数日後、タピーたちはようやく傷も癒え東に向かって出発します。宮城からはいつまでもテオが手を振っています。大通りを歩いていると、ビーガ見たさに子供たちが集まってきて身動きが取れなくなります。人ごみの中に、あの門の外で会ったひげもじゃの男がいました。
「おいおい、子供たち、この人たちはお前らを助け出してテンチーを救ってくれたんだぞ。これからよその国に行くんだ。通してやんな」
男はそう言ってタピーたちに手を上げます。
都の東の門を抜けると道は東へと続いています。
「なあ、旅はいつまで続くんだろうなあ」
ジャックがぼそりと言います。
「もう少しだったがな」
ベンガが大きく伸びをします。
「まあ、次こそ決着がつく」
「みんなこのまま旅が終わらないでほしい、なんて思ってない?」
シャンティが言います。
「止めてくれよ、おいらはタピーちゃんのお守りはもうたくさんだよ」
ジャックがタピーの肩に降りて言います。
「ジャックはポーリーヌのところに帰りたいだけでしょ」
「ああ、そうだよ、悪いか、悪いかよ」
いつもの通りタピーとジャックはけんかを始めます。
タピーたちは街道沿いの一軒の立派な建物の前にたどり着きます。
「どうやらパオタン国との境のようだな。ここでラーゴのことを尋ねてみよう」
「ごめんください」
シャンティが中に入って声をかけると、何人かの女の人が小走りに出てきます。
「いらっしゃいませ」
「ここは何かのお店かしら?」
「街道一の宿屋にございます」
「ちょうどいいわ。何日か前にこのへんを怪しい男が通らなかったかしら?」
「それでしたら帳場の人間を呼んできます」
やってきた帳場担当の中年の男の人は知らないと答えます。
「あ、でも旦那様がこの裏に住んでいますから、旦那様なら何か知っているかもしれません」
シャンティは宿屋を出てタピーたちに今の話を伝えます。
「ずいぶん高そうな宿屋だったわ。置いてある絵とか壺とか高そうなものばっかりだし、働いている女の人の服装もこぎれいで……まあ、私のテンチーの服にはかなわないけど」
宿屋の裏手に回ったタピーたちは、そこに宿屋よりもさらに豪華な屋敷を発見します。
タピーたちが屋敷を訪ねると、召使らしき老人が出てきます。
「はい、何のご用でしょうか?」
今度はベンガが要件を伝えると老人は言います。
「ぜひ旦那様にお会いください。あなた方は異国の、しかもかなりご身分の高そうな方とお見受けいたしました。旦那様もきっとお喜びになります」
召使は奥に引っ込みます。
「一体どういうことだ、私たちのことを異国はともかく、身分が高いとは?」
ベンガが首をかしげますが、タピーの服に気づきます。
「……そうか、タピーの服だ。お前、テオ様の服をまだ着ていたんだな」
「うん、テオが、ぜひ、って言ったんだ。ぼくのが白でテオのが黄色、色違いだよ」
間もなく屋敷の主人らしき禿げ上がった赤ら顔の男がにこにこしながらやってきます。
「ようこそ、さあさあ、お上がりください」
主人は先に立って長い廊下を歩きます。廊下にも高価な壺や絵画がたくさん飾ってあります。
タピーたちは上質な部屋に通され、高級なお茶を振舞われます。主人は尋ねます。
「あなた方はどこからいらしたのですかな?ほお、ゴホーのさらに南ですか……ちょっと待っとってくださいよ」
主人はいそいそと部屋を出ると、大きな壺を抱えて戻ってきます。
「これが、ふう、ゴホーの壺ですよ。どうです、きれいでしょう」
主人は満足げに笑います。
「あとは『海人の国』ですな……おお、そうだ、そうだ、この指輪が『海人の国』の珊瑚でできています。こっちの指輪は『輝く島』のものですな。その絨毯はダイエントのものですし、あそこに飾ってあるのは、『オンオンの大地』の楽器です」
「……それはすごいですな……で、本日はお聞きしたいことが……」
ベンガが言いかけると主人がそれを遮ります。
「まあまあ、いいじゃないですか。今までお見せしたものなど、別に皆さんには珍しくも何ともないでしょうな。皆さんの格好を見ればわかりますよ」
「ご主人、私たちも急いでまして……」
ベンガが言いかけると、またしても主人が遮ります。
「特におぼっちゃんの着ておられるお服、まるでテンチーの皇帝の着るような服だ。さぞや、お高いものでしょうな?」
「そんなの知らないよ」
タピーは少し不機嫌になって言います。
「その服を譲っていただくわけにはいかないでしょうかね。何、もちろん、それ相応以上のお金はお払いいたします」
「だめだめ、お金なんかじゃ買えないんだから」
主人はなおも食い下がります。
「そんなこと言わずに。お金だけでなく、そうだ、ここにある好きな宝物をどれかつけましょう。それならどうですか?」
「あのね……」
タピーがむっとして何か言いかけた時に、シャンティが口を開きます。
