ゆっくりと港にすべり込むタピーたちの船。桟橋では先に着いていたサーカスの親方が手を振っています。
「やあ、よくぞご無事で」
タピーもベンガもジャックも嬉しそうです。
「やっと陸地だあ。海も初めは楽しかったけど、だんだん飽きてきちゃったからねえ」
ベンガはうなずきます。
「やはり私たちは陸の生き物だ。早いところ大地を踏みしめたいものだな」
船が桟橋に横付けされるや、親方が飛んできました。
「ささ、お疲れでしょう。まずはお茶でも」
ベンガは怪訝そうな表情です。
「親方、まだこんなところにいたんですか。早く家に帰った方がいいですよ」
「何をおっしゃいますか。あなたたちは一度ならず二度までも私を助けてくれた命の大恩人、お礼をしないまま家に帰れますか」
桟橋を歩きながら、タピーが親方に尋ねます。
「ここが『ランカの都』?」
「いえ、『ランカの都』はまだ山を越えた島の西側で、ここは『輝く島』の東側の港町です。私が言うのも何ですが、この島は世界で最も美しい島ですよ」
「親方の家も『ランカの都』にあるの?」
「私の家はこの町にあるのです。あなたたちが『ランカの都』まで行くなら、ここでお別れです。ですからここにいる間は、私にあなたたちのお世話をさせてください。あ、ここのカフェのお茶がとびっきり美味しいんですよ」
天井で扇風機がからから回る涼しげなカフェ。親方はタピーとベンガにとびっきりのお茶を、ジャックには甘い甘いマンゴスチンをごちそうしてくれます。
「私はひとっ走り家に顔を出してきます。夕方には戻りますのでごゆっくり」
親方はせわしなく出て行ってしまいました。
「うふふ、親方っていい人だね。みんなが親方みたいならいいのになあ」
「あの親方を助けたのはお前だぞ。いい人が増える、これはなかなかすごいことだ」
タピーは目をきらきらさせます。
「そうか。いい人を増やしていけば、いつか世界はいい人でいっぱいになるってことだね」
「あ、ああ。そういうことになるな。しかし、世界にはものすごい数の人がいるぞ」
その時、顔をサリーで覆った一人の女の人がカフェに入ってきます。
女の人は親方が座っていた席に腰を降ろしたかと思うと、何も言わずにサリーの向こうからタピーたちを見つめます。タピーもベンガもどうにも落ち着きません。
「ねえ、ベンガ。知ってる人なの。あいさつした方がいいのかな」
ベンガが小声で言います。
「私たちを知っている人間がいるわけないだろう。この国の礼儀かもしれないから、しばらく黙っていよう」
女の人は黙ったままタピーたちを見つめていましたが、そのうちテーブルを爪先でこつこつとたたき始めました。
「ぼく、もうがまんできないよ。話し掛けてもいいでしょ」
ベンガが『私がやる』と目で合図します。
「失礼ですが、私たちに何かご用でしょうか。先ほどから私たちを見てらっしゃいますが、人違いではありませんか」
お茶をくいっと一口飲んだ女の人は、ようやく口を開きます。
「あなたたち、本当にわからないの。あたしよ、あたし。ずっと待ってたんだから」
そう言って、女の人はサリーをはずしました。
「えっ、シャンティ。なんでこんなところにいるの。陸にいてだいじょぶなの?」
シャンティはいたずらっぽく笑います。
「ふふふ、実はあたしもラーラワティ様にお願いしたのよ。ほら、尾ひれじゃなくって足がついてるのよ」
タピーは嬉しそうです。
「わあ、すごいなあ。わざわざそれをぼくたちに見せにきたの」
「何言ってるのよ。あなたたちと一緒に旅をするために決まってるでしょ」
ベンガは首をかしげます。
「けれども君はシンハ王にお仕えする身だ。私たちと一緒に旅する暇など無いだろう」
冷たいお茶を一口すするシャンティ。
「あなたたちがチュンホアを連れてきてくれたおかげで、彼女があたしのやってた仕事を引き受けてくれたってわけよ」
ベンガはまだ納得がいかないようです。
「しかし、チュンホアでは海の中にはいられないだろう。そんなことでシンハ王に仕えることができるのだろうか」
「あなたたち、わかってないわね。チュンホアはすごいのよ。海にいなくっても仕事はできるんだって。彼女は、陸地にシンハ王の出張所を作ったのよ。で、ダゴンとのやり取りとか積荷がどうとか全部そこでやってるわけよ」
ベンガもようやく納得したようです。
「うむ、確かにチュンホアなら物知りだし、色々な国の言葉も知っている。適任かもしれないな」
「もっとすごいのは、港に食堂まで作って、これがまた大当り。とにかく、あたしは時間ができたってわけなのよ」
お店の人にお代わりのお茶を注文するシャンティ。ベンガは言います。
