目次
1 《守りの星》
ルンビアと別れ、シップに一人きりとなったサフィは、大きな伸びをしてからシップの操縦席に戻った。
「さて、頑張るぞ。もう一方の宇宙の端までは果てしない道のりだ」
サフィは無理のない推力でのんびりとシップを操縦した。
途中で休憩のために立ち寄った《流浪の星》では、すでにニライとカリゥが『聖なる台地』に去った後だった。
ロアランドの首長になったばかりのアーノルドが必死に引き止めたが、サフィはニライたちに会わずに、しばしの休憩と補給の後、《巨大な星》へと進路を取った。
《巨大な星》も順調に発展しているのが手に取るようにわかった。アダニアはサディアヴィルを中心にその信仰範囲を広げ、大陸の西側に多くの信者が存在していた。アダニアの下を離れたプララトスは大陸の東のヌエヴァポルトに教会を建て、新たにプララトス派と呼ばれる宗派を興し、こちらも盛況で、星の大半の人はアダニア派と新興のプララトス派のどちらかを信奉する状況になっていた。
大工のピエニオスは亡くなっていたが、その弟子たちが『ピエニオス商会』という名のシップ製造販売業を興し、他所の星にまでその販路を広げようとしていた。
アビーはヌエヴァポルトの南西にあるナーマッドラグという町に移り住み、アダニア、プララトス両派の相談役となっているらしかった。
もう一度、アビーに会いたかった。いや、他の者にも会いたかったが里心がついてはいけない、サフィはそう考え、誰にも会わずに星を後にした。
《巨大な星》を出発し、リーバルンが暮らすという翼のある者の星に向けてシップを航行させながら、サフィはある違和感に気付いた。
このシップには自分一人しかいないのに、別の何者かがいる気配がした。船内を探したが人の姿は見当たらなかった。
危害を加えようというつもりはなく、むしろ弱った生き物の気配だったので、放っておく事にした。
サフィの目の前に一面の隕石群が広がった。
「話を総合すれば、この先にリーバルン様の暮らす星があるはずだが」
シップで隕石群を突破しようかどうかためらっていると一隻のシップが近づいた。
隕石の手前の空間で二隻のシップが対峙したが、相手のシップから懐かしい顔が姿を現した。
「《守りの星》に用の者か?」
サフィは喜び勇んでシップから外に出た。
「スクート様、お久しぶりです」
相手はサフィの顔を見てひどく驚いた声を上げた。
「――サフィか。サフィなんだな?」
「そうですよ。サフィです」
「……何だな。その、ずいぶん貫禄が出たっていうか、老けたっていうか」
「当然ですよ。しばらく《巨大な星》にいましたけど、その後、銀河の端まで行って、今はその帰りですから。それにしてもスクート様はあまり変わっていませんね。やはり三界の方は違うな。ルンビアもいつまでたっても若いんだろうな」
「……一緒じゃないのか?」
「言ったじゃないですか。銀河の端まで行ったって。ルンビアはそこで暮らしていますよ」
「銀河の端か――なあ、サフィ。ここで話し込むのも何だ。星まで来ないか。何、おれの後に付いてくればこんな隕石群、問題なく抜けられる」
サフィはスクートのシップの後を追って隕石群を抜け、《守りの星》に入った。
そこは不思議な場所だった。星自体はさほど大きくなかったが、空中に無数の島が浮かび、そこでも人々が生活しているようだった。
スクートは星の中心部にある広場のような場所にシップを停めた。
「実はな、翼を持たない者でこの星を訪れるのはお前が最初だ」
スクートがシップを降りたサフィ言った。
「何、安心しろ。サフィの名は皆、知ってる。おれたちの大恩人だからな。悪いようにはしないさ」
サフィはスクートの最後の言葉に微かな不安を感じながら星の中心部に向かった。
森の中の開けた場所に大きな櫓が組まれていて、火がこうこうと燃えていた。
スクートは櫓の傍に座り、サフィに隣に座るように促した。
どこでサフィ来訪の話を聞きつけたのか、数十人の翼を持った者が空から降りてきた。
集まった者たちは皆、言葉をかけ、サフィはそれに応えた。
「なっ、皆、お前には友好的だろ?」
スクートが言うとサフィは少し眉をひそめた。
「私には……という事は他の者ではこうはいかないぞという意味ですか?」
