目次
4 変貌する帝国
「ジノーラ、首尾はどうだった?」
《オアシスの星》から戻ったジノーラを大帝はプラの『輝きの宮』の前で出迎えた。
「大帝のお望み通り、補給基地を無血で奪取致しました。トポノフもゼクトも出払い、ほぼ無人の状態の基地に乗り込む事ができましたからな。現在はシェイ将軍が防衛しておりますので連邦軍はダレンに帰還せざるをえなかったと思われます――ただボヴァリーの町には抵抗勢力が残っているようですが」
「うん、あの星には私も特別な思い入れがあるんでね。今のままでいいよ。補給基地さえ手に入れられれば十分さ」
「デズモンド・ピアナですな。ですがピアナ家はすでに血統が途絶えておりました。という事はピアナ家の正当な後継者は大帝ですかな」
「冗談は止してくれ。そもそもデズモンドがふらふらしてるからいけないんだ」
「主にあたるマノア家、当主のエカテリンという女傑はつい最近逝去し、その娘のアダンが跡を継ぎましたが、偉大な母を亡くしたショックのためでしょうか、精神的に参っており、帝国に対して牙をむくどころではないようです」
「なるほど、当面、《オアシスの星》は補給基地の維持だけに努めよう。騒ぎを起こしそうになったら行動をすればいい」
「わかりました――にしてもこちらの惨状は?」
ジノーラの質問に大帝は顔をしかめた。
「マンスールが勝手に行動を起こした。トーグル王、ナジール王、及び両王妃は死亡、エスティリ皇子、ノーラ皇女は行方不明、サラ皇女も死亡した模様だ」
「ふむ、左様ですか。マンスール殿が」
「事情を聞いたが、あの男はサディアヴィルにずっと居たと嘯いている。何故、このような暴挙に出たか、場合によっては厳罰に処さねばならない」
「それが正しいのでしょうか?」
「ん、それはどういう意味だい?」
「以前も申し上げましたように、汚れ仕事を一手に引き受けようというマンスール殿の決意表明ではありませんか?」
「それにしてもあそこまでやる必要があったか?」
「きっと欲しい物があったのです。それを手に入れ、野に放ったためにあんな大惨事になった。トーグル王やナジール王は極めて荒っぽい形で自ら犯した罪を償った。皮肉なものですな」
「君が言いたいのは『呪われた子』ロックだね?」
「リチャードと同じ顔をしたロックが何をしでかすか、興味はありませんか。私はわくわくしております」
「ジノーラは気楽でいい。ではマンスールの所業とこれからの行動には目をつぶるとするか」
「それがいいでしょう。今回の一件で帝国の評判は一気に地に落ち、連邦とは事実上の戦争状態に突入しますし、マンスール殿の出番も増えるはずです」
「わかった」と言って大帝は一人の武官を呼び付けた。「リチャードを呼んでくれないか?」
連邦府ダレンの軍本部では遠征から戻ったトポノフが怒りを抑えきれずにいた。
「オヤジ、落ち着いてくれ」
ゼクトがトポノフに言った。
「冷静でなどいられるものか。我々は完全に手玉に取られたのだぞ。一夜にして《鉄の星》だけでなく、《オアシスの星》まで奪取されるとは――だがまずは状況を分析せんとな。ゼクト、お前からだ。そちらの状況はどうだった?」
「はい。自分は《オアシスの星》で待機をしておりました。そこにオサーリオ将軍率いる艦隊が向かっているとの報告を受け、急遽出動しました。この時、補給基地は完全に警護がなされていた。ところが自分たちの艦隊がオサーリオと対峙していると、突然に基地の人間たちがシップで逃走を始めたのです。状況を把握しようと努める間にオサーリオの艦隊が一早く補給基地を占拠したため、自分たちは帰還する場所を失い、退却をしたという訳です」
「補給基地を空けた原因は?」
「実に奇妙な話ですが男が一人、基地内に現れたそうです。男は基地内の人間に向かって『今すぐに退却すれば命を助ける』とだけ言ったそうです」
「それだけか?」
「はい。それだけで連邦の人間は一斉に基地を捨てたらしいです」
「むぅ、納得しようがないが話を進めよう。次は私だ。私の艦隊はホルクロフト、シェイの艦隊に挟まれるようにして対峙を続けた。途中で一瞬だけ敵の隊列が乱れたが、王都に火が放たれたせいだろう。もちろんこちらにも連絡が来たが、対峙を崩す訳にはいかなかった。王都にいるセンテニアとブライトピアに期待するしかなかった。それから数時間後にホルクロフトから連絡が入った。王都は陥落したとの事だった。それで私は退却を決めたという訳だ」
「帝国が王都に火を放ったのですか?」
「恐らくそうだ。かろうじて脱出した者に話を聞いた所、火が放たれただけではなかったらしい。センテニア、ブライトピア両王家の人間が惨殺されたそうだ」
「えっ、ではリチャードも?」
「わからん。もうしばらく経てば被害の状況が入ってくる――しかし帝国恐るべし、だ。豊富な人材に加え、怪しげな術を使う者や、卑劣な手段まで駆使するとは。タカをくくっていた」
「連邦と帝国は戦争に突入するのですね?」とゼクトが尋ねた。
「連邦の存亡の危機だ。おそらく《七聖の座》も奪われ、最前線は《沼の星》まで後退するが、ダレンだけは死守せねばならん」
「たとえ連邦がどうあれ、自分たちは武人ですからね」
「ゼクト、それを言ってはいかん。腐った奴らがはびこり出してはいるが、多くの善良な民を忘れるな。残った連邦民をプラと同じ目に遭わせる訳にはいかない」
「わかりました。そろそろ会議の時間です。行きましょう」
《巨大な星》では大帝とリチャードの話し合いが続いていた。
「リチャード、本当にいいのか。《鉄の星》を離れても」
「私がこのまま留まれば、人々は星の再興を私に期待し、それは帝国にとって新たな争いの種となりかねません。それに私は……他の星々を見てみたいのです」
「わかった。お前と弟ジャンルカの望みは叶えよう。早速、力を発揮してもらう事にする。ジャンルカにはワット枢機卿の下に赴いてもらう。リチャード、お前には新しい部隊を組織してもらおう」
「新しい部隊ですか?」
「帝国の将軍はシップを用いた集団戦は得意だが、そうではなく、もっと小回りの利く私直属の部隊だ。任務は主に敵の攪乱、籠絡――個人の能力が重要になるぞ」
「私がその部隊の長ですか?」
「うむ。特殊部隊の隊長だ。メンバーはお前がスカウトして決めていい」
「しかし過去の文献を紐解きますと、斯様な特殊部隊には情報収集、攪乱、籠絡に加え、暗殺という役割が求められるのが常だと思いますが」
「暗殺についてはお前の関与する所ではない」
「それは……」
「よいか。お前が特殊部隊の長として何をしようが咎めるつもりはない。だが暗殺に関しては口を出すな。それに関してマンスールと何かあった場合には厳しく罰する。心しておけ」
「やはり――」
「マンスールを憎む気持ちはわかるが、あれは必要悪だ。それを了承できなければこの話はなかった事にする」
「――わかりました。心に強く刻み込みます」
「では早速人集めを始めてくれ。最初の任務は《巨大な星》の反対勢力の弱体化だ」
別ウインドウが開きます |