「しかし、シャンティ。とても辛く長い旅なのだ。これから危険なことがもっと増える」
「何言ってんのよ。あなたたちみたいな世間知らずだけで旅が続けられるわけないじゃない。あたしみたいなしっかり者がいなくちゃだめよ」
タピーはにこにこして言います。
「ぼくとジャックは賛成。それに、シャンティも叶えたいお願いがあるんでしょ」
「うん、まあね。でも、あなたたちみたいに切実なお願いじゃないけどね」
「ううん。お願いはお願いだよ。ね、ベンガ。シャンティも一緒に旅してもいいよね」
ベンガもにっこり笑います。
「確かに私たちはあまりにも世間知らずだな。きっとシャンティの世話になることが多いだろうが、よろしく頼む」
「それにしても、『海人の国』からここまで来るのに何でこんなに時間がかかったの」
ベンガはお茶を飲みながら、シャンティに途中の出来事を話します。
「えーっ、そんなことがあったの。シンハ王が心配してた事故の原因がそんなことだったとはね」
ジャックがからかうように言います。
「話を聞いて、心配になったんじゃないのか」
「だって、悪い奴はクリンラ様がやっつけちゃったんでしょ。心配ないじゃないの」
ベンガがまじめな顔で言います。
「いや、そうではなくて、こういうことが今後も起こるだろうということだ。どうもラーゴという悪人を敵に回してしまったようだしな」
シャンティはラーラワティからもらったばかりの美しい足を組替えます。
「大丈夫よ。いざとなれば、あなたたちが守ってくれるんでしょ。あたしはか弱い女性なんだから」
誰よりも先にタピーが答えます。
「うん、約束するよ。シャンティを守るって」
「ありがとう、タピー。嬉しいわ」
タピーは顔が真っ赤になります。
「でも、ベンガやジャックがいなけりゃ何もできないんだけどね。あ、ところで、シャンティ。前に会った時と何か違うね」
「ああ、しゃべり方ね。こっちが普通なのよ。仕事中はちょっぴり上品にしてるのよ」
やがて、親方が戻ってきます。
「おやおや、お美しいお嬢さんがいらっしゃる。ベンガさんのお友達ですかな」
シャンティは立ち上がってあいさつします。
「ごきげんよう。あたくしはシャンティと申します」
「さぞかし育ちの良いお嬢様だ。大陸の王族の方でしょうか」
シャンティは手で口を押さえて笑います。
「おほほほ、そんなことございませんわ。まあ、王族に仕える身ですけれども」
シャンティの言葉使いの変わりように感心するやら、あきれるやらのタピーたち。親方が思い出したように言います。
「それはそうと、家に戻ったら家族が大喜びで、やっぱりいいものですな、で、命の恩人のあなたたちを是非食事に招待したいということになりました」
ジャックは大喜びです。
「そうこなくっちゃ。早く親方の家に行こうぜ。ほら、急いだ、急いだ」
親方は驚いた顔です。
「ほぉ、この極楽鳥はまるで私の言葉がわかるみたいに、何やら鳴いていますな。もちろんシャンティさんも来て下さいますよね」
シャンティは微笑みながら言います。
「ええ、タピーちゃんやベンガさんはこれから一緒に旅をする仲間ですもの。喜んで寄せていただきますわ」
親方は心配げな声を出します。
「ほほお、しかし、あなたのようなか弱いご婦人が旅をするのは危なくありませんか。ねえ、ベンガさん」
ベンガは肩をすくめて言います。
「いや、彼女はしっかり者ですから、きっと大丈夫です」
港から伸びるくねくねした細い坂道を登ったところにある親方の家での楽しい食事。
「さあ、何もお構いは出来ませんが、かみさんの手料理です。極楽鳥さんの分もありますからね」
親方のおかみさんはとても嬉しそうです。
「こんな風にまたみんなで笑って食事ができるのも、あなた方のおかげです。本当に何とお礼を言ってよいのやら」
親方の娘さんが言います。
「ところで、あなた方は『ランカの都』へ行くんでしょう。だったら気をつけないと」
ベンガが尋ねます。
「道のりが山あり谷ありなのでしょうか。それとも道中に山賊でも出るのですか」
娘さんは首を横に振ります。
「ううん、そうじゃないのよ。気をつけなきゃいけないのは、『ランカの都』でなの。あたしも『ランカの都』に行ったわけじゃなくて、人から聞いただけなんだけどね」
タピーは初めて食べる食後の甘いお砂糖のかかったお菓子から目が離せません。
「ああ、このお菓子の美味しいことったら。毎日これが食べられたら幸せだろうねえ」
「それはどうも。で、その人が言うにはね。『ランカの都』で変なことが流行ってるんだって」
ベンガが尋ねます。
「変なこと、ですか」
「ええ、何でも魔王が復活したらしくて、人々が神様にお祈りをしてるんですって。あたしが知ってるのはそこまで」
