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4 ヴァニッシャー
マリスとジウランは講堂に入った。
高い天井のだだっ広い講堂には整然と参列席が並んでいたが人の気配はなかった。
「ここではないけど隣接する部屋のどこかにいるはずだ。ジウラン、注意するんだよ」
「うん」
「ケイジの話では会った瞬間に勝負は決まるらしいからね。君にやってもらいたいのは奴がいる場所に着いたらすぐにサフィからもらったイーターを放ってほしい。いいね」
「わかった。でも向こうの術はどうやって防ぐの?」
「実はさっきアイシャに、大地の精霊の協力が得られるようにお願いしておいたんだ。しばらくの間は術に陥らないで済むと思うよ」
「ふーん、用意周到だねえ」
「さあ、藪小路を探そう」
二人は散々歩き回った末、講堂の奥にある秘密の部屋を発見した。
「どうやらここだ。ジウラン、用意はできてるね?」
ジウランが頷き、二人は部屋の奥へと進んだ。
「ほぉ、術にかからぬか」
マリスたちが部屋の中央まで歩いてくるのを見て、奥に立っていた藪小路が言った。
これが藪小路――ジウランは初めて見る最大の敵をまじまじと見た。
年は五十に届くかどうかといった感じにしか見えない――これは怪物に違いなかった。
いや、待てよ。祖父のデズモンドだって優に二百歳を越えているはずだ。
それもまた怪物、そうなると自分は怪物の孫か――
ジウランはマリスに脇腹を突かれてようやく自分の役割を思い出した。
ポケットを探り、小石のようなイーターのコアを気付かれぬよう、そっと室内に放った。
「『神速足枷』が効かないとなるとこちらは不利だ。とは言っても君たちでは私を消滅させられない。マリス君はアーナトスリを滅したが、所詮、あれは文月リンの力。ジウラン君も色々と観察を続けたが、全くの問題外だったな」
「果たしてそうかな」
マリスはそう言うなり、藪小路に飛びかかり、その左腕をがっちりと掴んだ。
「つい最近、僕は亡くなった両親と話す機会があり、そこで極めて興味深い話を聞いたんだよ――
【マリスの語り:血を引く者】
僕の父親、マルは《流浪の星》、『聖なる台地』で生まれ育った。
『聖なる台地』というのは聖ニライが聖サフィの預言、『いつかこの世界を統べる者を生み出す』を実現するために拓いた地だ。
元々能力者だった聖ニライ、そしてその子のカリゥから続く代々の長老は優れた人材を生み出すために努力を続けた。
しかし狭い星の中だけで人を選別していたために、濃すぎる血の問題が顕在化した。
そこでニライから何代目かに当たる長老はある大きな決断をした。
それは他所から人を受け入れる事、それもとびきり優秀な人材を。
白羽の矢が立ったのは、近くの《狩人の星》と交流のあった『アラリア』と呼ばれる集団だった。
アラリアの人々は交易のために銀河の端にある《狩人の星》に立ち寄っていたが、その優秀さは同じ辺境の《流浪の星》まで知れ渡っていた。
台地の民の長老自らの説得により、百人を越えるアラリアの民が協力をしてくれる事となった。
『聖なる台地』が手狭だったため、アラリアの多くは《狩人の星》のキルフという村の近くに暮らし、必要に応じて通い婚のような状態で《流浪の星》を訪問した。
アラリアの民との交流は台地の民に大いなる恩恵をもたらした。例えば僕のパートナーのデプイ、彼はアラリアの血を引く能力者だ。
だがこの交流は台地の民からの申し出により、終焉を迎えた。
その理由はただ一つ、「銀河を統べる者を輩出する」ための最適な人材を発見したためだ。
その時期とは、デルギウスが銀河連邦の設立を宣言した直後、そしてその末裔がこの僕――ノカーノの末裔の僕さ
「――馬鹿な」
藪小路は慌ててマリスに握られた手を振りほどこうともがいた。
「ノカーノには放浪癖があった。連邦設立から地球に来るまでの間に数年行方不明だった時期、まさに『聖なる台地』にいたんだよ」
藪小路は必死にマリスの腕から逃れようとしたが、自分を押さえつけるマリスの右腕が白く光り始めたのを見て小さな悲鳴を上げた。
マリスの右腕と藪小路の左腕がまばゆい光に包まれ、光が去った後には左腕を失った藪小路がジウランの方に弾き飛ばされていた。
「うーん、まだ力の制御が上手くいかないな。もう一回――」
マリスが再び藪小路に近付こうとすると、青ざめた顔の藪小路が小さく笑った。
「……二度目はない。ようやく『神速足枷』が発動した。もはや動けまい」
「……」
マリスはその場で悔しそうな表情を見せ、藪小路はふらふらと立ち上がった。
「また数百年になるかな、じっくりと傷を癒させてもらう。君たちは永遠に私に勝てない」
部屋を出ていこうと振り返った藪小路がジウランにぶつかった。
「どきなさい、と言っても動けんか。君ごときがどうこうできるものでもない。そもそも君のような雑魚が――」
その言葉はジウランが藪小路の首を掴んだ事によって遮られた。
「ぼくも言わなきゃならない事がある。祖父デズモンドは山の人コザサと契った。コザサはノカーノとあなたが蘇らせたローチェの末裔。つまりはぼくもノカーノの血を引く者だ」
「君にそんな力がないのは長い間の観察で実証済み……」
「やってみなけりゃわからないよ――」
ジウランはがっちりと両手で藪小路の首を締め上げ、その腕が光り出した。
じいちゃんは何も言わなかったけど、この男のせいで僕の両親が死んだのを僕は知ってる。
マリスには悪いけど、この男は僕が――
「……嘘だ……ここまで準備してきた私がこんな奴に消されるなど……」
「えいっ!」
ジウランの両手から発する白い光が藪小路の体全体を包み込んだ。
ジウラン、やったな
動きの取れないマリスもジウランの前の光に包まれた藪小路目がけて光を放出した。
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