第九話:大陸の予言者

 岬から海岸線に沿って歩くタピーたち。しばらく歩くと、立派な建物が見えてきます。
「わあ、すっごい。あんなに大きな建物見たことないや」
 ジャックが得意気に言います。
「きっとクリンラ様を祀ってる寺院の門だな。信心深い人が多いんだよ」
 タピーは感心します。
「へえ、やっぱりジャックは物知りだね。クリンラさまってすごいんだね」
「このへんじゃあ、クリンラ様はものすごく慕われてるからな。もっと北に行くとそうでもないかもしれないぜ」
「ねえ、ラーラワティさまはどのへんで人気があるの。しばらく会ってないよねえ」
「ラーラワティ様はどこでだって人気があるんだぜ。お忙しい方だから、しょっちゅうお前に会ってくれるってもんじゃあないんだ」

 

 ラーラワティやクリンラの話をしながら歩くタピーたち。
「えへん、えへん」
 どこかから咳払いが聞こえます。
「いやだなあ、ジャック。カゼでもひいたの」
「何言ってんだよ。おいらじゃあないぜ」
 また咳払いがします。
「えへん、おほん、誰か忘れていないかな」
 ジャックがうさんくさそうに言います。
「何だよ、楽しく話をしてんのに。一体どこのどいつだ...ありゃりゃ」

 ジャックが見つめる方向にはクリンラ寺院の立派な門があり、そこから何者かが近づいてきます。
「さっきから、ラーラワティやクリンラの話ばっかり、ぼくの話をしないじゃないか」
 ジャックがあわてて言います。
「いやだなあ、ガーギティヤ様。今話そうと思ってたところなんですよ」
 タピーは象の顔に人間の体をしたガーギティヤに興味津々です。
「ガーギティヤってイドゥンティヤの兄弟なんでしょ。全然似てないね」
「ぼくは『象の神様』って言われてるんだ。あ、お菓子食べる?」
「わあ、このお菓子おいしいよ。どうもありがとう。ぼくはタピー」
 ガーギティヤが言います。
「ああ、君がタピーか。イドゥンティヤが世話になったみたいだね」

 

 そこにいるだけでまわりをのんびりした空気に変えるガーギティヤ。
「さあて、みんな。大陸にようこそ。いよいよここからが旅の本番だよ」
 シャンティが困ったような声を出します。
「ええ、これまでだって色々あったのに、今以上のことが起こるってことですか」
「まあ、そう言いなさんな。度胸もついたろうし、いい訓練だったって思いなよ」
 タピーが笑顔で答えます。
「ぼくは、これからもっと色んな人に会えると思うと、わくわくするよ」
 ジャックはあきれて言います。
「お前はほんとにのんきだね。あれだけ大変な事件に巻き込まれてるっていうのにさ」
 ガーギティヤは感心します。
「うんうん。タピーはよくわかってるなあ。ところでさ、君たち、色々と知りたいことがあるんじゃない?」

 それまで黙っていたベンガが口を開きます。
「はい。お聞きしたいことは山ほどあるのですが、一体何から質問すればいいのか」
 ガーギティヤが大きなお腹を揺すります。
「そうだろう、そうだろう。じゃあ、ぼくがその質問に答えてあげる。そろそろ、知っておくべきことは知っとかないと。ここまでたどり着いたってことは、知る資格があるってことなんだから。
その代わり、知ったら後には引けないよ。そんなことないだろうけど」
 タピーが元気よく答えます。
「当ったり前だよ。ぼくらはどこまでも旅を続けるんだから。ねっ、みんな」
 ベンガは苦笑いします。
「まあ、いつまでもというわけではないがな。コンリーヤまでは一緒だな」
 ガーギティヤはまたまたお腹を揺すったかと思うと、いつの間にか大きな水晶玉を両手に抱いています。
「それじゃあ、最初にラーゴとケートゥのことを話してあげよう。君たちも知ってる通り、ラーゴとケートゥは兄弟なんだ。どこで生まれたのか、いつ生まれたのかは誰も知らないけど、気がつけばこの大地に居ついて、莫大な富を手に入れてた」
 ベンガが尋ねます。
「なぜ、あのような悪人たちがそんな富を手にしているのですか」
「それにはちょっとした秘密があるんだ」
 水晶玉を持つガーギティヤを取り囲むようにタピーたちは座り込みます。
「あいつらは、長い間に渡って気の遠くなるような修行をしてたんだ。それを見ていたある神が、感心して尋ねた」
 シャンティがびっくりして言います。
「感心って、あんな悪い奴らに感心するなんておかしくないですか」
「神は、良い人だろうが悪い人だろうがわけへだてなく接するもんだよ。心が広いんだ。神はあいつらに聞いたんだ。『お主らの修行に免じて願いをかなえてやろう。何が欲しい。』ってね」