ベンガは眉をひそめます。
「ふむ、怪しげな話ではあるな。タピー、どう思う」
タピーは口のまわりを砂糖だらけにして顔を上げます。
「そんなの行ってみないとわかんないよ。でも何だかわくわくするよね」
ベンガは仕方なく笑い、それにつられてジャックもシャンティも笑います。
果たして『ランカの都』に待つのは、吉事でしょうかそれとも凶事でしょうか。
翌朝、『ランカの都』に続く険しい山道。はるか右手前方に奇妙な形の岩山が見えてきます。
「ねえ、ベンガ。あの山、変な形だね」
「うむ、きっと由緒のあるものに違いない。あちらから来る人に聞いてみよう」
ベンガは通りすがりの男に尋ねました。
「ああ、『竜の山』っていうんだ。山の中をくり抜いた城があって、そこにゃあ王様が住んでんだ」
シャンティがびっくりした声を出します。
「えー、あんな不便なところじゃ、王様の仕事ができないわよ。そんなのおかしいわ」
通りすがりの男は声をひそめます。
「いや、『ランカの都』から逃げてきて、あそこに立てこもってるんだわ。確か『ランカの都』で弟王とケンカしたとか言ってたな」
タピーは思わず笑います。
「王様なのに兄弟げんかなんて子供みたいだよね。変だね」
ベンガが言います。
「まあ、今の私たちには関係のない話だな。日が沈むまでに『ランカの都』に着くように急ごう」
シャンティは口をとがらせます。
「あたしは納得いかないわ。世界一にぎやかな『ランカの都』の王様がこんな山の中に逃げてきてるなんて都はめちゃくちゃになってしまうわよ」
ベンガの肩の上のジャックが言います。
「もうめちゃくちゃなんじゃねえか。魔王が現れたって言ってたじゃないか」
ベンガが尋ねます。
「ジャック、その魔王とは何なのだ?」
「昔々、ナーヴァビーっていう魔王が現れてな、『ランカの都』を荒し回ったんだと。で、クリンラ様がそいつを退治したんだよ。ナーヴァビーが復活したっていうことはよ、また『ランカの都』に良くないことが起こってるんじゃねえか、って思うわけよ」
ベンガは低いうなり声を上げます。
「急ごう。『ランカの都』へ」
峠道を急ぐタピーたち。シャンティが何かに気づきました。
「ねえ、あれ。家の灯りじゃない。」
ベンガが足を緩めます。
「『ランカの都』は目の前らしいな。どうやら食事にはありつけそうだぞ」
タピーはふぅっと息を吐きます。
「ぼくは、水浴びしたいなあ。どっかに河か泉がないかなあ。」
シャンティはちょっと得意気な表情をします。
「タピー、その願い叶えてあげる。好きなだけ水浴びして、その上、きーんと冷えたシーツにするっとすべり込んで眠れるわ」
ベンガはあわてます。
「いい加減なことを言わないでくれ。タピーが期待するだろう」
「だから、あなたたちはだめだって言うのよ。宿屋に泊まるに決まってるでしょ」
タピーとベンガとジャックは思わず口を揃えます。
「宿屋だって!」
「ちょっと待ってくれ。そんな金は持ってないぞ」
シャンティはあきれて首を横に振ります。
「あなたたち、あたしを連れて来て本当に良かったわよ。お金なら心配しないで」
シャンティはサリーの中からきらきら光る無数の宝石を取り出して見せます。
「王様が心配して下さったのよ。あなたたちはどうせ一文無しだろうから、って」
タピーは大喜びです。
「わぁい、ぼく宿屋に泊まるの初めてだよ。ねえねえ、早く行こうよ」
ベンガは困った顔をします。
「うーむ、贅沢な旅をするのは果たしてよいことなのだろうか。タピーがこれを当然と思わなければいいのだが」
シャンティはウインクします。
「大丈夫、今回だけ。この先も必要だからお金は取っておくわ」
『ランカの都』の一軒の宿屋の帳場。
「へい、毎度あり。こんなにいただいちゃって。当宿屋で一番のお部屋を二部屋用意しましたから」
ベンガは驚いています。
「おい、シャンティ。一部屋で十分だろう。一番の部屋ならかなり大きいぞ」
シャンティはきっ、と眉をつり上げました。
「何言ってるの。レディが殿方と一緒の部屋に泊まれるわけないでしょ。タピーはともかく、ベンガとジャックはだめよ」
ベンガはちょっと赤い顔になって宿屋の主人に尋ねます。
「ところで、ご主人。最近何か変わったことは起こっていないでしょうか?」
宿屋の主人の帳面を繰る手が止まります。
「とうとう現れたんですよ、魔王が」
ベンガは息を呑みながら尋ねます。
「ご主人、どうも事情が飲み込めません。都に何が起こっているのですか?」
「いやね、事の起こりは、兄弟げんかなんですよ」
シャンティは緊張した声で言います。
「え、あの『竜の山』に住んでる王様のこと?」
