第十九話:妖精の国

 かけがえのない旅の仲間たちと再会したタピーは、果てしなく続く山道を歩いていきます。人の住む村があれば食事や寝床を分け与えてもらい、無い時には野宿をします。
「しっかしよぉ」
 ジャックが調子はずれな声を上げます。
「一つ山を越えたと思ったら、また次の山、いつになったら平らな場所に出るんだい?」
「まあ、そう言うな」
 ベンガが言います。
「しかし不思議なものだな、そうした山と山の間のわずかな隙間に人が集まり、村ができる、隙間がもっと大きければそれが町になり、やがて国になる、人間とは実に興味深い生き物だ」
「ベンガは哲学者だな」
 ジャックは笑います。
「そんなことよりもおいらは早いとこ美味い食事にありつきたいよ、なあ、タピーもそう思うだろ?」
「……う、うん、まあね」
「おや、タピーちゃんは皆と再会してっから、おとなしいんじゃないかい」
「タピー、気にするな」
 ベンガが優しく言います。
「お前の立場だったら私も同じことをしていた」
「えっ、ほんと?」
 タピーの声が少し弾みます。
「ぼく、間違ってなかったってこと?」
 ベンガもビーガもシャンティも何も言わずににこにこしています。ベンガの肩に止まっているジャックだけは面白くなさそうな顔です。
「相変わらず、どいつもこいつもいい奴で困ったもんだ」

 

 タピーたちは山道を歩き続けます。
「最後に村人に出会ってからだいぶ経つがこのへんに人里は無いようだな。それにしてもみんな暑くはないか?」
 ベンガが少し顔を曇らせます。
「そう言われれば一歩進む毎に温度が上がる感じよね」
 シャンティがうなずきます。
「こう暑くちゃ人は住んでないんじゃないの?」
 気の短いジャックはもう空に飛び立っています。
「この先に村があるか見てくるよ」
 しばらくして戻ってくると
「だめだめ、とても進めたもんじゃない。火山でも噴火してるんじゃねえか。暑くて暑くて空を飛ぶのも一苦労だよ。違う道を行った方がいいと思うぜ」
「仕方ないな。出てきた村まで戻ろう。そこの近くに分かれ道があったはずだ」

 ベンガがくるりと背中を向けみんなもそれにならいます。そうしてどうにか夜になる前に村まで戻ってきます。
「ああ、やっと戻ってきましたね」
 ビーガがほっとした声を上げます。
「ところで兄さん、どうしたんですか?顔が真っ赤ですよ」
 確かにタピーの顔は海岸に沈む夕日のように真っ赤です。
「……そうかな。……そう言えば……なんか頭がぼぉっとするんだよね」
 シャンティは急いでタピーのおでこに手をかざします。
「まっ、タピー。すごい熱よ。暑さにやられたんじゃない?」
「だいじょぶ、だいじょぶ、大したことないって……」
 タピーは村の入り口で倒れてしまいました。慌てたベンガたちは一軒の家の戸を叩きタピーを休ませてもらうことにします。

 

 タピーは熱にうなされ夢を見ます。

 ――そこは白い建物の前です。足元を見るとたくさんの赤い花が咲いています。目を上げると何かがふわりふわりと飛んでいます。
 ――祝福を受けたバクさん、ふわりふわりと飛んでいる何かが話しかけてきます。
 ――私たちの頼みを聞いてください。山頂の『火焔花』を刈り取って、私たちの国を取り戻してください。お願いします、お願いします。……

