5.4. Story 2 流浪の父子

 ジウランと美夜の日記 (13)

1 白き翼

 それは小さな船だった。
 《祈りの星》に出向いた帰りに発見した。
 行く当てもなく宇宙空間を彷徨っているように見えた。

 
「あれが見えるか?」
「はい。『持たざる者』の非常脱出用シップのようですが、あんなに小さいとなると一人乗りでしょうか」
「あのように貧相なシップで宇宙に出るとは無謀を通り越してただの愚か者だな。まるで宇宙空間のゴミになるのを待っているようだ」
「おっしゃる通りです」
「――おい、あのシップを回収するぞ」
「パパーヌ様、しかし……」
「興味が湧いた。何か深い理由があるに違いない――もっとも中の人間はもう死んでいるかもしれんな」

 
「――目を覚ましたようだな」
 頭上で男の声がした。
 ゼクトは慌てて起き上がり、声の主に向かって叫んだ。
「父さんは、父さんは無事ですか?」
「安心しろ。向こうにいるがしばらく安静にする必要がある」
「ああ、良かった」
 安堵したゼクトはきょろきょろと辺りを見回してから、声の主を見た。
「あなたが助けてくれたのですか?」
 声の主は彫りの深い顔の男だった。たくましい裸の上半身をしていて、背中には大きな白い翼が付いていた。
「……あなたは天使ですか?」
 尋ねられた男は一瞬「こいつ何を言うんだ」という表情をしたが、すぐに無表情に戻った。
「小僧、『空を翔る者』を見た事がないのか?」
「……空を?」
「まあいい、お前はどこの生まれだ?」

「私の名はゼクト・ファンデザンデ。《戦の星》の生まれです」
「《戦の星》。エクシロンの星か」
「聖エクシロンをご存じなのですか?」
「聖人とは驚きだな、いや、驚くべき事でもないか――」
「エクシロン様は偉い方です。テグスターを退治され、メテラクの大地を空から降ろされたのです」
「大地が浮いていたか――この星と同じだな」
「あっ……この星は《牧童の星》ですよね?」
「《牧童の星》に行きたかったのか。残念だったな。ここは《守りの星》だ」
「……聞いた事のない名です」

「お前のシップは宇宙空間を漂っていた。恐らくお前の父が意識を失ったせいだろう」
「あっ、すみませんでした。助けて頂いた礼も言わずに。お名前を教えて頂けませんか?」
「見返りを期待して助けた訳ではない。お前とお前の父には体が良くなればすぐにこの星を出て行ってもらう。そうなれば二度と会う事もないから名乗る必要はない」
「お気を悪くさせてしまったようでしたら謝ります。ごめんなさい」
「――お前。私の姿を見て何とも思わんのか?」
「どういう意味でしょうか?」
「何も思わないのなら別にいい。今のは忘れろ――お前の父の所には別の者に案内させる」
 男は翼をはためかせて空に飛び上がった。
 ゼクトが空を見上げると、なるほど、男の言葉通り大陸が浮遊している様子が見えた。ゼクトが今いる場所も浮島のように浮かんでいるらしかった。

 
 しばらくすると今度は茶色い翼の男がやってきてゼクトを父の下に連れて行ってくれた。ゼクトは男に抱え上げられたままで先ほどの白い翼の男の名を尋ねたが、男は黙って首を横に振るだけだった。

 
 父のロイがいる島は星の中心部のようだった。上空には幾つもの浮島が浮かんで見えた。
 連れて行かれたのは大きな樹の生える診療所のような屋根のない建物だった。
 ゼクトはベッドに寝かされているロイを発見した。
 ベッドの脇には看護の少女が付き添っていた。少女の背中にも白い翼が生えていた。
 ゼクトが音を立てないようにぺこりとお辞儀をすると少女はにこりと微笑んだ。

