目次
1 それぞれの道
威徳の旅立ち
「もう出発なさいますか?」
カクカの言葉に威徳は頷いた。
「この星、そして《魔王の星》の事はくれぐれもよろしく頼む」
「わかりました。『石』についてはご心配なく。直接手を触れられぬように特注の椅子に埋め込み、その椅子は『魔導の玉座』と名付け、門外不出の品と致します」
「うむ。鎧だが年月を経ればジャウビタース山の封印が弱まる。それだけが心配だ」
「その時はその時でしょう」
「カクカ。最近はお主らしくない投げやりな言動が多いな」
「はい。此度の《享楽の星》の戦いが全てArhatsの計画通りだったとするとやり切れません。軍師などとほざいていた己の小賢しさが恥ずかしい限りです」
「……羅漢か。たとえそうだとしても、やらなければならない時にはやらねばならぬ。被創造物たる我らにはそれしかできぬ。違うか?」
「いえ、真にその通り」
「此度の戦いも元に戻っただけだ。魔王は封印され、司空は力を削られ、武王と覇王はこの世を去った。この銀河の秩序は保たれているではないか」
「であればいいのですが」
「それこそ『その時はその時』だ――私は新しい星でも『精神同化』の道を極めるつもりだ。精神だけの存在となった者たちが後世のために銀河の進むべき道を指し示す。元々、力のない我々ができる精一杯の努力をしてみようと思う」
「《念の星》も負けずに『念塔』を良い物に致します。精神の拠り所は多い方がいいですからな」
「その意気だ――なあ、カクカ。私にはもう一つ夢があるのだ。いつの日か私の開く星とこの《念の星》の間で武道大会を行うのだ。どうだ、わくわくしないか?」
「それではその日に備えて、皆に精進させますので」
「では元気でな」
その後、威徳は銀河のほぼ中心部の星に移住し、その星を《武の星》と名付けた。
潜る都
モデストングは苦悩した。それは武王亡き後、この星をどのようにして切り盛りしていくかについてだった。
最大の懸念は《享楽の星》だった。
今回の戦いで皆が傷を受けたはずだが、そのダメージは《起源の星》が最も大きいと言わざるを得なかった。交通の便が良く、銀河でも有数の文化レベルを誇るチオニを擁する《享楽の星》には有能な人材が多く集まるようになっていた。たとえドノスが亡くなろうとも、それに代わる人間が後を継ぎ、更に星を発展させていくのは明らかだった。
ムスク・ヴィーゴのある《魅惑の星》についても同様だった。
それに対して《起源の星》は他の星との交流も乏しく、武王という突出した個人の力に依っていた部分があまりにも大きかった。武王がいなくなった現在、今まで通りの路線を継承するのは最早困難と思われた。
《享楽の星》は傷が癒えれば、距離の近いこの星に干渉してくるだろう。
そうなる前に何か手を打たないと、この星は蹂躙されてしまうに違いなかった。
モデストングがヤスミの城の天守閣で途方に暮れていると背後で人の気配がした。
振り返ると、いつの間にか長い黒髪に情熱的な黒い瞳をした男が立っていた。
「……あなたは。どうやってここに?」
「悩んでいるようだね。でも君の悩みは正しい。ドノスは傷が癒えればこの星を破壊しに来る。もっとも人を使ってだがね」
「私の悩みがわかるのですか?」
「彼は恐れているんだ。武王の死体は結局見つからなかった。と言う事は、今も生きていて、復讐の機会を狙っているんじゃないかと」
「何故、そのような事までご存じなのですか?」
「君のやるべき事はただ一つ、万が一、武王が生きていたとしても、もう復讐など考えられないと相手に思わせるほどにこの星を破壊してしまう事」
「おっしゃっている意味がよくわかりませんが」
「この城もヤスミの町も……ついでに『封印の山』も、皆まとめて地中深くに埋めるんだよ。彼らが来たら、『天変地異が起こりました』とでも伝えればいい。そうすれば疑われずに済む」
「あなたは一体何者ですか。創造主でもなければできない夢のような事を語って。人を愚弄するにも程がありますぞ」
「その創造主、バノコだと言ったら?」
『草の者』
ツクエとドロテミスは《魅惑の星》に戻らず、《蠱惑の星》の小さな村で草と会っていた。
「やはり、ドノスは表舞台には出てこないか」
「はい。死んだと噂する者もいるようですが、おそらくはまだどこか別の空間に隠れているかと」
「となるとチャンスはないか」
「ほぼ不可能です」
「都の様子は?」
「平常の静けさを取り戻しつつあります」
「またチオニを恐怖のどん底に突き落とすのも気が引けるよなあ。きっとおれたち、鬼みたいに思われてんぜ」
「まさしくその通りです」
「――わかった。感謝するぞ。草、お前はこの後どうする?」
「どうするとは?」
「《起源の星》も他の星と戦争をしている状況ではない。モデストング殿の治世であれば平和路線になる」
