目次
1 大帝の餞
教えを乞う天才
エテルはある決意を固め、いつもの実験場でギンモンテとバンバを前に話をした。
「ようやく『転移装置』が実用化できると言うのに連邦は『危険な研究につき援助を打ち切る』と通告してきた。あ奴らは何もわかっていない」
「エテル様、私が記録したあの事故の映像がやはりネガティブに作用したのでしょうか?」
ギンモンテが心配そうに尋ねた。
「いや、あれがなくても結果は一緒だ。今やこの星は帝国領、連邦にすれば援助する筋合いではないのだよ。融通の利かない連中だ」
「これからどうします。帝国に援助を願い出ますか?」
「ギンモンテよ。私にはかねてから夢があった。それは《エテルの都》を造る事だ。いよいよそれを実行に移そうと思う」
「都……ですか?」
「うむ、広大な宇宙空間に浮かぶ巨大なステーションだ。そこは完全なる自給自足の世界。私がこうあって欲しいと願う都市の全てが入っている。そしてその内部を有機的に繋ぐものこそが転移装置だ」
「壮大な構想ですね」
「であろう。場所もすでに決めてある」
「えっ」
「《武の星》と《地底の星》を結んだ直線のほぼ中間地点にある何もない宇宙空間だ。あそこであれば他の惑星とは一切干渉し合わない」
「しかし先立つものが……」
「心配するな。ギークであれば腐るほど稼いできた。それよりも問題は転移装置だ」
「まだ実用化という訳にはいきませんね」
「考えがある。ちょっと出かけてくるぞ」
エテルはそれだけ言って外に出ていった。
エテルが向かったのはアンフィテアトルの北、最近では『ヒガント・パレス』と呼ばれる白亜の王宮だった。
長く幅の広い石段を登って、ようやく王宮の門に到着した。
エテルにとってこの華美な建物はかろうじて及第点だった。もしもこの広い石段の両端に偉業を称える彫像でも並べようものなら、ここの住人を心底軽蔑する所だったが、幸いにして像の類は一切置かれていなかったのでよしとした。
衛兵に名前と用件を告げると間もなく王宮の中に通された。
広間で待っていると大帝が一人で登場した。
「これはエテル様。ご無沙汰しております」
「最後に会ったのは五年以上前になるかな。ずいぶんと出世されたようで斯様に立派な宮殿にお住まいになられている」
「エテル様、皮肉はお止め下さい。こんな大がかりな派手派手しい宮殿など何の役にも立たないのは自分でも承知しております――で、今日は何のご用で?」
「いや、お忙しいのにお時間を割いて頂き、感謝しますぞ。何、ふと話がしたくなったので寄ったまでですよ」
「他ならぬ命の恩人、エテル様のためであれば何時間でもお付き合いしますよ」
「命の恩人……今、そうおっしゃったか?」
「あの時、あなたが装置を起動しなければこちらの世界に戻るのは不可能だった。それに名前しか思い出せぬ私の世話を焼いて下さり、本当に感謝しております」
「お礼は無用。当然の事をしたまでですが、こちらの世界に戻るとはどういう意味ですかな?」
「おや、そんな事を申しましたか」
「ダイト君、いや、今は大帝でしたな。君は過去の記憶が完全に蘇っているのではありませんか?」
「――あの空が赤く染まった日を覚えておいででしょうか?」
「おお、やはり。ではあの翌日、私の下を訪ねた時には記憶が戻っていたのですな?」
「隠すつもりは毛頭なかったのですが、あまりにも苛烈な体験だったもので――エテル様のご推測通り、私はある星で転移装置を研究しておりました。ほぼ実用化の目途も立ち、私は有頂天でした。ところが同僚の策略により、本来”Send”と”Receive”の対で起動させるべき転移装置の片方が焼け落ち、私は一基しかない装置に乗り込んで異次元への片道旅行に出る羽目に陥ったのです」
「……それは酷い。全身の傷はその時に付いたものですな?」
「覚えていませんがそうなのでしょう。異次元を彷徨うというのは恐ろしい事です」
「しかし君は無事生還した。一体どうやって?」
「信じて頂けるかどうかわかりませんが、異次元を放浪した果てに私の肉体は傷だらけになりながら『死者の国』へと向かったのです。ところが『死者の国』の支配者は私に興味を持ち、私をこちらに送り返した……」
「……確かに信じられんが、理由は何です?」
「詳しく申し上げる訳にはいきませんが――そうだ、エテル様、デズモンド・ピアナをご存じですね?」
「毎日のように顔を合せていましたから。唐突にどうされた?」
「デズモンドは私の育ての親なんですよ」
「……えっ……するとダイト君、君の出身は?」
「《青の星》ですが、この際、どうでもいい。『死者の国』の支配者は、デズモンドに育てられた、苛烈な環境でしぶとく生き続ける私に興味を持った。そして生きて戻る先としてエテル様の転移装置を選んだ――私は生きながらに『死者の国』から戻った二人目の人間です。ちなみに一人目はあのサフィだそうです」
「うーむ。何とも奇怪な体験だ――
「エテル様、そんな事より本題に入りませんか。今日ここに来られた本当の理由は私の力を必要としている。ずばり転移装置についての助言を求めていらっしゃる、違いますか?」
「その通りだ。私は君に教えを乞いにきた。君の知る転移装置の知識を私に伝授してはくれぬか?」
「お安いご用ですよ。期間はどれくらいでしょう。私も多忙な身で」
「もちろんそれは重々承知しておる。こちらも時間があまりないのだ。実は――
エテルは都建設の話を大帝に伝えた。
