第二十五話:神々が集う島

 タピーたちはホーライの西にある港に着きます。
「あんたたち、帰りはこっちの船乗りに頼むんだな。じゃあ、おれは帰っから」
 タピーたちは船乗りに礼を言い歩き出します。海から見た通りのどんよりと曇ったいやな天気です。
「しっかし、こんな冴えない島が本当に『神々の島』なのか?」
 ジャックはあきれています。
「ラーラワティ様たちも来てらっしゃるんじゃないか、って言ってなかったっけ?」
 シャンティが言います。
「うん」
 ジャックの表情が曇ります。
「テンチー以来ラーラワティ様にはお会いしてねえんだけどな、様子がおかしいんだ」
「ジャック、それはどういうことだ?」
 ベンガが尋ねます。
「連絡が取れねえんだよ。パオタンを発つ前に気を利かしてラーゴの行き先を尋ねようと思ったんだけどな、全然返事がねえんだよ」
「……何かあったのかもしれないな。だがジャック以外には神々と連絡を取りようがないしな」
「まあ、毎年今頃の時期はよ、神々がホーライに集まるんだ。もしかするとホーライでばったり会えるかもしれねえな、なんて思ってんだ」

 

 タピーたちは港の近くの村で人の多く集まりそうな場所を聞きます。一人の漁師が山を越えればヤサカ様の領地だと言います。
「そのヤサカ様のところに行ってみよう」
 ベンガは歩き出します。

 どんよりとした雲の下、山道を昇り降りして、次の朝には人の多い集落の近くに出ます。ベンガは歩いている人にヤサカ様の屋敷の場所を確かめると、タピーたちに手で合図します。
 集落に入ると一番奥に屋敷が見えます。屋敷の屋根には粘土を焼き固めて作った瓦が敷き詰められています。屋敷の前には大きな白い布の幕がかかっており、かがり火の跡があります。
「これがヤサカ様の屋敷に違いない」
 ベンガはずんずんと屋敷に入っていき訪問を告げます。
 すぐに主人らしき人物が出てきてタピーたちを見回します。
「おお、これは、……異国よりの客人ですな。私はこの一帯を治めるヤサカと申します。……ちょっと取り込んでおりましてな、私はお相手できませんが、どうぞごゆっくりと過ごされよ」

 ヤサカは一人の少女を呼びつけ、タピーたちを客間に案内するように伝えると、一礼して外に出て行ってしまいます。
「……こちらにどうぞ……」
 少女は恥ずかしがっているのか、恐がっているのか、うつむいたままタピーたちを客間に案内します。
「ご主人はずいぶんとお忙しそうね」
 シャンティが優しく尋ねます。
「……はい。御館様は都を守るお役目ですから……」
「……こちらでございます」
 案内の少女は顔をちょっと上げます。赤いもみじをあしらったホーライの服を着て、黒髪を眉のところで切り揃えた利発そうな少女です。
「私はシャンティよ、よろしくね。それからこっちがベンガ、この鳥は見たことないでしょ、ゴクラクチョウのジャックって言うのよ、とっても優しいトラのビーガ、そしてこの子がタピー。……あなた、名前は?」
「……サエ……」
 少女は消え入りそうな声で小走りに去っていってしまいます。

 

「あの子は私たちのことが恐ろしいのかな?」
 ベンガが部屋に敷いてある畳の感触を確かめながら尋ねます。
「でもかわいい子だったわ」
 シャンティは言います。
「ね、タピー」
「……よくわからないなあ」
 タピーは畳の匂いでも嗅いでいるのか、畳に突っ伏したきり顔を上げません。
「どうしたんだ、タピーも、おかしいぞ。まあ、長旅の疲れが出たか」
「だいじょぶだよ、……ほっといてよ」
 タピーは相変わらず畳に突っ伏して顔を上げようとしません。
「うふふ、そういうことね」
 シャンティは意味ありげに笑います。

 しばらくするとサエがお茶を持って部屋を訪れます。するとそれまで畳に突っ伏していたタピーは、がばっと起き上がり正座をします。
 サエはベンガたちにはお茶を、外にいるジャックとビーガに果物を出し終わると、決心を固めたかのようにシャンティの前に座ります。

