1.5. Story 2 出航

3 残る者

 プトラゲーニョはリーバルンの頑固さに手を焼いていた。
「リーバルン、いい加減にせんか。何故、ここに残るのだ?」
「プトラ、私に構わず早く逃げるんだ。何のためにシップを建造したと思ってるんだい?」
「それを言うならどうしてお前は脱出しない。何故、この世界と運命を共にしようとする。せっかくの脱出手段があると言うのに」
「将軍の言う通りです。もしもリーバルン様がここに残られるのでしたら、おれもここに残ります」
「スクート、それはだめだ。ここに残るのは私だけ。そう決めたんだ」
「ええい、埒が明かん。スクート、わしは一足先に人々を我らの『約束の地』に連れて行くぞ。お前はリーバルンを説得して、もう一隻のシップで後から来い」
 プトラゲーニョはぷりぷり怒りながら部屋を出ていった。

 
「リーバルン様、やっぱりナラシャナ様の一件にこだわってらっしゃるんですか?」
 真紅の夕焼けを浴びて静まり返った王宮の中でスクートが話しかけた。
「……色々あったよ。結局、私には世界を変える事ができなかった。逆に魔に魅せられ、世界に諍いの種を蒔き散らし、状況を悪くする事しかしてこなかった。そんな私の失態を全て帳消しにしてくれたのがサフィさ。私のせいで無実の罪を負って死罪になったニザラとコニの息子なのに、サフィは私を常に慕ってくれた。もうこれ以上足を引っ張ってはいけないんだ。私はここで《古の世界》と共に滅びるのがふさわしい」
「リーバルン様、おれには難しい事はわかんないっすけど、リーバルン様がいたからこそ、サフィも思う存分力を発揮できたんじゃないですかね。今、ここでリーバルン様に死なれたら、かえってサフィに消えない傷を残すと思いますよ――」

 
「スクートの言う通りです」
 リーバルンとスクート以外には誰も残っていないはずの王宮に声が響き渡った。二人が声の方を振り返るとそこにはルンビアが立っていた。
「父さんは私をこの世に作り出してくれました。それも失態でしょうか。取り返しの付かない事だったのでしょうか。では私は何のために生まれてきたのですか?」
「……ルンビア、お前の言う通りだ。お前は私の誇り。父らしい事を何一つしてやれなかったのにここまで立派に成長した」
「あなたは何もわかっておられない。私はずっとあなたの背中を見て育った。どうしてそれがおわかりにならないのですか」

 リーバルンはゆっくりとルンビアに近付いた。
「……怒られるとは思ってもいなかった。息子に説教されるとは、情けない話だが、不思議と嫌な気分はしないものだ」
 リーバルンはルンビアを力強く抱きしめた。
「我が息子よ。私は生きてお前の模範になるように努めよう――これを」
 首から下がったバーズアイをルンビアに渡した。
「ナラシャナと私の思い出の品だ。遠く離れていてもお前をいつでも見ている事を忘れないでくれ」
「父上、ありがとうございます」
「あ、あの、おれ、シップの準備をしなきゃ」
 スクートは涙を流したまま、出て行こうとした。
「スクート。どうせならプトラとは違う場所に行かないか。プトラはうるさくてかなわないよ」
「ああ、いいっすね。じゃあ行ってきます」

 スクートが出ていった後、ルンビアがリーバルンに言った。
「父さん……もう二度と会う事はないと思います。その前に一度だけ泣いてもいいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。父も共に泣く。そしてそれぞれの道を歩いていこう」
 いつまでも終わる事のない夕焼けの空の下、親子は再び固く抱き合った。

 
「行かなきゃ」
 リーバルンから体を離したルンビアはもう泣いていなかった。
 途中まで行きかけたルンビアは立ち止まり、振り返った。
「そうだ、兄さんやスクート、皆が心配していた事があるんです。父さんが度々、『比翼山地』に出かけて、誰かに会っているんじゃないかって」

「やはりサフィにはばれていたか」
「誰なんです?」
「かつて私が闇に堕ちた時にその場にいた人物、私は様々な事、特に闇についてもっと深く知りたいと思い、その人物に会っては話を聞いた」

「何故、そんな事を?」
「私はあのシャイアンを呼び出した日にこの世界が遠くない未来に終わる事を知った。そして精霊たちを争いの道具とした事により、その運命はいよいよ避けられないものとなった。次に現れるのは龍で、又、同じ過ちを繰り返せば、創造主が早々に引導を渡すのは間違いない。荒ぶる龍を争いの道具ではなく、融和の道標に変えられるのは、サフィ、そしてルンビア、お前しかいないと思い、私は賭けに出た」
「ではぼくらを『風穴島』に行かせたのは?」
「そう。サフィがそこに行けば、龍も目覚めるのではないかと期待した。龍と最初に言葉を交わすのは彼でなくてはいけないと思ったんだ。もっとも龍だけでなく、マックスウェル大公という別の大きな存在まで呼び寄せてしまったようだけれども」

