1 エピローグ

2 火庁検分

 講堂の奥の小部屋ではマリスとジウランが座り込んだまま動けずにいた。
「ねえ、マリス。本当に倒せたかな」
「とりあえずね。ジウラン、君が言いたいのは『消滅させた』かどうかだろ。それは僕にもわからない」
「イーターがちゃんと仕事してくれてたらいいけど」
「どこに飛んでいったか、この部屋で探すのは無理だし――まあ、僕らに藪小路の残った細胞が取り付いていない事を祈ろうよ」
 マリスが立ち上がり、ジウランに手を貸した。
 二人が大講堂に続くドアに向かおうとすると、ドアが開き、一人の少年が姿を現した。

 
「……君は……確か?」
「パブロです」
 はきはきと答えた金髪の少年の姿にマリスはどこか違和感を覚えた。
「よくここに入る事ができたね。今頃は警察や旧連邦軍が押し掛けて大変じゃなかったかい?」
「これがぼくの仕事だから」
「仕事?」
「二人はここを出ていっていいものか困ってるでしょ。だから今から『検分』するんだ」
「あ、君」

 
 パブロは制止も聞かずに部屋に入った。手には小さな集音マイクのようなものを携え、部屋を隅から隅まで見て回った。
「――うん、大丈夫だ。ははは、イーターまで使ったんだね。こいつは回収しておくよ。後で悪さされても困るしね」
「……」

 
 パブロは部屋の中央で佇むマリスとジウランの前に戻った。
「何をしたんだい?」
「君たちが藪小路と呼ぶ人物の細胞が残ってないか調べてたんだ」
「で、結果は?」
「おめでとう。この場からは完全に消滅させていた。

「あの、ぼくたちに取り付いてたり、乗り移ってるって事は?」
 ジウランがおずおず尋ねるとマリスは小さく笑った。
「心配ないよ。倒した人間の方が当然強い訳だから、乗り移った所で駆逐されてしまう。自分よりも弱いものにしか寄生できないんだよ」
「じゃあ、昔、ノカーノにやられた時はオウムよりは強かった?」
「ははは、よく勉強してるね。でもそういう事になるかな。あの時のノカーノはほとんど記憶喪失状態だったし。今考えると雑な仕事だったけどね」

「じゃあ完全に藪小路を消滅させたんだね?」
「ただ一つ気になる点を除いては」
「気になる点?」
「この部屋の更に奥にもう一つ小部屋があってそこには『転移装置』が置いてあって、スイッチが入ったままだった」
「……と言う事は装置を使ってどこかに細胞を逃がした可能性が?」
「未だに星間の転移装置は実用化されていないから、この星の内部で転移をするしかないんだけど、どこかにもう一基の装置があるのかないのかそれすらもわからないね」
「……新・帝国では転移装置の管理を徹底しないとだめだな」
「覇王には宿題が多いね」

 
「パブロ、一つ聞いていいかい」とマリスが言った。「君はハクの子のパブロ文月だよね?」
「そうだよ」
「でも今の君のその行動……君はまるで」
「わかったよ。功労者の君たちにだけ特別に話す――

 

【パブロの回想:もう一人の生き永らえる者】

 この銀河にやってきたのは、君たちの時間で言えば千年以上前になる。
 ぼくのいる場所からここに来るためにはかなりの距離を航行しないといけないので、冷凍航法と呼ばれる方法を用いたんだけど、これが大失敗。ぼくは一切の記憶を失ってしまった。

 それでもターゲットである藪小路、当時はヤパラムと名乗ってたかな、を前にして断片的な記憶が蘇ったんだ。
 ああ、ぼくの使命はこの男を消す事だ
 そう考えたぼくは彼を消滅させようとしたけど、後になって酷く不完全だった事に気付いた。

 生き延びた彼は復活を遂げるまでこの地で時を待ったが、ぼくの方も寿命が迫っていた。
 ここで言う寿命とは当初の身体を捨てなければいけない、という意味だ。
 ぼくは様々な人間に転生を繰り返した。そして今の姿がこのパブロ、という訳さ――

 

「やはり君はノカーノか。でも何度だって彼を消滅させるチャンスはあったろうに?」
「いい質問だね。それについては、せっかく消滅対象の彼が頑張って復活しようとしているから、彼の想いを遂げさせてやろうと思ったんだ。それにぼく自身は一度失敗してるし、今更、彼をただ消滅させるのもありきたり過ぎるだろう?」
「それで僕たちに?」
「幸いにして『聖なる台地』、それからこの国の山で立派な子孫を残す事に成功していた。だから何の心配もなかったよ」

「そんな……乱暴だし、出鱈目だ」
「でも君たちはやり遂げたじゃないか。今、部屋の隅々を行き来して行ったのが通称、『火庁検分』、これによりミッションは完了。ぼくは晴れて故郷に帰れる」

 
「えーっ」
 突然ジウランが大声を上げた。
「どうしたい。ジウラン」
「帰るって。そんな事したらハクが悲しむよ」
「ははは、ジウランは優しいね――今朝、両親には別れを告げてきた。二人とも覚悟はできてたみたいだった。でもまだ物心のつかないネネと別れるのは辛かったな」

 
「ノカーノ。帰りもその、冷凍航法とやらを使うつもりかい?」
「いや、帰りは少し楽させてもらうよ。本当は来る時もそうしたかったんだけど、何しろ依頼者がこの箱庭の創造主と呼ばれた人たちだった。ぼくのボスは、彼らの能力である空間を繋いで一瞬で移動、をお願いするのはプライドが許さなかったみたいでね。それで危険な方法を用いざるをえなかった」
「……でも今の創造主は彼らではありませんよ」
「大丈夫。リンはかつての創造主たちとも上手くやってる。いや、むしろかつての創造主がリンを頼りにしてると言った方が正しいかな。ぼくは今からリンとエニクに会って、堂々と『ニームの盟約』を通って帰るつもりさ」
「盟約?」
「ああ、ごめん。盟約っていうのは、この箱庭を造った世界とそれを管理する世界の間の取り決めであり、又、両方を繋ぐ道でもある」
「つまりは『上の上の世界』?」
「そうなるのかな」

「待って下さい。もしもあなたがそこの世界の住人だとしたら、その血を引く文月、そしてジウランや僕も又――」
「さあ、余計なおしゃべりをし過ぎた。何はともあれ、君たちが成し遂げた偉業はちゃんと報告しておく――本当にご苦労様。あ、もしも手に装置を使用した形跡があったならすぐに教えて」
 パブロは部屋の向こうに消えた。マリスたちは慌てて後を追ったが、パブロの姿はもうどこにもなかった。

 

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