 タピーはがばりと飛び起きます。思い思いに休んでいたベンガたちも驚いてタピーを見つめます。
「どうした、タピー、具合が悪いのか?」
「ううん、夢を見たんだ。誰かが助けてって言ってる。行かなくちゃ、もう一回山に登らなきゃ」
「どうしたんだ、いきなり」
 ベンガがタピーを落ち着かせようとします。
「大体、どこの山に登るつもりだ?」
「あの暑い山に決まってるじゃない。あの頂上に何とかがあるんだって。それを取ってこなくちゃならないんだ」
「こいつ、熱でいかれちまったのか」
 ジャックが眠そうに目をこすりながら言います。
「あんなに暑くちゃ先には進めないってわかってんだろ」
「そうよ」
 シャンティも心配そうに言います。
「現に暑さで倒れたんだから」
「えー、みんなどうしてそんなこと言うのさ。ぼく、行かなきゃならないんだよ。だってぼくに助けて欲しいって頼んでたんだ」
「そりゃ、お前が見た夢だから、お前をご指名することだってあるだろうよ」
 ジャックはあきれています。
「で、何て頼まれたんだよ」
「うーんとね、祝福を受けたバクさん、山頂の何とかを取って、私たちの国を助けてください……だったかな?」

「ちょっと待て」
 ベンガが口をはさみます。
「確かにお前を、祝福を受けたバク、と言ったのか?」
「うん、そうだよ」
 タピーはうなずきます。
「どういう意味かわかんないけどね」
「そうだろう。ということは誰かがお前の意識に呼びかけた可能性が高いな……本当に助けを求めているのかもしれんぞ」
「確かにな、タピーちゃん、祝福なんていう難しい言葉知らねえもんな」
 ジャックも少し真面目な声になります。
「でもよぉ、だからといってあの山には登れねえぜ」
 それまで黙っていたビーガが口を開きます。
「ラーラワティ様に尋ねてはどうでしょうか?」
「そうだな」
 ベンガは言います。
「ラーラワティ様なら何か事情をご存知かもしれないな、ジャック、頼む」
「おう、まかしとけ」

 空に飛び立とうとするジャックをタピーが呼び止めます。
「あっ、ジャック、ちょっと待って」
「んだよ、お前は。急いでんだから早くしろよ」
「ん、あのね、いっつも不思議だったんだけどラーラワティさまを呼びにどこに行ってるの?」
「何だ、そんなことか」
 ジャックはにやりと笑います。
「知りたいか。でも高くつくぜ。果物一皿で教えてやる」
「……じゃあ、いいよ。聞かない」
「おいおい、そう言うなよ」
 ジャックはタピーの肩に降りてきます。
「教えてやるよ、ただで。あのな、とにかく高く飛び上がるんだ。そうすっともうこれ以上は高く飛べないってところで突然空気が変わるんだよ。つまり神々の領域に入るってことかな。そこでラーラワティ様を呼ぶ、そういうこったな」
「ふーん、何だかすごいね。果物一皿は無理だけど、一個なら分けてあげる。じゃあ、気をつけて行ってきてね」

 

 村の井戸の周りに座っているタピーたちの耳に、心地よいヴィーナの響きが聞こえてきます。
「しばらくぶりですね」
 ラーラワティが優しく微笑みます。
「また皆で旅を続けているようですね」
「はい、おかげ様で。今日はお伺いしたいことがあり来ていただいたのです」
 ベンガが一つ呼吸を整えてから話し出します。
「実はこの先の山が暑くてとても越えられそうにないのです。回り道をしようと思ったのですが、タピーがどうしても山に行かなければならない、山頂の何かを取って誰かを助けてあげなければならない、こう言うのです。はなはだ曖昧な話で申し訳ありませんがわかっていただけたでしょうか?」

