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Record 1 友の死
わしはノータの家にいた。
表向きの用件は『クロニクル』の刊行を伝えるためだった。
航海から帰ってすぐにノータの主治医の下に寄った。
そこでわしは医者から事実を告げられた。
ノータはもう長くはない――
わしは食い下がった。
「最初はただの風邪みてえな事言ってたじゃねえか。航海だって連れてかねえでちゃんと養生させたろ。なのに何でこんな事になんだよ」
「デズモンドさんのお怒りはごもっともです。最善を尽くしましたが我々の医学では――」
「一縷の望みってやつはないのか。もしもこの星では採れない薬が必要だったら、今すぐに採ってくるぜ。なあ、可能性はないのかよ」
「デズモンドさん、ノータさんに身寄りは?」
「……いねえよ。俺が唯一の身内だ」
「そうですか。酷な言い方かもしれませんが残された日々はあまりにも少ないでしょう。どうか有意義にお過ごし下さい」
それ以来、暇を見つけてはノータの家に立ち寄った。
初めは「大将、こんな所で油売ってちゃだめだよ」とか「毎日来るなんて、こりゃ明日は雪だね」と軽口を叩いていたが、ここ二、三日は何かを察したのか、そんな冗談も言わなくなっていた。
「――という訳で俺たちは億万長者だ。『クロニクル』の閲覧料だけで十分遊んで暮らしてけるんだぜ」
わしが『クロニクル』刊行時の馬鹿騒ぎを伝えるとベッドの中のノータは答えた。
「……そんな事言ったって大将はまたすぐ次の冒険に出かけるだろ。だってまだ謎が多すぎるもんね」
「ん、ああ。だがお前と一緒じゃなけりゃ冒険には出ない。前回はバスキアって若造に記録を取らせたが、やっぱりお前の右に出る者はいなかった。お前あっての『クロニクル』だ」
「……大将、それ本気で言ってるんじゃないよね」
「馬鹿野郎、本気に決まってんだろ。だから早く病気を治せ。な、そしてまた一緒に冒険するんだ」
「……大将、嘘ついてるよね。ううん、大将だけじゃない。サロンの皆も、シップのクルーだった人たちも皆さ。ここんとこ、毎日見舞いやヴィジョンが入るんだよ」
「そりゃあ、お前、お前の人徳さ」
「……自分の体の事は自分が一番よくわかるさ。もう長くはない」
「お……」
「大将、これから僕の言う事をよく聞いてほしいんだ。前に一度話したと思うけど、銀河の歴史を解く上での謎、それについてまとめたものが僕の机の上に置いてある。大将にはそれを読んでから、次の冒険に必ず出てほしい。より正確な銀河の歴史を明らかにするためにね」
「だから言ったじゃねえか。お前と一緒じゃなきゃあ――」
「大将、もういいんだよ。今はお願いだから『僕との約束を守る』って言ってほしい」
「――わかった。約束は守る。それと後一つ、お前は俺の兄弟みたいなもんだ。いつか必ずお前を《オアシスの星》にあるピアナ家の墓に入れてやる」
「……大将、ありがとう。嬉しいよ」
「馬鹿野郎、泣く暇あったら、百年生きてみやがれ……皆に『あのくそじじい。あんなに死にそうだったのにまだ死なねえよ』って憎まれ口の一つも叩かれてみろってんだ」
「うん、そうだね。『クロニクル』の第十版くらいは出したいな」
「その心意気だ――じゃあ、また来るぜ」
ノータはそれから三日後に『死者の国』へと旅立った。