「そうそう。元々はこの『ランカの都』は兄王と弟王が仲良く治めていたんだよ。それがある日、何のはずみか、けんかになっちまいまして」
ベンガは合点がいきません。
「それが魔王とどう結びつくのでしょうか」
宿屋の主人は鍵をじゃらじゃらさせながら言います。
「まあ、話は最後まで聞いてくださいな。で、兄王は『竜の山』に逃げ込んだと。つまり今『ランカの都』にいるのは弟王のはずですよね。ところが、どこからともなくこんな噂が流れ始めたんでさ。『ランカの都』にいるのは弟王じゃなくって、魔王だって」
シャンティがすっとんきょうな声を出します。
「弟王が魔王?」
帳場の向こう側で宿屋の主人はランプに火を灯しながら言います。
「そうでさ。昔『ランカの都』を支配していた魔王ナーヴァビーが弟王に化けてるんだそうですよ。ナーヴァビーっていうのは十個の顔を持つ不死身の魔王、で、そいつを退治したのが、クリンラ様」
シャンティは首をかしげます。
「ふーん、それで神様にお祈りしてるってわけね」
主人は苦笑いを浮かべます。
「だって、魔王ナーヴァビーは不死身ですよ。神様に頼るっきゃないじゃないですか」
ベンガは主人に尋ねます。
「ご主人、今ナーヴァビーは王宮にいるのですか?」
「そんなことわかりません。場所を教えますから、明日王宮に行くといいですよ」
ランプの灯りに照らされた宿屋の豪華な部屋。タピーのはしゃぐ声が風呂場の方から聞こえます。
「なあ、ジャック。今回の話どう思う」
ジャックは羽根繕いをしながら言います。
「うーん、どうも胡散臭いなあ。ナーヴァビーが現れたっていわれてもなあ」
「うむ、兄王と弟王の争いのすぐ後というのも引っかかる。どうも裏がありそうだな」
風呂場からびしょびしょのタピーが戻ってきます。
「ねえ、ぼくの体変だよ。何かが出てくるよ」
タピーが頭をぶるぶるっと揺すると、シャボン玉がほわりほわりと浮かび上がります。
大笑いのジャックの横で、ベンガは優しく言います。
「タピー、石鹸を流していないからだ。もう一度風呂場でシャワーを浴びるといい」
タピーはシャボン玉を見つめながら言います。
「あ、そういうことか。じゃあもう一回水浴びしてくるね」
改めてタピーが戻ってきた宿屋の部屋。となりの部屋からシャンティもやって来ます。
「皆はこの『ランカの都』で起こっていることについてどう思う」
初めに口を開いたのはシャンティです。
「色々おかしいことが起こってるけど、あたしたちに関係はないことでしょ」
ジャックも言います。
「そうだな。お前らただでさえ、色んな事件に巻き込まれやすいんだから。わざわざ首突っ込んで、ひどい目に遭うことはないって」
ベンガは重々しい声で言います。
「うむ、確かにそれもそうだな。タピーはどう思う」
タピーはうつらうつらしています。
「そういえばもう真夜中近いわね。約束通り、きんきんのシーツにするー、ってさせてやらないと」
「では、明日王宮に行ってから、どうするかをはっきりさせよう」
シャンティに手をひかれ部屋に戻るタピー。
「さあ、きーんと冷えたシーツがお待ちかねよ。思い切って飛び込みなさい」
タピーは今にも閉じそうだった目をぱちりと開けます。
「よーし、行くぞお。じゃあね、シャンティ、お休みなさい」
タピーは器用にシーツの中にすべり込みます。
「きゃー、気持ちいい。何て幸せなんだろう」
シャンティは微笑みます。
「そりゃ良かった。じゃあ、あたしもその幸せを味わおうかしら」
「じゃあね、シャンティ。いい夢をね」
「明日はまた忙しいからね。お休み、タピー」
疲れ果てて眠りこけるタピーたちですが、ベンガはなかなか寝付けません。
『ランカの都』は謎だらけです。
朝を迎えた宿屋の食堂。タピーとシャンティが目をこすりながら降りてきます。
「おはよう、ベンガ。ずいぶん早いんだね」
ベンガは紅茶を飲みながら、顔を上げます。
「ああ、なかなか寝付けなくてな。さあ、朝食をとろう」
シャンティはボーイに紅茶を、そしてタピーはココナッツジュースを注文します。席についたタピーがベンガに尋ねます。
「あれ、ジャックはどこに行ったの?」
ベンガは目の前の山盛りのフルーツからバナナを一本もぎ取って答えます。
「うむ、夜が明けるとすぐに王宮まで様子を見に行った。もう帰ってくる頃だろう」
『ランカの都』の王宮に歩いて向かうタピーたち。するとジャックが飛んできます。
「おはよう、ジャック。どうだったの?」
ジャックはベンガの肩に降りてきます。
「いやあ、大変な騒ぎだぞ。お日さまが登ったばかりだっていうのに、ものすごい数の人が王宮の回りでお祈り始めたんだから。そしたら、何か柄の悪そうな奴らが王宮から出てきて、人々を追い払ったんだ。あいつら、とても王様に仕えてる雰囲気じゃねえな」
