1 魂の解放
翌朝、リンたちは《花の星》を出発した。王宮前の広場にはカーリア王始め王族や大臣、使用人たちが見送りのために集まった。ジュネ皇女もドレス姿でその中にいたがふてくされた顔のまま、にこりともしなかった。
王が一人ずつと抱擁しながら別れを惜しんだ。
「リチャード、昨日も言ったが気を付けるのだぞ。腐敗した奴らは狡猾で貪欲、ナイーブでは食い物にされるだけだ」
シップの中では滞在中の話題が続いていた。
「おい、リン。あの星の月は二つあるんだぞ。お前、ちゃんと見たか?」とジャンジルがにやにや笑いながら尋ねた。
「あ、見そびれた」
「馬鹿だなあ。人生観が変わるぞ」
「え、僕らは太陽系を出た最初の地球人だよ。その段階でもう人生観は変わったでしょ?」
「そうよね。あまりにも普通にここまで来ちゃったから特に思わなかったけど冷静になれば物凄い事よね。《花の星》は公転してないから、いつでもああいう春みたいな季節だって説明されても『ふーん』って感じだったけど、少し感覚がマヒしているのかしら」
ネーベが感慨深げにため息をつくと他のクルーもそれに従い、会話はそこで終わった。
やがてリンたちは前方に濃い灰色の靄に包まれた星を発見した。
「あれが連邦府ダレンなの?」とネーベが尋ねた。
「いや、あの星はかつての《賢者の星》、今は《愚者の星》と呼ばれる人の住めない死の星だ」
リチャードが表情を曇らせながら言った。
「賢者から愚者に改名とは転落の一途だな。核戦争でもやらかしたのか?」
ジャンジルがカメラを回しながら半ば茶化すように言った。
「その通りだ。あの星は愚かな兵器の使用によって滅びた。灰色の靄は濃い毒ガスらしい」
リチャードの言葉に皆、黙り込んだ。
それから十数時間後、連邦府ダレンのある《商人の星》が見えた。リチャードが予習だと言ってオンディヌにポータバインドの起動を頼んだ。
《ファイル》《商人の星》 - 銀河連邦の各種機関が存在。首都はダレン。建築家エテルの初期の代表作『環状都市』が有名。
連邦府の上空で着陸許可を求めると返答があった。
「35番ポートだって」と言ってオンディヌは大型シップ専用のポートへ移動した。
《花の星》でもそうだったが多くの星にはシップ発着用のポートが用意されていた。標準的なポートの形は円形、空中に浮遊しているタイプはそこから連絡用の小型シップで移動、地上と連携しているタイプでは中心部のエレベータで地上に降りてから移動するようになっていた。
35番ポートは地上に降りるタイプで、エレベータを使って全員が地上に降り立った。
「おい、こいつはおれが見た映画の未来都市のまんまだぞ」
アーヴァインが歓喜の声を上げた。
「なあ、あそこに停まっているシップ、アダムスキー型円盤って奴じゃないか?」
ジャンジルがポートに停泊する何台もの皿型のシップを指さして言った。
「アダムスキー、何だ、その名前は。《鉄の星》にあるおもちゃ屋がそんな名前だったが」
リチャードが笑いながら言った。
「あれはマーチャントシップの一つで、通称『ソーサー』だ。バトルシップと間違えられないように、ああいうつるんとした形状をしている。『推力』は出ないが頑丈なのが取り柄だ。あとは悪所を航行するための球形の『ポッド』も有名だな」
歩道脇に据え付けられた案内板に「アドミニストレーション・オフィス」と行先を告げると、歩道に乗ったまま目的地まで連れていってくれるようだった。上空ではシップが音も立てず、空を滑るように悠然と移動していた。
「アーヴァインの言う通り地球は遅れてるのかしら」
ネーベがため息をついた。
動く歩道は何回かの緩やかな左カーブ、右カーブを描き、やがてオフィスの建物が近づいた。
「さっきのポータバインドで言っていたろう。ダレンの建物のグランドデザインは天才建築家エテルによるものだ。エテルによれば、それは『首都、連邦本部、連邦軍参謀本部の各機能を有機的に結合』させた円形を基調としたものだそうだ。『有機的』の意味はよくわからないが、確かにそれぞれの建物が地上部分だけでなく地下部分も互いにつながっていて移動が非常にスムースだ。後にエテルはそれをさらに推し進めて、結果、例の転移装置に行き着く寸法だ」
