目次
1 今や最大の矛盾は自分自身かもしれない
《密林の星》、王宮のある通称『緑の海』の東側に開けた一帯がある。
かつて《享楽の星》の王ドノスの私企業が一大リゾートエリア開発を進めていたが、その途上でドノスがセキたちに倒されたため計画は立ち消えとなり、今は整地された大地がどこまでも広がっていた。
茶々は久々に《泡沫の星》から戻り、この平地をぶらぶらと歩いた。
心に引っかかっていたのはリチャードの事だった。
《鉄の星》での会話を最後にリチャードの姿は消えた。
コウは「リチャードは生まれ変わった」と言った。
それはそれでいい、と茶々は思った。リチャードが時折見せた狂気と激情、それが彼の生い立ちから来るもので、奴自身もそのギャップに苦しんでいたのだったら、ようやく本来の姿に戻れた事になる。
だがその後のコウの話がまるで要領を得なかった。「鎧が時間の輪の中ではるか昔に飛んで、それが魔王の鎧となった」という。
ならば自分が喰らった魔王が身に付けていた鎧兜はリチャードの物だったというのか。
思い当たる節がない訳ではなかった。
《魔王の星》のジャウビター山で鎧を見た後からリチャードの様子が変わったのは何かを感じ取ったからかもしれない。
リチャードは生まれ変わり、邪龍の怨念の染み込んだ鎧が暗黒魔王を産み出し、その魔王を自分が喰らった。
オレは一体何者なのだ――
気が付けば、『ニニエンドルの園』まで来ていた。
ここは妻ワイオリカが《青の星》から聖なる樹の葉を持ち帰り、この大地に植えたのが始まりだった。
息子ヴィゴーという天賦の才を持った者の手により、聖なる樹は驚異的な成長を遂げ、この星の絶望的な緑化は止まった。
それだけでなく、樹はロクたちのいる《囁きの星》にも移植され、そこでも人の住めなかった凍土地帯の緑化に役立っていると聞く。
後は樹の発祥の地、《享楽の星》に移植すれば計画はひとまず達成されるはずだった。
だが新・帝国と対立する連邦の本拠が《享楽の星》にあったため、実施は先送りとならざるをえなかった。
住民に罪はない。どうにかしてやらないと――
息子ヴィゴーがやってきた。
「父さん、楽しくなさそう。つまらない顔してちゃだめだよ。樹も心配してる」
ヴィゴーは最近よくしゃべるようになった。
生まれてしばらくの間、言葉を発さなかったのは自分が魔王を喰らったせいではないかと心配したが、樹の生育に携わるようになって大きく変わった。
今では普通の少年と何ら変わりない、冗談も言うし、よく笑う。
「そうだな。せっかくの休みなのにな」
「リチャードおじさんの事?」
「それもある。リチャードはもう帰ってこねえからオレが一人で戦わなきゃならねえんだ」
「だいじょうぶだよ。父さん、強いし。他にもあるの?」
「マリスの事さ。せっかくお前が育てた樹をチオニに持ってけないだろ」
「うん」
「ぐちぐち考えてても仕方ねえや――そうだ、ヴィゴー。面白い話してやるよ」
「何?」
「《霧の星》で商売してる奴に会った時に聞いたんだが、『胸穿族』って知ってるか?」
「ううん」
「《霧の星》で暮らしてる胸に穴の開いた奴らなんだが、とっても頭のいい奴らなんだ――
【茶々の話:フォグ・ツリー】
ある商人が『胸穿族』に尋ねた。「どうして胸に穴が開いてるんだ?」ってな。
するとこう答えた。
はるか昔、我らの先祖は一本の木、フォグ・ツリーと呼ばれる巨大な木から生まれた。
まるで果実が実るように木から生まれ出て、たくさんの人間が木からぶら下がってる様は壮観だった。
やがて果実と同じで熟す時が来ると、木から切り離される。
その際に木には胸の一部が残り、産み落とされた人間は胸に穴が開いた状態になる。
つまり胸の穴は母なるフォグ・ツリーとの強い結びつきの名残なんだそうだ――
「って話だ」
「父さん、聖なる樹もぼくたちにとってのフォグ・ツリーだって事?」
「さあな。そうだったらいいんじゃねえか」
「うん、そうだね」
茶々とヴィゴーはゆっくりとしたペースでヴィゴーの育てた樹々を見て回った。
青々とした葉をつけた若木、チオニのあの今にも倒れそうな巨木とは全く違っていた。
やはりチオニが手遅れになる前に持っていかないと――
「父さん、誰か来る」
茶々の思考はヴィゴーの一言で遮られた。自分が気配を察知できない、いや、ヴィゴーの方が一瞬早く気配を察知したのが驚きだった。
「……安心しろ。あれはお前の大好きな人だ」
大地に姿を現したのはリンだった。
「やあ、茶々。また会ったね」
「相変わらず呑気なもんだ。コウやくれないの話じゃ、色々とあるみてえじゃねえか」
「うん。だから今日はお前を誘いに来たんだ。初めまして、ヴィゴー」
ヴィゴーはぺこりと頭を下げてからにこりと笑った。
「へへへ。ようやく出番が来たって訳か。で、場所はどこだ?」
「ここからすぐ近く。チオニだよ」
「あーん、キザリタバンの首でも取るってのか?」
「いや。彼は銀河に必要な人間さ」
「じゃあ誰だよ?」
「ドノス」
「あいつは死んだろ――だが龍や三界が蘇ってんだ。ドノスだって蘇るよな」
「しかも桁外れに強化されてるんじゃないかな」
「ふーん、相手に不足はねえや。早速行くか」
「父さん、待って」
「何だ。ヴィゴー」
「チオニが、樹が、本当に死んじゃう」
「茶々。ヴィゴーの言う通りだよ。ドノスは本気で大樹を滅ぼそうとしている。それを食い止めないといけないんだ」
「……って事はヴィゴー、おめえの出番だな」
ヴィゴーは茶々の言葉に一瞬目を丸くした後、大きく頷いた。
「よーし、チオニまでピクニックとしゃれこむか。ところで他に誰が来る?」
「うん、ランドスライドが都合をつけて来てくれる」
「なるほどな。面白そうだ。じゃあ行くか。あっ、母ちゃんに言った方がいいのかな」
「父さん、どうせなら母さんも一緒に皆で行こうよ」
「ちぇっ、本当にピクニック気分でいやがる。母ちゃんは忙しいんだからだめだ」
「ふふふ、じゃあ僕はこれで行くから。健闘を祈るよ」
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