目次
Record 2 残された謎
わしは放心状態に陥った。
まるで機械のようにノータの葬式を指揮し、埋葬を終え、遺品の整理を行った。
怒涛の一週間あまりが過ぎてしまうとわしは何も手に付かなくなり、”Le Reve”で漫然と時間を過ごすのが日課となった。
ソントンを始め、サロンのメンバーが心配してわしの下にやってきたが、わしは終始上の空だった。
今日も稽古終わりのアンがわしの前の席に座っていた。
今や劇場のスターとなったアンはすっかりあか抜けて、一緒に冒険をしていた頃のお下げ髪の少女の面影はどこにも残っていなかった。
「ねえ、デズモンド。あたし、あなたに伝えなきゃいけない事があるの」
アンが唐突に口を開いた。
「……何を?」
わしはぼんやりと答えた。
「ノータの秘密。『絶対に言わないでくれ』って言われてたんだけど、今のあんたを見てたら情けなくって――だから教えてあげようと思うの」
「言ってみろよ」
「あたしたちが《幻惑の星》に立ち寄った時、あたしとノータだけで遊園地で遊んだでしょ。あの時に色々と話をしたのよ――
【アンの回想:ノータの身の上】
――ノータはとっても上機嫌だったわ。
「ああ、楽しい。ねえ、アン。こんなに楽しいの僕、生まれて初めてだよ」
「そうよねえ。あんた、苦労したって話だもんねえ」
「苦労って、両親を早く失くして、学校にも職場にも馴染めなくてって話かい。あれ、全部ウソだよ」
「……えっ、あんた、何言ってんの?」
「今日はさ、とっても機嫌がいいからアンだけには本当の話をするよ。でも約束してほしい。絶対に大将には言っちゃだめだよ」
そう言ってノータとあたしは一周したら一時間はかかるんじゃないかってくらい大きな観覧車に乗り込んだの。
観覧車が動き出すとすぐにノータは話し始めたわ。
「僕は《巨大な星》の生まれなんかじゃないんだ。どこだと思う?」
「わかんないわよ。《商人の星》?」
「惜しい。ダレンにもちょこっと寄った事はあるけどね。多分正解は出ないだろうから言うけど《霧の星》なんだ」
「それって確か……」
「そう。デズモンドの『万国誌』に載ってる『胸穿族』が住む星、僕はその胸穿族なのさ」
「ちょっと待ってよ。でもあんた、胸に穴なんかないでしょ?」
「それには深い理由があるんだ。僕は優秀な人間揃いの胸穿族の中でも特に優秀だった。知っての通り、一度見た物、聞いた事は決して忘れない。だから僕は外の世界でどれだけ自分が役に立てるか、それを知りたかった。閉ざされた星で一生を終えるなんて考えただけでもぞっとしたんだ」
「《霧の星》に行った事ないからわかんないけど――それで《巨大な星》に出てきたって訳?」
「僕は一族の偉い人たちにそれを伝えた。でも誰も賛成してくれなかった。もう何度も聞いてる例の奴さ、この世界は『持たざる者』のためのもので他の種族が共存して生きていくのは難しい」
「そうよね。『地に潜る者』も『空を翔る者』も巨人も、皆、同じ事言ってた」
「でも一つだけ方法があった。それは胸の穴を塞ぐ事。胸穿族のアイデンティティを捨て去るのさ――僕は最後まで反対する一族を押し切ってその秘術を受けた」
「それで胸に穴が開いてない……のね?」
「うん。僕は意気揚々と外に出た。まず向かったのが《商人の星》、そして《巨大な星》に行った。僕はちょっと後悔したんだ。一族の人の言う通り、外の世界は決して快適じゃなかった。身寄りもなく、風采の上がらない僕なんかを重要な仕事に付けてくれる人なんてどこにもいなかったんだ。でも二度と《霧の星》には戻れなかった。だって僕は胸の穴を塞いで故郷と決別したんだからね」
「よくわからないけど命がけなんでしょうね、胸の穴を塞ぐのって」
「あはは、よくわかってるね。で、僕はある日、偶然に”Le Reve”の外壁に貼ってあった『歴史学者の助手募集』の張り紙を発見した。そこから後は知っての通りさ」
「いつかは故郷に帰るんでしょ?」
「いや、もう手遅れさ。実は秘術には思わぬ副作用があってね、やっぱり元々開いている穴を埋めるのは良くない事みたいで、秘術を受けた者は例外なく早死にするんだそうだ。長く生きても三十歳、早ければ二十代半ばで寿命を迎えてしまうんだよ」
「もう一回、秘術で穴を開けられないの?」
「それはできない相談みたい。一族が反対するのも頷けるよね。外とは交流のない星で何百年も隠者のような生活をするか、外の世界でぱっと短く三十年で散るか、二つに一つだったら普通は危険を冒さない」
「……ノータ、あんた」
「僕は今二十九歳。だから明日死んだっておかしくない。でもこれっぽっちも後悔してないよ。だって大将やサロンの皆、君たちみたいなシップのクルーと刺激的な日々が過ごせたし――でも唯一の心配事は僕がいなくなった後の大将なんだよ。ああ見えて繊細な所があるから、きっと僕が死んだのを自分の責任みたいに受け止めるだろうなあ」
「ノータ、やっぱりデズモンドに言った方がいいと思う」
「だめだよ。せっかく航海がうまくいっていて、もうすぐ『クロニクル』も刊行できるっていうのに。そんな事言ったら『俺はもう航海には出ねえ』とか言い出すに決まってる」
「でもノータ。あたしには受け止めきれないよ、こんな話」
