目次
3 新しき都の噂
都内某所、男に来客があった。
「珍しい。面白い話でも持ってきたのか」
男は目の前に座る黒眼鏡をかけた男のグラスに赤ワインを注ぎながら尋ねた。
「今、最もホットな場所と言えば何処だと思います?」
「ザンクシアスの王国あたりか」
「なるほど。確かにホットではある。ですがもっと最新の場所に行ってきましたよ。《エテルの都》です」
「宇宙ステーションか。近いとは聞いていたが」
「ここと《武の星》の中間点あたりでしょうかね。すぐ行ける距離ですよ」
「かなり大規模なステーションか」
「その通りです。一辺が10キロメートルの立方体を想像してもらうとわかりやすい」
「桁外れだな。本当にステーションか」
「で、十層に分かれているので、縦横10キロ、高さ1キロの箱を10個積み重ねたのと同じですね」
「それは最早、都市だな」
「だから都なんです」
「さぞや混雑していただろう」
「いや、私は落成式に呼ばれたもので。これから人が住み始めるでしょう」
「式に呼ばれるほどお前がエテルと懇意だとは知らなかった」
「エテルには会った事もありませんよ。市長のクアレスマが昔の知り合いだった関係で呼ばれたんです。そう言えばエテルの姿はどこにもなかったな」
「天才エテルの信頼を得ているのならクアレスマという男も優秀なのか」
「冗談言っちゃいけません。ただのチンピラです。海賊として散々悪事を尽くした挙句、《古城の星》に逃げ込んだはいいものの、星の支配者の不興を買い、にっちもさっちもいかなくなっていたような奴です。どうして市長になどなれますか」
「ふむ、都を造ったエテルは不在で、クアレスマという男が代わって指導者となっている。二人の間に何かあったのだと考えるのが普通だな」
「ええ、クアレスマの事だからエテルを――」
「天才建築家が命を落としたのなら気の毒だが、私には関係ない」
「実はお話したかったのは都で見かけたある物についてです」
「ある物?」
「ええ、あれだけ広い都の中、そして他の階層への移動手段は何だと思います?」
「……もしかすると」
「その『もしかすると』です。エテルは転移装置を完成させ、都で実用に至ったんです」
「――なかなか興味深い。須良大都という天才が転移装置を完成させた同時期に、もう一人の天才エテルも同様の物を完成させていたのか」
「恐ろしい偶然です。これも『叡智』とやらですかね」
「ふん、あんなものはインチキに決まっている――それよりも実用化されたとは」
「もちろん都の中での短距離の移動に限られていましたけれども」
「そんなのは後もう一息だ。だが困った事になるな」
「何がです?」
「お前のように実物を見た人間がこの星でその事を喧伝し、いや、現実には匂わせる程度だが、転移装置は夢物語ではない事が知れてみろ。そうなると須良から頂戴したあの転移装置はただのがらくたとなってしまう」
「元々、一基しか残っていないのですから、役に立たないでしょう?」
「それもそうだが何のために茶番を演じたのか。若き才能の持ち主たちを弄んだだけでは夢見が悪い」
「らしくもない。百年も生きられない短命の種族など気にかけないはずなのに」
「都の装置の件が広く人口に膾炙するまでには多少の期間、少なくとも数年はかかる。それまでに一発、大きな花火を打ち上げる必要があるな」
「どうされるつもりですか?」
「唯一の生き残り、糸瀬を焚きつけ、転移装置の研究について大々的に発表させる。これが若き才能たちへの私からの弔い、あのがらくたを葬り去る正しい方法だ」
「しかし糸瀬という男の事、あまり評価していなかったではありませんか?」
「仕方ないではないか。須良があんな事になり、文月も十年ほど前に行方不明になったと聞く。糸瀬しか残っていないのだ」
「装置の事を何も理解していないのでは?」
「ぶち上げさえすればいいのだ。現物を要求されたならその新しい都から調達してくれば済む話だ」
「なるほど。理論の提唱者がこちらにいればいいだけか。ですが須良もいない上にエテルもいないとなれば、ニセ者だらけですね」
「さあ、そんな事は知らん。ただここで転移装置を世に披露しておかないと後に後悔する。そんな予感がするだけだ」
「その予感、当たると面白いですな」
「早速、糸瀬に言い含めよう。できれば国際会議の場などで大々的に発表するのがいい」
「そんなのはどうにでもなるでしょう。早く花火を上げさせましょうよ」
「慌てるな。この東京で国際会議を開催し、その席上でホストの糸瀬が華々しく脚光を浴びるためには、それなりの準備期間は必要だ」
「わかりました。ではエテルの都で装置を見た人間の情報がこの星で漏れないように注意しておくとして」
「この星でどれだけ噂が漏れようが気にするな。大半の人間は他に文明を持つ星の存在すら知らずにいる」
別ウインドウが開きます |