「ご主人、いい加減にしてくれませんか。この子がいやだと言っているんですから。さあ、帰りましょう」
そう言ってずんずん部屋を出て行ってしまいます。
主人は部屋を出て行くタピーたちの後を追います。
「では、では、どんな宝物ならば満足されるんですか?」
振り返ってタピーが言います。
「この家にあるもの、そんなの宝物でもなんでもないよ。この服は高いから宝物じゃなくて……くれた友だちがぼくの宝物なんだよ」
「結局ラーゴの行方、聞けなかったわね」
街道に再び出てタピーが言います。
「まあ、いいさ。歩いていけばいつか出会う」
ベンガが気楽に言うと皆が笑います。
空はきれいな秋の茜空です。
タピーたちはラーゴの行方を尋ねながらパオタン国をさらに東に進みます。
「そういえば、チュンホアのふるさとってパオタン国だって言ってたよね?」
「ええ、そうね」
シャンティがうなずき、あたりを見回しますが、どの家も粗末な作りで楽な生活をしているようには見えません。
「あの宿屋の主人のように贅沢な生活をしている人もいるのにほとんどの人は質素な生活を送っている、人間の世界というのはわかりませんね」
ビーガが不思議そうに言います。
「でもさあ、あのお金持ちおじさんは幸せなのかなあ。ぼくはそうは思わなかったけど」
タピーがつぶやきます。
「タピー、幸せは人それぞれによって違うものだ。私はビーガに出会え、こうしてお前たちと旅をしていて幸せだと思っている。あの主人は世界中の宝物に囲まれて幸せを感じている。どちらが偉いとか優れているとか、そういうものではない」
「あの親父は根っから悪い奴じゃあねえんだろうけど」
ジャックが空から言います。
「あんまりいい感じじゃあなかったなあ。何でだろうな」
ジャックの問いかけに、皆黙ってしまいますがタピーが一人事を言います。
「……きりがないんだ、きっと。……うまく言えないけどさ」
「しかしラーゴの行方はわかりませんね」
ビーガが言います。
「このまま東に歩き続ければ海に出る。その先はホーライだが海を渡るには船が必要だ」
「パオタンとホーライの間に定期船はないってことじゃない。これから手配するのも時間がかかりそうね」
「ラーゴがパオタンにいることを祈ろう……さて、村が見える、あそこで休もう」
タピーたちは街道から少し離れたところにある村に入っていきます。テンチーを出てから通ってきた他の村と同じように、この村も小さな家々が肩を寄せ合うように建ち並び、わずかばかりの畑が実りの時を迎えています。村の広場で遊んでいた子供たちがビーガを見かけると走り寄ってきます。
「わーい、トラだ、トラだ」
タピーたちは子供たちに取り囲まれ、やがて騒ぎを聞きつけた村人たちが家から顔を出します。どうやら村長らしき老人が家を出て近づいてきます。
「これは、これは、旅の方ですな。こんな何もない村に来られるとは。しかし珍しいですな。普段はよそから人なんぞ来られんのだが、ここんところは立て続けに旅の方が寄られる」
「村長、それは」
ベンガが色めきたって尋ねます。
「赤い仮面をかぶった男がここに立ち寄ったのではありませんか?」
「いんや、そうではありません。テンチーのお役人じゃ……そんな仮面をかぶった妙ちきりんな男は見てないのお」
村長の答えにタピーたちはがっかりします。
「お役人ならまだこの村におられるよ。もうすぐ戻ってこられるじゃろお」
タピーたちは村長の家に招待され、お茶をごちそうになります。しばらくするとビーガと外で遊んでいた子供たちの一人がやって来て言います。
「ヨーさん、帰ってきたよ」
村長はやって来た子供に、その人に家まで来てもらうように言いつけます。間もなく一人の男が入ってきて静かにあいさつをします。
「私の名前はヨー。テンチーの役人をしております」
ヨーはタピーたちを見回しますが、タピーの着ている服を見てぎょっとします。
「……あ、あなた方は一体どなた様でしょうか?」
「ただの旅人です」
ベンガはヨーの態度に首をかしげます。
「いや、ただの旅人というのは違いますな。ある男を追ってここまでやってきました」
「……あの、私は、その」
ヨーは言葉を選びます。
「テンチー皇帝テオ様の命を受けておりますが、何か関係がありますでしょうか?」
「ヨーさん、どうされたんですか?」
シャンティが尋ねます。
「顔色がよろしくないみたいですけど」
「……いえ……あの……その」
ヨーはしどろもどろになります。
「そちらのおぼっちゃんの服が皇帝の着られる服とよく似てらっしゃるので、さぞや地位のお高い方かと……もう正直に言います……あなた方は皇帝の命を受け、私を罰するために来られたのでしょう」
タピーたちはヨーの突然の告白に驚きます。
「ヨーさん、勘違いされていませんか。私たちはテオ様のことをよく存じておりますが、何も頼まれてはおりません」
ベンガは言います。
「テオ様の命とは一体何ですか?」
