わしは今でも少しばかり後悔している。あの時、カザハナを解放してあげたならその後の悲劇は避けられたのかもしれない……だがそれはそれで銀河の運命を大きく狂わせただろう。何とも悩ましい話だ――
目次
Record 1 《茜の星》
「いよいよこここから先は危険な地帯です」と転地が言った。「連邦の警備の手は及びませんので追われた海賊たちが《虚栄の星》までの間の宇宙空間を根城にしています」
「商人のシップは大変だな」
「それなりの賄賂を払えば通してくれる場合も多いそうですよ。それに《虚栄の星》から来る時には、あちらで雇った護衛を付けた大船団で帰るのが普通らしいです」
「連邦はどうしたいんだ?」
「もちろん駆逐したいですが、なかなか手が回りません」
「忙しいからな。じゃあ俺がどうにかするか」
「また拳に物言わせるつもりですか。今度は相手もこちらを殺してやろうと集団で襲ってきますからね。そんなにすんなりいくとは思わない方がいい」
「心配すんなよ。水の中でも砂漠でもねえんだ。そろそろアンが腕前を披露してくれるだろ」
「えっ、あたし――そりゃ、本気出してもいいんなら見せちゃうけど」
「アン。この先にいるのは連邦軍も持て余す荒くれ者たち。そもそもたった一隻のシップで立ち向かうのが無茶な話だ」
転地がたしなめるように言った。
「いいじゃねえか。それより相手は大物かい。小悪党だったらつまんねえ」
「ブギー・アンドリューの名は聞いた事がありますか?」
「ああ、知ってるぞ」とソントンが口を挟んだ。「だがその男は死んだんじゃなかったかな?」
「そうなんです。《武の星》の連邦軍と《虚栄の星》の傭兵隊による挟撃作戦で船団を壊滅させました。その際に船長ブギー・アンドリューは死亡したと伝えられていたのですが、最近になって、又」
「死んじゃいなかったって訳かい」
「妙なんです。体の半分が機械だったそうで」
「どっかのお節介が助けたって訳か?」
「おそらく。今ではドランクィルとセローペと言う他の海賊団の首領たちと一緒にこの辺で我が世の春を謳歌しています」
「面白いじゃねえか――そいつらの本拠はどこだ?」
「ここと《精霊のコロニー》の間の地点、《茜の星》付近が怪しいです」
「わかった。じゃあそこに向かうとしようや」
「デズモンド、最悪の事態です」
《茜の星》に近い所で転地が呟いた。
「ん、どうした?」
「前方に十隻あまりのシップが――ドランクィルの船団のようです」
「好都合だ。探す手間が省けた」
「こちらの正体は知られていません。ぎりぎりまで攻撃してはだめですよ」
「んなの、言われなくてもわかってらあ。おい、アン。近くに来たらぶっ放していいからな」
ドランクィルの船団がわしらのシップを上下左右から取り囲むように停船した。
「この船は包囲された。抵抗しなければ危害は加えない。速やかに船内を改めさせてもらう」
宇宙空間に響くアナウンスを聞いてわしは大笑いした。
「ははは、ずいぶんと紳士的じゃねえか。アン、もうちょっとの辛抱だかんな」
左右のシップから頑丈な金属のロープが伸びてシップを固定した。さらに左右から桟橋のような板がするすると出てこちらの扉まで延び、海賊たちが渡ってくるのが見えた。
「扉を開けてもらおうか。内部を検分させてもらうぞ」
わしはシップの右舷の扉の前に立ち、転地を左舷の扉の前に配置させた。アンに目で合図をしてから静かに右の扉を開けた。
満足そうに船内に一歩入った男は、わしの一撃を浴びてあっという間に船の外に弾き飛ばされた。
すかさずアンがシップの外に上半身だけを出し、包囲するシップ目がけて数発の銃弾を撃ち込んだ。銃弾はその名の通り『火の鳥』のように翼を広げ、右舷を包囲していた海賊船を包み込んだ。シップを拘束していたロープはたちまちに緩み、シップは自由を取り戻した。
「よぉし、次は左舷だ」
