『高原の町』を出発してから、何日か後。山道の途中にあったいくつかの小さな村々が山小屋に変わり、その山小屋にも段々と人が少なくなっていきます。気温も徐々に下がってきているようです。
「ねえ、ベンガ。次の山小屋までどのくらいかな?早くあったかいところで休もうよ」
「そうだな。ただ、『高原の町』で聞いたところによれば、次の山小屋の先にはもう何もないそうだ。十分に休息しなければな」
「ええ、ほんと。それじゃあ、どうやって休めばいいの?」
「洞窟を探すか、雪を掘ってその中で休むしかないだろうな」
「ええ、雪の中なんて無理だよ。だって雪って冷たいっていう話じゃない?」
「うむ、雪は確かに恐ろしいが、それよりも吹雪に巻き込まれる方がもっと恐ろしいそうだ。雪の中にいれば、少なくとも吹雪は避けられるだろう」
前を悠然と歩いているビーガがタピーに向かって言います。
「タピー兄さん、いざとなれば、ぼくと父さんがみなさんを背負って山を越えていきますよ」
ベンガがシャンティに声をかけます。
「シャンティ、大丈夫か。これからまだまだ寒くなるぞ」
「うん、大丈夫よ。雪って言っても水が凍っただけでしょ。あたしは元々水の中で生きてきたんだから」
「無理をするなよ。ジャックはさっきからリュックの中に入りっぱなしだが、おい、ジャック、元気か?」
リュックの中からジャックのくぐもった声が返ってきます。
「おお、何とかな。こんな寒いところで生きてる極楽鳥は多分おいらだけだろうな」
「その元気があれば大丈夫だ。さあ、山小屋に急ごう」
コンリーヤの山々の中腹にある最後の山小屋。一人の老人が小屋を守っていました。
「おや、人が訪ねてくるとは珍しい。お前さんたち、一体どこまで行きなさるんかい?」
ベンガは老人に頭を下げ、シュマナ山を目指していることを伝えます。
「何とまあ、シュマナ山とは、お前さんたち修行者か。いや、若い女子やトラや鳥がいるようだし、さてはテンチーに行くサーカスの人たちかい。それにしてもついてないね。シュマナ山のあたりは猛吹雪で前に進めんよ。普通サーカスの人はこんな道を通りはしないもんだがね」
「ご老人、私たちはサーカスの者ではありませんよ。しかし、猛吹雪とは困りました。いつ頃になれば吹雪が止むのでしょうか?」
「いやあ、シュマナ山の近くの吹雪は止みゃあせんよ。わしも長い間この山小屋の番人をやっとるが、一度として吹雪が止んだっつう話は聞いたことがないでな。シュマナ山には神さんが住んどるから、普通の人にゃ近づけないとかいう奴もおるで、それを真に受けて、毎年多くの修行者がシュマナ山に登りおる。けども、まともに帰ってくる者はおらんで、最近じゃあ、わしはそんな人を止めるようにしとる。お前さんたちにどんな事情があるか知らんが、悪いことは言わん、シュマナ山に行くのは止したほうがええ」
タピーが老人の前に出て話しかけます。
「おじいさん、ぼくはどうしてもシュマナ山に登らなきゃならないんだよ。神さまと約束したんだ」
「おお、あんたみたいな子供まであの山に登るっつうのかい。それならなおさらだ、引き返した方がいい」
「そうもいかないよ。シュマナ山に着かなきゃ、ぼくは何もしてないのと同じなんだって。どうして生まれてきたのか、どうしてこんな色をしてるのか……あっ、何でもない」
「うぅむ、まあ、止めても無駄かの。ここで一晩休んで、明日の朝出発するのがいいで。今夜はわしの自慢の煮込みを食べて体力をつけておくんじゃね」
「わあい、おじいさん、ありがとう」
ベンガたちも老人に礼を言います。
翌朝、山小屋を出発する元気いっぱいのタピーたち。
「夕べは食べ過ぎちゃった。ぼく太っちゃうよ」
シャンティがからかいます。
「太ってる方が寒さには強いんじゃないの。寒くなったら、みんなでタピーにくっつけば暖かいかもね」
「ええ、ぼくベンガみたいに大きくないし、みんながくっついてきたら歩けないよ」
ベンガが笑いながら言います。
