9.9. Story 1 ジウランのクロニクル

2 宇宙空間での出来事

 シップは漆黒の宇宙空間を進んだ。
 ジウランは操縦席に並んで立つマリスに話しかけた。
「ねえ、マリスは『事実の世界』の記憶とさっきまでの記憶、両方持ってるの?」
「うーん、それがねえ。君が両親を呼び出してくれて話をしたあたりからしかはっきりしてないんだ。それ以前の記憶はリンが消してくれたんだと思う」
「だったらさ、ぼくが大事に思う人も、ぼくと一緒に行動したのを覚えてるかもしれないね?」
「そんな事、気にしてるのかい。美夜ちゃんなら大丈夫。君も美夜ちゃんも小さかった頃、私と一緒に遊んだろ?」
「あ、ああ、そうらしいね」

「それよりも地球でふんぞり返っているはずのあいつをどうするかだよ。あいつはこちらに決定的な切り札がないのを知って安心している」
「藪小路を消滅させる能力?」
「そう、ノカーノの力とでも言っておこうか。今の所、その力があるのはリンだけ、子供たちは力を引き継いでいない。創造主のリンは戦いには参加しないから私たちで何とかしなくちゃならないんだ」
「何とかできるかな?」
「《青の星》に着くまでに君が持っているその『鎮山の剣』と対話を試みてみよう。もしかするとその剣が能力を引き出してくれるかもしれない」
「うん、そうだね……」
「追い込まれればどうにかなるんじゃないかな。君を見ててそう思ったよ」

 
 空間を進んでいくとシップの前方に奇妙な光景を捉えた。
「あ、あれは」
 前方からやってきたのは五匹の巨大な龍、白銀に輝くディヴァイン、黄金色の黄龍、青龍、赤龍、白龍が巨体をくねらせながらシップに接近してきた。
「王先生、それにディヴァインまで」
 シップの中からマリスが声をかけると黄龍が答えた。
「お主たちを助けてやれればいいのだがな。ディヴァインであれば藪小路など一瞬で消し去るのにな」
「だが余が出ていく訳にはいかぬ。そこをわかってくれ」
「もちろんです。これは覇王に与えられた試練。必ず乗り越えてみせます」
「うむ。その意気だ。吉報を待っておるぞ」
 龍たちは体をくねらせながら宇宙空間に消えていった。

 
 更に進むとシップの大船団が待っていた。その数は優に百を越え、大型のシップから小型のものまで、宇宙空間に見事に整列していた。
「公孫と附馬、それにゼクトの船団だ」
 空間に大きなヴィジョン映像が映し出された。
 ジウランは慌てて自分の右腕を覗き込み、インプリントされている事に初めて気付いた。
「マリス、ジウラン。水牙だ。戦いには参加できぬが、新・帝国船団の総員で覇王の武運を祈願させてもらう」
「水牙、ありがとう。必ず勝つよ」
「ゼクトだ。銀河の新しい未来を切り開けよ」
「ゼクト、ありがとう」

 
 シップは大船団に見送られ、宇宙空間を進み、太陽系を包むガス雲の近くまでやってきた。
「ジウラン。この先は雲の薄い部分を進むぞ」
「ちょっと待って。あれ――」

 ジウランが指差したのはガス雲の手前の空間だった。
 そこの一部にガス雲と同じような白い靄がかかっていた。
「ガス雲が飛び出したのかな」
「そうじゃなくて、あの形」
 マリスが目を凝らすと、確かにそのガス雲はまるで何人かの人間が立っているような不思議な形をしていた
 マリスがシップをその傍に停めると、目の前のガス雲は六人の人物の形に変わった。
「これは……」

「やあ、マリス。私はサフィ。そして私の弟子たちもいる。名前くらいは知っているだろう?」
「知っているに決まっています。この銀河の礎を造られた方々です。なっ、ジウラン」
「ジウラン。君のおじいさんとは色々と話をしたよ。楽しい人だね」
「えっ、ええ。口うるさいですけど」
「サフィ様。何故ここに?」
「君たちがこれから戦う相手、元はと言えば私が《古の世界》に暮らしていた頃から生き永らえる怪物だ。私たちが滅ぼさなかったために、君たちにその役目を負わせる羽目になった。それを謝りたくてね」
「何をおっしゃるんですか。相手は銀河を統べる者が現れないと行動を起こさないんでしょ。やはり戦うのは私という事ですよ」
「へっ、大した自信じゃねえかよ」
「……エクシロン様ですか?」
「まあ、気を付けるこった。相手は不死身らしいからよ」
「死なないのですか?」
「アダニアだ。どうも再生能力があるようだ。私が斬った後もどこかに隠れて再生し、復活を遂げた」
「では倒す事はできる?」
「ウシュケーだ。それでは長年の禍根を絶つ事にはならない。又、数千年の時を経て、お主たちの子孫が戦わねばならない」
「やはり消滅させないと……」
「僕の名はルンビア。君たちが持つその剣、その真の力を引き出せばいいんだよ」
「はい。やってみます」
「――ニライです。私の子、あなたこそが『聖なる台地』が生んだ最高傑作です。何故、私があの場所を造り、それを守らせてきたか、その意味をよく考えてごらんなさい」
「ニライ様」
「さて、私たちはそろそろ行かないと。君たちに渡す物があったんだ」

 光り輝くサフィはシップ目がけて何かを投げ、それはマリスの手の中にすぽっと飛び込んだ。
「これは?」
 サフィが投げて寄越したのは何の変哲もない小石だった。
「イーターのコアさ。イーターは知ってるね。異世界から来た謎の存在、鉱物なのにあらゆる物を喰らう。そのイーターの本体がそこにある小石のようなものだよ」
「えっ」
 マリスが慌てて払い落とそうとするとサフィが笑った。
「大丈夫だよ。今は眠らせてある」
「何のためにこれを?」
「さっきアダニアが再生能力と言ったろう。他の生命に寄生して回復を図るんだ。私たちが『氷の宮殿』で倒した時は傷も浅かったからシップ内の微生物に憑りついて、チオニで人間に乗り移り、復活を果たした。ノカーノが追い詰めた時は瀕死寸前でわずかな細胞を鳥に乗り移らせて、そこから千年かけて復活した」

「ならば今回も逃げられてしまう?」
「そこでイーターの出番さ。イーターに目覚めてもらって周囲の空間のありとあらゆる物を食べさせて、生命体の存在しない状態を作り上げる。そうすれば相手の逃げ場はなくなる」
「二つ質問があります。まずイーター自身に乗り移るという事は?」
「イーターは生命じゃないさ。不思議な鉱物だよ」
「もう一つ、イーターが私を喰らう可能性、そして相手が私に乗り移る可能性は?」
「君たちを襲わないよう、イーターにはニライが術を施してある。それに相手が君に乗り移る可能性はゼロに等しい。瀕死の状態で君を支配しようと試みるのは自殺行為のはずだ」
「――わかりました。ありがとうございます」
「戦いの場に入ったら、すぐにイーターを放つといい。後は私たちがコントロールする――このくらいしか手助けができなくて済まないと思うよ」
「いえ、サフィ様まで後ろ盾になって下さっている、その事実だけで千人力です」
「じゃあ健闘を祈るよ」

 

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 Story 2 嵐の前

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