転地が左舷の扉を開け、同じように桟橋を渡ってきた海賊を倒し、その後にアンが『火の鳥』をぶっ放した。
「上出来だ。後は前方でふんぞり返ってる奴らだけだ。行くぞ」
炎に包まれた左右のシップには目もくれずにドランクィルの旗艦を目指した。
シップを横付けして転地とわしがシップの外に飛び出し、応戦のために外に出たドランクィルの手勢との白兵戦が始まった。アンはシップの屋根の上に立って旗艦の応援に駆け付けようとする海賊たちを撃ち倒した。
わしは外の海賊たちをあらかた殴り倒してから大声を上げた。
「後は親玉だけだな。今行くから待ってろよ」
固く閉ざされたシップの扉を拳で殴りつけた。何度も拳を振るっている内に金属の扉が変形し、とうとう扉がはずれた。
船内に潜り込むとそこには恐怖に顔を引きつらせた顔中傷だらけの坊主頭の男が立っていた。
「お、おめえたちゃ、どこの海賊だ。なあ、うめえことやっていこうじゃねえか」
「残念だったな。俺は海賊じゃねえ。歴史学者なんだな」
「が、学者だと?」
「そして私は」
外の海賊を片づけた転地が船内に入ってきて言った。
「連邦軍の将軍だ。今、お前を収容する連絡をした」
「ええっ」
ドランクィルはへなへなと座り込んだ。
「一つだけ教えちゃくれねえか。ブギー・アンドリューを助けたのはどこのどいつだ?」
「よく知らねえが《茜の星》にある古い城に住むジュヒョウとかいう精霊だって聞いたぜ。なあ、今ので取引って事にしちゃくれねえか?」
「さあな、それを決めるのは連邦だ。何しろ俺は学者だからな」
「そ、そんなあ」
銀河連邦の七つ星の紋章と《武の星》の五元の紋章を付けたシップが到着してドランクィルを引き渡した。
「転地殿、素晴らしいですな。炎達殿もお喜びですぞ」と将兵が言った。
「いや、うちのキャプテンがすごいのだ。あんな方が軍にいれば海賊など取るに足らん」
「では他の海賊たちも……?」
「流れによっては、いや、間違いなく駆逐する。《武の星》、《将の星》と連絡を取って、この近くまで張り出してもらって構わんぞ」
「わかりました。《虚栄の星》までの航路の安全が保証されれば商人たちは大いに助かるでしょう」
「ではよろしく頼む」
わしらのシップは《茜の星》にある目指す古城の近くに着陸した。美しい夕焼けを浴びて建つ古城のそばに小さな村があった。
村の広場らしき場所に井戸があり、そこで一人の小太りの婦人が水を汲んでいた。
「おい、姉さん。ちょっと聞きたい事があるんだけどな」
「えっ、姉さんってあたしかい。いやだよ、こんなおばちゃんを捕まえて」
「いやあ、どう見たって若い姉さんだ。この辺にジュヒョウって人が住む城があるって聞いて来たんだけどな」
「……ジュヒョウ。さあ、知らないねえ。ああ、でもあそこの『茜の古城』に住んでる人なら『錬金候』だよ。カザハナちゃんと二人でさ」
「その城には誰でも行けるかい?」
「大丈夫だよ。もっともこの村の人間は行った事ないし、『錬金候』を見た人間もいないけどね。もっぱらカザハナちゃんが降りてくるだけよ」
「ありがとよ。姉さん」
礼を言って城への山道を登った。平らな場所に出ると古城というには小さめな赤茶色の石造りの屋敷が建っていた。玄関までのアプローチはきれいに草が刈られ、壁を覆うツタも美しく剪定されていた。
わしは扉をノックし、誰かいないかと大声を出した。
しばらくすると重い鉄の扉が音を立てて開き、中から黒髪の若い女性が顔を出した。
「何かご用でしょうか?」
「『錬金候』に会いたいんだが、あんたがカザハナさんかい?」
「……あ、はい。どうして私の名まで?」
「狭い世界さ。『錬金候』に頼めば、瀕死の人間でも治してもらえるって聞いてな」
「どこかに病人がいらっしゃるのですか?」
「いやいや、そういう訳じゃねえんだ。たまたま立ち寄ったから挨拶だけでもしておこうかと思ってな」
