4.3. Report 2 精霊四大候

Record 3 ルンビアの記憶

「《虚栄の星》の星団が見えたぜ」
 わしが操縦席から声をかけるとソントンが尋ねた。
「どれにヴァニティポリスがあるんだ?」
「あの一番でっかい奴だろう。周りの小惑星には優れた王が引退してから一族を引きつれて移住するんだって商人から聞いたぜ。これまでにその栄誉に与れたのは星の創始者ドミナフとゴシック期の創始者オストドルフだけらしいけどな」
「ほぉ、今は『何期』なのかね?」
「確かヌーヴォー期だったはずだ」
「楽しみだな。銀河一の大都会を前にして年甲斐もなく、わくわくしてしまう」
「まずはドミナフに寄ってみるか」

 
 シップは主星の近くを公転する小惑星に着陸した。
「ドミナフだ」
 わしらはシップを降りて小さな町に向かった。町の中心には立派な廟が建っていた。
 廟の中に入ると真ん中の一番奥に一際大きな墓が、その周囲にも墓が立ち並んでいた。わしは参拝者の一人の老人に話しかけた。
「ここにはドミナフ王に始まる代々の王たちが祀られてるんだろ?」
「ああ、そうじゃ」
「あんたもドミナフの末裔かい?」
「いや、わしはその三代後の王の末裔じゃ」
「王は世襲ではないのですか?」
 転地が驚いたように言った。
「そうじゃ。退位する前に後継者を指名して、自らは一族と共に小惑星に引っ越すんじゃ。名君と呼ばれた王でないと小惑星に名前を付ける事は許されちゃいない。よってドミナフとオストドルフだけ名前が付いてる」
「王制と言っても絶対君主制ではない。どちらかと言えば民主主義に近いように思えるな」
「それがこの星の歴史だった」
「だった?」
「今のスカンダロフは三代続いた世襲の王、能力もないくせに独裁体制を敷こうとしておるわ」
「そりゃあ穏やかじゃねえな」
「うむ。ここだけの話じゃが間もなくダイスボロに滅ぼされるに違いない」
「ダイスボロ?」
「民主主義の運動家じゃ。ヴァニティポリスの近くの『嘘つきの村』に住んでおるらしいが、近いうちに何かを起こすじゃろう」
「ふーん、じゃあダイスボロにも会ってみねえとな」
「オストドルフはどうするんだ?」
「ここと大差ねえだろう。ヴァニティポリスに乗り込もうじゃねえか」

 
 わしらはヴァニティポリスに到着した。
「これは壮観だな」
 ソントンが声を上げたのも無理はない。都はルンビアが計画した図面の六割程度まで完成していた。六つの丘の上の旧文化地区の周りのゴシックと呼ばれる地区、さらにその外側のヌーヴォー地区も出来上がっていた。
 厳しい制限があるのだろう、一番高い位置にある旧文化地区の周りのゴシック地区の建物の高さは旧文化地区と同じ高さになるように揃っていた。さらに低い位置のヌーヴォーもゴシックと同じ高さになるように建物の高さが制限されていた。
「ヌエヴァポルトも都会だがこんなに整然とはしていないな」
「さてと、風前の灯の王様はどこにいるかいな」
「普通は一番奥に隠れてるもんじゃない?」
 アンが言うとノータが頷いた。
「アンの言う通り。フェイスと呼ばれる中央の丘に行ってみましょう」

 
 わしらはテンペランスと呼ばれる東の丘から街に入った。ヌーヴォー地区には曲線を生かした柔らかな雰囲気の建物が整然と並んでいた。
「こんな感じが続いてこの先はゴシック、その奥が旧文化地区な訳だな」
 店を冷やかしたり、道行く人に話しかけたりしながら進んで、やがて広い公園に出た。
「この公園の先がゴシックだが、このテンペランスのゴシック地区を道なりに進んで行けば中央のフェイスの丘だそうだから、そうやって進もうぜ」
 更に重厚な建物が居並ぶゴシックを歩き、大分行った所でフェイスの看板が見えた。
「しかし移動が大変だよな」
「動く歩道の建設が急ピッチで進んでいるようだ。大都市はどこでも同じ問題を抱えている」

