9.9. Story 3 頂上決戦

2 早朝の決戦

 デズモンド、マリス、ジウランは坂の上に立つ聖堂の正門の前に立った。
「ジウランは来た事あったよな」
「うん。あんまりいい印象はないけどね」
「マリスは初めてか?」
「ああ、いつの間にかこんな大きな建物が建っていたんだね」
「ここの主はラーマシタラっていうケチな小悪党だが、実権は藪小路が握ってる。ハナから最終決戦の舞台としてあつらえたんじゃねえかな」
「正面から行くのかい?」
「当たり前だ。やましい点は何もない」

 ようやく夜が明けきったばかりの時刻で、聖堂を包囲する警察関係者以外に人の姿は見当らなかった。
「デズモンド。門が閉まっているよ」
「警備員もいねえ。仕方ないか」
 デズモンドが重厚な鉄の門扉を力任せにこじ開けようと手をかけた瞬間、扉は音もなく左右に開いた。
「ありゃ、あちらさんも待ってくれてるみたいだな」

 
 マリスたちは聖堂の敷地の中に足を踏み入れた。
 人気のない左手の受付兼警備員詰所、中央の円形の花壇に沿って道路が敷かれていて、奥に大講堂、右手の遊歩道は九つの教会群へと続いていた。

 講堂の方から数人の黒づくめの衣装の人間がやってきて、中央の体格の良い男が口を開いた。
「待ちかねたぞ。だが通す訳にはいかぬので、ここで相手をさせてもらおう」
「あんた、矢倉衆の親玉か?」
「如何にも。矢倉の死王なり。他の面々とは顔見知りかな」
「いや、ほとんど知らねえなあ」とデズモンドは答えた。

「では紹介しよう。鷹を手に持つのが鷹一」
「なるほど。鷹ねえ」
「その隣の巨躯が牛五、端に控えし女子がお七だ」
「……二番、四番……三番と六番はどこ行ったんだ?」
「『三』とはすなわち、我々の雇い主の数字」
「へえ、しゃれてんな。六番はさしずめどこかでお昼寝か」

「つまらぬ話は終わりだ。お主ら、準備はできておるのか?」
「ああ、マリス。親玉はわしがいくんで、お前は鷹の奴とでかいのを頼む」
「あの女性は?」
「あいつが一番厄介なんだ。まあ、すぐにわかる――あ、ジウランは邪魔にならないようにその辺にいろ」

 
「そちらは実質二名か。ずいぶんとなめられたものだ」
 円形の花壇越しに互いに距離を取って構え合ったのを見て死王が言った。
「まあ、そう言うなよ。まずは小手調べさ。おい、マリス。誰かに向かって一発撃ってみろよ」
 デズモンドの言葉に従って、マリスは一番図体の大きな牛五の鼻先目がけて爆雷をお見舞いした。
 普段通りであれば相手の鼻っ面で爆発が起こるのだが、どういう理由か何も起こらず、牛五は薄ら笑いを浮かべた。

「……おかしいな」
「マリス、それはよ。あの姉さんが攻撃を吸収しちまうからなんだよ」
「ふーん、もっと激しい奴を使わないとだめかな?」
「いや、お前が本気出したらこんな建物、跡形もなく吹っ飛ばしちまう。それじゃあ困るんだよなあ」
「悩む必要ないわ」
「この声は――」

 
 デズモンドとマリスが振り返るとそこにはアイシャとデプイが立っていた。アイシャは緑色に染め上げた甲冑を身に付け、デプイは白いローブ姿で杖を携えていた。
「これで人数的にも釣り合うんじゃない?」
「おお、いいんじゃねえか。四対四になる。ジウランは晴れて戦力外だ」
「どうでもいいが」と死王が言った。「まだ準備はできぬか」
「悪い、悪い。じゃあ一番厄介な姉さんの相手を――」
「同じ女性同士、あたしがいくわ」
「おいら、あの鳥を手に持ってる人」
「では僕が――」
「マリスはあの親玉だ。わしがでっかいのとやる」

