1 燃える空
ホーケンスが半壊した翌日にサフィはベッドから起き出した。エクシロンの肩を借りて『世界の中心亭』の外に出ると、三界の王たちとトイサルが立ち話をしていた。
「サフィ、もう平気なのか?」
トイサルがいつも通りの口調で話しかけた。
「一人だけ寝ている訳にもいかないさ」
「今日くらいは休んでも罰は当たらない。君の力でひとまず世界は救われたのだから」
リーバルンがサフィの右足のあった部分を悲しそうに見つめながら言った。
「いえ、これからは一日たりとも休んでなどいられません。リーバルン様が治療をして下さったおかげで足の方は何も問題ありません」
「私だけではないんだよ。レイキールが『清廉の泉』からよく効く塗り薬を持ってきたし、ネボリンドもわざわざ鉱石を持ってきてくれた」
リーバルンに名前を出されたレイキールとネボリンドは小さく微笑んだ。
「……鉱石ですか?」
「ああ、まだ、お前に伝えてなかったな」とトイサルが話を引き取った。「今、ネボリンド王の持ってきた鉱石でピエニオスがお前の義足をこしらえてる――お、噂をすれば来たようだぜ」
ピエニオスが転びそうになりながら走ってきた。
「はあ、はあ……昨夜、おめえが眠ってる間に採寸したんで多分ぴったりだ。この鉱石は柔らかいから足にも痛みはねえだろう」
「ウシュケーが発見した『虎目レコロン』という軽くて柔らかい金属だ。足に合うだけではなく、今まで以上に『推力』を効果的に放出できるはずだ」
ピエニオスがサフィの足に義足を付けている間にネボリンドが説明をした。
「ああ、ぴったりです」
サフィが義足の感触を確かめるように、何歩か歩いて、その場でジャンプしてみせた。
「ちっとも、痛みもないし――皆さん、ありがとうございます」
「私たちが君にしてあげられるのはこれくらいしかないからね」とリーバルンが言った。
「エクシロン、君は早くも私の介添え人失業だね」
サフィは軽く足をひきずりながらエクシロンに近付いた。
「ところで他の皆はどこに行ってるんだい?」
「皆、シップの乗船準備を始めてるよ。アダニアはサソー、ウシュケーはワジ、ニライはマードネツクだ。ミサゴの住人にはホーケンスに降りてきてもらう事にしたよ。で、ルンビアは黄龍たちと一緒に警護をしていらあ」
「警護?」
「ああ、いつ滅亡が始まるのかディヴァインにはわかるらしい。それを見張ってるって訳だ」
「……私もそちらに行ってみよう。ディヴァイン様にお礼も言わなきゃならないし」
「さて、余も『松明洞』に戻るとするか。救世主の無事な姿も確認できたしな――リーバルン、レイキール、そしてサフィ。貴殿たちに出会えて良かったぞ。何故、もっと早くこのようにできなかったか、今となっては詮無き事だがな。ではさらばだ」
ネボリンドが去り、レイキールも立ち去ろうとして立ち止まった。
「リーバルン、私はあなたに謝らなければならない。姉を奪ったあなたは確かに憎かったが、違う方法があったのではないかと思っている。頭ごなしに憎しみ合うのではなく、互いの意見を聞く事さえできたなら、姉は死ななかったかもしれない――私を許してほしい」
「レイキール、それは私も同じだ。もっと違うやり方を取っていたなら……そう思うと今でもやり切れなくなる。謝らねばならないのはこちらだ」
「あなたを兄と呼びたかった――」
「レイキール、ところで珊瑚は元気か?」
「ああ、実物を見たらその可愛らしさに卒倒するぞ――失礼する」
「レイキール、もう一つだけ」
「まだ何か?」
「ヤッカームにはくれぐれも注意されるがよい。あれは恐ろしい男……」
レイキールは振り返らずに去っていった。
「長かったとも言えるし、あっという間だったとも言える。私たちの人生とは何だろうな?」
一人残ったリーバルンが呟くように言った。
「最後に三界が和解できたのですから良かったのではないでしょうか?」
「それは世界が滅びるのがわかり、君が命を懸けてそれを説いて回ってくれたからだよ。改めて礼を言う、サフィ」
「そんな……まるで今生の別れのような言い方は止めて下さい」
「ははは、そうだね――ご覧よ、ものすごい夕焼けだ」
リーバルンが指差す西の方角には真っ赤な空が広がっていた。
「まるで空が燃えているようですね」