1.7. Story 5 呪われた丘

 Chapter 8 サフィの旅路

1 亀裂

 《虚栄の星》に誕生した都市、ヴァニティポリスの名は商人のネットワークを通じて浸透していった。商人のシップに同乗してやってくる移民希望者は当初の予定を遥かに上回る速さで増加した。

 フェイスの中心にあるドミナフの居城では、ドミナフ、ルンビアたちが増え続ける人口に対する対策会議を行っていた。
「フェイス、カインドネス、テンペランス、ジェネロシティにはもう新たな移民を受け入れる余裕がない。後はモデスティとペイシャンスだけだ」
 現在はドミナフの補佐をしているドーゼットが言うと、都市の農政及び財政を管理するラーシアが続けた。
「ルンビア、他の場所に住まわせる訳にはいかないのか?」
「六つの丘については計画を曲げるつもりはない。砂漠を開拓した方がいいのかな」
「皆、丘に住みたくてやってくるんだ。それはかわいそうだ」

「いっその事」と治安維持の代表を務めるデデスが言った。「移民申請に対する審査をもっと厳しくすりゃいいんじゃないか。中には質の悪いのがいるぞ。おかげでこっちは大忙しだ」
「うーん」と唸ったのはドミナフだった。「どんな人間にも何かを始められるチャンスがある、そんな自由な雰囲気を壊したくはないんだ。でも審査を厳しくする件は考えるに値するね」
「まあよ、向上心のある奴はどうにかやってるからいい。問題は、挫折しちまうような連中を言葉巧みに誘って、悪の道に引きずり込む組織だよ」
「悪の組織?」
「ああ、どうやらダンサンズがペイシャンスを根城に悪さしてるって話だ」

「あの男はまだ懲りてなかったんだね?」
「あの時に殺しときゃ……って今更、言っても遅いけどな」
「いや、デデス。それは違う」とルンビアが神妙な面持ちで言った。「ダンサンズがいなければ別の人間がそのポジションに付くだけの話だ。きっと社会に問題があるせいだよ」
「ルンビアは本当に聖人だよ。でもよ、奴は特にここにいる五人を恨んでるだろうから、せいぜい注意してくれよな」
「外を歩く時には変装でもするか」とラーシアが笑いながら言った。
「無理だな。ドミナフ以外は外見に特徴がありすぎる」
 ドーゼットが言い、その場の全員が笑った。

 
 忠告は現実のものとなった。
 ペイシャンスの外の砂漠に新たに拓いた農地を視察中のラーシアがいきなり暴漢に襲われ、負傷したのだった。
 フェイスの自宅で床に伏せるラーシアをデデスとルンビアが見舞った。
「ラーシアはいっつも金の事しか言わねえから、敵が多いんだ」
 デデスが茶化して言うと、ルンビアが続けた。
「大事に至らなくて良かったよ。この星の財産をこんな事で失う訳にはいかないからね」
「少し厳しく管理し過ぎたのかもしれんな。良かれと思ってやった事でも受け取り方は様々だ」
「お前の顔面が凶悪すぎんだよ」

 
 その数週間後、事態は急展開した。
 今度は開発中のモデスティの市街地で男女数人が謎の集団に襲われた。

 ドミナフは急遽、幹部たちを城に集めた。
「デデス、最新の情報は?」
 尋ねられたデデスは不機嫌そうな様子で答えた。
「特にねえよ。襲われたのはモデスティの住民五名、賊の集団は皆、背中に黒い翼を持ち、自分たちを『カラス団』と名乗っていた」

「なっ」
 絶句するドーゼットにドミナフが尋ねた。
「ドーゼット、心当たりは?」
「ない。ルンビアと話し合い、種族同士固まって暮らさないようにしているので、詳細を把握している訳ではないが……そのような集団の存在は聞いた事がない」

「賊はこうも言っていたそうだ。『ラーシアの受けた傷を倍にして返す』と」
「そんな奴らと結託した覚えはないが面倒だな」
 ようやく傷が癒えたラーシアが言った。
「経済的、政治的理由から襲われたと考えていたが……」

「おい、ルンビア」とデデスが声をかけた。「お前の意見は?」
「これは種族闘争をでっち上げ、都市の協調を乱そうとする企みだ。そういう事をしそうな人間は大方目星が付く」
「私も同感だ」とドミナフが言った。「ヴァニティポリスでは皆、平和に暮らしている。種族間の諍いなど起こるはずがない」

「一応念のために」とドーゼットが言った。「都市内の翼を持つ者には注意喚起をしておこう。こんな事が続けば我らはどこか離れた場所で暮らさねばならなくなる」
「ドーゼット」とルンビアが声を上げた。「それはだめだ。何のために種族を意識せずに同じ場所で生活していると思ってるんだ」
「もちろん最悪の場合を想定してるのさ。おれだってそんな暮らしをしたい訳じゃない」

「いずれにせよ」とデデスが言った。「『カラス団』の奴らかその黒幕をとっちめれば、事件は解決する」

 

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