 
「ここが旧文化地区の城だ。いきなりだが会ってくれるだろう」
 門番の兵士に用件を告げると兵士は驚いたような表情をして奥に走って、すぐに戻ってきた。
「王が会われるとの事です。どうぞ」
 わしらは兵士について城の中に入った。玉座には喜色満面の太った初老の男がいた。
「遠い所をようこそ。スカンダロフです」
「これはご丁寧に。俺はデズモンド、それからうちのシップのクルーだ」
「デズモンド殿、連邦使節の方が何のご用でしょうかな?」
「ああ、俺たちゃ連邦使節って訳じゃねえんだ。連邦の援助を受けてる歴史調査の一団さ」
「……我々を援助して下さるための使節団ではないと」
「ああ、そうだよ」
「申し訳ありませんな。急用を思い出したのでお引き取り願えますかな?」
「はあ?」
「おい、誰か。この方たちがお帰りになるそうだ」

 
 わしらは有無を言わさず城の外に追い出された。
「何だ、あいつは」
「デズ、彼もきっと必死なんだよ。君が窮地を救ってくれると期待したんだろう」
「それで、あの掌返しか。器の小さい奴だな」
「ああいう男だから民の信頼を得られないんだよ」
「仕方ねえな。じゃあ今度は王様を追い詰めてる男に会いに行くか」

 
 わしらは六つの丘を離れ、西にある村を訪ねた。村の入口の標識には『嘘つきの村』と書かれた木の看板がかかっていた。
「大した名前だな」
 村で一番大きな屋敷に近付くと扉の前には一人の少年が佇んでいた。
「よお、元気かい?」
「こんにちは」
 デズモンドに声をかけられた少年は利発そうな瞳をくりくりと動かして答えた。
「俺たちゃ、連邦の者なんだがダイスボロさんに会いたいんだよ」
「うーん、ちょっと待ってて下さい」
 少年は扉の奥に引っ込み、すぐに顔を出した。
「大丈夫みたいですよ。入って下さい」

 少年に案内されたのはかつてファンボデレンとメドゥキが『慈母像』の奪い合いをした大広間だった。
 広間の一番奥には体格の良い中年の男が立っていた。
「これはわざわざ連邦の方が来て下さるとは」
「いやいや、勘違いされちゃ困るん。俺たちゃ、連邦がスポンサーについてくれてる歴史調査隊ってだけだよ。連邦の名代って訳じゃねえんだ」
「……おお、そうでしたか。しかし遠路はるばる来られた事には変わりない。是非ごゆっくりしていって下さい」
「すまねえなあ――で、いつスカンダロフを引きずりおろすんだい?」
「これは又単刀直入な物言いですなあ。いつとは言えませんが、近い内には。民衆の不満も限界に達しておりますからな」
「そいつは楽しみだ。ところでこの少年は?」
「ああ、彼ですか。身の回りの世話をしてくれております。可哀そうに身寄りのない子なのですよ。この屋敷は昔からそういった子供を世話するために建てられたものでしてな」
「なるほど。ルンビアさんの『慈母像』があったのもこの屋敷か」
「さすがは歴史学者の方ですな。その通りです。聖ルンビアがこの屋敷でドミナフ王に出会い、今の発展の礎を作り上げたのです。そして七聖のファンボデレンとメドゥキがデルギウスに会ったのもこの場所です」
「だめな王様を叩き出して、もう一度ドミナフの頃みたいになるといいな」
「言い方はいささか乱暴ですがその通りです」
「期待してるぜ」

 
 わしらはその夜、屋敷で歓待を受けた。翌朝、出発の時に屋敷の少年だけが見送りに来てくれた。
「どうもありがとう。色々な話を聞けて楽しかったです」
「こちらこそ。頑張れよ、ダイスボロ少年」
「あれ、気がついてましたか?」
「まあな、世間は体制を引っくり返そうとするのがこんな少年だとは誰も思わないだろうな」
「はい、一刻の猶予もならないのですが、スカンダロフは軍を持っています。今はどうやって彼らを味方につけるか苦心しています」
「心配ねえよ。あんたならみんなが付いてくる。信じてやるこった」
「はい、頑張ります。デズモンドさんもお気をつけて旅を続けて下さい」
「じゃあまたな」

 

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 Report 3 精霊の誓い

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