていった。

「ジュネ様は負けるのが大嫌いなのです。軍備を持たないこの星でご苦労されてここまでの騎士団を組織したのに、あなた一人に粉砕されてしまった」と剣士の一人が言った。
「帝国を討つのはご自分だとお考えになり、訓練を続けてまいりました。ですが王は星の外に出るのをお許しにならなかった。今日、お二方相手に実力を示す事により、お考えを改めさせる良い機会だとお考えになられたようです。けれどもリチャード様では勝ち目がない、まずはあなたで腕試しのおつもりだったようですが……リン殿、あなたも強かった」
「ありがとう」
「帝国と十分戦っていけるだけの実力ですわ。《青の星》は皆、お強い方ばかりなのですか?」
「うーん、多分そんな事ない。連邦に加盟しても、一番ご近所の君たちに守ってもらわないとだめなんじゃない?」

 
 リンが屋敷に戻るとリチャードが笑いながら待っていた。
「今、ジュネは帰り支度をしている――お前、こてんぱんにやっつけたな。『リンは何者だ?』と訊くから、銀河の運命を変える男だと答えたら、『それほどのものでもないわよ』と強がっていたぞ。とんだじゃじゃ馬だ。夫になる男は大変だな」

 

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 Story 3 《愚者の星》

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