「ところがそれどころではないのです。天変地異が起こり、ヤスミの町も城も全て消え去ったそうです。最早、あの星に私の生きる場所はありません。薄情なようですが私を高く買って下さる星に移り住まわせて頂きます」
「それは酷い。悲劇の上にさらに追い打ちをかける事態だな――だが今時、お前らを必要とする、そんな戦に明け暮れている星があるか?」
「わかりません。その時が来るまでどこかでじっと力を蓄える事になるかもしれません」
「互いに因果な商売だな」
「全くです」
「――ところで草、他に言っておく事はないのか?」
ツクエが問いかけた。
「……ツクエ殿には隠し事ができませんな。確かに私は武王が名もない村娘との間に設けた隠し子にございます。武王は村でくすぶっていた私を不憫に思い、城に上げて下さったのです」
「ええっ、何だって」
ドロテミスが驚いた。
「金でしか動かぬような事を言ったが、武王の一件で最も悔しい思いをしているのは息子であるお前のはずだ。つまらぬ嘘をつくものではない」
「一度も父とお呼びした事はありませんでしたし、これを記録に残すつもりもございませんが……いつの日か、私の子孫の代で構いません。ドノスに一矢報いる事ができれば――」
その後、『草の者』は様々な星を放浪した後、《巨大な星》に落ち着き、『隠れ里』を興した。
小さな教会
草が帰った後もツクエとドロテミスは話を続けた。
「なあ、ツクエ。おれたちも身の振り方をはっきりさせねえと」
「ドロテミス、お前はどうするつもりだ?」
「シロンの仇が討てねえんじゃムスク・ヴィーゴに戻るしかねえだろう。でも帰っても我が王がいねえんじゃ、戦もねえしなあ」
「そうだな――実はな、拙者は剣を置こうと思っている」
「何だって?」
「そして、此度の戦いで亡くなった人々の霊を弔う」
「ふーん、いいんじゃねえか。おれも斬り合いには疲れた」
「よし、そうと決まれば――この村の教会にシロンの剣も合わせて奉納しよう」
「おう、早いとこ身軽になろうぜ」
ツクエとドロテミスは《蠱惑の星》の小さな村の教会に三本の剣を奉納した。
「鬼哭、せっかく意志を持ったのに残念だったな。新しい持ち主が現れるまでおとなしくしていろよ」
ツクエが自分の得物を奉納する時に独り言を言った。
「神父殿」とツクエは続けた。「この剣は魔剣、くれぐれも取扱いには注意して頂きたい」
「わかりました」と神父が震え声で答えた。「あなた方にサフィ様、ウシュケー様のご加護がありますよう」
ツクエたちはその足で《誘惑の星》のトーントにあるシロンの実家に立ち寄り、ヤンニにシロンの戦死を報告した。
ヤンニはひとしきり泣いた後、「でも幸せだったと思います」と言って、笑顔でツクエたちを見送った。
《魅惑の星》に戻り、ドロテミスとツクエはポートで別れ、生涯二度と会う事はなかった。
ムスク・ヴィーゴの屋敷に一人戻ったドロテミスはヴィオラの下に報告に向かった。
「そう……シロンは約束を守れなかったのね」
嘆くヴィオラにドロテミスが声をかけた。
「いや、死んではいないらしいんですよ」
「それはどういう意味?」
「その、うまく言えないんですけど……夜叉になってドノスを討とうとしてるって」
「……『死んだ』と聞かされるよりも辛いですが、それがあの娘の運命であれば応援するしかありませんね――ウシュケー様、どうかシロンが本懐を遂げられますよう」
ドロテミスは、その後二度と剣を手にする事なくヴィオラの護衛としてその生涯を終えた。
ツクエは頭を剃り上げ、各地を巡礼して歩く僧侶となったという。
司空の懼れ
悪い夢を見ていたのか――
全てはあの夜からだった。私は夜道でハンナに出会った。
取り留めのない話をした最後に、私はハンナに想いを告げた。
「でも私はまだドノス様をよく知りませんし――そう、ドノス様のご両親はどんなお方でしたの?」
その瞬間、私の中で何かが壊れた――私の親?私は気が付いた時には今の私だった。父親に叱られた思い出も、母親の膝の上で眠った思い出も、子供だった頃の記憶すらなかった。私はどのようにして生まれ、どのようにして育ったのか、それを考えている内に、あの恐ろしい行動に出てしまったのだ。
だが私は直接Arhatsが生み出した選ばれし者だった。この銀河の覇者たるにふさわしい人間なのだ。
それなのに何故、夜叉の影に怯えて隠れて暮らさなければならないのか。
もっと力が欲しい。そのためにはこれまで以上に人体改造に取り組まないといけない。もっともっと完璧な改造に成功した暁には、それを自分の肉体にも施すのだ。
そうすれば夜叉だろうが恐れる事は何もない。
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