6.2. Story 2 《花の星》

 Story 3 《愚者の星》

1 誰も見た事のない景色

 飛び立ってから三日目、オンディヌが乗員たちを起こした。
「さあ、そろそろ《花の星》に着くわよ」

 ここまでの航行は順調だった。
 地球を出発してわずか数十分で月に到着すると、早速、地球に送るためのテレビ番組収録を開始し、それは火星、木星、土星、天王星、海王星に至るまで続いた。
 太陽系を離れ、しばしの休息時間が訪れたが、静寂はすぐに破られた。
 放送については日本とアメリカとフランスが映像を受ける主幹局となり、そこから各国のテレビ局を経由して世界中に配信されていたが、アメリカの主幹局からの連絡がオンディヌのポータバインドに入った。月から海王星までの映像を映しただけの番組が全世界で平均視聴率80%以上を記録したため、何でもいいので映像を送ってほしいという依頼だった。

「とは言っても、外は一面の闇だ。《花の星》に着くまでは我慢してもらうしかない。こんな事なら『オールトの雲』をもっと撮影しておけばよかったな、それとも船内の映像でも撮って送るか」
 リチャードの冗談にネーベが乗った。
「賛成。交代でこのホスピタルシップでの生活の様子を撮影しましょうよ」
「いいねえ、おれのギター演奏が宇宙から世界中に流れるなんて、たまんないね」
 アーヴァインは乗り気だった。
「おれの毎日なんて誰が見るんだよ。だらだらして飲んだり食ったりするだけだぞ」
 ジャンジルはしぶしぶ承諾した。
「ぼくはリンとの稽古風景を見せたいな。今日もリンにほめられたんです。チコは筋がいいぞって」
 チコはにこにこして答えた。
「それにしても早くポータバインドが欲しいよねえ。片言の英語で会話するのも限界あるし」とリンはぼそりと呟いた。
「そんな事ないですよ、リン。リンはちゃんとしゃべってますよ」とチコが慰めた。
「そうだぞ、リン。ポータバインドなんて付けたら人間はますます怠け者になっちまう。連邦府に着くまでの限られた時間、この不自由さを思い切り満喫しておこうじゃないか」
 ジャンジルが哲学者のようなしかめっ面をしてウインクした。

「で、今日の撮影はどうするのよ?」
 ネーベが催促した。
「初日だし、地球の英雄、リンにやってもらうっていうのはどう?」
 船内の全員が賛成し、リンが撮影とレポートを担当する事になった。

 リンはアーヴァインからカメラの使い方を教わり、カメラを持って船内を歩き回った。
「ああ、困ったなあ。仕方ない、稽古しているところを撮影しよう。」
 リンは自分の稽古している姿を撮影した。自然で消えてみたり、空中で何回も宙返りをしてみたり、こんなの誰が見るんだろうと思いながら撮影を続けた。

 
 《花の星》は《青の星》と銀河連邦府ダレンのある《商人の星》のほぼ中間地点にある、地球よりも少し小さい星だった。着陸許可を得て、シップは王都ノヴァリア近くの森の上に作られた円形のポートに着陸した。リンたちが外に出ると爽やかな風が吹いてきた。少し霞がかった春のような穏やかな天候だ。

 出迎えの男女が現れた。
「ようこそ《花の星》へ。独立医療活動に従事されているオンディヌ様のホスピタルシップでいらっしゃいますね」
 二人の男女は一見すると普通の人間と変わらなかった。男性はスキンヘッド、女性はくるくるっと茶色い髪の毛を盛り上げており、二人ともゆったりとしたアースカラーのチュニックのような服を着ていた。
「どうもありがとう」
 オンディヌは微笑んだ。
「今日は医療活動ではないの。《青の星》の使節団を連邦府まで送る途中での表敬訪問」
「それは素晴らしい。これは王にお伝えしませんと」
 男性は「ヴィジョン、カーリア・パラディス」と言い、空間に浮かんだ映像としばらく話をした。
「お待たせしました。王宮にご案内致します」

 リンたちは小さなシップに乗り換え、ノヴァリアの王宮に向かった。眼下に広がる一面の森と花畑、建物はあくまでも自然を邪魔しないように距離を置いて建てられていた。
「すごい、この風景。絶対に撮影して地球に送らないとね」とネーベは感嘆の声を上げた。
「《青の星》も豊かな自然に囲まれているのではありませんか?」と案内の男性は尋ねた。
「このように自然と文明が共存はしていない。文明は自然を破壊してしまうし、自然がそのまま残るのは文明の入り込まない未開の地だけだな」とジャンジルが哲学風に答えた。
「私たちの星にもかつてはその問題があったようですが、『銀河の叡智』のおかげで全てが進歩し、このように共存が可能になったのです」
 案内の女性が言った。
「隣の星の悲劇を知ってますからね……あ、これは余計な事を。そろそろ王宮に着きます」