「はい、半年ほど前に宮中から呼び出しがあって、不老不死の薬を求めてホーライに赴け、という命を受けたのです」
「ほお、ホーライに?」
「はい、すでに船の手配は数ヶ月前に終わっているのですが……」
「なぜ出発されないのですか?」
「……『不老不死の薬』なんてあると思いますか?そんなものを探しにホーライに渡れば二度と帰ってこれないかもしれません。ずっと思い悩んで出発できなかったのです」
「ホーライに行ったけどありませんでした、って言えばいいじゃない?」
タピーが簡単に言い切ります。
「何をおっしゃいますか。テオ様の命は絶対です。見つからないとなれば重い罰を受けてしまいます」
「ふーん、テオってそんなに恐いの?」
「恐いとかいうものではありません。宮城や大広間を包む淀んだ空気……ああ、思い出すだけでも背筋が凍りつきます」
「ヨーさん、あなたにお話しなければならないことがあるんです。実は……」
ベンガがテンチーの都に渦巻いていた陰謀、テオが心を取り戻したことを、あくまでも自分たちの活躍を伏せた形で話します。
ヨーはベンガの話を黙って聞いていました。
「……それは真ですか。すると私はもうホーライに行く必要はなくなったということですか?」
「今の皇帝テオ様であれば、そんな馬鹿げた命令は笑い飛ばしますよ」
「ああ、私はテンチーの家族の元に帰れるのですね。貴重な情報をありがとうございます」
ヨーは嬉しそうです。
「にしても、はっきりとは言いませんでしたが、ラーゴを打ち破ったのはあなた方のお力なんでしょう。そしてあなた方はラーゴの行方を追っている、そういうことですよね?」
「私たちがやったことを誇っても仕方ありません。ラーゴには逃げられ……犠牲者も出してしまいました」
「そんな……あなた方は実に素晴らしい方々です。テンチーを救ってくださり、私が帰れるようにしてくださったお礼がしたいのですが」
「いえ、私たちは何も為しえていないのです」
「でしたらその願いを達成できるように協力させていただけませんか?」
「協力、と言いますと?」
「ご存知かもしれませんが波が高く、岩場も多いため、皆ホーライには行きたがらないのです。船を手配しようとしても、よくて数ヶ月、運が悪ければ半年はかかります」
ヨーは続けます。
「私はこれからテンチーに帰ります、となると私が手配した船はもう必要ないわけです……その船をあなた方にお任せします。返却するなりホーライに行くなり、どうぞご自由に使ってください」
「おお、それはありがたい。お言葉に甘えさせていただきます」
タピーたちはテンチーに帰るヨーを見送ってから、港へと向かいます。港には立派な帆船が横付けされています。
「ひゃっほー、これだけ立派な船ならホーライと言わずどこでも行けるだろうよ」
ジャックが歓声を上げます。
「うむ、今船乗りに話をしてきたが何の問題もない、二、三日後には出発できるそうだ」
「今度こそ、ホーライが最後の目的地になるのね。感無量よね」
シャンティはタピーに言います。
「どうしたの、タピー、あんまりしゃべらないじゃない?」
タピーは船を見つめたまま言います。
「……あのね、ジャックの言ってたこと考えてたんだ」
「ジャックの言ってたこと、って、幸せがどうのこうのってこと?」
「うん、ヨーさんがテオに言われた『不老不死』って、きっとお金があって、力があって、っていう人にとっては一番の叶えたい願いなんだ……でもさ、そんなの無理じゃない?叶うはずないよね」
「うん、不老不死は究極の願いよね。でも何で?」
「そしたらさあ、その願いを叶えられない人は不幸せ、ってことになるよね。ぼくから見ればものすごく幸せそうなのになあ」
「ベンガが言ったみたいに人それぞれ感じ方は違うものよ。それでいいんじゃないの?」
「まあね。結局その先はわからないんだ……」
タピーは頭をかきます。
「でもみんながちょっとずつでも他の人の幸せのこと考えてあげるようになれば、戦なんて無くなるんじゃないかなあ、なんてね」
「タピー」
シャンティは微笑みます。
「世界中の人がみんなあなたみたいだったらいいのにね」
二日後、タピーたちはパオタンの港を出港します。船乗りの頭が尋ねます。
「おい、あんたたちは信心深いかい。今時は嵐が多いんだ、暴風の神に嵐が来ねえように祈っといてくれよ」
「それならだいじょぶ、ぼくらはディアンカーラさまの友だちだし、きっと嵐は来ないよ」
タピーの言った通り船は波一つない海を快調に進み、三日後の朝にはもうホーライの島が見えるところまでやってきます。
「あんたたち、あれがホーライだよ、でも変だな。こういう晴れた朝は島が黄金みたいに光ってんだけどな」
頭は首をかしげます。
「確かに、ホーライの上空だけ雲が覆っているように見えますな」
いよいよ神々の島ホーライに着いたタピーたち。三年以上に渡る旅の決着はつくのでしょうか?