「……あなたもあいつらの仲間ですか。生憎ですがジュヒョウはおりません。十日ほど前に《享楽の星》に行くと申しておりましたから、当分、戻ってはこないと思います」
「誤解すんなよ。俺は海賊なんかじゃねえ。精霊なのに人間と関わり合いを持つ男に純粋に興味があっただけだ」
「変わった方ですね。中に入りますか?」
「いや、いいや。すぐに出かけなきゃなんねえんだ。海賊たちはどこをねぐらにしてんだい?」
「さあ、詳しくは知りませんが、ここから北に点在する島に分かれて住んでいるとか」
「ありがとよ。怪我人が沢山訪ねてくるだろうけど、中に入れちゃいけねえぞ」
わしが笑うとカザハナも初めて笑顔を見せた。
「本当に面白い方。折角ですから役に立つ情報を教えましょう。《虚栄の星》の近くにある《精霊のコロニー》、そこの『開拓候』フロストヒーブに会えばジュヒョウの事を色々と教えてくれるでしょう」
「おお、この後行ってみるよ。でもあんたも精霊だろ。何でコロニーで暮らさないんだい?」
「コロニーは精霊たちが安全に暮らせるための場所、そこでは人間との接触はありません。私はジュヒョウと同じ、人間と関わり合いを持ちたい変わり者なのです」
「ははは、あんた面白いな。どうだい、俺たちと一緒に海賊退治に行かないか?」
「いいんですか」
「ああ、問題ねえよ。あんただってあいつら嫌いだろ?」
「……そう、大っ嫌い!」
「よし、じゃあ案内してくれ」
わしらのシップはカザハナの案内で北の島の一つに着陸した。
「ここにいるのはセローペの一味です。灯りが見えますから今は島にいるみたいです」
カザハナの案内で海辺に沿った集落に入った。
「めんどくせえなあ。どこが親玉の家だ?」
「一番奥の家ですが灯りがついていないから酒場ではないかしら。ほら、あそこの」
わしはアンに耳打ちをした。アンはにこりと微笑んでから、酒場に向かって歩を進め、酒場の窓目がけて『火の鳥』を発射した。
突然の轟音とともに炎に包まれた酒場から男たちが慌てて飛び出した。
「それ、転地、アン、出てきたぞ。一人も逃がすなよ。カザハナ、ソントンとノータを守ってやってくれ」
「いや、デズ。私たちも戦うぞ」
ソントンが重たそうな本を振り回しながら言った。
「そうですよ。準備したんだから」
ノータも大きな木槌を振り上げた。
「わかった。無理すんなよ。行くぜ!」
戦いは十分足らずで決着が着いた。アンが片っ端から火を付けて回った家々が燃えていた。
「カザハナ、火を消せるか?」
「任せて。『マーシィレイン』!」
燃えさかる家々に優しい雨が降り注ぎ、炎は静かに消えた。
「ふーん。やっぱ精霊の力は大したもんだなあ」
「そうですね」
連邦軍と連絡を取っていた転地が感心して言った。
「さて、これだけ騒ぐと一番の大物、ブギー・アンドリューに勘付かれてしまいそうです。早い所、叩き潰しましょう」
「おっ、転地。わかってきたじゃねえか。よーし、カザハナ。連邦が来たらすぐに出発するぞ。ブギー・アンドリューの巣は近くか?」
「ええ、このそばの島だけど、でももう一人、ドランクィルはどうするの?」
「そいつはもういい。ここに来る途中で片付けてきた」
シップは三十分後に西にある少し大きめの島へと移動した。
今度も同じようにアンが酒場に向かって『火の鳥』を発射しようと構えを取るとカザハナが言った。
「気をつけて。アンドリューにはジュヒョウが『錬金武装』を施していますから」
「ん、そりゃ何だい?」
「よくわかりませんが、闇の力の呪文を彫り込む事により肉体を強化するらしいです」
「へえ、ネクロマンシーとやらの類か。《享楽の星》が一枚噛んでんのかな」
わしの返答に転地が不思議そうにその理由を尋ねた。
「いや、俺も行った事ねえから確かじゃないんだけどな、色んな噂を総合すると、あの星ってのはネクロマンシーの総本山みてえなもんらしい」
「そうなのですか。健全に発展を遂げているのだとばかり思っていました」