 
 王宮はこの星で採掘された薄緑がかった石で造られた古めかしい建物だった。中央の塔をはさんで両脇に建物が伸びており、王宮前の広場にはすでに話を聞きつけた歓迎の人垣ができていた。
 リンたちを乗せたシップが王宮前広場に着くと一斉に拍手が沸き起こった。王宮からも迎えが出ていた。

 迎えの男性の一人が声を上げた。
「リチャード・センテニア様ではありませんか。どうされました?」
「ああ、この星に来るのも久しぶりだな。実は私は帝国を離脱したのだ。これから連邦に行き、《鉄の星》を再興する事にした」
 声を上げた男は返答につまった。
「……左様ですか。では王にお会い頂き、直接話を伺うのがよろしいでしょう」

 
 王宮内に案内されたリンたちはゲストルームに通され、お茶を振舞われた。しばらく寛いでいると一人の小柄な男が登場した。
 男はリチャードを見つけるといきなり抱きついた。

「おお、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
 リチャードも男の肩を叩いた。
「カーリア王もご健勝で」
 カーリア王と呼ばれた男はあっけにとられるリンたちの視線を感じたのか、居ずまいを正した。
「これは客人の前ではしたない事をしてしまったな。リチャード、この方たちを紹介してはくれぬか?」

 リチャードはリンたちを一人ずつカーリア王に紹介して、王は抱擁と労いの言葉でこれに応えた。王というが他の人と同じようなチュニックを着た普通の初老の男だった。
「食事の時間までこの星を案内させよう。我が家のように過ごされるがよい。リチャードはわしの部屋まで来てくれんか、色々と話したい事がある」
 カーリア王はリチャードの手を取り、王の間へと連れて行こうとした。リチャードが耳打ちすると王は頷いて立ち止まった。
「リン、お前も来てくれ。連邦について知っておくチャンスだ。ジャンジル、いい紹介番組を撮ってほしいそうだ。思う存分やってくれ」

 
 リンとリチャードは王の間に向かった。王は玉座に腰掛け、リンたちにも椅子を勧めた。
「知っての通り、連邦は昔の連邦ではない。失脚したトリチェリの後を継いだ腐った能無しどもが私物化しておる。わしも失望して顧問を辞した」
「トリチェリ議長は?」
「牢獄で亡くなった。表向きは毒を呷った覚悟の自殺だそうだが、真実かはわからん。補佐していた者たちも投獄されたり、閑職に追いやられたりしているようだ。連邦はいつ消滅してもおかしくない状態だ」

「私たちに連邦を再興できるでしょうか」
「リチャード、どうした。こんな話をしても尚、連邦と運命を共にしようと言うのか。帝国の強さ、大帝の凄さは君が一番よく知っているだろう。その自信の源は何だ、帝国に対する私怨だとしたら無謀な戦いだぞ」
「カーリア王、お聞き下さい。無謀な戦いを行うつもりはありません。銀河の運命を変えるかもしれない男に出会ったのです。その男こそ……ここにいるリンです」
「……何と言っていいのやら。『全能の王』の再来と呼ばれる君が認めたのであればそれなりの人物であろうが、強大な帝国や王国、連邦でさえ腐ってはいるが精鋭の軍を保有している、それらを相手に君ら二人だけでどう立ち向かうつもりだ?」
「二人だけではありませんよ。王も味方になって下さる」
「おお、もちろん、もちろんだ」
「とにかく連邦府ダレンに行ってみないと始まりません――ところであのお転婆の姿が見えませんが、ずいぶんと大きくなったでしょうな」
「……あ、ああ」
「どうされました?」

 
「隠し事をしても始まらん。正直に言うがあの娘にはほとほと手を焼いている。母親がいないのを不憫に思いあの娘のやりたいようにやらせてきたが、わしは育て方を間違えたようだ」
「ここにはいないのですか?」
「うむ、我が星が軍備を放棄しているのは知っておるな。娘はそれが我慢ならないようでな。自ら人を募って義勇軍を作りおった。それを厳しく叱りつけたら、へそを曲げて出ていってしまったのじゃ。だが出ていったとて食っていけるものでもない。海賊のような真似をして、商人たちのシップを付け狙うコソ泥のシップを襲っては小金をせしめ、溜飲を下げている有様だ」
「危なっかしいですな」
「訓練された奴らに出くわしたなら一たまりもない。所詮はおままごとだ」

「根城はどこですか?」
「……ん、娘を説得してくれるのか?」
「ここまで伺っておいて無視する訳にもいかんでしょう」
「小賢しい手を使ってすまなかった。初めから君に頼むつもりだったのだ。銀河の英雄である君の言葉になら娘もきっと耳を傾ける。手遅れにならないうちに、頼む。娘の本拠はここと《愚者の星》の中間点から遠くない座標にあるウーテと呼ばれる小惑星だ」
「お任せ下さい」
 リチャードは立ち上がった。
「早速行ってまいります。夕食までには戻りますので――リン、行くぞ」

 

先頭に戻る