ベンガの顔が曇ります。
「うむ。やはり引っかかるな。弟王はご無事なのだろうか」
タピーはベンガに言います。
「そんなの簡単だよ。王宮に行けばすぐにわかるよ」
王宮に近づくにつれお祈りの人達はどんどん増えてきます。
「この列に並ばないと、王宮には近づけないみたいね」
ベンガが言います。
「まあ仕方がないだろう。その間に色々考えよう。タピーよ、さっきの話だがどうやって弟王に会うつもりなのだ」
「あのね、王様はお兄さんとけんかをしてるんでしょ。だったら、ぼくらが二人を仲直りさせてあげればいいんじゃないの」
ジャックはすっとんきょうな声を出します。
「そんなの上手くいくわけねえだろよ。王宮にはナーヴァビーがいるんだぜ」
「ナーヴァビーか何か知らないけどさ。兄弟げんかしてもいつかは仲直りするもんじゃないの」
その時、タピーたちの後ろから声がします。
「その通りだよ。いいこと言うなあ」
急に話しかけられたタピーたちが振り返ると、くりっとした目の一人の少年が立っています。
「やあ、ぼくはイドゥンティヤ。話は聞かせてもらったよ」
ジャックはくちばしをぱっくり開けています。
「ど、どうしてあなたがこんなところに」
イドゥンティヤはいたずらっぽく微笑みます。
「父さんに頼まれたんだ。君たちに会ってみたかったしね」
タピーはにこにこしてあいさつを返します。
「おはよう、ぼくはタピー。そうだよね。仲直りしなくちゃいけないって思うよね」
ジャックはあわててタピーをくちばしで突っつこうとします。
「こら、この方はディアンカーラ様のご子息のイドゥンティヤ様だぞ。なれなれしく話をするな」
シャンティは驚いています。
「イドゥンティヤ様と言えば、戦の神様でしょ。なぜここにいらっしゃるんですか」
「うーん、言ってもいいのかなあ。君たちがこれからしようとしてることと一緒だよ」
ベンガが息を詰めて尋ねます。
「ナーヴァビーを退治なさるおつもりですか」
イドゥンティヤは首を横に振ります。
「それはぼくの役目じゃないよ。ぼくは手助けだけさ。タピーが言ってた通り、この『ランカの都』を元通りにするのは君たちなんだって」
タピーが言います。
「ねえねえ、王宮が見えてきたよ」
イドゥンティヤがあわてて言います。
「そうだ、君たちに会いたかった理由は、王宮に行く前にある場所に一緒に行こうと思ってたからなんだ。なにしろ、まだ役者が揃ってないからね」
シャンティが尋ねます。
「それはもしかしたら、あの『竜の山』に逃げ込んだ兄王ですか」
うなずくイドゥンティヤの横で、タピーが嬉しそうに言います。
「『竜の山』に行くんだね。行こう、行こう」
『竜の山』の入り口のちょうど前足のあたりに着いたタピーたち。ジャックがベンガの肩で驚いた声を上げます。
「うわ、本当に竜の形をした山なんだ。中をくりぬいて兄王が暮らしてるわけだな」
イドゥンティヤは竜の足の形に彫られた岩を触っています。
「さてと、お迎えが来てもいい頃なんだけど。あっ、来た来た」
「一体何者だ」
竜の腹のあたりの大きな岩の扉が開いて、護衛の兵士たちが飛び出してきました。
イドゥンティヤが大きな声を出します。
「あのさあ、兄王に話があるんだけど」
護衛の兵士たちはタピーたちを見下ろす位置に立ち、顔を見合わせます。
「何だお前らは、怪しい奴らめ。立ち去らないと痛い目を見るぞ」
イドゥンティヤは山の中腹の兵士たちを見上げて苦笑いをします。
「えー。どうしても通してくれないの。手荒なまねはしたくないんだけどなあ」
その時、兵士たちの背後に白いあごひげをたくわえた一人の老人が現れます。
「あ、これは大臣。わざわざこんなところにいらしたのですか」
「うむ。外が騒がしいと思い近くまで来てみたら、何やら訳ありのお客人のようだ。ここはわしに任せてくれんか」
兵士の一人があわてて首を横に振ります。
「何をおっしゃるのです。相手はどこの誰ともわからぬ怪しげな奴らですぞ」
イドゥンティヤは拍手喝采です。
「やっぱりおじいさんは話がわかるね。ぼくらもけが人を出したくなかったんだ」
大臣が兵士たちの前に進み出ます。
「はて、お主どこかで、まあよい。で、話があるとは一体何のことだ」
ベンガが重々しい声で言います。
「私たちはこれより『ランカの都』の王宮に参るつもりです。ナーヴァビーは本当にいるのでしょうか?」
大臣はベンガの視線を避けます。
「わしには何のことだかわかりませんな」
シャンティがたまらず声を荒げます。
「王様っていうのはどんな時でも民のことを考えているから王様なんでしょ。ナーヴァビーが民を苦しめたらどうするおつもりなんですか?」
