5.8. Story 3 誤算

 Chapter 9 連邦崩壊の序曲

1 連邦離脱

 アンフィテアトルの北にある白亜の宮殿に一角だけ手つかずの自然がそのまま残された小川と土手がある。
 そこの土手に腰掛けて大帝がジノーラと話をしていた。

「ねえ、ジノーラ。ここの風景は私の星のそれとよく似ているんだ。川沿いにピンクの花が一斉に咲き誇る季節になると郷愁をそそられる」
「確かに。あの花は興味深いですな。咲く美しさよりも散る美しさとでも言いましょうか」
「私が生まれた星にふさわしい、かい?」
「ははは、そうかもしれません。ですから多くの人間が心惹かれる。デズモンド、ケイジ、それにまだ多くの傑物があの小さな奇跡の島に暮らすのもそんな理由からなのでしょう」

「君にそう言ってもらえると光栄だ――ところで昨年になるかな、《鉄の星》のリチャード皇子に偶然会ったよ」
 大帝の言葉にジノーラは目を細めた。
「ほぉ、縁があると言うべきですな」
「アンフィテアトルで会った。アレクサンダー先生の所でね」
「ふふふ、一挙両得でしたな」
「ん、どういう意味だい?」
「何でもございません――で、本日のご相談は?」

 
「そのリチャードも関係するが、君に言われた通り五年の猶予期間が過ぎた。その間に帝国は着々と力を蓄え、今や連邦に引けを取らない人材が集まったと言っても過言ではない」
「いよいよ行動を起こす時という訳ですな。その時が到来したと星も伝えております」
「事を起こすに当たり、まずは軍事力を分析したい。ホルクロフト、オサーリオ、それに若手のシェイ、この三名の連邦将軍を中心として帝国軍を再編する。それに対する連邦はトポノフ、その息子のゼクト、さらに《武の星》に公孫転地、水牙親子、附馬明風の息子の神火兄弟、おおよそこんな陣容だ」
「よくお調べですな。公孫水牙などは未だ学生の身分、なかなか出てくる名前ではありません」
「実はね。リチャードに会った時にゼクト、水牙、それにコメッティーノにも会ったんだよ。彼ら四人が連邦の中枢に登り詰めたらさすがに手強い。そうなる前に何とかして彼らをこちらに取り込めれば、勝利は動かし難いものになる」

 
「私の見立てをお話し致しましょう。まず帝国に関する分析は問題ありません。連邦の軍事力ですがトポノフとゼクト、この二人は実の親子ではありませんが固い絆で結ばれております。大帝がお望みでも彼らを手に入れるのは難しい」
「そうだろうな。トポノフは連邦に絶対的な忠誠を誓っていると聞く」
「連邦のもう一方の主力、《武の星》、《将の星》ですが――勘定に入れるには及びません」
「ジノーラ。それはどういう意味だい?」
「星が伝えております。彼らは間もなく連邦を見限ると」
「帝国は圧倒的に有利になる訳か?」
「そう単純な話ではございません。彼らは新たな勢力の中枢を担う、つまり銀河には三すくみの状況が生まれるという事ですな」
「なるほど――まさかコメッティーノじゃないだろうね?」
「何故、その名が出たのかわかりかねますが」
「彼はいざとなれば『連邦にも帝国にも与しない』と言っていたからさ」
「確かにコメッティーノなる若者、今もこの星でぶらぶらしているようですが、さすがは七聖メドゥキの血を引く者、トリックスターの臭いが漂っております。ですが一人で何かを成し遂げられるものではありますまい」
「ふむ、難しいね。ところでジノーラ、もっと決定的な何かを隠してないかい?」

 
「さすがは大帝。非常に不安定な動きだったので申し上げないでおこうと思ったのですが。実はとても巨大な光の生まれる前兆が一瞬だけございました。この光が世に現れれば、全ての争いも、又、協調さえも無意味なものとなるかもしれません」
「ナインライブズかい?」
「そういう見方もあるかと」
「私が銀河に出現したのも所詮はナインライブズの露払いに過ぎないのか」
「そこまでご自分を卑下なさらなくても。全ての生命にそれなりの意味がございます」
「たとえ仇花だとしても私は自分の求められている役割を果たさなければならない。それが――」
「何でございますか?」
「いや、何でもない」

 
「早速、準備を始めましょう。やはり《鉄の星》を?」
「ああ、リチャードだけでなくジャンルカ、サラ、エスティリ、ノーラ、全て欲しい人材だ。まずは交渉の席についてくれるかどうかだけど」
「大帝。もう一人お忘れでございます」
「……センテニアには三名、ブライトピアに二名、他に誰かいたかい?」
「リチャードと同い年の呪われた子ロックでございます」
「ああ、それはおとぎ話だと聞いている。何十年も塔に幽閉されて外に出た事がないなんて。ありえないよ」
「はて、ありえない人生を送られた大帝の発言とも思えませんが」
「ははは、ジノーラも言うね。わかった。もしもそのロックが存在したとしても私は必要としない」
「よろしいのですか。この先必ず汚れ仕事を引き受ける人間が必要になるのではありませんか」
「マンスールが言いそうな事だね。わかった、その件は頭に留めておくよ」
「将軍たちにはいつご連絡を」
「これから正式に伝える。いよいよ彼らが連邦将軍ではなく帝国将軍として働く日が来たんだ」

