目次
3 真の狙い
「セカイ、ぼくだよ」
ヴィジョンに映っていたのはコウの息子で今は《オアシスの星》にいるミチだった。
「ああ、ミチ。どうしたの?」
「たった今、《巨大な星》のJBから、君とロク父さんのおかげでORPHANの暴走を止めたって一斉ヴィジョンがあった」
「うーん、手伝いだけだよ。で、何かあったの?」
「大変なんだ。GCUが暴落を始めて大混乱だよ」
「えっ、アダンおばあちゃんはピンチなの?」
「ううん。うちは早くからマリスに賛同して、決済をルーヴァに切り替え出してるから大した被害じゃない。でも連邦の中にはGCUしか使ってない人もたくさんいる」
「えっ、それじゃあ――」
セカイがメサイアの方を振り返ると、そこには父、ロクも戻っていた。
「ぼくとした事が」
メサイアは筐体に手を突っ込んだままで言った。
「さっきの分かれ道で細い道の奥にちらっとだけ、何かが見えた。あっちが正解、いや、本当の目的、それは経済の破壊だった」
「どうするの?」
「もちろん、もう一度戦うさ。でもこれだけ時間が経ってると、向こうも完全に防御態勢を固めてるからね。さっきみたいな不意打ちの戦いとは違う」
ロクは何を思ったか、無言で部屋を出ていき、メサイアは再び筐体に向き直った。
「今、話してたの、誰だい?」
ヴィジョンの向こうのミチが尋ねた。
「ORPHANを倒したメサイアだよ」
「えっ、《機械の星》の?……いいなあ、ぼくも会ってみたいなあ」
「ねえ、メサイア。ミチが君に会いたいって」
そう言ってセカイはメサイアを振り返ったが、メサイアは声を出さずに「OK」という口の形を作った。
「ミチ、ごめん。ぼくも戦いに戻らなきゃ。知らせてくれてありがとね」
「うん、じゃあまた」
再びメサイアの戦いが始まった。
「障害物やトラップを仕掛ける時間はなかったみたいだ。すんなり本拠までは行けたよ。でもやっぱり完全に防御を固めてる……防御専門ユニットと攻撃専門ユニットに分かれてるみたいだ。よーし、見てろよ」
メサイアの顔付きが厳しくなった。セカイは隣に座ってじっと様子を見守った。
「よし。攻撃ユニットを無視して防御ユニットの破壊に専念したのが功を奏したぞ――それにしても熱いな。持つかな」
「メサイア、そうだ。氷だ。電源も回復したから氷が作れるよ」
セカイが椅子から立ち上がった時、部屋の大きな窓を突き破ってロクのポッドが飛び込んできた。
「メサイア、氷だ。受け取ってくれ」
ロクがポッドから部屋中に大小無数の氷をばら撒き、セカイが飛び散った氷をメサイアの周囲にかき寄せた。
「助かった。ロク、セカイ。凍えるほどだよ」
「それは何よりだ」
ロクのポッドは破壊された窓から外に出ていった。
「よし、最後の勝負だ。セカイ、一つ頼み事をしてもいいかい?」
「うん」
「ぼくのパンツの左のポケットに小さなカプセルが入ってる。それを取り出してくれないか?」
「わかった」
セカイは両手の使えないメサイアのポケットを調べ、銀色のカプセルを取り出した。
「それをぼくの……動力炉に入れてもらえないだろうか?」
「えっ?」
「手順を説明するよ。ぼくの服をめくって、背中をむき出しにして……そう……ここからがちょっとした技術が必要だ。ぼくの皮膚をつまんで……大丈夫。すごく伸びるから……そう、その辺りがいい……そしてつまんだ皮膚を束ねて山になった部分をくしゅくしゅってするんだ……うん、いい感じだ……そうすると人工皮膚の繊維がほぐれて穴が開く」
「うん、丸い穴が開いた」
「そうしたら、そこがぱかっと開くから」
「あっ」
「開いたろ。そこからカプセルを入れてくれ。大丈夫。カプセルは勝手に動力炉に誘導されるから」
「うん、入れた」
「すると入れ替わりに古いカプセルが出てくるからそれを回収して」
「回収したよ」