タピーも叫びます。
「兄弟ケンカしたのかもしれないけど、仲直りしないでこんな山の中で暮らしてるなんておかしいよ」
大臣はしばらく黙り込んでいましたが、やがてかすれ声で言います。
「旅のお方たち、城の中に入られよ。そしてわが王君の力になっては下さらんか」
イドゥンティヤはぽんと一つ手をたたきます。
「そうこなくっちゃ。さあ、早く行こう。そんなにのんびりはしてられないからね」
タピーたちは獅子の足に刻まれた階段を上って、大臣は重い石の扉の中に招きいれます。
「どうぞ、こちらにお進みください」
扉の中はひんやりとしていて、曲がりくねった廊下のところどころにはろうそくが灯っています。廊下を進むたびに、大臣の顔に刻まれた深いしわが浮かび上がったり、消えたりします。
「あなた方なら、『ランカの都』と我が王君と弟王様を救って下さるかもしれません」
皆黙ったまま、こつこつという靴の音だけを響かせて廊下を進みます。
竜の目のあたりで再び口を開く大臣。
「さて、我が王君はこの突き当たりの部屋にいらっしゃいますが、場合が場合です。一緒に参りましょう」
タピーたちは大臣の後について兄王の部屋に入ります。竜の目は窓のようにくり抜かれていて、外を見ている兄王の後姿がありました。
兄王は気配に振り返ります。王といっても、まだ十五、六才の少年です。
「外の騒ぎはここで見ていました。私が『ランカの都』の兄王です」
ベンガが口を開きます。
「教えてください。あなたと弟王の間で何があったのですか。本当にナーヴァビーは『ランカの都』に再び現れたのですか」
兄王は悲しそうに目を伏せながら答えます。
「ああ、私は何ということをしてしまったのだろう。弟にも『ランカの都』の人たちにも会わせる顔がありません」
獅子の目のところで悲しげに立ちつくす一人の少年、でもただの少年ではなく、『ランカの都』の王なのです。
「すべてをお話します。私は生来考え事が好きで、弟は私に無い勇敢さを持っていました。私と弟はとても仲良く『ランカの都』を治めていたのです。あれは月が完全に欠けた夜のこと、私が寝ているとどこかから声がしたのです。弟は私を憎んでいてやっつける機会を窺っている。ならばやられる前に先手を打ってやっつけてしまえと。
私はその声の主に向かって、いい加減なことを言うな、お前は誰だと尋ねたのです。すると、その声が自分はナーヴァビーだと答え、私の力になろうと言ったのです」
兄王は、初めてタピーたちを正面から見つめます。
「月が欠けていた夜のせいでしょうか。いえ、きっと私の心にどこかやましいところがあったからなのでしょう。私は無性に弟の勇敢さをうとましく思い、弟のことが信じられなくなってしまったのです。そしてナーヴァビーの誘いに乗ってしまったのです。翌朝になると、弟は謀反の疑いで王宮の地下牢につながれました。ここにいる大臣を除いては皆ナーヴァビーの言いなりになっていたのです」
大臣は辛そうに口を開きます。
「私は反対をしたのですが、他の者はナーヴァビーに怪しげな術をかけられて、魂を抜かれてしまったようになってしまったのです」
シャンティがあきれたように言います。
「バカね。兄王様の知恵と弟王様の勇気があったからこそ、『ランカの都』は平和に治められていたんじゃないの」
兄王は、唇を噛みます。
「その通りです。私はそんなこともわからなかったのです。ただその時の私は、これで安心だと笑顔を浮かべるほどでした。ところが、高笑いをしたのはそこに現れたナーヴァビーだったのです。伝説の通り、十の顔と二十本の腕を持つ恐ろしい姿をしていました。ナーヴァビーは私に向かい、お前は牢屋につないでおく必要もない弱虫だろうから、ただちにこの王宮を出てゆけと言ったのです。その時、初めて私は騙されたことに気づいたのです。そして大臣とわずかな家来を連れ、『竜の山』に逃げ込みました。そこから先のことは皆様もご存知の通りです。ナーヴァビーはまだ王宮にいますが、やがては都に出て暴れ出すでしょう」
兄王の長い話が終わりました。
イドゥンティヤが重い空気を降り払うように声を発します。
「で、君はどうしたいの?」
イドゥンティヤの声が合図となり、シャンティも言います。
「決まってるわよ。王様なんだから。民を守るのが王様なんだから」
タピーも言います。
「兄弟ケンカしたなら仲直りしなくちゃ」
ベンガが続きます。
「私たちも一緒に行きますよ」
『竜の山』を出発するわずかばかりの兄王の騎馬隊とタピーたち。大臣が兄王の隣でしっかりと馬の手綱を握ります。
「しかし、本当に私たちだけで王宮を取り戻せるのでしょうか」