 意気揚々と去っていく大帝をジノーラは見送った。
「後はエテルが間に合って目覚めてくれればいいが……あの男の体が心配だ」

 
 大帝の言葉は《巨大な星》に駐留中の連邦の将軍たちを大いに鼓舞した。
 ただちにホルクロフト、オサーリオ、シェイの三名が連邦離脱を宣言し、同時に治安維持に当たっていたラカ・ジョンストンが正式に帝国の提督になり、マンスール司祭が民政の長として大帝の補佐をするという発表が行われた。
 将軍たちの連邦離脱の際に帝国に従うか、連邦に戻るかは兵士たちの自由としたが、殆ど連邦に戻る兵士はなく、逆に帝国に志願する兵士、中には連邦府ダレン方面の兵士まで帝国に志願するような状況だった。
 帝国は初めに《巨大な星》、そして実効支配していた《森の星》と《化石の星》を正式な帝国支配地とした。
 許可なく連邦が侵入した場合にはそれなりの対応をするという、事実上の非常事態宣言も発令された。

 
 これを受けて連邦は素早く反応した。
 《巨大な星》を含む一帯の星は連邦に加盟しており、連邦と反目する新たな共同体は認めないというトリチェリ議長の声明がヴィジョンにより流された。
 帝国領内での連邦ネットワークのポータバインドの使用が差し止めになり、マーチャントシップを除く連邦公認のシップの航行が制限された。

 帝国はこの措置を問題にしなかった。
 連邦ネットワークに代わる帝国ネットワークを立上げ、従来通りの生活を保証すると共に、帝国内での流通通貨もGCUのまま使用可として経済の混乱を防いだ。

 連邦は経済の封じ込めが功を奏さないのを知り、次に軍事的圧力をかけた。
 連邦府のトポノフ、ゼクト将軍と《武の星》の公孫、附馬両面から帝国を封じ込めようとしたが、ここに誤算が生じた。
 《武の星》と《将の星》が長老殿の決定により封じ込めに参加しない旨を告げてきたのだった。
 連邦内部に不穏な空気が流れ出した。

 
 連邦府ダレンの大会議室に主だった人々が集まった。
 トリチェリ議長、進行役のイマーム、書記のノノヤマが円卓に着いた。
 出席者は連邦将軍トポノフ、連邦民政管理長官セム・デール、ダレン首長及び治安維持隊長ロリアン他、連邦を動かす面々だった。
 《花の星》のカーリア王、《鉄の星》のトーグル王、《オアシスの星》代表のエカテリン・マノアはヴィジョン経由で会議にオブザーバーとして参加した。
 《武の星》の公孫転地は事前に欠席を伝えてきていた。

 会議ではまず初めにセムが口火を切った。
「今回の帝国の連邦離脱宣言を受け、連邦ネットワークの使用を禁じたが、帝国側は帝国ネットワークという同様の技術を使用しております。これでは圧力の意味がありません」
「セム殿。ポータバインドは『銀河の叡智』、決して連邦の所有物ではありません。帝国ネットワークを禁じるのであれば、他のPNも禁止しないとおかしいという事になります」
 トリチェリが静かに反論した。
「しかしそんな原理原則がまかり通る相手とお考えか?」
「銀河の平和を乱す暴虐行為に及んだ訳ではありませんし、今後もそのような危険性はないと信じております」
「そんな甘ちゃんの対応では寝首をかかれますぞ」

 セムが嫌味たっぷりに発言を終えた後、トポノフが発言した。
「私も議長に賛成です。あちらが銀河の平和を乱さない限りはこちらも打って出るべきではない。それよりも心配なのは《武の星》と《将の星》の態度です。いくら長老殿の決定が優先されるとは言え、非常時には心もとない」
「やはりトポノフ殿も非常事態に陥ると思ってらっしゃるではありますまいか?」とセムがすかさず反応した。
「武人たる者、あらゆる可能性を想定しておくのは当たり前だ」
 トポノフは半分怒ったような声で答えた。
「将軍のご心配はもっともです」とトリチェリが言った。「私が自ら現地に赴いて説得しましょう。だが長老殿の決定を覆すのは難しいでしょうから、違う形での協力のあり方も探らなければいけない。とにかく『銀河の叡智』が発現しなくなった現在となっては、銀河連邦、この銀河の上半分の平和が脅かされなければ良しとしなければなりません。その意味においては《武の星》は変わらず発生する海賊たちを撃退してくれるはずです。帝国もまた同じ、平和を脅かす勢力を駆逐するはずです。それが守られる以上、帝国は敵ではありません」