「安心しろ。私やビーガは寒い場所でも生きていけるように、厚い毛皮で覆われているのだ。寒くなったら、私たちに寄り添えばいい」
やがて、昼過ぎごろ、空から白い小さなものが落ちてきます。
「ねえ、これは?もしかしてこれが雪?」
「ああ、いよいよ降り出してきた」
「でも、体に当たるとすぐ消えちゃうよ。何だかきれいだし、これなら心配ないね」
「いや、楽しいのは今のうちだけだ。そのうち笑ってもいられなくなる」
果たして、ベンガの言葉通り、その後、雪はどんどんと降り続け、風も強くなり、目の前の景色もよく見えなくなります。
どこかでベンガの声がします。
「おい、みんな大丈夫か。はぐれたら最後だぞ。ビーガ、先頭を歩いてくれ。シャンティはビーガのしっぽにつかまるんだ。タピーは私と手をつなげ。リュックの中のジャックはもう眠っているから、絶対に外に出すなよ」
ベンガの指示通り、みんなで一つに小さく固まって進む吹雪の中。吹雪はいよいよ激しくなり、しかもあたりは段々と暗くなってゆきます。
ビーガが緊張した声を上げます。
「父さん、シャンティ姉さんが」
全く前の見えない中でベンガがビーガの声の方向に向かって答えます。
「うむ、タピーも限界のようだ。ビーガ、どこかに洞穴のような吹雪をしのげそうな場所はあるか?」
「何もないようです。くそっ、こんなところで遭難してたまるか」
「仕方ない。このへんに穴を掘ろう。そこに隠れて吹雪をやり過ごすのだ」
「もしも吹雪が弱まらなければ、結局は遭難してしまいますよ。それより、ぼくがシャンティ姉さんを、父さんがタピー兄さんを背負って、このまま走り抜けましょうよ」
「しかし、あとどのくらいで頂上かわからないのだぞ。私たちが力尽きてしまえば本当に最後だ。それにタピーやシャンティの体力が吹雪の中で長時間もつかどうか」
「ここで穴を掘って休んでも、姉さんや兄さんの体力は回復しませんよ」
その時、ベンガの後ろからか細い声が聞こえます。
「ベンガ、ビーガの言う通りにしてよ。ぼくやシャンティはもう歩けないから、君たちの背中におぶさって行くよ。ここで休むよりは頂上まで行こうよ」
「しかし……」
「だいじょぶだよ、ぼくたちは神さまに守られているんだから」
ぐったりとしたシャンティを慎重に背中に背負うビーガ。ベンガはシャンティが転げ落ちないように紐でシャンティをビーガにくくりつけます。
「いいか、シャンティ。絶対に寝たらいけないぞ。ビーガと話をし続けるんだぞ」
ゆっくりとうなずくシャンティを背中に背負ったまま、ビーガが答えます。
「さあ、シャンティ姉さん、行きますよ。では、父さん、頂上で会いましょう」
吹雪の中であっという間に見えなくなるビーガを見送ってベンガが言います。
「さて、私たちも行こう。私におぶさりなさい」
タピーを背負ったベンガは、一つ大きく息を吐くと走り始めます。
「眠るんじゃないぞ。私と話をしながら進もう」
地面に積もる柔らかな雪に苦戦しながらも、力強く走り続けるベンガ。
「なあ、タピー。初めて会った時のことを覚えているか?」
「うん、覚えてるよ……ぼくが最初に行った人間の村だった」
「そうだな、お前は平気な顔をして人間の中にいた。それを見た私は驚いて思わずお前に話しかけてしまったのだ」
「びっくりしたよ。あんなに悲しそうな声でほえる君を、何で親方たちが『人食いトラ』って呼ぶんだろうって」
「人間には私たちの言葉はわからないからな。限られた者にしか本当の姿はわからない、そんな偶然の中で私たちも出会ったのだ」
「えっ、ぐうぜんだと思ってるの……ぼくはラーラワティさまがわざと、君とぼくを会わせてくれたと思ってるけど」
「ん、なぜそう思ったのだ?」
「だって……ぼく一人じゃ、世間知らずだし、力もないし、頼りないじゃない。だから、ラーラワティさまが旅の仲間として君に目をつけたんだよ」
「光栄な話だな。それから私たちは一緒に旅に出て、深い森で迷ったな」
その後もベンガは背中のタピーが眠ってしまわないように、旅の話を続けます。降りしきる雪で、前を行くビーガの足跡もほとんど残っていません。