イドゥンティヤが馬の背中でのんびりとした声で答えます。
「王様の『ランカの都』と弟のことを想う気持ちが強ければ、きっと大丈夫だよ」
兄王は不安げな表情をしています。
「しかし、私は剣や武術には全く自信がないのです」
ベンガが歩きながら、優しい声で答えます。
「そういうことは私に任せてくださればいいんです。王様はナーヴァビーの言葉に屈しない強い心を持っていてください」
イドゥンティヤが何気なくつぶやきます。
「相手は魔王だからな。ぼくたちが乗り込むことをもう知ってるんだろうなあ」
タピーがイドゥンティヤに尋ねます。
「ねえねえ、魔王ってどんな奴なの?」
イドゥンティヤは恐ろしげな声を出します。
「顔が十個で腕が二十本、それは恐ろしい魔物のはずだよ」
タピーは口を開けたままで、ベンガと一緒に馬に揺られています。別の馬に揺られているシャンティが言います。
「イドゥンティヤ様、驚かさないでくださいよ。みんな腰が引けてるじゃないですか」
確かに兄王のわずかなお付の者たちの馬の歩みが鈍くなったようです。これを見て大臣が声を張り上げます。
「情けない奴らだ。それでも『ランカの都』の兵士か。こんな少年でもナーヴァビーに勇敢に立ち向かおうとしているというのに」
兄王が大臣をたしなめます。
「仕方がないであろう。本当に恐ろしい魔物だったのだから、恐れるのも無理はない」
王宮にたどり着いたタピーたち。兄王が皆に言います。
「私は王として堂々と正面から王宮に入っていきたい。ナーヴァビーも私のことをなめてかかっているから、きっと大丈夫でしょう」
兄王は王宮の門のところでよく通る澄んだ声を発します。
「ランカの王の帰還なるぞ。門を開けい」
重そうな鉄の門がぎぎぃっと左右に開きます。
謁見の間まで歩いていく間に、イドゥンティヤが言います。
「いよいよ、ご対面だよ。荒っぽいことはぼくとベンガに任せていいからね」
それを聞いた大臣が顔を真っ赤にします。
「何をおっしゃいますか。旅のお方にそこまでしていただいては、一生の恥。私も先頭に出て戦いますぞ」
兄王はいくぶん赤みの差した顔で言います。
「注意してください。扉を開けるとナーヴァビーがいるはずです」
玉座に座っているのはまさしく十の頭と二十本の腕を持つ魔王ナーヴァビー。
「おや。弱虫の兄王様のお帰りだ。わしの奴隷として働くつもりか」
兄王は勇気を振り絞り、ナーヴァビーの前に立ちます。
「ナーヴァビー。弟をすぐに牢屋から出せ。そして、そしてお前はここから出てゆけ」
ナーヴァビーはわけがわからないといった仕草をします。
「こりゃあ、驚いた。このわしに出てゆけだと。出ていってほしければ、力づくで追い出してみろ」
怪しげな男たちが兄王を取り囲もうとするのを見て、ベンガが兄王の前に進み出ます。
「それ、兄王を痛い目に合わせてやれ」
ベンガが兄王を守りながら、飛びかかってきた男たちを次々に投げ飛ばすのを見て、ナーヴァビーはあわてて玉座からずり落ちそうになります。
「ふん、思わぬ助っ人がいたものだ。兄王よ、ここは一つ取引といこうではないか。弟は返してやる。それでどうだ」
ナーヴァビーはずるそうに笑いますが、兄王はき然とした態度で答えます。
「断る。お前はここから出て行くのだ」
ナーヴァビーはさらに続けます。
「わかった。わしはこれから『竜の山』に住む。お主はこの王宮に戻ってくるがよい」
元々争いを好まない兄王です。この持ちかけには心が揺れたようです。
兄王がなかなか口を開かないので、タピーたちははらはらします。
「それにわしがついていれば何かと安心だぞ。他の国ににらみも効くようになる」
兄王の目に強い光が戻り、ナーヴァビーに鋭く言い放ちます。
「断る。お前はここで退治されるのだ」
玉座から立ち上がるナーヴァビー。
「兄王よ。今の言葉、あの世で後悔するがよい」
兄王を守るようにベンガが兄王の前で立ちはだかります。その後ではイドゥンティヤが弓を射る準備をします。
ナーヴァビーはひるみます、と、何を思ったのか、玉座の裏手の方にじりじりと後ずさりを始めました。
「待て、まさか、逃げ出すつもりか」
逃げ出そうとするナーヴァビーに向かって、イドゥンティヤが弓に矢をつがい引き絞ります。
「もう遅いよ。ニセモノのナーヴァビーさん。お前は兄王の弟と国を想う強い気持ちに負けたんだ」
イドゥンティヤの放った矢は空中で九本に分れ、ナーヴァビーの正面の顔以外の顔という顔に刺さります。ぱんぱんぱんという音を立てて、九つの顔が破裂し、後には、とても魔王とは思えない普通の人間が腰を抜かしてへたりこんでいます。
イドゥンティヤは何事も無かったように言います。