「……あの、シャンティさん、お伺いしたいことがあるんですけど」
「はあい、何かしら?」
「お客様の中で……人間はシャンティさんだけ……ですよね?」
 言い終わるとサエは、ばつ悪そうにうつむいてしまいます。
「……サエちゃん、見えるんだ。本当の姿が。本当はあたしも人間じゃないけど」
 沈黙を破るようにシャンティは笑いながら答えます。
「ねえ、タピー聞いた。喜びなさいよ。サエちゃん、きれいな心の持ち主よ」
「う、うん、そう、よかったね」
「そうか、それでサエちゃん、あんまり話してくれなかったのね?」
「……いえ、いつも御館様に叱られるんです。お前は愛想がない、って。だからいつも通りなんですけど……さっきは本当にびっくりしました。館の人たちは三人のお客様、一羽の鳥、一頭のトラって言っていたのに、お会いしたら一人しかお客様が見つからなくて……もしかすると他の人には見えないんですか?」

「そうなんだ」
 正体がばれた気安さかベンガが口を開きます。
「私たちは神の力によって普通の人には人間に見えるんだ。心の美しい人だけが私たちの本当の姿に気づくようになっているんだ。な、タピー」
「……よくわかんないよ」
 タピーは裸足のまま外へ飛び出して行ってしまいます。
「何だ、あいつ。今日はどうかしているな」
 ベンガは首をかしげますが、シャンティは何事か思い当たったようです。
「……男の子もなかなか難しいわね」

 

 タピーは客間の外の庭の大きな桜の木に登ります。ビーガとジャックが心配げに見上げています。
「兄さん、どうしたんですか?何かおかしいですよ」
「何でもないからほっといてよ」
 タピーは木の上から答えます。
「その態度はねえだろよ、せっかくビーガが心配してやってんのに」
 ジャックがからかいますがタピーは乗ってきません。
「……ちっ、張り合いねえなあ」

 そこにシャンティに手を引かれたサエがやってきます。
「タピー、ちょっと降りてきなさいよ。あなたらしくないわよ、いいから降りてらっしゃい」
 シャンティに言われ、タピーはしぶしぶ木を降りてきますが顔を上げようとはしません。
「いい、あなたの考えていること当てるわよ」
 シャンティは厳しい表情です。サエは何が起こるのかはらはらしているようです。
「サエちゃんはあなたの本当の姿がわかる美しい心の持ち主、ってことは、あなたは人間じゃなくてバクに見えてるってこと、それがいやなんでしょ?」
「……きれいな心の人が多いほうがいいに決まってるでしょ。何で……いやだなんて言うのさ?」
「タピー、自分に正直になりなさいよ」
 シャンティは優しい口調になります。
「おかしいことじゃないのよ。サエちゃんを好きなんでしょ。テオ様からもらったお気に入りのかっこいい龍の服を着てても人間じゃない、そんなんじゃサエちゃんに嫌われちゃう、そう思ってるんでしょ」
「……」
「らしくないわよ。そんなのやってみないとわからないよ、っていつも私たちに言うじゃない。今回は私がその言葉そのまま返すわ。そんなの聞いてみないとわからないじゃない、ってね」
 シャンティはそれだけ言うとビーガを連れ、その場に残りたそうなジャックも無理やり捕まえて部屋へと戻っていきます。

 

 タピーとサエは桜の木の下に立ちます。タピーは言葉を探します。
「……あのさあ、サエはぼくのことどう思う……バクなのに人間みたいにしてて……気持ち悪い?」
「何でそんなこと言うんですか?タピーさんたちがお屋敷に来られた時、輝いておられました。あたしはこの屋敷以外にほとんど外の世界を知らないんです。でもタピーさんたちは異国を旅してこられた。すごく憧れます」
「本当……じゃあ一緒に旅をしようよ……って言ってもホーライで終わりか」
「それは……あたし両親がいなくて小さい頃にこのお屋敷に引き取られてきたから御館様のために働かなくちゃいけないんです。旅なんて無理です」
「ぼくだって親はいないよ。自分の生き方は自分で決めなきゃ」
「うふふ。タピーさんって案外大人なんですね。見た目はあたしと変わらないのに」
「そんなことないよ。ベンガやシャンティといつも一緒だからかな」
「タピーさん、お話できて良かった、またお話聞かせてくださいね。あたし仕事に戻らなくちゃ」
 サエは走り出そうとして振り向き笑顔を見せます。
「あ、その龍の服、ものすごく格好いいですよ」

 

 その晩、食事を終えてくつろぐタピーたちの客間に、突然馬のいななきと人の怒鳴り声が聞こえてきます。
「何かあったらしい。外に出てみよう」
 タピーたちが外に出てみるとかがり火がこうこうと焚かれている中で人々があわただしく動いています。