「父さんが比翼山地に行く理由については、どうなんですか?」
「そうだったね。私は賭けに勝ち、お前たちの尽力で三界は瞬く間に融和したが、まだ心配事は残っていた。この世界に混乱をもたらす者の存在、それこそがあの日、私に『世界が終わる』事を告げた人間だった。私はその者が再びこの世界の平和を乱そうと企んでいるかを知るためにその者に会い、もしそうであれば、それを止めるつもりだった。だがその者はこの星に最早、何の興味も抱いていなかった。むしろ無知な私にこの宇宙の成り立ちや創造主の壮大な計画について語ってくれたのだ」
「一体、誰ですか?」
「その名はヤッカーム」
「えっ、何故、水に棲む者が比翼山地に。それにヤッカームは母さんを陥れた憎き仇じゃありませんか?」

「いいかい、ルンビア。これから私の言う事をサフィに伝えてほしい――ヤッカームは水に棲む者などではない。あの男は遠い別の銀河から来た、いわば創造主と同列の人間だ。彼がこの銀河にやって来た目的は、この銀河を簒奪する事――
「ちょっと待って下さい。父さん、何故、ヤッカームを斬り捨てなかったのです?」
「本人曰く、『不死』なのだそうだ。私たちよりもはるかに長い昼夜を生き続ける、そんな人間を斬り捨てた所で解決にはならない」
「そんな人間がいるんですね」
「だが不死なだけではこの銀河の簒奪はできない。そこで彼が考えたのが……しまった。レイキールが危ない!」

「父さん、どうしたんです?」
「ヤッカームが銀河簒奪のために狙っていたのは水に棲む者に伝わる凍土の怒りと呼ばれる遺物。この脱出の混乱に乗じてレイキールからそれを奪い取ろうとしているに違いない。ルンビア、白花の海に急ぐぞ」
「今からですか?」
「そうだ。ここで止めねば新しい世界でサフィが狙われる。奴はサフィこそ倒すべき好敵手として認めていた」

 
 リーバルンたちが急いで宮殿を出ると心配して戻ってきたスクートに出くわした。
「さあ、出発しましょう」
「スクート、その前に白花の海に。レイキールの身が危ないんだ」
「そんな事言ったって。あれを見て下さいよ」

 
 リーバルンたちが立っていたのは山鳴殿から少し登った所の見晴らしのいい場所だった。スクートが示す先では各地の住民を乗せたシップが次々と飛び立つのが見えた。
「どんどん飛び立っていって、残るのはここと、後はルンビア、君が乗るホーケンスのシップくらいのものだよ。水に棲む者のシップなんてとうの昔に飛び立ってますよ」
「ああ、何て事だ。義弟は無事か……」
「リーバルン様……きっと大丈夫ですよ。もう行かないと逃げ遅れますよ。ルンビア、ここはおれに任せて君もホーケンスに戻った方がいい」
「そうします。では父さん、本当にお別れです」

 
 エクシロンはホーケンスでミサゴから受け入れた人々の乗船を確認していた。
「これで全部か?」
「あ、は、はい」
「何だよ、まだ誰かいんのかよ」
「あの、プントがまだミサゴにいます」
「ったく。あのじじいはよ――お前ら、シップに乗ってちょっと待ってろ、すぐに戻るからよ」

 
 エクシロンは全速力でミサゴに向かった。家の粗末なドアを開けて中に入るとプントは読書をしていた。
「おや、出かけておらんのか?」
「やい、じじい。迷惑かけんじゃねえぞ」
「……わしは疲れた。もう休ませてくれんかの」
「何、甘ったれたこと――」
 エクシロンは異変に気づき、途中で言葉を止めた。プントは泣いていた。
「わしは罪滅ぼしをせにゃならん。わしがもう少ししっかりしておればサフィの両親を死なせんで済んだかもしれん。それだけがずっと心に引っかかっておった。もう二人の下に行かせてくれんかのぉ」
「……じいちゃん」
「エクシロン、お前はわしのように後悔の残る人生を送るでないぞ。サフィとルンビアをよろしく頼む」
「あ、ああ、わかったよ」
「わかったら早く行け」
 プントはにこりと笑った。

 エクシロンは来た時と同じように全速力でホーケンスに向かった。
「ちきしょう。何で夕焼けが終わんねえんだよ」

 

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 Story 3 羅漢

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