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20XX.10.XX アイシャの願い
シップは開都のポートを出発した。
いよいよ本格的な、最初で最後になるはずの戦闘が近づいていた。
転地、水牙親子が手配した大型シップに乗り込んでからしばらくすると、じいちゃんが全員に集合をかけた。
「あのな、実はあんたたちに黙ってた事がある」
「何だよ、今更」
コメッティーノがあくびをしながら答えた。
「おれたちゃ、死ぬのも気にしちゃいないぜ。どうせ、創造主が世界を変えてくれるんだろ?」
「ああ、その事なんだがな。あの時は勢いでそんな事を口走っちまったが、よくよく考えると、わしの思い込みに過ぎんのかもしれない。あんたたちの犠牲の下に勝利を勝ち取ったとしても、世界は変わるとは限らないんだ。だから今からでも遅くない。生きていたい奴は戦う必要ないからな」
「そんな事か」
リチャードが静かな声で言った。
「ここにいる人間は誰一人として死など恐れてはいない」
「そうだぜ」
コメッティーノが続けた。
「ヌニェスたちに聞いた限りじゃ、覇王の侵略の様子は酷いらしいじゃねえか。どっちにしろそんな奴をのさばらしとく訳にゃいかねえし、そんな奴の支配する世界で生きたいなんて思わねえ」
「そうかい。だったらこうしようぜ。《虚栄の星》では、できるだけ戦闘を避けてくれ。生き延びる事を最優先としちゃあくれないか」
「ああん、デズモンド。言ってる事が変だぜ。おれたちゃ戦いに行くんだ。シップを連ねての正面衝突じゃ勝ち目がないから、個人の力で勝負しようって算段じゃねえか。それが何だ、今度は戦うなだって。観光でもしてろって言うのかよ」
「そうだなあ。観光もいいかもな」
「ふざけやがって」
「まあ、待てよ。冷静に考えたんだ。ここにいる強者の力で覇王を叩きのめしても、それで創造主が納得するかって事だ。もっと奇想天外な方法を採らなきゃいけないんじゃないかと思う訳だ」
「よくわからねえが、二つの世界ができた経緯を一番よく知ってるあんたが言うんならそういう事だ。好きにすりゃいい」
「わかってくれるかい。じゃあ、それぞれ決められたエリアに散って、そのきっかけを探してくれ。で、夜にフェイスのヌーヴォーにある酒場に集合しよう。絶対に何かいい案が転がってるはずだ」
モデスティと呼ばれる地区の近くのポートにシップを停めた。
機内でじいちゃんから六つの丘の構造や位置関係のレクチャーは受けてたので、ポートを降りると、皆、それぞれの目的地に向かって出発した。
「ジウラン、あたしたちも『嘘つきの村』に行くわよ」
ポートを降りた所でその大都会ぶりに呆然としてるぼくの腹を美夜が小突いた。
他の皆が六つの丘に向かうのとは逆方向を目指した。
動く歩道が途切れ、標識が立っていた。
「ここより『嘘つきの村』」
村は予想と違い、邸宅が点在する高級住宅地だった。
「六つの丘に住むのに飽きたお金持ちの隠れ家ね」
ぼくたちは立派な庭と屋敷を見ながらぶらぶら歩いた。
「あ、あの屋敷だけ一際古い。きっと『クロニクル』に出てきたノコベリリスやツヴォナッツのお屋敷じゃない?」
確かにそれだけ他の白っぽい屋敷とは異なっていた。どっしりとした黒っぽい石造りのまるで要塞のような外観で、他の屋敷は庭が道路に面していたが、その屋敷の庭は建物に隠されて外から見えず、中庭となっているようだった。
屋敷の正面の鉄の扉の所で人を探したけど、誰もいなかったので重たい鉄の観音開きの扉をぎぎぃっと開けて、中に入った。
中庭は綺麗に整備されていたが、やはり人の気配はなかった。
「ねっ、あそこ見て」
美夜が示したのは幾つもの彫像が立ち並ぶ放射状の小道の中心にある小高い場所だった。白いテーブルと数脚の椅子が置かれ、天井は一面薔薇のような真っ赤な花の棚で覆われていた。
「あそこに行って様子見ましょうよ」
ぼくたちは金属製の白い椅子に腰かけた。これで目の前に紅茶でもあれば、まるで貴族の昼下がりの一時みたいな感じだ。
やっぱり、こんな都会のはずれじゃ何も起こらないね、ぼくがそう言おうとした時、美夜が先に口を開いた。
「――誰か来るわ」