「これが魔王の正体さ。でも、本当に悪い奴はそこにいるんだろ。出てきなよ」
玉座の後のカーテンに向かって声をかけるイドゥンティヤ。カーテンの後ろから低い声が返ってきます。
「さすがはディアンカーラの息子だ。それにしても、そこの小僧たちには一度ならず二度までも、痛い目にあうとはな。」
「ラーゴ、お前は神様に退治されないのをいいことに悪い事ばかりしてるけど、いつかはタピーたちがお前をやっつけることになるよ」
カーテンの後の声は段々小さくなっていきます。
「ははは、わしとケートゥの兄弟は世界の王となるのだ。そんなちっぽけな奴らにわしらを止められるものか」
その言葉が終わらないうちに、ベンガがカーテンに向かって飛びかかりましたが、カーテンの後にいたラーゴは一足早く逃げていってしまったようです。
「くそ、逃げられてしまったか。しかし、ラーゴとケートゥが兄弟だとは」
イドゥンティヤはベンガの肩をたたきながら言います。
「大丈夫だよ。まだ何回もあいつらには会うことになるよ。さ、タピー。弟王を助け出しに行こう」
タピーは呆然と立ち尽くしているベンガを振り返りながら、イドゥンティヤと一緒に地下へ向かいます。
ベンガはびりびりに破れたカーテンの切れ端を持ったまま、つぶやきます。
「イドゥンティヤさま。今言われたことは一体どういう意味なのでしょうか」
玉座に座った弟王とそれを優しく見守る兄王。兄王はタピーたちに声をかけます。
「私は取り返しのつかないことをするところでした。あなたたちがいなければ、弟を助け出すことも『ランカの都』の民を救うこともできなかっでしょう」
弟王も言います。
「これからは二人で力を合わせて、この国を治めていきます。本当にありがとう」
タピーたちが王宮から外に出ようとした時、弟王が息を切らせて走ってきます。
「兄と話をして、今宵、兄と私が無事戻ったお祝いの花火大会をやろうということになりました。迷惑をかけた『ランカの都』の民を安心させなければなりませんし」
タピーは手をたたきます。
「わあい、花火大好き。でも、見てる時間はないね」
「そう言わずに、王宮の一番見晴らしのいい場所で見ていってください。ダイエント大陸までの船は明日の朝手配いたしますから」
「わかりました。お言葉に甘えます」
ベンガははしゃいでいるタピーを見ると、一晩くらいはこの大変な旅のことを忘れるのもいいのかと思いました。
王宮の広場を見下ろすバルコニー。兄王と弟王は、広場に集まったたくさんの人に手を振ります。二人の王は声をそろえます。
「『ランカの都』が、そして『輝く島』がこれからも光輝くように願いを込めて、今宵は花火大会を開催いたします。みなさん、存分に楽しんでください」
人々の歓声はいつまでもいつまでも止むことはありません。
陽が沈んで、いよいよ花火が始まります。
ヒュルヒュルヒュルヒュル、パンパンパンパン、パンパンパンパアン
次々に打ち上げられる花火の光で、まるで昼間の明るさです。
「わあい、すごいぞ、すごいぞ。あはは、明るくってみんなの顔がよおく見えるよ」
シャンティがうっとりとして言います。
「なんか宝石みたいね。『輝く島』に降る宝石なんてなんか素敵よね」
ベンガもうなります。
「うむ。世界で一番美しいと言われる島がいつまでも平和に光り輝いているといいな」
イドゥンティヤが珍しくしみじみと言います。
「ね。今こうやって広場に集まっているみんなの顔を見てごらん。本当の宝石はこの人たちなんだよ」
タピー達がうなずくのを見て、イドゥンティヤは満足そうに微笑みます。
「さてと、そろそろ帰らなくちゃ。みんな、ちょっとの間だったけど楽しかったよ」
タピーはびっくりします。
「えー、一緒に旅をすればいいじゃない。もうすぐ大陸だよ」
イドゥンティヤは頭をかきます。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ。こう見えてぼくも案外忙しいんだ」
ジャックがタピーを諭すように言います。
「イドゥンティヤ様は神様の軍隊の軍団長なんだ。無理を言うんじゃないぞ」
「ダイエント大陸に着いたら、ぼくの兄弟のガーギティヤが待ってるから」
『ランカの都』の王宮を出発するタピーたち。イドゥンティヤはいつの間にか姿を消したようです。
「イドゥンティヤにもう一度会えるかな」
ベンガがタピーに優しく言います。
「絶対にシュマナ山に着こう。そうすればきっともう一度お会いできるぞ」
そうは言ってみたものの、ベンガの頭の中は色々なことでいっぱいです。
タピーのこと、ビーガのこと、ラーゴとケートゥのこと、ただの旅ではないのです。