1.1. Story 4 愛ゆえに

 Story 5 ルンビアの誕生

1 リーバルンとレイキール

 リーバルンがナラシャナと会うようになって三百の昼と夜が廻ろうとしていた。その間、何度か互いの親に交際の件を切り出そうと試みたが、その都度、様々な障害が発生し、果たせずにいた。
 少し前にはナラシャナの父、ワンクラール王が病に倒れ、寝たきりになってしまい、以後、『水に棲む者』の政治は幼いレイキールをブッソンとヤッカームが補佐する形で進められる事となった。
 『地に潜る者』の大臣ギラゴーはヤッカームの後ろ盾の下で、本来、非武装の干渉帯として設けられたはずのホーケンスを裏から支配しようと企み、ホーケンスを誰よりも愛するトイサルの自衛組織との間で度々、小競り合いを起こした。
 そして『未開の森』で起こった三界の衝突事件の火種が、未だにくすぶっていた。

 事の起こりはこうだった。地に潜る者のワジ居留地に暮らす『持たざる者』三十名ばかりが未開の森で死体となって発見された。ギラゴーはこれを『空を翔る者』の仕業であると糾弾し、未開の森で調査を行っていた空を翔る者を襲撃、両者の間で多数の死傷者が出た。さらにこの争いは同じく未開の森に調査団を送っていた水に棲む者にも飛び火し、三者入り乱れての戦闘に発展した。
 事態を重く見たアーゴは直ちにリーバルンを『白花の海』に、プトラゲーニョを『淡霞低地』に特使として派遣した。

 
 リーバルンにとって初めての土地だった。海上に浮かぶ宮殿の会見場でレイキールとヤッカームが待っていた。リーバルンがスクートと共に地上に舞い降り、互いの挨拶を済ませると、早速ヤッカームが口を開いた。

「今更、何をしに来られたのです。蛮行の後、謝罪して何もかもが許されるのであれば、それは最早無秩序ですぞ」
「ヤッカーム殿。何を根拠にそのような事をおっしゃられます?」
「根拠?……こうして謝罪に赴かれた事自体が動かぬ証拠ではありませんか?」

「……ではお尋ねします。私たちにワジの持たざる者を殺害する動機がありますでしょうか?」
「日頃、持たざる者など家畜同様に扱っているでしょうから、命など何とも思わない、まあ、いつもの遊びが招いた結果でしょう」
「ミサゴではサソーやワジよりも持たざる者を人として扱っているつもりですが」
「それは――」

「もういい、黙れ。ヤッカーム」
 レイキールが会話に割り込んだ。
「リーバルン殿は余に話をされに来ているのだ。お前は下がっておれ」
「……はっ」
 ヤッカームは渋々引き下がった。

「リーバルン殿。不愉快な思いをさせてしまい申し訳ない。余は常々同じ三界の後継者として貴殿にお会いしたいと思っておりました」
「お気になさらないで下さい。こちらもですよ。レイキール殿」
「余のごとき若輩者は右も左もわかっておりませんが、ブッソンという賢者が『リーバルン殿は信頼に値する』と申しておりました。その言葉に偽りはないと信じます」
「ありがとう、レイキール殿。私とて世間知らずの若輩者だが、ブッソン殿のような立派な方に評価して頂けるとは光栄です」
「我らは今回の争いが空を翔る者によって仕組まれたとは考えておりません――ヤッカーム、異論はないな」
「……無論でございます」
「リーバルン殿がそのような姑息な手段を使われると思っておるのか。言葉は悪いが、持たざる者を三十人殺した所で、空を翔る者にとって何の意味がある?今回の一件はただ、騒ぎを起こしたいがために地に潜る者が仕組んだ自作自演。いかにも奴らが考えそうな三文芝居だ――お前ならよく理解できるはずだ」
 レイキールは一気にまくし立ててから、勝ち誇ったような笑顔をヤッカームに向けた。
「……」

 黙り込むヤッカームを見つめながら、リーバルンはレイキールのあまりにもまっすぐな心根に危惧を覚えた。今は自分に対して好意を持っているが、そうでなくなった時、彼との間にはもはや修復不可能な深い溝ができてしまうだろう。
「リーバルン殿、本来であればこの後歓待させて頂く所だが、場合が場合、ご無礼を許されよ」
「レイキール殿、そのお言葉だけで十分です。私たちが意味のない民間人虐殺などしない事をわかって頂ければ、それだけで来た甲斐がありました」

 
 会談を終え、リーバルンはスクートと共に空にいた。
「しかし、あのレイキールって子はしっかりしてますねえ」
「ああ、スクートもそう思ったかい。だが多感な少年だから、何かのきっかけでそれまで白だったものが一気に黒に変わってしまう事もありうる。敵に回すと厄介だ」
「早いとこ、ナラシャナ様との婚姻をまとめて、義兄弟になっちまえばいいじゃないですか?」
「うむ。だが彼の性格を考えると慎重に物事を運ばないとな」

 リーバルンが地上を見下ろすと小さな赤い光が見えた。きっと心配したナラシャナが『清廉の泉』に来ているのだろう。だがまずはプトラゲーニョと共に事態の収拾に当たらねばだった。

 
 宮殿に戻ると王の間の前でプトラゲーニョが待っていた。
「おお、リーバルン。どうだ?」
 リーバルンはレイキールとの会話を伝えた。
「……なるほど、そっちは落ち着きそうだな。こっちはひどいものだったぞ。あのギラゴーという大臣、とんだ大ぼら吹きだ」
「というと?」
「あくまでもワジの居留地で空を翔る者の姿を見かけたと言い張る――」
「ああ、それは私だな。事件よりは大分前になるがワジの視察に行った」
「……全くお前と言う奴は」
「父が言った視察とはこういう事ではないのかい?」
「まさか、マードネツクの難民キャンプも行ったんじゃないだろうな?」
「さすがに、まだそこには行っていない――それよりも水に棲む者のヤッカームだが」

「ヤッカーム……成り上がりだと聞くが」
「レイキール殿はヤッカームをずいぶんと毛嫌いしているようだった」
「……ふむ。色々と謎だらけの男だな。ワンクラール王の現在の后に取り入って勢力を伸ばしているらしい。前の后のマイア様の娘を娶って王族になろうと企んでいるという噂まであるぞ」
「……それは本当か?」
「マイア様は一度だけお見かけした事があるが、それは美しいお方だった。その忘れ形見であればさぞや美人だろうな。確か名前は――」
「ナラシャナ」

「リーバルン。視察は伊達ではないな。そんな名前がすらすらと出るようになるとはな」
「プトラ。私の質問に答えていないぞ。ヤッカームは本当に……そうやって王族になるつもりか?」
「いや、それはブッソンやレイキールが許さないはずだ。レイキールがヤッカームを嫌うのも、腹違いの姉を想う心からではないかな」
「……ありがとう、プトラ。貴重な情報だ」

「何だお前は、変な奴だな。それよりも今回のワジの一件、ヤッカームとギラゴーが結託しているとは思わんか」
「ありえない話ではないな」
「向こうが通じていて我々を攻めるという構図はまずい。我々としてはレイキールに期待するしかないな」
「……ねえ、プトラ」
「ん、何だ?」
「いや、何でもないよ。さあ、父上に報告に行こう」

 

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