「どこにだって光がありゃあ、闇もあんだよ。さあ、まずは大海賊をやっちまおうぜ」
アンが狙いを付け、酒場に『火の鳥』を撃ち込んだ。セローペの時と同様に炎に包まれた酒場から人々が逃げ出した。わしらは一斉に襲い掛かり、瞬く間に海賊たちは倒れた。
「ちきしょう。親玉はいねえな」
騒ぎを聞きつけて家々から飛び出してくる海賊を殴り倒しながらわしは叫んだ。
「デズモンド、あそこ」
アンが示す先で一軒の家が燃えていて、その炎をバックに大きな男の姿が浮かび上がった。近付いてきた男はわしと同じくらいの体格で、顔の左半分が金属で覆われていた。
「ようやくお出ましかい。ブギー・アンドリュー」
「何だ、貴様は。ドランクィルの所の小者が逃げ込んできたが、それも貴様の仕業か」
「ああ、この界隈で海賊を名乗ってんのはもうおめえしかいない。もっともおめえもすぐに名乗れなくなるがな」
「大した自信だな。貴様、連邦軍か?」
「いや、歴史学者だ」
「学者だと。調子に乗りやがって。学者がどうして海賊を駆逐する?」
「邪魔だからだよ。ここいらを通行する人のためさ」
「名を聞いておこうか」
「デズモンドだ。デズモンド・ピアナ――おい、転地。他の奴らは任せるぞ。こいつは俺と一戦交えたいみたいだ」
「……公孫転地、やはり連邦軍とつながってるか。ならば学者とて容赦はするまい。貴様の命、もらっておこう」
ブギー・アンドリューは上着を脱ぎ捨てた。顔と同じように体の左半分も金属で覆われて、そこには不思議な文様のような言葉がぎっちりと彫り込まれていた。
「この体を見ろよ。連邦軍に追われて瀕死の重体に陥った俺様を『錬金候』が強化してくれたのだ。貴様如きでは俺様は倒せん」
「……悪趣味だな。ブギーマン」
「貴様」
ブギー・アンドリューとの殴り合いが始まった。
アンドリューの拳をくらってわしは吹き飛ばされた。倒れたわしにのしかかろうとするアンドリューを蹴り飛ばし、反対に瓦礫と化した建物に投げ飛ばした。
瓦礫の中でわしらは再び向かい合った。アンドリューの重たい拳を避ける事なく、顔面で受け止めてから、すかさず拳を放った。わしの右の拳はアンドリューの金属で覆われた顔面にヒットした。
「ぐっ」
拳を伝わる痛みと嫌な感覚に顔をしかめたが、お構いなしに殴り続けた。
「ぬぅうう」
アンドリューが苦痛に耐え兼ねて呻き声を漏らした。このままわしが殴り続ければアンドリューの強化された部分は破壊される。
「デズモンド、早くして……来るわ。ジュヒョウが」
突然カザハナが叫び声を上げた。
「何?」
わしはアンドリューの左の顔面を全力で殴った。アンドリューは抵抗できなくなり、両手をだらりと下げ、立っているのがやっとの状態だった。
足がもつれて、地面にどうと倒れたアンドリューにまたがり、そのまま拳を振り上げた。
「そこまでにしてくれんか」
声の主を振り返った。立っていたのは二人の男だった。一人は精悍な顔つきにあごひげを生やした男、もう一人は上半身裸のような恰好で髪にビーズや羽根飾りを付けた不思議な男だった。
「思わぬ活劇に出くわす事ができたが」
あごひげの男はわしを無視して、意識を失って倒れているアンドリューに近寄った。
「これはだめだな。私の術もまだまだか――ム・バレロ殿。わざわざお越しいただき術の完成度を見て頂くつもりだったのがこのザマです」
髪に飾りを付けた男が低い声で答えた。
「いや、ジュヒョウ。貴殿の術はなかなかのもの。ここは素直にそれを打ち破ったその男を誉めておくべきであろう」
わしはようやく我に返って大きな声を出した。
「何、ぐちぐち言ってんだ、てめえらは。おい、おめえが『錬金候』か」
「左様。カザハナも一緒という事は我が城を訪ねて下さったか。留守にしていて済まなかったな」
「何?」
「私がいたとしても同じ事をさせたと思う。カザハナ、よくやってくれた」
ジュヒョウに誉められたカザハナは複雑な表情を浮かべた。