「エテルの建築って他にもいっぱいあるの?」とリンが尋ねた。
「ああ、《巨大な星》にも残っているし、エテルが晩年に造り上げた人工都市《エテルの都》は《青の星》からそう遠くない場所にあるはずだ」
リチャードがオフィスの窓口で用件を伝えた。それを見ていたネーベは「さすがにこういった部分は、まだヒューマンインターフェースね」とほっとした表情を浮かべた。
窓口の正直そうな係官はリチャードの名前を聞いて、ぎょっとした顔を見せた。
「リチャード・センテニアさんは過去、連邦員でしたね。その後、帝国に移られて、帝国バインドのデプリントは……そうでしょうね。大概の方は事情が事情ですからデプリントはされません。では帝国バインドをデプリントした後、連邦バインドのリプリントを行います。他のお方は……」
「それが又、複雑な事情なのです。まずは私のリプリントを先にやって頂けませんか」
リチャードは窓口を離れると、おそらく「プリント」と書かれた部屋のドアを開けてその中に入っていき、一分も経たずに別のドアから出てきた。
「さあ、これで私は晴れて出戻り連邦員だ。次はリン、お前の番だ」
リチャードは再び係官に告げた。
「この人間は《青の星》から来ました。亡命ではなく《青の星》の人間として連邦バインドのインプリントをしたいのです」
「……《青の星》ですね……ああ、これは……加盟要件を満たしていません。残念ながらインプリントは難しいですね」
「《鉄の星》、センテニア家が後見人としてエンドースしますが、それでも無理ですか?」
係官は急に小声になった。
「そうしたいのはやまやまですが、今は時代が違うんです。ですがはるばる《青の星》から来られて手ぶらで帰す訳にもいきません。上司に確認してまいります」
係官は五分後に上司を連れて戻った。誠実そうな係官とは対照的に、狡辛いネズミのような顔をしていた。
「これはリチャード・センテニアさん、銀河の英雄が戻って下さって喜ばしい限りです……しかし額面通りに受け取っていいものですかねえ」
「どういう意味ですか?」
「あなたがまだ帝国と通じているのではないかという疑いです。スパイではないという保証はどこにもない、はっきり言ってセンテニア家のエンドースに価値はありませんよ」
係官が顔を真っ赤にして何か言おうとするのを目で制して、リチャードが口を開いた。
「連邦のモットーは、『銀河の叡智』を理解する者であれば誰でも分け隔てなく受け入れる、だったはずです。いつからそのような偏狭な思考になったのでしょうか?」
「このご時勢ですから審査は厳正に行っています。ここにいるノノヤマが早まってあなたのリプリントを実行しましたが、本来はそれすら許されなかったのですよ」
「どうすれば信用してもらえますか?」
「私共も鬼ではありませんから、あなた方の価値を示してくれれば考慮の余地はあります――こういうのはどうでしょうか。《愚者の星》の王宮の奥深くに財宝が眠っているという話をご存知ですか。あの星は元々連邦に属しておりましたから、財宝についても連邦が所有する権利があるのです。ところがご承知の通り、あの星は厚い毒ガスの靄に覆われて、地上にたどり着いても、毒の溢れ出す土壌の上はとても歩けたものではありません。おまけに『怨嗟の毒樹』と呼ばれる化け物が闊歩していて、そいつに捕まって一巻の終わりらしいのです。そこの財宝を持ってきて下さったなら考えないでもありません。何、銀河の英雄であれば朝飯前でしょう?」
ノノヤマと呼ばれた係官は真っ青になった。
「しかしあそこに行って帰ってきた者はいないではありませんか」
リチャードはノノヤマに微笑んだ。
「わかりました。早速、《愚者の星》に向かうとしましょう」
上司の男はにやりと笑った。
「さすがですな。私どもの所員を同行させますので、財宝は回収次第その者たちに預けて下さい。ネコババされては困りますからねえ」