 
 ようやく戦闘が始まると思った時に又しても邪魔が入った。
「ちょっと待て」
 今度は建物の奥から黒眼鏡の男が撮影用のカメラを手に現れた。
「あ、あの人」
「ジウラン。知ってるのか。あれは監督、わしの古くからの知り合いだ」
「デズモンド。とうとうこの日が来たな。銀河を揺るがす事態に立ち合えるだけでなく、それを映像に記録できるという僥倖、指を咥えて見ている愚か者ではないぞ」
「敵ですか?」とマリスがデズモンドに尋ねた。
「いや、気にせんでいい――おい、監督。とびっきりの絵を撮ってくれよ」

 
 改めて円形の花壇を挟んで向き合った。四対四の構図でジウランは後方、監督はカメラを片手に待機した。
 最初に動きがあったのは最も守衛室に近い場所にいたアイシャとお七だった。
「あたしが相手するわ」
 アイシャが弓に矢を番えながら言った。
「あれ、お嬢ちゃん。得物が弓じゃああたしにゃ勝てないわよ。『矢取りのお七』、その名の通り、矢を取るのは得意中の得意さね」
「そうかしら。やってみないとわからないわよ」
 そう言ってアイシャは十メートルほど先のお七目がけて矢を放ったが、矢はお七に届く寸前で勢いを失い、その手の中にすっぽりと納まった。
「はずーれー」
 お七は甲高い声を上げて、けらけら笑った。
「鉄砲でも持ってくりゃよかったのにねえ」

 
 アイシャたちとは正反対、守衛室から最も遠い場所ではデプイと鷹一が対峙した。
「おれの鷹はそんじょそこらのとは違うぜ」
「へえ。その鳥は鷹っていうのか。おいらの星にはいなかったよ」
「……なめた口を。ならば恐怖を味わうがいいや」
 鷹一の右腕に留まっていた巨大なクマタカが勢いよく飛び立ち、空中で二、三度円を描いた後、デプイ目がけて急降下した。
 デプイは間一髪で攻撃を避け、クマタカは鷹一の腕に戻った。
「今のはほんの小手調べだ。次は逃がさねえぜ」

 
 デプイたちの右隣、円形花壇のほぼ中心部ではデズモンドと牛五が睨み合っていた。
 二人は右手の鷹一が放ったクマタカに目を奪われていた。
「ったく。お前ら、どいつもこいつも大した得物じゃねえな」
 牛五が言うとデズモンドが頷いた。
「その通りだ。戦いにおいちゃあ、得物が合ってるかどうかは重要だよな」
「へえ、お前。わかってるじゃねえか。おれはよ、こう見えても武器の研究家だ」
 牛五はそう言うと背中から柄の短い二丁の斧を取り出した。

「それがあんたの得物か。スピードタイプの斧だな。なるほど、上手いチョイスだ」
「だろ。おれみたいに図体のでかい奴はでかい武器を振り回すと思われがちだが、実際はそうじゃねえ。素早さを求めるのが正しいんだ」
「ふーん、考えた事もなかったなあ」
「お前、ずいぶんと修羅場を踏んでるみてえだが、得物は?」
「わしか。わしはこれだ」
 デズモンドは右の拳を握って前に突き出した。
「……ああん、なめてんのか。拳一つで生き延びてきたってのか?」
「そうだよ。わしにはこれが一番合うんだよ。他の奴らだってそうさ。悪いが、あんたら、全滅だな」
「ふざけやがって」
 言葉が終わらぬ内に牛五は斧を振り下ろし、デズモンドは一歩退いてこれを避けた。

 
 円形花壇の最も中央付近ではマリスと死王が距離を取って向き合っていた。
「さあ、こちらも始めましょう。あの女性は戦闘中のようだし、今度は僕の攻撃も当たるかもしれませんね」
「まあ、待て。急ぐ必要はあるまい。儂も集団を預かる身、まずは配下の戦いを見届ける義務がある」
「いいですよ」
 マリスはそう答えたが妙な感覚に襲われた。この男、何かを待っているのか。