「何かあったんですか?」
 ベンガが一人の男に尋ねると男は答えます。
「ヤサカ様が都で負傷されて戻ってこられた」
 タピーたちも急いで男についていきます。見ればヤサカは肩から血を流し、足もけがをして男たちに運ばれています。
「ヤサカ様、一体どうなされたのです?」
 ベンガがヤサカに近づきます。
「……おお、お客人、面目ない姿を見せてしまった。……こら、もう少し気をつけて運ばんか」

 タピーたちは屋敷に運び込まれ横たわるヤサカの枕元に改めて座ります。
「ヤサカ様、一体何があったのですか?」
「いや、これは我がホーライのこと、お客人には関係ありません」
「ヤサカ様、おそらく関係あるのです」
 ベンガは力強く言い放ちます。
「私たちがここホーライにやってきたのはある男を追ってのことです。その男は怪しい術を使い人々を惑わせる恐ろしい男、もしもヤサカ様の負傷がその男に関係あるのであれば、私たちにとっても関係深いことなのです」

「……うーむ、それでは、とにかく事情を話しましょう」
 ヤサカは横になったまま話し始めます。
「数週間前からでしょうか、夜な夜な都のミカドの御所の上空に魔物が出るようになったのです。初めは何の危害も加えなかったのですが、昨夜より突然人を襲うようになったのです。そこで今宵私たちが征伐に出たのですが、返り討ちにあってしまい、この様という訳です」
「その魔物はどのような様子ですか?」
 シャンティが尋ねます。
「そうですな……虎の体に鳥の翼、顔は伝説の生き物、獏と言えばわかっていただけますかな」
 ヤサカの説明にタピーたちは言葉を失います。
「……その魔物が人に害を加え出したのが昨夜、ちょうど私たちがホーライに着いた日の晩です……どうやらそいつは私たちを待っているようです」
 ベンガはさすがに魔物が自分たちの姿を現しているとは言えずあいまいに答えます。
「明晩、私たちが都に赴き魔物を退治いたしましょう」
「……異国の魔物であったか。お客人にも色々と理由がありそうゆえ止めはせぬが、重々ご注意めされよ」
 ヤサカは理解を示します。
「都であれば昼すぎに出て夕刻には着くであろう」

 

 翌日、タピーたちは寝たきりのヤサカに礼を言い屋敷を出ていこうとします。
「ねえ、タピー、サエちゃんにはあいさつしたの?」
 シャンティが尋ねます。
「……してないよ」
「行ってきなさいよ。またいつ会えるかわからないんだから」
「行くって、どこに……わかったよ」

 タピーが桜の木の下に行くとサエが待っていました。
「あっ、タピーさん、ここでお見送りをしようと思っていたんですけど……」
「すぐに戻って来るから……」
 タピーはなかなか言葉が続きません。
「はい、お待ちしております」
 サエはにこりと微笑みます。

「……あのさ、サエ」
 タピーは真っ赤な顔になって言います。
「もしよければなんだけど、これ、つけててくれない?」
 タピーが取り出したのは、『妖精の国』の王ルバがくれた『引き寄せの指輪』の片方でした。
「えっ、こんなきれいな指輪……いいんですか?あたし、人からものなんてもらったことないから」
 サエは泣き笑いのような表情になっています。
「本当に……お気をつけて……ご無事で帰ってきてくださいね」
「だいじょぶ、この指輪があればまた会えるから」
 タピーは自分の指にはめているもう片方の指輪をサエに見せます。
「……じゃあ行ってきます」

 

 ベンガたちはタピーが戻るのを屋敷の前で待っていました。ジャックだけはどこからか飛んできます。
「タピー、ついにやったな」
「あ、ジャック、さては空からのぞいてたな。ひきょうだぞ」
「へへへ、いいじゃねえか。持ってただけじゃただの金属、使ってこその『引き寄せの指輪』だぜ」
「そうかあ、ジャックはいいこと言うねえ」

 

 ヤサカの言葉通りタピーたちは夕刻前に都に着きます。都の大通りでは、人々がわれ先にと家路に急いでいます。
「どうやら皆、魔物を恐れて急いで帰宅しているようだ。まずは御所に行ってみよう」
 ホーライの都はテンチーの都を何回りか小さくしたような作りになっているので、タピーたちは迷うことなく御所にたどり着きます。
「さすがに物々しいな。ヤサカ様のような方がたくさんいらっしゃる」
 ベンガは御所を警備するいかつい男たちを見て言います。
「どうすれば、私たちもこの警護に加われるだろうな」