「如何に狭い世界で生きてきたかを思い知らされたよ。知っての通り、『空を翔る者』はこの星に移住した者とプトラゲーニョ将軍に率いられて《鳥の星》に渡った者が大半だが、そこから全く違う星に渡った者も多い。おれも幾つか星を巡ったが、どこの星でも支配者は『持たざる者』なんだな。今まで支配する側だったのが虐げられる側に回るとは思わなかったよ。おれはどうにかこの状況を受け入れたが、ほとんどの者は戸惑っている」
「ルンビアにも言いました。苦労は多いぞと」
「ここに来ればいいのになあ」
「そう言えばリーバルン様の姿が見当たりませんね。実はルンビアからリーバルン様に渡す物を頼まれたんです」
「リーバルン様はもうこの世におられないんだ」
「えっ?」
「少し前の事だがナラシャナ様の下に旅立たれた。仕方なく今はおれが主を失ったこの星のリーダーを務めている」
「――リーバルン様。もう一度お会いして話がしたかった」
「そうだよな。お前とリーバルン様は殊更深く理解し合ってたもんな。お前に早く連絡を取りたかったんだよ」
「《巨大な星》に来られても空振りでしたね」
「銀河の果てじゃあな。見つけようがなかった」
「ではスクート様がこの星の王なのですね」
「いや、おれはその器じゃない。だから正統な後継者のルンビアに戻ってきてもらいたいのさ」
「しかしルンビアは銀河の端にいますので」
「そうだよなあ。簡単には戻れないな」
「彼にはやるべき事もあるようですし」
「ん、何でわかるんだい。彼が星に着く前に別れたんだろ?」
「これを見て下さい」
サフィはそう言って懐から『ラムザールの宝剣』を取り出した。
「何だい、これは?」
「ナラシャナ様の形見です。これをリーバルン様にと頼まれました」
「大事な品を。並々ならぬ決意という訳だな。だがリーバルン様はいない。残念ながらそれは受け取れないな」
「そういう事になりますね」
「せっかく来てくれたのにすまないな」
「お気になさらないで下さい」
「なあ、サフィ。虐げられる者の立場になって初めてその辛さがわかるよ。おれたちは酷い事を平気な顔でやってのけてたんだ」
「それは私たちも同じです。姿形が違うからといって排斥しがちです」
「お前をもってしてもどうにもならないか」
「全ての者が同質、創造主も被創造物もそんな世界を望まないでしょう。違う者同士が協力し、刺激し合いながら、叡智を発現していく。それこそがあるべき姿だと理解しているのですが」
「そこに至る道は簡単には見つからないよな」
「はい」
「君の弟子のウシュケーの言う通りかもしれないな」
「――彼は何と?」
「善と悪、聖と邪、全てを受け入れる事が新たな世界で求められる、みたいな感じかな。バルジ教と言えば、かなり多くの星で信奉されてるんだぜ。この星でも信仰してる奴は多い」
「さすがはウシュケーだ。立派な道を切り開いた」
「ははは、サフィらしい感想だな。まあ、今日は飯でも食ってゆっくりしてけよ」
サフィはその晩、久々に空を翔る者に囲まれ、彼らと食事を共にした。スクートや他のリーダーだけでなく、女性や子供たちとも話し合い、有意義な一時を過ごした。
翌日、《守りの星》を去る間際にスクートが何かを思いついたらしく話しかけてきた。
「サフィ、この後はどこに向かうつもりだ?」
「特に決めていませんが」
「そうか。例の宝剣だけどな。もしお前が嫌でなければある星のある人に渡しちゃもらえないか?」
「構いませんが……この宝を預けるほど大切な方なのですか?」
「ああ、《魅惑の星》におられるムスクーリっていう実力者なんだが、空を翔る者にとっちゃ命の恩人だ」
「《魅惑の星》ですか?」
「ああ、ウシュケーの下に行くなら通り道だ」
「わかりました。ところで命の恩人とは?」
「話したと思うが、ここから外に出ていった奴も多くいる。だがおれたちは、純粋っていうか、田舎者だったんだな。希望に燃えて外に出たが悪い奴らに言葉巧みに騙されて、奴隷として遠くの星に売られそうになった。それを寸前で救ってくれたのがムスクーリ公なんだ。どうにかして礼をしないと、と思ってたんだが、ナラシャナ様の形見であれば最大限の感謝の気持ちが込められてるだろ?」
「でしたらスクート様が赴かれるのがいいのではありませんか?」
「あのなあ、指導者はそんな簡単に星を離れられないんだよ」
「わかりました。しかし私ごときで名代が務まるか」
「おいおい、《魅惑の星》はバルジ教の最大布教地の一つだ。ウシュケーの師匠であるお前が行ったら、王のような歓待を受けるぞ」
「そんなものですか。時代は動いていますね」
「最新の風に吹かれて古びた頭を虫干しするいい機会だよ」
「それはいい」