 ラーラワティは目を閉じて静かに言います。
「私が知っている限りのことをお話しましょう。まずあの山には元々『妖精の国』がありました。ジャック、あなたも知っている妖精のネーテケがラーゴにそそのかされてしまったのです」
「……ネーテケ……ああ、あのいたずら者ですかい、まあ、おいらも人のことは言えないけど」
「可愛げのあるいたずらをしているうちは良かったのですが、ラーゴにそそのかされて宝物庫の奥深くに眠っていた『火焔花』の種を地面に植えてしまったのです」
「それだよ。夢の中で言ってた何とかは。じゃあ、あれは妖精だったんだ」
 タピーが叫ぶのをラーラワティは目で優しく制します。
「花を咲かせた『火焔花』は周りの地面の温度をどんどん上げていき、ついに『妖精の国』の住人たちはあの山に住めなくなり、はるか西の地に避難しました。一度咲いてしまった『火焔花』は刈り取らない限りは、永遠に炎を撒き散らし続けます。今ではあまりの暑さに誰も近寄ることすらできない、あの山はそのような状況なのです」

「どうすれば火を消すことができるのですか?」
「方法は三つあります。一つは持ち主のアドゥンが『火焔花』を刈り取ること、けれどもアドゥンは妖精たちが自分の力でどうにかすることを望んでいます。もう一つは種を植えた者、つまりはネーテケが『火焔花』を刈り取って火を消すこと、けれどもネーテケは種を植えた後ラーゴのいるテンチーについて行きましたからそれも難しいでしょう」
「最後の一つの方法とは……」
「水の神の祝福を受けた者が『火焔花』を刈り取りに行くこと……覚えていませんか?かつて『海人の国』であなた達に祝福を授けたことを」
「ってことは、やっぱりぼくが行くんだね?」
 タピーがすっとんきょうな声を上げます。
「待ちなさい、タピー」
 ラーラワティはヴィーナの弦の調子を整えながら言います。
「あの時の祝福からずいぶんと時間が経っています。もう一度『祝福の歌』を授けましょう」

 

 大地を歩く者よ
 一時、水の鎧を身にまとい
 火を分けて進めますように
 水の女神が祝福を与えよう

 灼熱の大地よ
 この者が熱波で身を焦がさぬよう
 その怒りを収めよ
 水の女神が祝福を与えよう

「さあ、祝福が終わりました」
 ラーラワティがヴィーナを弾き終わります。
「でもシャンティ、あなたは山に登ってはいけません。あなたは元々水の中に住む者、祝福を受けていても『火焔花』の炎と熱には体が耐えられないでしょう」
「えっ」
 シャンティはびっくりして声を上げます。
「私は待っていなくちゃいけないんですか?」
「そうなさい。本当はタピーもベンガもビーガもジャックも行かせたくはないのですが、妖精たちはあなた達の救いを待っている。どうかその思いに応えてあげてはくれませんか?」

 

 翌朝、太陽が昇る前にタピーたちは再び山のふもとにやってきます。
「では行くぞ。くれぐれも無理はするなよ。具合が悪くなったら戻るのも勇気だぞ」
「私はここで待ってるわ。たっぷり水を用意しておくから元気で帰ってきてね」

 タピーたちはシャンティに手を振って、山を登り始めます。山の中腹あたりまで来ると、暑さのせいで呼吸が苦しくなってきます。
「あー、おいら、もうだめだ。これ以上進むと焼き鳥になっちまうよ。おいらはここにいるから」
 ジャックはそう言うとふらふらと空に飛び立ちます。

 さらに山の七合目くらいに来ると熱風で目も開けていられないほどです。
「兄さん、父さん、もう進めません。毛皮が焦げてきています」
 ビーガが歩みを止めます。
 タピーとベンガの二人だけで頂上を目指します。やがて頂上が見えてきますが、そこでは炎がごおごおと燃え盛っています。
「……何ということだ。……あの炎の中に入らなければならないのか」
 ベンガが苦しそうにあえぎます。
「でも行かなきゃ。そうだ、ベンガはここにいて。ぼく一人で頂上に行くから」
 タピーはそう言うと、とっとっと頂上に向かっていきます。

 