「もし」
 ベンガに話しかけられた一人の男は、タピーたちの服装をうさんくさそうに見ます。
「私たちはヤサカ様の屋敷にお世話になっている者ですが、昨夜ヤサカ様がおけがをなされたので私たちが代わりに参った次第なのです」
「おお、ヤサカ殿の客分ということであればさぞや腕が立つのであろう」
 男は態度が変わり愛想が良くなります。
「なるほど、強そうだ……隣におるのは何だ、お主ら、トラを連れているではないか!」
 男が大声を上げたので、御所の入り口付近は蜂の巣をつついたような騒ぎになります。一人の大男が前に出てきます。
「ヤサカ殿の客分ということだが、本当に強くなければ邪魔なだけだ。わしが一つお主の腕前を見てやる」

 大男は御所から少し離れたところの広場にタピーたちを連れて行き、そこに足で大きな円を書きます。
「さあ、相撲で勝負だ。この円から出ても負けだぞ」
 ベンガと男はにらみ合ったかと思うと、次の瞬間ものすごい勢いで男がベンガに向かってきます。ベンガはゆっくりとこれを避けると、勢い余った男の背中をつかまえ片手で高々と持ち上げてしまいます。
「……これは参った。何という強さ。まるでお主が連れているトラのような速さだ」

 男は満足しきってタピーたちを御所の中に招き入れます。
「これでもわしは『弓のヤサカ、腕っぷしのカモ』と言われるほどの強者だがお主はケタが違う。どこの国から来られた?」
「はい、南のゴホー国というところから参りました」
「聞いたことがあるぞ。他の者はお主の家族か」
「いえ……実は私たちは旅の一座でして、皆バラバラの身の上です」
「……なるほど、旅の一座か。お主とトラはわかる。そちらの麗しき女人もさしずめ一座の花形であろう。トラの背中に乗っている鳥も見たことのない珍しい種類……ところで、この子供は何をするのだ?」
「よくぞ聞いてくださいました」
 シャンティが芝居がかった口調で口をはさみます。
「この子供こそはゴホーで一番の妖術使い。此度の都の魔物もあやかし、妖術の類に違いない。わたくしの妖術で必ず魔物を打ち破ってみせよう、と申しておりましたわ」
「何と、あの魔物はそんな恐ろしいのか……わかった、わしらはミカドをお守りすることに専念するゆえお主らだけで戦ってみるがよい」

 

 こうして晴れてタピーたちは魔物と戦うことができるようになりました。ひたすら夜が更けるのを待ちます。
 真夜中近く、どこかで猫の鳴く声が聞こえます。すると突然御所の上空に現れたのは、恐ろしい魔物の姿です。ヤサカが言ったようにトラの体に大きな翼、顔は今までに見たことのない鼻のとがった恐ろしい動物です。
「えー、あれが伝説の動物、獏なの?ぼく悪い奴の夢の中であんな恐い顔してるんだ」
「タピー、感心している場合ではないぞ。ラーゴは力が戻っていないはずだ。何か、からくりがあるに違いない。シャンティ、ジャック、タピー、それを探してくれ。私とビーガで相手をしておく」

 魔物は御所の上空に浮かんでいますが、大きめの象くらいの大きさがあるようです。ベンガとビーガは呼吸を整えると魔物に向き合います。ビーガがものすごい跳躍力を見せ、魔物の腹のあたりに体当たりを試みますが、魔物の体をすり抜け、そのまま御所の木の皮で葺いた屋根の上に一回転して着地します。
「父さん、こいつ、中身がなくて霧みたいですよ」
「そんなことだろうと思った。どれ、私もやってみるか」
 ベンガも「えいっ」というかけ声とともに御所の屋根に飛び上がり、魔物の顔面に強烈な拳の一撃を見舞いますがやはり拳は空を切ってしまいます。
「父さん、こんな幻が人を傷つけるものでしょうか?」
「恐れがあれば、こいつが動くだけで屋根から落ちたり、転んだりして怪我をすることもあるだろう……いや、ヤサカ様がそうだと言っているのではないぞ」

 タピーたちは御所の周辺に何か潜んでいないかを探します。
「そっちに何かあったか?」
 ジャックが空から声をかけます。
「さっきからネコがにゃーにゃーうるせえなあ。おいらもう目が見えなくなってんだから、いらいらさせんなってんだ」
 シャンティが何かに気づいたようです。
「そう言えばネコが鳴き出したら魔物が現れたわよね……ネコを探しましょう」
 タピーたちはあちらの路地やそちらの側溝、あらゆる場所を探します。やがて、ジャックが叫びます。
「おい、あそこじゃねえか?」