「……お前は『商人の港』に戻ってきた。私たちが平原の戦のせいで足止めを食っているのを聞いて、お前は怒ったな」
「……うん……そうだね……」
「あの時、お前が戦を止めようとしなかったら、シャンティは今も後悔をしていたろう。私たちも同じだ、みんなお前のおかげだ」
「……うん……」
「そうして私の願いも叶い、今度はお前が願いを叶える番だ。もうすぐシュマナ山に着く」
「……」
「タピー……タピー、しっかりするんだ。お前の、お前の願いが叶うんだぞ。眠ってはいけない、眠ったら死んでしまうぞ!」
なおも激しく吹きつける真夜中の吹雪。ベンガはその後のことをよく覚えていません。叫びとも泣き声ともつかない雄叫びを張り上げながら、吹雪の中を滅茶苦茶に走り続けました。
目を開けると、自分が倒れていたのに気がつきました。そこは、もう雪の降っていない静かな湖のほとりです。近くにはビーガもシャンティもタピーも倒れていました。
ベンガは慌ててみんなを起こし始めました。
まず、ビーガが目を覚まします。
「はっ、父さん、みなさんは、みなさんは無事ですか?」
続いて、シャンティがゆっくりと目を開きます。
「……ここは……確かラメキー様が『こっちに来るな。』って言って、あたしを突き飛ばしたところまでは覚えてるんだけど」
最後にタピーが目を覚ましました。
「うーん、みんな、おはよう。あれ、ここは?」
ベンガが険しい顔をして首を振ります。
「わからない。気がついたら皆ここに倒れていた」
タピーはゆっくりとあたりを見回して、あることに思い当たります。
「あっ、そうだ、ここはあそこだ」
タピーは急いでリュックを開けると、眠っているジャックを引っ張り出しました。
「ジャック、ジャックったら、ねえ、起きてよ。ぼくたち、あの場所にいるんだよ」
タピーに思い切り揺さぶられて、目を覚ますジャック。
「……んーん、起こすんならもうちょいと優しく……なんだい、タピーか、どうした。まさか、全員雪の山で遭難しちまったとか言うんじゃねえだろうな」
「うん、そのまさか、かもしれない」
タピーはジャックが眠りについてから起こった出来事を途中まで話します。
「そこから先はシャンティとぼくも眠っちゃったからよくわかんない。ベンガとビーガがぼくたちを背負って走り続けてくれたんだ」
ベンガが後を引き取って話します。
「うむ、ところが私もタピーが返事をしなくなったので気が動転してしまって、その後のことは覚えていないのだ」
かたわらのビーガも同じだったようです。
ジャックはやれやれという素振りをします。
「おいおい、みんなが覚えてないんじゃ、リュックで寝てたおいらに何がわかるっていうんだよ。しっかりしてくれよ」
タピーが、ものすごい勢いで首を横に振ります。
「ジャック、そうじゃないんだよ。ここだよ。この場所に見覚えない?」
そう言われてジャックはきょろきょろとあたりを見回します。
「へぇー、こりゃまた、静かな湖だなあ。一体どこなんだい?」
タピーがいらいらして言います。
「だからあ、気がついたらここに倒れてたんだよ。みんなもどこだかわからないんだ」
ベンガが冷静に分析をします。
「普通に考えれば、ここはシュマナ山の近くなのだろう。だが、私とビーガは吹雪の山を無事に走り抜けた記憶がないのだ。もしかすると遭難してしまい、ここは『死の国』のどこかなのかもしれない」
「おいおい、そいつはおだやかじゃねえなあ。でもよぉ、残念ながら、おいらはシュマナ山も『死の国』も行ったことがないんで、ここがそのどっちかなんてわかんねえな」
タピーが口をとがらせます。
「ええっ、そんなはずないよ。ジャックはここに来たことあるはずだよ。だって、ここは君の夢に出てきた場所にそっくりなんだから」
タピーの言葉に沈黙するジャックたち。
「ええとね、あの湖の岸辺に岩があるでしょ。あそこで男の人が笛を吹いてて、その脇の木の枝に女の人が座ってそれを聞いてたんだ。ねえ、本当に何も思い出さない?」