「目が覚めたのね。こちらの方はあなたのお父様なんですって――安心して。じきに目が覚めるから」
「ありがとうございます。ぼくがシップを操縦できれば遭難しなかったのに」
「無理を言っちゃいけないわ。あなた、年はいくつなの?」
「四歳になりました」
「あら、私と大して変わらない。やはり年を取る速さが違うのかしら?」
 ゼクトは驚いて少女を見た。目の前の少女はどう見ても十五、六歳に見えた。
「あの……あなたは、あの白い翼の方と――」
「変な事言われた?兄は頑固なの――兄の名はパパーヌ、私は妹のアナスタシアと申します。兄はああ見えてこの星の王なんです」
「そうだったんですか――ぼくはゼクト・ファンデザンデ、そこで眠っているのが父のロイ・ファンデザンデです」
「きっと深い事情があるんでしょうけど、あんな小さなシップで外に出るなんて正気の沙汰ではないと兄が言ってたわ」
「海賊に襲われて――そうだ、バスキアが。バスキアおじさんがぼくたちをあのシップで脱出させてくれたんです」
「バスキアさん?兄はあなた方以外には誰も発見しなかったようだけど」
「《牧童の星》で会おうって約束したんです。連絡取らなきゃ」
「それは難しいわね。《牧童の星》はここから距離があるし、それに私たちはポータバインドを持っていないから。理由はわかるでしょ?」
「理由……ですか?」
「ああ、連邦民じゃないんですもんね。わからないわね。いいのよ、忘れて」
「パパーヌ様も何か言いかけて止めておられましたが、理由があるのですか?」
「あなたはエクシロンの星から来たのでしょ。だったらルンビアの事も何か知ってる?」
「はい。ルンビア様はサフィ様の弟。エクシロン様はサフィ様の第一の弟子。サフィ様、ルンビア様、エクシロン様、皆一緒に旅をされていたのですよね?」
「これ以上難しい話をしても仕方ないわね。兄はきっとひどい事言ったと思うけど、お父様の具合が良くなるまでここにいていいのよ。私も友達が欲しいし――」
「は、はい」

 
 その時、ベッドの上のロイが唸り声を上げ、目を覚ました。
「父さん!」
「……ここは?」
 ゼクトはロイの手を取って何が起こったかをゆっくりと説明した。ロイはゼクトの話を聞き終えると、ぽつりと呟いた。
「バスキアはどうしているだろうな――

 
 ――話は宇宙空間のバスキアに戻る。
 ロイとゼクトを乗せた脱出用シップが無事出発したのを見届けたバスキアは対峙する海賊船団を前にしてシップの外に出て背中の矢を弓に番えた。
「怪我をしたくなければどいていろ。久しぶりに本気を取り戻したアラリアの矢の威力は凄まじいぞ」
 海賊たちのシップはバスキアの言葉が聞こえないかのように徐々に近付いてきた。
「聞こえなかったようだな。こちらも人の命がかかっているので本気でやらせてもらう。ギズボアナ・ダームペーダ!」
 バスキアの放った矢は空中で太い光の帯に変わり、迫っていた数隻のシップを瞬時に撃ち落した。
「もう一発行くぞ。ギズボアナ・ダームペーダ!」
 バスキアは立て続けに二発、矢を放ち、太い光の帯があっという間にシップを飲み込んだ。
 気が付けば、バスキアの目の前には一隻だけしかシップが残っていなかった。
 残ったシップから人が出て、降伏を意味する白い布をちぎれるほど振って命乞いをするのが見えた。

「さすがに体力が持たない。お前、命拾いしたな――ところでお前がグアルドロか?」
 白い布を振る男は物凄い勢いで首を横に振った。
「違います、違います。あたしゃ、つい最近雇われたクアレスマっていうケチな男です。グアルドロの野郎を片付けて頂いて、むしろ感謝したいくらいです」
「調子がいいな。どこか別の場所へ行ってまともに暮らせ。せっかく拾った命だ」
「へい、そりゃもちろんで。じゃあ、あっしはこれで」
 男のシップが逃げるのを見届けて、バスキアは肩で息をついた。
「ああいう男はまたどこかで悪の道を選ぶんだろうな――だがこんなに歯ごたえのない奴らであればロイたちと別れる必要もなかった。さて、《牧童の星》に向かうとするか」

 
 バスキアのシップはザンクシアスのポートに着いた。
「まだ来ていないか」
 ポートの係員に尋ねたが、そのようなシップを見ていないと言った。
「仕方ない。しばらく待つか」
 十日間、ザンクシアスで時間をつぶしたがロイたちは現れなかった。
「これは困った。となると《歌の星》か《青の星》か――こうなればとことん探すしかないな」
 バスキアはロイとゼクトを探しに再び宇宙空間に出た。

 

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