 そこは一軒の民家の縁の下でした。タピーとシャンティは急いで走っていき縁の下を覗き込みますが、ネコは奥の方でにゃーにゃー鳴くだけでなかなか出てきません。
「出てこないのかよ」
 ジャックが空から降りてきます。
「こうなったら、あれだな。ちょっと待ってろ」
 ジャックはまた空に飛び立ちます。
 タピーとシャンティはあの手この手でネコを呼び続けますが、ネコにその気はないようです。
 ジャックが口に何かをくわえて戻ってきます。
「ほらよ」

 一匹の魚が縁の下の入り口に放り投げられます。するとネコはにゃーにゃー鳴きながら外に出てきます。タピーはネコを捕まえようと手を伸ばしてぎょっとします。ネコの背中には紐が巻いてあり、そこには鳥の羽とよくわからないダイエントの文字の書かれた紙が挟まっています。
「どうやら、これが魔物の正体だね」
 タピーが抱き上げたネコの背中の紐をはずしてあげると、文字の書かれた紙がはらりと地面に落ちます。

 

 御所の屋根の上では、突然ベンガとビーガの目の前の魔物がもがき出します。魔物は虚空を二、三度かきむしったかと思うと、霧のように消えていきます。
「どうやら、タピーたちが、からくりを見つけ出したようだな」
「ああ、あちらから戻ってきますよ」
 ベンガとビーガは屋根からひらりと飛び降り、タピーたちを迎えます。
「ベンガ、これがラーゴの魔法だったよ」
 タピーは抱いているネコと文字の書かれた紙を見せます。
「やはりラーゴは力が戻っていないようだ。こんな手品のようなことしかできないのだろう」
 ベンガは冷静に分析をし、ネコの頭を撫でます。
 御所の中からこわごわ様子を見ていた男たちがぞろぞろと外に出てきます。
「おお、さすがは異国の勇者だ。魔物をこうも簡単に退治してしまうとは。わっはっは」
 カモが豪快に笑います。
「これはどうも」
 ベンガは苦笑いをして答えると、ネコを逃がしてやります。
「今からヤサカ殿の屋敷に戻るのは時間がかかろう。今夜はわしの屋敷に泊まらぬか。何、この近くだ」
 カモは高笑いしながらベンガの肩をたたきます。

 

 翌朝タピーたちはカモの屋敷で目覚めます。
「サエちゃんに会いたいでしょ。さあ、ヤサカ様のお屋敷に戻りましょうよ」
 シャンティがタピーに言います。
 そのシャンティの言葉が終わらないうちにカモがやってきます。
「起きておったか。実はな、ミカドがどうしてもお主たちに会って礼を言いたいそうだ。これから御所に行ってはくれぬか」

 朝食を取った後に再び御所を訪ねると、ものものしい警備はすでに解かれています。タピーたちはすぐさまミカドの元へ通されます。
「おお、よくぞ参られた」
 ミカドは木でできたすだれの向こう側に座っていて顔が見えませんが優しそうな声をしています。
「この度はホーライを救っていただき、感謝しておる」
「いえ、私たちがテンチーから追ってきた男の仕業に違いないと思い、やったまでのことです。お礼を言われるには及びません」
「何と、……その男はそんなに恐ろしいのか。……となると西で起こっていることもその男の仕業かもしれんな」
「ミカド、それは一体何のことです?」
「礼を言った後にお頼み申し上げよう、と思っておったのだが。実はこの国の西に『神々の舞台』と呼ばれる地域があるが、その一帯が急に闇に覆われてしまったのだ。
闇はどんどん我が御所に向かって広がっているという。このままではホーライは全て闇に覆われてしまう、魔物を退治したお主たちであれば、闇を払ってくれるのではないか、そう思いわざわざお越しいただいたのだ」
「そういうことですか。では早速西に向かいましょう。ところで『神々の舞台』とは?」
「異国の方が存じないのも無理はない。その場所こそはホーライの、いや世界の聖地、あらゆる神が年に一度集まる秘密の場所なのだ。ちょうど晩秋の今頃は神々が集まる季節、しかしあのように闇に覆われていては神々もさぞお困りであろう」

 ジャックが言った、世界中の神々が集まる、というのは本当のことでした。しかも、そこは闇に覆われていると言います。果たして、タピーたちは闇を打ち払うことができるのでしょうか?