「お前のとんちんかんな夢の話はもういいって。もうしょうがねえなあ、ちょっくら、あっちの方を見てくらあ」
ジャックは面倒くさそうに言うと、湖の周りを飛び回ります。
しばらくすると、ジャックは戻ってきて、ベンガの肩に留まります。ジャックはいつになく真面目な口調です。
「おいら、この場所知ってる気がするよ」
タピーは何だかどきどきしてきました。
「あの岸辺の岩に行ってみようよ。そしたら、もっと思い出すかもしれないよ」
タピーたちが少し離れた岸辺の岩に近づいていくと、突然、ベンガの肩に留まっていたジャックが声を上げます。
「あっ、やっぱり、この景色にも見覚えがあるぞ」
これを聞いたシャンティは不思議そうに首をかしげます。
「じゃあ、ジャックは今しているみたいにあそこまで歩いて行ったってこと?」
ジャックの表情が険しくなります。
「おいらは確かに南の島で生まれた極楽鳥だから、覚えてる景色は大抵空から見たもんだ。なのに、あの岩に歩いて行った記憶があるなんて。おいらは……一体誰なんだ?」
岸辺の大きな岩の上に立つタピーたち。
「さあ、ここだよ。笛を吹いてた男の人がいたのは」
ジャックはすっかり物思いにふけっているようです。
「この場所も覚えてる。そして、あの木の枝に女の子が座っていたのも。でも、おいらは、おいらは、一体ここで何をしてたんだ?」
その時、湖にヴィーナの音色が響き渡り、ラーラワティがその姿を現します。
タピーが待ちきれずに尋ねます。
「ラーラワティさま、ここは一体どこなの?」
「ここはあなたたちが心配しているような『死の国』ではありません。シュマナ山のふもと、『妖精の湖』と呼ばれる場所です」
ベンガは感激した面持ちです。
「私たちは無事に吹雪のコンリーヤを抜けたのですね」
「ええ、そうですよ、あなたたちの信じる力は最後の試練も乗り越えたのです。この先がシュマナ山、神々の住まいです」
タピーが飛び跳ねます。
「やったね、すごいや、ベンガ、ビーガ、君たちのおかげだよ」
喜ぶタピーたちのそばでジャックだけは一人浮かない顔です。
「ところで、ラーラワティ様……」
ラーラワティはジャックを優しく制します。
「わかっています。私の話をお聞きなさい」
ヴィーナを爪弾きながら美しい声で話すラーラワティ。
「ジャック、あなたは自分を南の島で生まれた極楽鳥だと信じていますが、それは事実ではありません。あなたは元々この『妖精の湖』で暮らす妖精だったのです、と言っても覚えていないでしょう。湖面に姿を映してごらんなさい」
ジャックはベンガの肩から地面に降りると、おそるおそる湖に近づいていきます。
湖面に姿を映したまま黙っているジャックを心配して、タピーたちも水面を覗き込みます。そこに映っているのは、極楽鳥ではなく、一人の美しい青年の姿でした。
「これが……本当のおいら……なのか?」
ラーラワティがヴィーナの弦をじゃらんと鳴らします。
「あなたは元々、神々の楽隊の一員として笛を吹き、ここで暮らしていたのです。けれども、ある不幸な出来事により、あなたは極楽鳥に姿を変えられてしまったのです。
その出来事とは……」
今度はジャックがラーラワティを制します。
「ラーラワティ様、湖に自分の姿が映ったのを見て、少し昔を思い出しました。タピーたちにはおいらから話をさせてください。」
そう言うと、ジャックは岩の上に戻り、タピーたちもその周りに座ります。
「おいらは笛吹きとして、色んなところに行ったんだ。イドゥンティヤ様の軍隊のために勇ましい曲を吹いたり、エマ様が人間を『死の国』に連れて行く時に悲しい曲を吹いたりした。そんなある日、ある町に降りていった時に、ポーリーヌっていうとても可愛い女の子に会ったんだ。おいらたちはその場で恋に落ちた。でもよ、おいらは妖精、ポーリーヌは人間だ、そんなのは許されないさ。だけど、どうにも我慢できなかったから、ポーリーヌをそっとここまで連れてきたんだ。しばらくの間は夢みたいな日が続いたさ。