目次
5 悲劇
ルンビアは発展する街の様子を観察するのが好きだった。
どこかの丘に飛んでいき、街の往来に立って楽しそうに時を過ごす人々の姿を眺めるのが習慣となっていた。
その晩も激務を終えたルンビアがフェイスの城を出ていこうとするのをドミナフが呼び止めた。
「ルンビア、又視察かい?」
「今夜は視察ではないよ。ま、野暮用といった所かな」
「一つだけ私の願いを聞いてくれないか」
「何だい。言ってごらんよ」
「外出する時には上着を羽織ってほしいんだ」
「ん、それは?」
「君も承知のように『カラス団』は悪さを続けている」
そう言ってドミナフはルンビアの背中をちらっと見た。
「ああ、そういう訳か。この背中の翼が問題になるんだね?」
「最近人が増えたせいか、心無い事を言う人間もいる。まったく」
「ドミナフ、君が気に病む必要はない。この世界が一つになるには時間が要る。気の遠くなるような時間がね」
「私は……建国の祖たる君に対するこのような仕打ちを許さない。今後も、将来の王たちに対してもそう伝えるつもりだ――それに君は私のかけがえのない親友だ」
「ドミナフ、その言葉だけで十分さ。じゃあ行ってくるよ」
ルンビアはペイシャンスに向かった。
今夜の雪が振りそうな天候のせいか、空から見る街にはあまり多くの人が出ていなかった。
地上に見慣れぬものを見つけた。
丘のはずれにある広場のような場所で茶色っぽいものが蠢いている。
セリとの待ち合わせには遅れてしまうが、何故か胸騒ぎがしてそちらに降り立ってみようと思った。
地上に降りたルンビアの目に映ったのは惨劇の現場だった。
何人もの人が倒れ、その中心にはさっき見かけた形容のし難い茶色いものがいた。
その茶色いものの傍らで倒れる二人の人物を見てルンビアは駆け寄った。
「デデス、セリ!」
デデスには背中にばっさりと斬られたような傷があり、すでに息がなかった。セリの方はデデスが庇ったのだろう、傷は深かったがまだ呼吸をしていた。
ルンビアは怒りに満ちた眼差しで傍らの茶色いものを睨み付けた。
「お前がやったのか」
「ふぃいいぐ」
茶色いものは意味不明の叫び声を上げながら襲いかかった。
ルンビアはひらりと空に飛んで避けると、腰に佩いた剣を抜いた。
「化け物め」
ルンビアは空から降りながら、剣を振り下ろした。
茶色いものは絶叫と共に地面に倒れた。
「ふぅ……ふぅ……ルンビア」
茶色かったものがまるで憑き物が落ちたように元の人間の姿に戻っていった。
「ダンサンズじゃないか。どうしたんだ、さっきの姿は」
「……『死者の国』と繋がったのさ」
「そこまでして……だが結局勝てなかった」
「おれの腕じゃ仕方ねえさ……だが『死者の国』の力は強大だぜ。おれはこのペイシャンスの丘に呪いをかけた。他の丘がどんなに発展してもこの丘だけはおれの呪いで発展させねえぞ」
「馬鹿げた事を」
「ふん、後で吠え面かくなよ……」
ルンビアは急いでまだ息のあるセリを抱き起こした。顔色は紙のように白く、呼吸が細くなりつつあった。
「セリ、今すぐ助けてやるぞ」
「……ああ、ルンビア様。ごめんなさい。待ち合わせに――
「そんな事言ってる場合か」
ルンビアはセリを抱きかかえたまま、ペイシャンスのメインストリートに戻った。
気が付けば雪が振り出していて、出歩く人の数も増えていた。
「どなたか、この近くに医者を知りませんか?」
ルンビアの問いかけにざわざわとする群衆の中から一人が答えた。
「知ってるけどよ……あんたが連れてるんじゃ、その女の子もまっとうな人間じゃないんだろう。医者も治療のしようがないんじゃねえか」
男の声に続いて「そうだ、そうだ」という声が聞こえた。「ここは人間の住む街だぜ」、「おとなしくしてりゃいいものを」、聞くに耐えない罵詈雑言が湧き上がるのを黙って聞いていたルンビアの中で何かが弾けた。
突然ルンビアは背中の神々しい白い翼を野次馬に見せつけるかのように羽ばたかせて空に舞い上がった。それまで面白半分に騒いでいた群衆の声がぴたりと止み、静寂が訪れた。
「どうして一緒に暮らしてはいけないのでしょうか?」
ルンビアは言葉を絞り出すとセリを抱いたまま、高く空に飛び上がった。
「……ルンビア様……最後のお願いです。北の山に」
「そうだね。約束だった。北の山で――」
「……スノウ・グラス」
「そう、スノウ・グラスを見つけに行くんだったね。じゃあ行こう」
途中で何も言わなくなったセリに気付いて、ルンビアは空中で嗚咽した。
「セリ、安らかにお眠り。いつか皆が一つになれる日が、そんな日がきっと来るから」
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