 タピーは燃え盛る炎の壁の前で呼吸を整え、気合を入れると炎の中に飛び込みます。
「わあ、目の前が真っ赤っかだ。『火焔花』はどこにあるのかな?」
 見れば、炎の真ん中、山頂のあたりにぽつんと小さな赤い花が咲いています。近寄って見ると花びらの一枚一枚も葉っぱも炎の形をしていて花びらからは絶え間なく炎が撒き散らされています。
「きっとこれが『火焔花』だ。よおし、これを抜けばいいんだよね」
 タピーがそっと『火焔花』に手を近づけるとどこからか声が聞こえます。
「我に手をかけようとするのは何者ぞ。我は火の神の命によりこの地に熱と炎を与えておる」
 タピーはびっくりして腰を抜かしそうになりましたが、今の声が『火焔花』から聞こえたのだと気づきます。
「『火焔花』さん、そうじゃないよ。アドゥンがきみを植えたんじゃないんだよ」
「……何を……確かにそう言われてみれば、火の神は何も言ってはくださらなんだ。では何者かが火の神に代わり我をこの地に植えたというのか」
「うん、そうみたいだよ」
「されば我は元の種に戻るとしよう。お主が我をこの地より抜き取ってくれるのか?」
「ぼくが植えたんじゃないからできるかなあ。きみすごく熱そうだし」
「ここまで来れたということはおおかた水の神の祝福を受けているのであろう。なら何も問題はない。さあ、早く抜くがよい」

 

 タピーは静かにうなずくと『火焔花』に手を添え地面から引き抜きます。
 次の瞬間、タピーは音も色も無い世界が訪れたのかと思いました。それまでごおごおと音を立てて燃えていた真っ赤な炎が跡形もなく消え、体の芯まで焦げそうな熱がうそのように引いたのです。タピーの手の中には小さな赤い植物の種だけが残っています。

 

 タピーが『火焔花』の種を手に持ったまま頂上にいると、ジャックがふらふらと空から降りてきます。
「よぉ、タピー。無事やりとげたみてえじゃねえか。すっかり過ごしやすくなった」
「うむ、あの暑さがうそのようだ」
 ベンガとビーガも登ってきます。
「タピー、『火焔花』はどうなったんだ?」
「うん、元の種に戻った」
 タピーが手を開いて見せます。
「でも良かったよ、ジャック、きみが焼き鳥にならないで」
「けっ、あれは冗談だよ。お前が夢で頼まれたんだからお前に花を持たせたまでよ」
「いやだなあ、ジャックは」
 タピーは不思議そうな顔をします。
「ぼくが持ってるのは花じゃなくて種じゃあないか」

「ああ、良かった。みんな無事ね」
 大笑いしているみんなのところにシャンティもやってきます。
「急に気温が下がったからどうにか歩いてこれたわ。『火焔花』は?」
 タピーはシャンティにも種を見せます。
「シャンティ、これ誰に渡せばいいのかな?」
「うーん、そうね」
 シャンティは考え込みます。
「元々は『妖精の国』の宝物庫にあったものだから妖精たちに返すのがいいんでしょうけど……妖精たちはどこにいるのかしら?」

 

 山頂で途方に暮れるタピーたちの耳にヴィーナの音色が聞こえ、ラーラワティの声が響き渡ります。
「これからあなた達をはるか西に避難した『妖精の国』に連れていきます。妖精の王があなた達にどうしてもお礼を言いたいそうです」

 次の瞬間、ぴゅんという音とともにタピーたちの周りの風景が流れ去ったかと思うと、それまでの殺風景な山頂の景色が濃い緑の針葉樹の森へと変わっています。
「さあ、着きました。この先の氷でできた宮殿に妖精の王がいますから行ってごらんなさい」
 ラーラワティの言葉に従って針葉樹の森をタピーたちは歩き始めます。すると何かふわふわとした半透明のものが近づいてきます。
「あっ、夢の中に出てきた、……ってことは妖精さんだね?」
 いち早く気づいたタピーが声をかけるとそのふわふわしたものは動きを止めます。
「祝福を受けたみなさま、みなさまのおかげで私たちは故郷に戻ることができそうです。王がお待ちです。こちらに」
 半透明の妖精は南のジャングルにいる大きなアゲハ蝶ほどの大きさで蝶と同じような羽を持っていますが体は人間のようです。タピーたちは妖精と一緒にひんやりとした空気の中、氷の宮殿を目指します。