「何言ってやがる。アンドリューはおめえが助けたんだろ?」
「いや、助けたのではない。作品を作ったのだ。だが素材が今一つだったようだ。君のような優秀な素材を使うべきだったよ――ム・バレロ殿。そうは思わぬか」
ム・バレロは何も答えずに静かに笑った。わしはアンドリューから離れ、ム・バレロに二、三歩近付いた。他の海賊たちを制圧した転地やアンもやってきて遠巻きにしていた。
「さしずめ、あんたは《享楽の星》の呪術師か。死人の臭いがぷんぷんすらあ。噂は本当らしいな」
「ほお」と言ったム・バレロの目が怪しく光った。「貴殿、ただ者ではないな。何者だ?」
「俺は歴史学者、デズモンド・ピアナだ」
「歴史学者……表の歴史を紐解く者か。貴殿、チオニに来た事はあるか?」
「《享楽の星》の王都か。いや、まだねえよ」
「……訪れた際には私の下を訪ねるが良い。色々と話をしてあげよう」
「そりゃあ、どうも――でもその前にここの収拾はどうつけんだい?」
「それはジュヒョウに聞け」
ム・バレロは背中を向け、代わりにジュヒョウが進み出た。
「デズモンド君だったかな。ここは私に免じて兵を退いてはくれぬか。アンドリューについてはこの近辺から追放する」
ジュヒョウはそう言ってから倒れているアンドリューの額に手を置き、何事かを唱えた。途端にアンドリューがバネ仕掛けの人形のようにぴょこんと起き上がった。
「……ちきしょう。よくもやってくれやがったな。もう一回勝負だ」
わしは冷ややかな目でアンドリューを見た。
「もういいよ。やる気が失せた――おい、転地。海賊団は潰したんだからいいだろ。おめえもどっかに逃げろよ。捕まえるのもめんどくせえしよ」
「貴様、コケにしやがって。覚えてろよ」
「今度どっかで会ったら相手してやるよ。俺はおめえみたいな小者じゃなくて、大物二人に心奪われちまったんだよ。とっとと消えな」
「ぐぅう」
アンドリューは半分残った顔を屈辱で朱に染めながら、よろよろと去っていった。
「さて、私たちも茜の古城に戻るか。どうだね、君たちも一緒に?」
アンドリューの後ろ姿を見送りながらジュヒョウが言った。
「いや、俺たちはいいや。先を急ぐ旅なんでな」
「そうかね。では機会があれば又会おう。カザハナ、帰るぞ」
ジュヒョウはカザハナと帰りかけて途中で振り返った。ム・バレロの姿はいつの間にかどこにも見えなくなっていた。
「ところで君たちはどこに行くのかね?」
「《精霊のコロニー》だ」
「おお、それはいい。精霊四大候、この私、『錬金候』とコロニーの『開拓候』、それに『豪雨候』、『火山候』、いずれも会っておいて損はないぞ」
「そうさせてもらうよ。じゃあカザハナ、元気でな。無茶な要求は断るんだぞ。おめえは闇に生きる者じゃねえんだ」
「ははは、デズモンド君。君は実に愉快だ。しっかりと銀河の歴史を記録してくれたまえ。では、さらば」
ジュヒョウたちが去り、連邦軍が乗り込んできた大混乱の中をシップに戻った。
「しかし何だったんでしょうね?」
転地が不安そうな表情で尋ねた。
「気にしたって仕方ねえさ。この広い銀河には色んな事を考えてる奴がいるんだ」
「そうですけど……」
「歴史ってのはよ、いいも悪いもごちゃまぜで起こった事だけが事実として残っていく、そういうもんだ――俺は世界を変えようなんて大それた人間じゃねえからな。淡々と事実を記録する、それだけだよ」
「でもカザハナの身の上を心配していたじゃありませんか」
「……そういうのはいいんだよ」
「ははは、ところで奴らのねぐらからこんなものを発見したんですが」
転地は金色に輝く槌を見せた。
「こりゃあ……何だ。恐ろしい力を秘めてそうだな」
「私の拙い鑑定では、能力のある者であればこの槌を使って雷を呼び出す事ができるようです。伝説の『ヴァジュラ』とでも言うのでしょうか」
「……そんな物騒なもん、お前の星で保管しておいてくれよ」