ジウランの航海日誌 (15)

 
 広間にいた者の足元と頭上で無数の爆発が起こった。
 じいちゃんたちは足元の爆発で吹っ飛ばされたが、はるか後方で待機していたぼくたちは難を逃れた。
 水牙がミミィに声をかけた。
「ミミィ。彼らを助けるぞ。『水壁』!」
 水牙はミミィを守りながらじいちゃんたちを助けるためにもうもうと立ち込める土煙の中に向かった。ヌニェスとマフリ、ファランドールとミナモ、ジェニー、カザハナとランドスライドも後を追い、残された者は呆然と立ち尽くした。

 
 遠くから低い音が聞こえた。初めは微かだったが、やがて大きくなり、こちらに近付いてくる感じがした。
「……天井が」
 誰かが言った瞬間、古城の天井が崩落し、大小の石が落ちてきた。
「危ない!」
 隣にいた美夜がぼくを突き飛ばし、ぼくは床に転がった。

 
 あいたたた

 床に転がった時に頭を打ったみたいで意識が朦朧とし、体に力が入らなかった。
 頭上に青い空が見えた。ああ、地球と同じような色をしてる――
 そうだ、こんな事してる場合じゃない。
 ぼくは周囲を見回した。
 ようやく爆発とその後の崩落による土煙が収まりつつあった。
 顔は見えなかったが、立っているのは一人だけ、どうやらマリスのようだった。

 
 皆は――ぼくが振り返ろうとした時、水牙の声がした。
「こちらは全員無事だ。ミミィが治療に当たる。そちらは?」
 今度こそぼくは振り返ったが、そこはすでに瓦礫の山と化していた。
 石をどかし、中から陸天が這い出てきて、その場に座り込んだ。
「印を結んでおりましたので、どうやら皆様をお守りする事ができましたが、全員という訳には……」
 陸天の言葉に続いて、ジュネ、アダン、ニナ、葵が次々に瓦礫の中から這い出した。
 後は美夜だけだ、ぼくは急いで美夜を探しに床を這って進んだ。
 いた――美夜は大きな石同士が作る僅かな空間に顔を覗かせていた。頭から出血しているのか、目を閉じたままで、うつ伏せに倒れていた。
「美夜殿がジウラン殿を突き飛ばした瞬間に、お二人だけ印の効力の及ぶ範囲からはずれてしまったようです」

 美夜、美夜、ぼくは夢中になって名前を呼んだ。
 力を振り絞って立ち上がり、美夜の上に覆いかぶさる石をどかそうとしたがとても動かせるものではなかった。
 目を開けてくれ、美夜
 美夜ぁー

 
 許さない――

 ぼくはふらふらと広間の中央で仁王立ちするマリスに近付いていった。
「ほぉ、まだ立っていられる者がいたか。だがこの中で一番弱そうな者だというのが泣かせるな」
 
 黙れ

「黙れだと。そんな口を叩く元気があるなら止めを刺してやろう。覚悟――」
 ぼくは足に力が入らなくなり、その場でしゃがみ込んだ。

 
「覇王――」
 アイシャとデプイが走ってくるのが見えた。
「遅かったな。なかなかの奴らだったが、連鎖爆にかかれば一たまりもない。この男が最後の一人だ。すぐに終わらせる」
「覇王。申し上げる事があります」
「ん、何だ。この男の命を奪うなと言うのか。こんな男一人くらいであれば聞いてやっても――」
「そうではありません。あたしもデプイももうあなたには付いていけません」
「このような時に冗談を言うなど、らしくないな」
「覇王。本当だよ。おいらたちはもうたくさんだ。こんな事の果てにどんな未来が待ってるってんだ」
「――その話は後でゆっくり聞こう。今はこの戦いを終わらせるのが先決だ」

 しゃがみ込むぼくにゆっくりと近付いたマリスが突然に動きを止めた。
「何の真似だ?」
 ぼくは座ったままでマリスの背中越しを指さした。
 マリスはぼくがマリスの背後を指しているのだと気付き、ゆっくりと振り向いた。

 
 何度見ても不思議な光景だった。
 白い光に包まれた二人の人物がこちらにやってくる。
「誰だ?」
 マリスは穏やかな光に包まれたシルエットに声をかけた。
「覇王」とアイシャが言った。「あなたのご両親では?」
「馬鹿を言え。私の両親は私が幼い頃にこの世を去っている。何の茶番だ。質の悪い手品など見せて――」

(いいえ)
 光に包まれたシルエットが女性の声で答えた。
(手品などではありません。そこにいるジウランさんが私たちを呼んだのです)
 光が小さくなり、人の形が露わになった。
 誠実そうな中年の男性と儚げな美しい女性だった。

「……本当に父さんと母さんか?」
(そうだ。マリス。私はマル、そしてツワコだ。『死者の国』で転生を待っていたが、ジウランに呼ばれてやってきた)
 マリスはしゃがみ込んだままのぼくをちらっと見てから再び二人に向き直った。

「私は父さんと母さんを酷い目に遭わせたこの世界を滅ぼします」
(マリス。それは間違っている。こんな事を続ければ第二、第三のお前が生まれるだけだ)
(そうよ、マリス。あなたは元々優しい子)

「違う。私は、私は自分の力が何よりも憎い。父さん、母さんを死なせたのは私の力のせいだ――だから、だからこの世界を滅ぼした後、自分も滅ぼします」
(マリス。よく聞きなさい。お前はこの世界である事を成し遂げるために特殊な力を持って生まれた。それは決してこの世界を滅ぼすような事ではない)

「もう手遅れです」
 マリスの声は半分涙声に変わっていた。
(手遅れではないわ。そこにいるジウランさんとその祖父、デズモンドさんを信じなさい。この偽りの世界を終わらせ、事実の世界を取り戻すために、ジウランさんの手を取りなさい)

 マリスがぼくの方を向き、尋ねた。
「ジウラン。本当か。私はまだ間に合うだろうか?」
 ぼくは大きく頷いた。

 

登場人物:ジウランの航海日誌

 

 
Name

Family Name
解説
Description
ジュネパラディス《花の星》の女王
ゼクトファンデザンデ《商人の星》の商船団のボディーガード
コメッティーノ盗賊
ハルナータ《賢者の星》の最後の王
アダンマノア《オアシスの星》の指導者
エカテリンマノアアダンの母
リチャードセンテニア《鉄の星》の王
ニナフォルスト《巨大な星》の舞台女優
ジェニーアルバラード《巨大な星》の舞台女優
《巨大な星》、『隠れ里』の当主
陸天《念の星》の修行僧
ファランドール《獣の星》の王
ミナモ《獣の星》の女王
ヌニェス《獣の星》の王
マフリセンテニアヌニェスの妻
公孫転地《武の星》の指導者
公孫水牙転地の子
ミミィ《武の星》の客分
王先生《武の星》の客分
ランドスライド《精霊のコロニー》の指導者
カザハナ精霊
アイシャマリスのパートナー
デプイマリスのパートナー
マリス覇王を目指す者
マルマリスの父
ツワコマリスの母

 

 Chapter 8 リンを守れ

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