毎日この岩の上でポーリーヌのために笛を吹いてあげて、彼女はそこの木の枝に座って黙って笛の音を聞いていた。そのうちポーリーヌの具合が悪くなっちまった。原因なんかわかんねえよ、とにかく日に日に弱っていったんだ。どうしたらいいかわかんなかった。神様にお願いすりゃ、人間をここに連れてきたのがばれちまう、かといって、人間の町に帰せば、もう二度と会えない気がしたんだ。その時、ある話を思い出したんだ。確か、神々の住まいにはアムリタがあるってうわさをよ。アムリタさえありゃ、ポーリーヌは助かるんじゃねえか、って思ったんだ。それで、ある神様の住まいに忍び込んだんだが、警護してる兵隊につかまっちまって、散々しぼられたんだ。で、ようやく許されてここに戻ってきた時には、ポーリーヌはもう冷たくなっちまってた。おいらは、呪ったよ。ポーリーヌを助けられなかった自分を、そしてこの世界のあらゆるものを。で、シュマナ山の神々の住まいに火をつけて、自分も死のうって思ったんだ。ところが、またまたその前につかまっちまった。今度はしぼられるどころじゃなかったな。何しろ神々に逆らおうとしたんだから。でも、おいらは、もうどうなったってよかった。ポーリーヌのいない世界で生きてても意味がない、と思ってたからな。……ラーラワティ様、ここまでしか思い出せません」
黙って話を聞いていたラーラワティはうなずくと、話を引き継ぎます。
ジャックがアムリタを盗むために忍び込んだのはラーラワティの住まいだったこと、事情を察したラーラワティが湖を訪れてポーリーヌに出会ったこと、瀕死のポーリーヌがジャックを処罰しないようにラーラワティに頼んだこと。
「ポーリーヌはあなたを罰しないように頼むとともに、こう言ったのです。『私はもうすぐ『死の国』に旅立つけれども、ほんの一瞬でもジャックと一緒にいられただけで幸せでした。』と。私はあなたにそれを伝えようと思いました。ところが、私が住まいに戻るのと入れ違いにここに戻ってきたあなたは、自暴自棄になってしまいました。神々の中には、あなたに厳しい罰を与えるべきだという者もおりました。けれども、私はポーリーヌの想いに免じて、あなたの罰を軽くするよう神々に頼んで回ったのです」
ジャックは半分涙声になっています。
「じゃあ、じゃあ、おいらは……」
「そうです。ポーリーヌのおかげで厳しい罰は免れましたが、極楽鳥に姿を変え、それまでのこと、ポーリーヌのことを一切忘れてしまうのがあなたに下された罰だったのです。もう一度この湖まで自分の力で来ることによってのみ、償われる罪なのでした。タピー達の力を借りはしましたが、この旅であなたが見せた人を思いやる心は、十分償いに値していました。あなたは、今晴れて神々の許しを得ました。昔のように妖精の姿に戻ってここで暮らせるのですよ」
人目をはばからず大声で泣くジャック。
「ラーラワティ様、ありがとうございます。でも、おいらは、おいらは、まだタピーたちに何もしてやれていないんです」
ラーラワティはにっこり微笑みます。
「それでこそ私の僕です。タピーを最後まで助けてあげるのですよ。ところで、あれをご覧なさい」
ラーラワティが指差したのは、いつもポーリーヌが座っていた木の枝です。よく見ると、そこには小さな白い花が咲いています。
「これは?」
「ポーリーヌはこの白い花に生まれ変わりました。あなたが再び戻ってくるのをここでずっと待ち続けていたのです」
ジャックはラーラワティの言葉が終わらないうちに、木の枝に飛んでいきます。
「……ポーリーヌ、ずいぶん待たせちまったな。でも、もうちょっとだけ待ってちゃあくれねえか。おいら、大事な友達にまだ付き合わなきゃならねえんだよ。でもよ、帰ってきたら、そしたら、ずぅっと一緒にいてやるから、な、ポーリーヌ」
ジャックの流す涙は、ポーリーヌが生まれ変わった白い花の上に落ちてゆきます。
シャンティは溢れる涙を抑えることができません。タピーたちも下を向いたままで、何も言いません。
静かな湖のほとりで、静かに時間だけが過ぎてゆきます。