新横浜を過ぎた新幹線は多摩川を渡った辺りからスピードを落としていき、第二京浜を越えると在来線と変わらない速さになり、左手前方にほんの五秒ほどだけど僕とミチルが暮らしていた家が見える。
窓辺に立った彼女が手を振る家が。
当時、名古屋や大阪への出張が多かったのだが、その日は早く仕事が片付いて日の沈む前に帰れる事がわかり、出発時刻だけをミチルに告げて車窓の人となった。
いつものように新横浜を過ぎて自分の家が見えてくる頃、窓辺に立って大きく右手を降るミチルの姿が目に飛び込んできた。
帰宅して真相を尋ねた所、「だって誰かが応援して手を振っているのを見れば疲れも吹き飛ぶじゃない?」と言ってケラケラと笑った。
それからは暑い夏の日も大雨の日もミチルは窓辺で手を振ってくれた。終電近くの夜中には窓辺で懐中電灯を使って下から顔を照らしていたがさすがにそれは怖いので止めてくれと伝えた。
ミチルはいなくなり、僕は部屋を引き払った。
なのに今でも新幹線で帰る時には左側の座席を取ってしまう。
もしかすると窓辺で手を振る彼女を見る事ができるんじゃないか、って今でも思っている自分がいる。