 
 アイシャはお七の不思議な能力の秘密について考えた。
 精霊の力を借りて攻撃を無力化するのであれば、逆に彼らをこちらに傅かせればいいだけの話だったが、どうもそうではないようだ。
 となると見えない壁のようなものを張り巡らすのか、いや、いや、それでは広範囲の攻撃は防げない。
 残されたのは攻撃を全て異次元空間に導き、そこで力を吸収させている可能性だった。あまり現実的ではないがこれ以外には考えられなかった。
 よし、アイシャは不敵に微笑むお七を目がけて再び矢を射かけた。

「『リポラ・ギズボアナ・リポーラ』、全ての精霊よ。あたしに力を貸しなさい」
 勢いよく放たれた矢は七色の光の帯を描いて、お七に向かった。
「ひぃっ」
 矢は着物の袖を射抜き、お七はへなへなと座り込んだ。
「うふふ。信じられないって顔してる。安心して。次で終わらせるから」
 アイシャは空を目がけて矢を放った。矢は空中に到達すると降下を開始し、座り込むお七の足元の地面に刺さり、ぶるぶると震えた。
「えっ?」
「さよなら。自分が駆使してる次元の狭間で楽しく暮らしなさいな」
 ぶるぶると震える矢が白く光り出してお七の体を包み込み、光が消えるとその姿はどこにも見当たらなかった。

 
 庭の中央で戦況を見守っていたマリスと死王はお七の姿が消え失せたのに気付いた。
「むっ、お七が」
「注意した方がいい。これでこちらの攻撃は幾らでも当たる」
「そうだな」
 マリスは死王に声をかけたが、死王は何も感じていないようだった。

 
 デプイは鷹一の飼い慣らされたクマタカの連続する攻撃を避け続けていたが、突然、クマタカが攻撃を止め、空中を旋回し出した。
「潮目が変わった。そろそろおいらも反撃させてもらうよ」
 再びクマタカがデプイ目がけて急降下を開始した。その鋭い嘴をデプイの頭に振り下ろそうとした瞬間、クマタカは何かに激突して地上に墜落した。

 デプイは九つの教会に続く遊歩道の入口に置いてあった猫足のついた丸いテーブルをクマタカの進路上に移動させ、哀れなクマタカは琺瑯でできたテーブルの盤面にしたたかに頭をぶつけて気絶した。

「クマッ!」
 鷹一が地面に落ちたクマタカに駆け寄ろうとしたが、テーブルと対で置いてあった猫足の椅子が二脚、空から襲いかかった。一脚は鷹一の両足にからみつき、もう一脚は倒れた鷹一の両腕に覆いかぶさって、鷹一はうつ伏せのまま身動きが取れなくなった。
「おいらには物を動かす能力があんだよ。この鳥にゃあ可哀そうな事したけど命までは奪わないし、飼い主のあんたがいなくなりゃこいつは死んじまうから、あんたもこのまんまだ」

 
 デズモンドは牛五の斧から身を躱しながら、九つの教会のある遊歩道に移動した。遊歩道の両脇に植えられた木々に身を隠しながら移動したが、牛五はお構いなしに斧で木を伐り倒しながらデズモンドを追った。
「ずいぶんと切れ味がいいな」
「言ったろう。得物との相性だと」
 牛五は得意気に斧を振り回し進んだが、突然に高い金属音が響いた。斧は木ではなく遊歩道の誘蛾灯を兼ねた照明の鉄製のポールに食い込んでいた。
「……ぐぅ……ふん」
 牛五が力を加えると鉄製の柱はぐにゃりと横倒しになった。
「どんなもんだ――??」
 牛五が一瞬だけ鉄製のポールに集中した隙に目の前のデズモンドは姿を消していた。
「大したもんだな」
 牛五が慌てて振り返ると十五センチほどの距離にデズモンドの顔があった。
「一つ忠告しといてやるよ。得物の選択を間違えてるぜ」
 デズモンドは至近距離から牛五の顔面にパンチを叩き込んだ。

 
「牛五もやられたな」
 相変わらず動きを見せない死王が感情を込めずぼそりと呟くのを聞いて、マリスは少し不安な気分になった。
 この男は部下がやられて、何故平気なのだ。一体、何を待っているんだろう。
 理由はわからないが目の前の死王の姿が先刻より一回り大きくなったような気がして、マリスは一つ身震いした。

