5.4. Story 2 流浪の父子

4 バスキアとソントン

 バスキアはあせっていた。《牧童の星》を手始めに《歌の星》、《花の星》、《商人の星》を回ったが、ロイとゼクトの手がかりはなかった。
 一旦、《巨大な星》に戻り、延び延びにしていた連邦大学の退校手続きを行ってから、再び捜索の旅に出た。

 
「こんな星にいるはずがないな。でも万が一と言う事もあるし」
 バスキアが降り立ったのは《森の星》だった。
 七聖リリアが暮らしていた頃とあまり変わらぬ文化レベルで、森と湖の美しい星だった。

 着いてすぐにバスキアはこの星を気に入った。雷獣のいた森ほどではなかったが霊気に満ちた巨大な針葉樹の森が目の前に広がっていた。
 人探しが空振りに終わったある日、バスキアは思い切ってその森に分け入った。
 やはり良い森だった。これはリリアの力だろうか、それとももっと別の何かの作用だろうか、そんな事を考えながら歩くバスキアの前に突然一軒の炭焼き小屋が姿を現した。
 バスキアが小屋のドアをノックするとすぐに白髪にヤギのような白髭を顎から垂らした老人が出迎えた。

 
「おや、これは珍しい。道にでも迷われましたか?」
 バスキアは老人の都会人のような口調に軽い驚きを覚えた。
「いえ、あまりにもこの森が霊気に満ちているので、つい入り込んでしまったのです」
「ほぉ、なかなかの感覚の持ち主ですな。左様、この森はかつて『磁力の森』と呼ばれ、森の奥にはArhatの力を封じ込めた石が眠っていたのです」
「道理で。あ、失礼しました。私はバスキア・ローン、連邦大学の学生でしたが、たった今退学手続きをしました」
「それはまた立派な。専攻は何でしたか?」
「星間統治論――政治学です」
「大したもんですな。そうやって勉学に勤しまれる一方でハンターもなさっている訳でしょう?」
「ハンターを始めたのは最近です」
「私なんかは勉強の方ばかりだったので、からきし腕力がない。いつでも友人が戦ってくれているのを眺めていた口でしたからね」
「ははは、強い人間が拳で戦う、弱い人間はそれなりに違う方法で戦うんだと私の師匠は言ってましたよ」
「おや、私の友人と同じような事を言っていますね――ところでバスキアさん、ハンターとしての腕は確かでしょうね?」
「はい。それなりに――銀河で五本の指には入るかと」
「それは頼もしい。いや、実はね、この森にソーベアーという凶暴な獣が住みついているんですけど、そいつを退治してもらえませんかねえ」
「構いませんよ」
「本当ですか。じゃあ今夜はソーベアーを鍋にして一杯やりましょう」

 
 バスキアは老人に連れられて森の奥深くに入った。
「気を付けて。そろそろ奴の縄張りですから」
 老人が小声で忠告した。
「大丈夫ですよ。何でしたら先に帰って下さい」
「そんな訳にはいきませんよ。こう見えて若い頃には命知らずの冒険をした事だってあるんです」
「わかりました。私から離れないで下さいね」

 やがて針葉樹の間からソーベアーが顔を出した。体長は三メートル近くあるだろうか、両肘の所に鋸の刃のような突起が見えた。この刃で木や動物をなぎ倒すのだろう。
「ご老人、下がって」
 バスキアは弓を構え、矢をつがえた。
「ギズボアナ・ダームペーダ!」
 放たれた矢は光の帯となり、ソーベアー目がけて襲いかかった。立ち上がった拍子にまともに胸に矢を喰らったソーベアーは一瞬にして崩れ落ち、動かなくなった。
「こりゃすごい。一撃ですよ」

 
 バスキアと老人はソーベアーを太い木の枝に括り付け、炭焼き小屋まで戻った。
 夕食は老人の調理したソーベアーの鍋だった。酒を飲みながら二人は談笑した。
「ところでバスキアさん、さっきのかけ声みたいなのは何ですか?」と老人が尋ねた。
「ああ、あれですか。あれはアラリアの言葉です」
「はて、アラリア、どこかで聞いたなあ――ああ、そうか。ミネルバだ」
「ご老人、ミネルバをご存じなんですか?」
「ええ、連邦大学で一緒に教鞭を取っていましたから」
「――失礼ですが、お名前は?」
「そう言えば名乗ってなかったですねえ。私はソントン・シャウといいます」
「えっ、あのベストセラー作家の?」
「昔の事ですよ。それもデズモンド・ピアナの冒険があったからこその話ですし」
「そうでしたか。ソントン教授はデズモンドと懇意なんですね。実は私もデズモンドの航海クルーだったんです」
「あれ、そう言えば三回目のクルーに確かバスキアって方がいましたね。それがあなたですか。でもバスキアとは途中で別れたってデズモンドが言ってたけどなあ」
「話せば長い話ですけどね――

 
 翌朝、バスキアはソントンに別れを告げた。
「バスキアさん、まだ人探しはお続けになるんでしょう?」
「ええ、私に責任がありますし」
「実は私も人探しをお願いしたいんですがいいですか?」
「えっ、誰をお探しになっているんですか?」
「私の娘はベアトリーチェといいますが、都会育ちのせいか、この《森の星》の生活が退屈で仕方なかったんでしょうな。暇さえあれば色々な星に旅行していたんですが、ある日、『今度はちょっと遠くまで足を伸ばすわ』と言って出かけたきり、帰ってこないんです」
「どっち方面に行ったか見当はつかないですか?」
「それがどうやら《魔王の星》らしいんですよ。『子供の頃に書いたお守りを観に行くの』なんて言ってましたから。ところが例の『ウォール』やら『マグネティカ』ができてしまった。そのせいでポータバインドも通じなくなり、帰って来れなくなったんじゃないかって思ってるんです」
「それはご心配でしょうね」
「いえ、もういい大人ですし無事でさえいてくれればいいんです。私もこんな年でわざわざ迎えに行くなんてできませんから。でも『ウォール』の向こう側だとしたらバスキアさんでも無理ですよね?」
「やってみないとわかりませんが――もしかすると私の友人もそちらにいるかもしれません。すぐに行ってみますよ」
「すみませんねえ。会う事ができたら『父はお前を愛してるよ』とだけ伝えていただければ結構ですから」
「そうもいかないでしょう。最善を尽くしますので」

 
 こうしてバスキアは『ウォール』の向こう側を目指して新たな旅に出た。
 《商人の星》でトポノフが連邦ネットワークに照会をかけ、ヴィジョンをつなごうとしたが、それはバスキアが苦労の末に『ウォール』を越えた直後だった。

 
 ゼクトは正式にトポノフの養子となった。名はゼクト・ファンデザンデのままでトポノフから徹底して武人の道を教え込まれるのだった。

 

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 ジウランと美夜の日記 (13)

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