「その通りですな」
 ヴィジョンに浮かんだカーリア王が発言した。
「元々、連邦は『銀河の叡智』を享受するための集まり。強大な中央集権主義で物事を推し進める性質ではなく、それが強みでもあり、弱みでもある。そこを履き違えると連邦の意義自体が怪しくなりますぞ」

「あたしも一言いいかい」
 でっぷり太ったエカテリン女史が口を開いた。
「正直な話、経済が一番大切さ。帝国も今まで通り、マーチャントシップの自由な航行は認めているし、GCUだってそのまま。へたに封じ込めなんてやって一悶着あったら、どう責任取ってくれるんだい」

「私もいいですか」とトーグル王が言った。「確かに『銀河の叡智』消失後、連邦もその存在意義を失いかけているのかもしれない。平和維持以外に柱となるものがあれば求心力も高まるのだが……」
「『全能の王』の再来、そして叡智の発現ですか?」と鶴のように痩せたロリアンが嫌味たっぷりに言った。「確かリチャード皇子がそのように騒がれておりましたなあ。だがその皇子もすでに二十歳を過ぎたというのに未だ叡智が再現したという話は聞きません。いい加減、夢物語を語るのは止めた方がよいのではありませんかな?」
「聞き捨てなりませんな」とトーグルが気色ばんで言った。「『全能の王』の再来とは本来イコンのようなものであって実体などなくても良いのです。それにリチャードは立派にその任を担うべく成長しておりますぞ」
「まあまあ」とカーリア王が取り成した。「今のわしらにできるのはトリチェリ議長に協力してこの苦境を乗り切る事。誰も銀河を割るような戦乱など望んでおりはせん」
「他にご意見のある方はございませんか」
 イマームが割って入った所で会議はお開きとなった。

 
 会議室にはトリチェリ、イマーム、ノノヤマの三人が残った。
「しかしセムとロリアンには腹が立ちますな。自分さえ良ければいいと言う奴らです」とイマームが言った。
「そう言うな。先ほどの話と一緒だよ。銀河の平和を乱さない限りは敵ではない。如何に上手く彼らと接していくか、それを考えないといけない」
「やれやれ、議長の博愛主義にも困ったものです」
「息子が私を嫌って帰ってこないのもそれが理由かもしれないな」
「そんなつもりで言ったのでは」
「いいんだよ、イマーム。さて、転地殿に連絡をしようか」

 
 環状都市の秘密の地下側道を歩いていたセムは後ろから追いかけてくるロリアンに気付いた。
「何だ、セム。お前もダッハの屋敷か」
「うむ、実に面白くない話だった。封じ込めに乗じて一儲けするつもりだったのがとんだ腰砕けだ」
「こっちも同じですよ。あの《オアシスの星》の婆あ、ダッハのシップは寄港禁止としているのです。何が自由な交易だ。一言言ってやりたかったですな」
「ふん、どっちにしてもしけた話だ。まずはダッハの屋敷で作戦会議でもしようや」
「いいですな。これまでは互いに距離を置いていましたが、そろそろ共闘する時期です」

 
 《オアシスの星》、砂漠と海の星の都ボヴァリーにある屋敷でエカテリン・マノアはヴィジョンを切った。
「アダン、アダンはいるかい?」
「母さん、大声出さなくてもここにいるわよ」
 そう言いながら現れたのはまだ十代前半の褐色の肌をした長い黒髪の少女だった。
「ああ、アダン。ダッハのシップの寄港禁止はちゃんと守られてるだろうね?」
「大丈夫よ。でもあいつらもバカじゃないから名義を変えてくる。結局はイタチごっこよ」
「もうダッハだけじゃなく、ロリアンもセムもその手の名前が付いてたら全部追っ払っとくれよ。いいね」
「どうしたの、母さん。すいぶんとご機嫌斜めね」
「ごめんよ。当たっても仕方ないのにね。本当はあんたにこんな仕事やらせたくないんだよ。それもこれもあのバカが星を飛び出しちまったからさ」
「あら、デズモンドは立派よ。だって『クロニクル』っていうすごい本を出版したんだから。ピアナ家がいつまでもマノア家の執事って訳にはいかないわよ」
「そうやって時代は変わっていくのかねえ」
「母さん、今日はもう休んでなさいよ。ホテルもあたしが見ておくから」

 
 《鉄の星》の王都プラ、『輝きの宮』でもトーグルが怒りに肩を震わせていた。
「センテニア家を侮辱しおって」
 トーグルは肩をいからせながら王の間に向かった。
「リチャードを呼んでくれ」

 リチャードが王の間にやってきた。
「リチャード、帝国の件は聞いておろう」
「はい、大帝には昨年お会いしました」
「その時の印象はどうだった。やはり野心家か?」
「――いえ、むしろその逆です。大帝は私に銀河の叡智の再現を託されました。あの方の望みは覇権ではないという印象を受けました」
「実際に会ったお前が言うならそうなのであろう。だが油断するなよ。帝国が次に狙うとすればここか、《オアシスの星》だ」
「早速、ヒックスと相談の上、警護を強化します」
「エスティリたちとも協力し合ってくれれば何も恐れるものはない。頼んだぞ」

 

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