 

 やがて目の前に氷でできた建物が見えてきます。
「この先に王がおわします。どうぞ中へお進みください」
 半透明の妖精は消えてしまいます。
 タピーたちは宮殿の中に進んでいきますが、宮殿は門や壁だけでなく中の柱や階段まですべてが氷でできています。
「わあ、すっごいなあ。何もかも氷なんだね」
 ジャックが笑いながら言います。
「しっかし、暑いところから急にひんやりしたところに、おいらたちもなかなか忙しいご身分だね」

 

 大きな氷の扉を開けるとそこがどうやら王の間のようです。何人もの妖精たちが居並ぶ中、広間の中心にひときわ立派な羽を持つ妖精がいます。
「よく訪ねて来てくれた。私は妖精の王、ルバ」
 妖精の王ルバは背中の大きな羽以外は人間と同じ姿をしています。
「お主たちがいなければ『妖精の国』を元に戻すことはできなかった。感謝する」
「王様」
 ベンガが尋ねます。
「『妖精の国』に何が起こったのですか?」
「うむ、大体の話はラーラワティ様に聞いているとは思うが事の起こりはこうだ」

 ――わが国は大昔から神々の道具の手入れや管理を任されておった。例えばラーラワティ様のヴィーナの弦の張替えやブロイナ様の笛の手入れやら、アドゥン様の『火焔花』も厳重に鍵をかけた宝物庫で管理していたのだ。ネーテケといういたずら者の妖精がいたが他人に危害を加えるわけではなかったので宝物庫の番人を任せておった。
ところが赤い仮面をかぶったラーゴという悪魔が現れてネーテケに近づいた。ネーテケはラーゴにそそのかされるまま『火焔花』を大地に植え『妖精の国』をめちゃくちゃにし、そしてラーゴと一緒にテンチーに逃げてしまったのだ。

「王様、それにつきましては私たちにも責任の一端がございます」
 ベンガが恭しく頭を垂れます。
「ラーゴは私たちがテンチーに向かっているのを知っているはずです。おそらく私たちが追ってこれないよう『火焔花』を植えさせたのだと思います」

 そしてこれまでのいきさつを話します。
「何と、ラーゴはそのような理由でわが国を混乱に陥れたというのか」
「ラーゴは国を滅ぼすことなど何とも思っていない、そんな男です」
「何しろ『世界の王』になるとかほざいてやがるからな」
 ジャックがはき捨てるように言うのを聞いたルバは目をみはります。
「お主、シュマナ山のふもと、『とこしえの谷』に暮らす、確か名前はジャック・パイパーではないか。何故そのような姿をしておる?」
「えっへっへ」
 ジャックは照れくさそうに笑います。
「色々ありましてねえ、まあ、こいつの」と言って、タピーの方へくちばしをしゃくります。
「こいつのお守りをするのに、この姿の方が都合いいかな、なんて」
 王の目がタピーに移ります。
「祝福を受けたバクの子よ。お主の勇気により国が救われた。何度礼を言っても足りないくらいだ」
「びっくりしたよ」
 タピーが口をとがらせます。
「普通はぼくが誰かの夢の中に入るんだけど妖精がぼくの夢の中に入ってくるんだもん」
「許せよ。あれ以外に方法がなかったのだ」
 ルバが笑います。
「半透明の妖精は私の力で作り出した化身。あの暑い山に戻ることもできず仕方なくここからお主の夢に話しかけさせてもらった」
「王様」
 シャンティが口を開きます。
「いつ頃、元の『妖精の国』にお戻りになられるおつもりですか?」