 
 大講堂の脇にある告解室では矢倉衆の一人、蟇六が出番を待っていた。
 蟇六は合図があったら敷地内に毒霧を散布するように死王から言われていた。
 特別に調合した猛毒、恐らく体内に微量が入るだけで即死に至る。もちろん自分は毒に対する耐性が人一倍あったので平気だが、覇王の仲間の奴ら、それに矢倉衆たちは無事でいられるだろうか。

 やきもきとしながら合図を待つ蟇六の下に死王が姿を現した。
「親方、終わったんですかい?」
「ああ、全員やっつけた。蟇、お前の出番はないぞ」
「何だ、拍子抜けだな」

 鼻歌を歌いながら片付けを始めた蟇六は突然、背中に熱いものを感じた。
 振り返って見ると死王が蟇六の背中にナイフを突き立てていた。
「……蟇、ごめんよぉ」
「がはっ……てめえ……親方じゃねえ……無面坊だな」
「こうするしかないんだよぉ」
「……」
 蟇六は最後の力を振り絞って、手に持っていた猛毒の瓶を床に転がした。

 
「また一人」
 死王が言ったが、明らかにその体はマリスが最初に対峙した時の倍以上に大きくなっていた。
「そろそろ始めるか」
 そう言いながら死王の体は更に大きくなり、最終的には三メートル近くに達した。顔付もすでに人ではなく悪鬼の形相へと変わっていた。
「わかったか。『死王』とは『死者の王』、儂は部下の流す血により、無敵に変わるのだ」

 デプイの攻撃で地面に押し付けられていた鷹一がよろよろと立ち上がり、怪物と化した死王に近付いた。
「……兄者。おれも……連れてってくれ」
「よかろう」
 死王は跪いた鷹一を容赦なく左足の一撃で踏みつぶし、雄叫びを上げた。
「さあ、お前の番だ。マリス」

 
 マリスは無言のまま、巨大化した死王に向き合った。戦いを終えたアイシャ、デプイ、そしてデズモンド、ジウランがマリスの背後に立った。
「どうした。怖気づいたか。何ならそこにいる仲間に手助けを頼んでもいいぞ」
「いや、結構――君は『死者の国』に行った事があるのかい?」
「それは地獄か。そんなものは関係ない。儂は選ばれし者、矢倉の頂点に立つ者は皆、死者の血肉と引き換えに強大な力を得るのだ」
「行った事はないんだね。だとするとネクロマンシー……容赦なく叩きのめしてやろう」
「ほざくな!」

 死王の巨大な足が迫り、ジウラン以外は空中に逃れ、ジウランだけが転ぶように走って逃げた。
「ジウラン。迷惑にならない場所でじっとしてろ。ここはマリスに任せるんだ」
 デズモンドが声をかけるとジウランが答えた。
「言われなくてもわかってるよ。あんなの完全に怪物だ」

 
 マリスは空中で死王と向き合った。
「鬼のような姿になり、もう元には戻れない。それでいいのかい?」
「それが矢倉の掟。鬼に変わった者は鬼神として祀られる。元から戻る道などない」
「だけど君は矢倉の人たちに祀られない。この僕に滅ぼされるからだ。残念だったね」
 マリスは一旦地上に降りて地面に拳を突き立てた。
「いくぞ」

 マリスは再び死王の目線と同じ高さまで舞い上がった。
「『爆陣』を張った。もう逃げ場はないよ」
「その言葉、貴様にそっくり返す」
 死王の腕がマリスを捕まえようとし、マリスは迫りくる巨大な手に拳を合わせた。激しい爆発が起こり、死王は出した腕を引っ込め、苦痛に呻いた。
 マリスは間髪入れず、死王の顔の周囲に数発の拳を放ち、爆発と共に死王は顔を押さえて蹲った。

 
「……何故だ」
 死王が喘ぎながら言った。
「僕は『死者の国』で長い間、何億もの死者の魂と一緒に暮らした。付け焼刃の君に勝てるはずがない」
「……初めから結果は見えていた訳か。であれば止めを刺すがよい」
「わかった。君と君を鬼に変えるため犠牲になった人たちを送ってあげるよ」
 マリスは最早抵抗する意志を見せない死王の顔面に拳を叩き込んだ。

 

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