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4 アンビスの崩壊
正門に戻った蒲田大吾は駆け付けたパトカーの側部にもたれかかって座るデズモンドを発見した。
「デズモンドさん……これは又、派手にやりましたね。誰だかわからないくらい顔が腫れ上がってます」
デズモンドは黙ったまま上目使いに大吾を見るだけで、隣に立っていた警官が答えた。
「この方がもうお一方を背負って出てこられまして、『突入』と一言だけ」
「そのもう一人ってのは?」
「はっ。スキンヘッドの中年男性でしたが、中毒症状が出ているようでしたので、救急車を手配し、今しがた搬送し終わった所です」
「じゃあ後で病院名を聞くとしよう。デズモンドさん。あなたも早く手当をしないと。大変な怪我ですよ」
大吾の一言にデズモンドはめくれ上がった唇を小さく動かした。それが笑っているのか、何かを言おうとしているのか大吾にはわからなかったが、デズモンドはすぐに腕のポータバインドを起動した。
「なるほど。筆談ですね」
お前を待ってた
「まだ何かあるんですか?」
急いで葉沢にも伝えろ。今が最大のチャンスだ
「確かに――おい、白嶺君を呼んでくれ」
すぐに駆け付けた葉沢の部下、白嶺と大吾はしばらく会話をし、白嶺は再び走って聖堂の中に消えた。
「デズモンドさん、抜かりありません。白嶺君が逐一状況を報告しているようですから、葉沢さんは動きます」
わしも病院に行く。あばらも折れている
「急いで救急車、いや、パトカーを使いましょう。おい、この方を病院にお連れしろ」
デズモンドがようやくパトカーに乗り込み、行ってしまうのと入れ違いにマリスとジウランが聖堂から出てきた。
「ああ、マリス君、ジウラン君。無事で良かったよ。誰か救急車で運ばれたという事だったから君たちじゃないかと心配したよ」
「僕たちは平気ですよ。デズモンドを見ませんでしたか?」
「たった今、病院に行ったよ。顔がこう、バスケットボールみたいに腫れ上がって、肋骨も折れたって言ってたよ」
「あの講堂の前に倒れていたボディガードか。そんなに強かったんだ」
「えっ、マリス。でも背中からばっさり斬られてた――」
「ジウラン」
「あ、いけない」
「……ジウラン君。引っかかる事を言うね。君たちの中にそんな刀剣類を持った人間はいないだろう。一体、どんな戦いだったんだい?」
「それについては――僕はすぐに戻らないといけませんが、落ち着いたらデズモンドとジウランに聞いて下さい」
「ふぅ。まあ、そういう事だね。今は現場検証と、残された日本の暗部を壊滅させるのに専念するよ」
「それがいいですよ」
「一つだけ教えてくれないか。藪小路を守っていた人間たち、恐らくジウラン君のお父様を殺した犯人たちだけど、何者だったんだい?」
「僕のように他所の星の生まれではなく、この星のこの国で生まれた人間です。ですがこの国の社会システムの中には存在しない、そんな連中です」
「最後まで『人外』か……さっきのラーマシタラみたいな人間であれば新・帝国軍に引き渡してそちらで裁いてもらえばいいが、こんな場合はどう対処すればいいんだろう」
「蒲田さん」とマリスが言った。「彼らだけじゃありません。僕が修業を続けた始宙摩という山も、リンの生まれた遠野の山も、そういった人間の暮らす場所です。はるか昔から為政者に対して背を向け続け、現在も生き続ける、他にもいるはずですよ」
「僕は長い間『人外帳』に載っているのが全てだと思ってきたけど、そこにすら載らない者もいる。世の中、目に見える物だけが全てじゃないんだね」
「その通りです。こうして水も漏らさぬ警備網を敷かれてますが、僕ら以外に少なくとも四人、ここから出入りしていますよ」
「えっ、本当かい。新宿の爆破事件を思い出すなあ。ケイジさんみたいに気配を消されたら対応のしようがない」
「ははは、僕の日比谷の事件を言わないのは蒲田さんの優しさですね」
「いや、そんなつもりじゃないよ」
「いいんです。あれは生まれ変わる前の僕ですから」
「実はね、あの時の射殺命令を出したのは藪小路だったらしいんだ」
「それは何とも皮肉な話だなあ。一度殺した相手に消滅させられるなんて」
「君が将来、自分の脅威となるのを見越していたのかな。だとしたら空恐ろしいね」
「違うと思いますよ」とジウランがぼそりと言った。「藪小路はこの東京を溺愛していたそうです。マリスが何の感情も持たずに東京を破壊したのが許せなかった。それが理由じゃないですか」
「長い間、東京に暮らし、しかも地下都市の計画まで行ったが、それは結果として大帝を生み出す元となり、マリス君をここに呼び寄せるきっかけを作った」
「それだけでなく、文月源蔵氏がリンという息子を設ける原因にもなってます」
「そうやって考えると藪小路は長い時間をかけて、自分を消滅させる要素を生み出し、育んできたという事になる。それこそ本当の皮肉だね」
「でも愛する東京の中心で消滅させられた。この聖堂は彼のために残しておいてもいいかもしれませんね」
「うーん、それは何とも言えないね。この聖堂の持ち主は消えたけど、裏から日本を操る地下の人間たちはまだ残ってる。彼らを完全に駆逐しないと土地を接収できないよ」