 ベンガがため息をつきます。
「それで財産を手にしたのですね」
「いや、そんな簡単なことじゃあないんだよ。あいつらはこう答えたんだ。『我々は神にも人間にも動物にも退治されないのが願いだ。』って。そして、神はその願いを叶えてあげた」
 ベンガは声がからからです。
「では、奴らは誰にも退治されないのをいいことに、悪いことを続けてあんな財産を手に入れたのですか」
「そう。いろんな悪事を繰り返してきたんだ。まあ、悪い事をしてお金を稼いでいるうちは、いつか飽きるだろうって神々も黙って見てたんだけどね」
 タピーがほっぺたをふくらませます。
「そんなのだめだよ。たくさんの人や動物が悲しい思いをしてるんだよ。どうして神様が助けないのさ」
 ガーギティヤはちょっと困り顔です。
「金なんて、結局は人間の間だけでの話だろ。神々の出る幕じゃないよ。でも、近頃は世界の王になるとか言い出したからさ、さすがにぼくらも黙ってられなくなったんだ」
 ベンガがつぶやきます。
「世界の王か。そう言えばあのラーゴの手下の若者もそう言っていた」
 シャンティが首をかしげます。
「神様でも退治できないんですよね。まさか神様が約束を破るわけにはいかないし」
 ガーギティヤは苦笑いをします。
「うん、そうだね。考えてはいるんだけど、それはまだ秘密にしておこう。さて、他に聞きたいことは?」

 

 シャンティに突っつかれてもためらっているベンガ。ガーギティヤが気を利かしてベンガに言います。
「ああ、そうか。ベンガの子供のビーガのことだね。いよいよこの水晶玉の出番だけど、予言じゃなくって、いくつかの景色が映るだけなんだけどね」
 水晶玉を覗き込んだガーギティヤは珍しく真面目な声で答えます。
「ううん、何てこった。この先、大きな戦の後でベンガはビーガにめぐり会うことができるよ。でも再び共に暮らせるかどうかは……うーん、そのためにはラーゴとケートゥに打ち勝たねばならないね」
 ベンガは何も言わず、厳しい表情をしています。

「さて、まだ他にあるかな」
 ガーギティヤが水晶玉をしまおうとしているのに気づき、シャンティは慌てて引き止めます。
「ああ、そうだわ。旅の未来も見てくださいませんか。あたし、占い大好きなんです」
 タピーもさっきの怒りはどこへやら、目をきらきらさせています。
「へえ、すっごいなあ。未来が見えるなんて。今のことだってわからないのに」
 ベンガは浮かない顔です。
「しかし、良いことが見えるばかりではないだろう。悪い未来だったらどうするのだ」
 ジャックがとってつけたように笑い飛ばします。
「そんな時は、注意すればいいってことだよ。まったく心配性だな」

 

 再び水晶玉に向き合うガーギティヤ。
「じゃあ見るよ。君たちの旅のこれからに見えるものは……え、ええぇ」
「どうしたの、ガーギティヤ。何が見えたの?」
 シャンティがきっぱりと言います。
「ジャックが言ったみたいに、悪い未来なら注意すれば防げるでしょ。だから言ってください」

 ガーギティヤはゆっくりと言います。
「う、うん、じゃあ映った景色を言うよ。まずは、古い友との再会」
 タピーは大喜びです。
「わあい、いいことだよね。でも誰の友達だろうね」
 ガーギティヤは話を続けます。
「次に見える景色は...しばしの別れ」
 シャンティが心配そうにタピーたちを見回します。
「これはあれよ。用事ができて親戚の家に行くとか、きっとそんなことよ」
 ベンガも力強くうなずきます。
「ああ、何もこの旅の仲間の別れとは限らないからな。ガーギティヤさま、まだ他にあるんですか」
「うん、じゃあ最後の景色。それは、エマの登場なんだ」
 ジャックはぼうぜんとしています。
「エマ様ですって。どうしてエマ様が現れるんですかい」

 

 エマという言葉に慌てるジャック。タピーは知りたくてたまりません。
「ねえ、一体どうしたの。エマって一体誰なのさ」
 気まずい空気を振り払うように、ガーギティヤが口を開きます。
「タピー、エマは『死の国』の王。裁きの神なんだ」
 ベンガはしゃがれ声で言います。
「エマ様が現れるということは、誰かが『死の国』に誘(いざな)われるのでしょうか」
「それはわからない。ぼくに見えるのはこれだけさ。誰かが『死の国』に行くのか、あるいは裁きに遭うのかまではわからない」
 タピーは確認をしながらゆっくりと言います。
「ええと、でもそのエマって神さまは、ラーラワティさまやディアンカーラさまやクリンラと友だちでしょ。みんなぼくたちの味方なんだから、エマさまもそうなんじゃない」
 ガーギティヤが真剣な表情をします。
「エマは特別だよ。ものすごく公平なんだ。きまりを守っているかどうかが大事で、友達かどうかは関係ないんだ」

 

 クリンラ寺院の大きな門の前にいるタピーたち。ガーギティヤが気まずそうに言います。
「なんか、余計なことしちゃったみたいだなあ。ごめんね」
 ベンガは慌てて首を横に振ります。
「何をおっしゃられるんですか。ラーゴとケートゥの正体もはっきりしましたし」
 シャンティも付け加えます。
「そうそう、それにこの先注意が必要なこともわかりました」
 ガーギティヤがまだすまなそうに言います。
「心配だから、『商人の港』まで一緒に行くよ。ぼくがいれば少しは安心でしょ」
 タピーが飛び上がります。
「えっ、ほんとう。やったやった。ねえ、ガーギティヤ。またお菓子くれるかな」
「そんなの御安い御用さ。嬉しいな、そんなに喜んでもらえて」

 

 再び歩き始めるタピーたち。しかし、ベンガの心は晴れません。
 『しばしの別れ』とはどういう意味なのでしょう。そして、『エマの登場』で何が起こるのでしょう。
 大陸に着いたばかりだというのに、悩みは尽きません。