「そうだね。無神経な話をしちゃってごめんね。じゃあこれだけ約束してくれるかい。もしも大将が普段通りだったらこの話は君の胸の中だけにしまっておいてほしい。でも落ち込むようだったら大将にこう伝えてほしい――『ノータ・プニョリは自ら選んだ人生で天寿を全うした。そこには満足しかない』ってね――
アンが話を終えた。
「そんな話をしたのか?」
「そうよ」
「あの馬鹿野郎、アンにまで重いもん背負い込ませやがって」
「いいのよ、デズモンド。あの時のあたしはシロンの人生に深く触れようとしていて、マザーみたいな慈悲に満ちた人間になってたんだと思うわ。『聖母』って自分で言うのもおかしいけど、ノータはあたしになら打ち明けられるって考えたのよ。あたしも自分にだけ打ち明けてくれて嬉しかった」
「ありがとよ、アン。ノータは幸せだったんだな」
「そう言ってたわ。あなたが冒険を止めちゃうんじゃないか、それだけが心配だったみたい」
「ノータ本人にもそう言われたよ」
「だったらしゃんとしなさいよ。ノータの残した記録がたくさんあるでしょ。たまには学者らしく腰を落ち着けて読むのも悪くないわよ」
「ああ、おめえの言う通りだ」
「じゃあ、あたしは劇場に戻るから。ちゃんとやらないと承知しないわよ」
翌日、わしは”Le Reve”の大テーブルの上にノータが残してくれた書類の束を山のように積み上げた。
それだけで一冊の本が出来上がってしまうほどの量の資料の多くは、『クロニクル』初版で出てきた様々なほころびに対する考察と見解だった。
その他にはノータの日々の思いを綴った日記や僅かながら《霧の星》や胸穿族についての記述もあった。
全てを取り上げる事はできないので重要と思われるものだけを挙げておこう。
まずは『クロニクル』初版で解明されていない謎。
・エピソード1:ルンビアと別れた後のサフィの行動が記されていない。サフィはどこに行ったのか? (注:第二版以降、チャプター8、9として追加) ・エピソード2:チオニの戦いでシロンはどうなったのか? ・チオニの戦い前後でケイジ、ヤーマスッドの消息が不明 ・起源武王はどうなったのか? (注:第二版以降、Arhatジュカを登場させヤーマスッドとの関係を含め再編成、追記) ・エピソード3:『銀河の叡智』発現後の七聖の行動 (注:第二版以降、チャプター8、9として追加)
さらに、ノータの日記の中に興味深い一節、わしに向けたメッセージを発見した――
最愛の友、デズモンド 君がこれを読む頃には、僕はもう『死者の国』に旅立っているだろう。 君と色々な星を冒険した日々、サロンに籠って『クロニクル』を書き続けた日々、全てが良い思い出だ。 身寄りのなかった僕が、偶然サロンの外壁にかかっていた「助手募集」の張り紙を見つけて、君に初めて会った。 君は下を向いたきりで碌に会話もできない僕を見てこう言ったね。 「ノータよ。言葉には力がある。言葉は世界を変える事ができる。お前は話すのが苦手ならしゃべる必要はない。その代わりに記録するんだ。俺たちが見る事、聞く事の全てを言葉として記録するんだ」 あの時に僕は君に付いていこうって思った。どうしてかって――君が「俺」じゃなくて「俺たち」って言ってくれたからだよ。 幸いにして僕は人並み外れた記憶力を持っていたから君との関係は最高だった。君が言葉を駆使して(多くの場合は拳も交えて)行動するのを、僕は逐一記録する――おかげで『クロニクル』を刊行する事ができた。 今、僕はベッドで『クロニクル』を読んでいる。 第一版としては悪くない出来だと思う。でも心配していた通り、幾つかの重要な謎が解明されていない。 以前、君と話をした時に上手く説明できないと言ったけど、死が近い今となってはそれが説明できるような気がするんだ。 初版の『クロニクル』で明らかにならなかった最大の謎はデルギウスとノカーノの行動にあると思う。 デルギウスが《青の星》に立ち寄ってから数十年後にノカーノがもう一度《青の星》を訪ねている。 そして数年の後、ノカーノは息子のアカボシ、彼は《賢者の星》の初代の王だ、を連れてデルギウスと再会する。 デルギウスは再会から僅か数日後に自らの婚姻を執り行い、その後デルギウスとノカーノは二度と会う事はなかった。 よく調べたろう。実は君に内緒で《七聖の座》のメドゥキのギルドの人たちやデルギウスの結婚相手のキャナリス家の人たちに話を聞いたんだ。 皆、口を揃えて言ったのは、再会以来デルギウスとノカーノは疎遠になったんだそうだ。 デズモンド、謎を解く鍵は《青の星》だ。 ノカーノはそこの日本と呼ばれる島で息子のアカボシを授かったらしい。 僕は一緒に行けないけど、君には冒険を続けてもらって君の言葉の力で正しい歴史を紡いで欲しい。 《青の星》で何があったのかを解明して第二版の『クロニクル』を刊行して欲しいんだ。 第二版が完成したら、僕の墓前に供えてくれよな。 ノータ・プニョリ
わしは人目もはばからず、大声を上げて泣いた。
どれくらい泣いただろう、顔を上げるとマスターが店の看板を消して店内の掃除をしていた。
「すっきりしたかい?」とマスターが尋ねた。
「おお、喉がからからだ」
「そう来ると思ってたよ」
マスターは笑って、二人分のポリートをグラスに注ぎ、テーブルに置いた。
「何に乾杯しようか」
「――我が友に」
「我が友に」
「そして俺の新しい冒険の始まりに」
別ウインドウが開きます |