「おお」
 ルバはシャンティを見て微笑みます。
「お主はニンハ王の下にいたと聞いておる。しばらくお会いしていないが王はご健在か。私は若い頃ニンハ王とともに様々な冒険をしたのだ。懐かしいな」
「はい、冒険好きは変わっておられません。この旅が終わった時も冒険談をお聞かせする約束なんですの。きっと今頃は首を長くして私たちの帰りを待っておりますわ」
「それは何よりだ。さて、元の場所にはできるだけ速やかに戻りたいと思っておる。もう民には準備を始めさせておるので一両日中には移動を開始するつもりだ」
 ルバは一息つきます。
「そこでお主らに提案がある。移動を開始するまではここでゆっくりしていってはもらえないか。何もない仮住まいではあるが澄んだ空気と美しい森で日頃の緊張を解きほぐしてもらいたい」

 

 タピーたちは妖精の王の好意に甘え針葉樹の森でゆったりと過ごすことにします。近くにある氷河の大きさにびっくりしたり、温泉を見つけてそこに一日中つかっていたり、つかの間の楽しい日々が訪れます。

 そうして何日かが過ぎ、いよいよ『妖精の国』の人々の移動開始の日となりました。
 妖精の王はタピーたちを広間に呼びます。
「これから元の山に移動することになった。本当にお主たちには感謝しておる」
「あ、そうだ」
 タピーが何かを思い出して叫びます。
「王様、これ、『火焔花』の種、返さなきゃ」
「うむ、確かにわが国には無用のものなのだが、アドゥン様との約束を違えるわけにもいかん。厳重に保管し二度と大地を燃やすことのないように注意しよう」
 ルバはタピーから種を受け取ります。
「タピー、この種と引き換えに心ばかりの礼をさせてはくれぬか」
「えっ」
 タピーはどぎまぎします。
「だめだよ、ぼくだけ何かもらうなんて。みんなでやったことだもん」
「いいんじゃないの」
 シャンティは笑って言います。
「今回はあなたのお手柄ってことで。誰も文句は無いはずよ、ねえ、ジャック」
「まあな。思ったよりは頑張ったんじゃねえか」
「ではこれを」

 妖精の王はタピーに不思議なものを渡します。それは二つの小さな美しい銀色をした金属の輪が赤い紐のようなものでつながっているものです。
「これは『引き寄せの指輪』と呼ばれておる。お主が片方の輪を指にはめ、もう片方をお主の大切な人にはめてもらうのだ。そうすればどれだけ離れていても輪に向かって念じさえすればたちどころに出会えるという代物だ」
「えー」
何やらタピーは不満そうです。
「大切な人って言ったってベンガでしょ、シャンティでしょ、ジャックでしょ、ビーガでしょ、一つじゃあ足りないよ」
「タピー」
 シャンティが小声で囁きます。
「この場合の大切な人って言うのは……そうね、例えばラニーラちゃんみたいに好きで好きでたまらない人よ」
「えっ、えっ、えっ」
 タピーは真っ赤になります。
「……そんな人いないよ。せっかくもらっても相手がいないもん」
「はっはっは」
 妖精の王は高笑いします。
「いつの日か必要になる時がくる、その時まで大事に持っておけばよいではないか。……実はまだ頼みがあるのだ。ネーテケはもう一つ、この『妖精の国』の宝、『プルカのハープ』を持って逃げたのだ。あんなものを悪用すればテンチーがどうなってしまうことか」
「その何とかって一体何?」
「詳しいことはジャックにでも聞くがいいだろう。とにかくネーテケに会ってあいつを正気に戻してやってほしい、頼む」
「わかったよ。王様、指輪どうもありがとうね」
 タピーは『引き寄せの指輪』を大事そうにポケットにしまいます。

 こうして『妖精の国』は元の地へと帰ることになりました。タピーたちもテンチーへの旅に戻ります。