「ほぉ、それは素晴らしい」
「来月には現地に出発したいと思っているので一月の内に全てを教えて欲しい」
「ではこうしましょう。私がこれより実験場に赴いて説明すると同時に掌サイズの転移装置を作成します。それに基づいてモックアップを作成して頂くのが効率的かと思いますが」
「おお、恩に着るぞ――
エテルが礼を言いかけた時、一人の男が広間に入ってきた。
「大帝、会議のお時間ですが」
「リチャードか。急用ができたので十分だけで中座する。後はジノーラに進めてもらうように」
呼びにきたリチャードと一緒に広間を出ていこうとした大帝の背中にエテルが声をかけた。
「ではダイト君――いや、大帝。実験場で待っておるぞ」
大帝の隣にいたリチャードは一瞬だけ怪訝そうな表情を見せた。
エテルの覚醒
約束より少し遅れてエテルの実験場に大帝が到着した。
大帝は羽織っていた黒いマントを脱ぎ、すぐに作業に取りかかった。
およそ三時間後、大帝の手の上には小型の転移装置が乗っていた。
「ダイト君、これが?」
「すでに材料は揃っていたので作るのは簡単でした。これからもう一基の装置との間で実験を開始致しましょう」
実験は約一か月続き、エテルはすっかり満足した。
エテルがいよいよ宇宙に向かって出発しようという日、大帝が実験場を再び訪れた。
「エテル様、ご出発のようですな」
「おお、ダイト君。君のおかげで転移装置の安全な運用の目途がついた。君にはいくら感謝しても足りないくらいだよ」
「命の恩人のためですから、こちらこそお礼を言わなくてはいけません――ところで宇宙空間での都の建設作業は危険ではありませんか。何でしたら帝国軍を護衛につけますが」
「いや、そこまでしてもらったら本当に申し訳ない。何、こちらにはバンバもいるし、海賊くらいならあっという間に蹴散らしてくれる」
「ふむ、そうですか。ですが万が一という事もありますので、道中の護衛だけでも付けさせて下さい――シルフィ」
大帝に呼ばれて数人の男女が実験場に入ってきた。先頭に立っているのが水色の長い髪のシルフィだった。その後ろには軍人とは思えないバラバラな出で立ちの男たちが控えていた。
「彼らがいれば海賊共は蜘蛛の子を散らすように逃げていくでしょう。それにどうせ荒っぽい人夫たちを大量に雇って建設作業をさせるはずですし、彼らを十分にご活用下さい」
「この方たちは……本当に帝国軍人ですか。イメージが大分違うが」
「彼らは特殊部隊のメンバーです。本当の隊長はあの有名なリチャード・センテニアですが、彼は別のミッションで随行させる事ができません。その代わりと言っては何ですが、新設した第二部隊の隊長シルフィに今回の護衛を任せます。後ろにいるのは第一部隊から『石の拳』ガイン、『地に潜る者』バフ、それに第二部隊の人形使いのダンチョー、ナイフ投げのチルン、いずれ劣らぬ猛者ばかりですのでどうかご安心を」
「確かに皆さん、強そうだ。これで安心して建設に取り組める――大帝、本当に感謝しますぞ」
「いえ、エテル様の研究は私が目指していた研究でもあるのです。どうか《エテルの都》を完成させて下さい」
エテルと大帝は固く別れの握手を交わした。
その瞬間、体をまるで電流が流れたような激痛が走り、エテルは思わず跪いた。
「エテル様、どうされました?」
「いや、何でもない。ここのところ徹夜続きだったので年寄りには応えたのかもしれない」
「それはいけませんな。すこし休養されてから出発されたらどうですか?」
「そういう訳にもいかない。立派なボディガードたちを早くこちらにお返ししなければならない」
「そんな事をお気になさらないで下さい。もちろん緊急のミッションがあった場合には彼らの数名は引き揚げる事もあるとは思いますが、エテル様の安全だけは保証致します」
「そうはいかんよ。知られたくない秘密もあるのだから彼らには途中で帰ってもらう。天才建築家の意地という奴さ」
「エテル様らしいですな。ではくれぐれもご無事で」
研究所を去る大帝をギンモンテが出口まで送った。
「大帝。本当にあなたにはお世話になりました。エテルもきっと喜んでいる事でしょう」
「ギンモンテさん、いいんですか?」
「どういう意味でしょうか?」
「いや、同じ研究者として不思議に思ったのです。この都が有名になっても評価されるのはエテル様だけ、あなたの名は表に現れない、研究者というのはすべからく承認欲求が高いはずなのにあなたは何も感じないのかと」
「……いいんです。元々、建築も転移装置も私の専門分野ではないし、評価されるはずがない。雇い主である天才エテルが満足さえしてくれればそれで十分です」
「失礼ですがギンモンテさんのご専門は?」
「機械工学です。主に戦闘用機械の」
「それは又全くの畑違いですね」
「生活のためですよ。ですが天才エテルに触れて心の底から彼の力になりたいと思ったのは事実です。結局私のような人間では後世に名を遺す事など無理なのかもしれませんね」
「そんなにご自身を卑下なさらない方が。いつか花の咲く日が来ますよ」
「大帝、いえダイトさん。あなたもエテルと同じ天才です。凡人の気持ちなどわからないでしょう」
「……そんな事はないつもりですが。ではこれで失礼します」
シルフィたち護衛を残して大帝が去った研究所でエテルは呆然としたまま動きを止めていた。
大帝と握手した瞬間、自分の中の何かが目覚めるのを感じた。
これは――まさか、あの赤い雨の日の……