「もう少しだ。蓋が閉まったら、人工皮膚の穴を丁寧に束ねてもう一回、今度は頂点をゆっくりとくしゅくしゅってするんだ。そうすると穴が塞がる……ゆっくりとね」
「ゆっくりと……わあ、本当だ。穴が塞がった」
「――こっちもエネルギー満タンになったよ。よし、終わらせよう」
そこから十五秒ほど経ってメサイアは筐体から両手を抜いた。
「今度こそ完全に破壊した。なかなか手強かったよ」
「ふぅ」
「あ、セカイ。回収したカプセルは?」
「あのさ、ぼくが持ってちゃだめ?」
「どうして?」
「記念だよ」
「いいけど」
「メサイアの弱点もわかったし。いざとなったらくしゅくしゅってやって穴を開けちゃうんだ」
「ははは、それは傑作だ――さあ、外に出よう。君の唇は真っ青だ」
メサイアとセカイが連れ立って部屋の外に出ると思いもかけない事が起こった。
部屋の外の廊下に研究所員たちが並んで二人を割れんばかりの拍手で出迎えたのだった。
玄関の方からロクも歩いてきた。ロクは無言のまま、まずセカイの頭を撫で、次にメサイアと握手をし、最後に二人を交互に抱きしめた。
研究所のお偉方らしき男が近付いた。
「メサイアさん。ありがとうございます。今後の対策の参考にしたいので色々と教えて頂けると助かるのですが」
「心配ないですよ。自動修復機能を備えているので破壊された部分はやがて元に戻ります。ただそれまでの間、どうするかですが……」
そう言ったメサイアは上を向いたきりの状態を一分ほど続けてから再び向き直った。
「これはいい。ORPHAN以外のネットワークが復旧までの間、サポートしてくれるようですよ」
「ORPHAN以外、PNの事ですか?」
「違いますよ。試しにアクセスして御覧なさい」
一人の研究所員がポータバインドを起動し、「スクリーン」と言い、空間に画面が映し出された。
そこにはテキストメッセージが流れていた。
ようこそ。ORPHANが復旧するまでの間、エテル・ネットワークと《武の星》、《将の星》の意識のネットワークがあなたをサポートします
「素晴らしい。こんな事ができるなんて」
「メサイアさん、何から何までありがとうございます。もうこういった危機は起こりませんよね?」
「想定は怠ってはいけませんが、ORPHANに侵入する事なんてほぼ不可能ですからね」
「では今回の一件はどう解釈すれば?」
「人智を越えた力が作用した、今回の一件はその一言で片付きます。何百年間、一度も暴走しなかったORPHANを信頼してあげて下さい」
研究所から外に出た三人は大きく伸びをした。
「さて、祝勝会にする、それともどこかに観光に行くかい?」
ロクが言うとメサイアは笑いながら答えた。
「さすがに疲れたよ。家に帰ろう――どうだい、人間っぽいかな?」
「うん、うん。ぼくの兄弟のセキや茶々が言いそうだ」
「本当だ。茶々父さんみたいだ」
《機械の星》に戻った三人をリンと創造主たちが出迎えた。
「やあ、ロク、セカイ、それにメサイア」
「父さん」
「じいちゃん」
「ふーん、この人がリンか」
「紹介するよ。エニクとワンデライ、創造主だ。ワンデライから今回の結果を伝えてもらうね」
「期待以上の結果を見せてくれた君たちの勝ちに決まってる。楽しかったよ」
「――とうとう三勝三敗のタイになったわね。ここからは二つ勝ち越した方の完全勝利よ。じゃあまたね」
「何だろう。あの態度。まるでこちらを実験材料扱いだね――あ、リンは別だよ」
リンと創造主たちが結果だけを伝え、去っていくのを見て、メサイアが言った。
「まあ、でもいい方だと思うよ。ぼくの兄弟によれば、被創造物を本当の虫けらのようにしか思ってないのもいるらしいし」
「ふふふ、君たちは愉快だね。創造主に上り詰める者もいれば、創造主と愛し合う者もいる。本当に飽きないな」
「そういった機微まで理解できる君の方がもっと面白いよ」
「まあ、楽しくやってこう」
《虚栄の星》、ヴァニティポリス、トリリオン総裁、ズベンダ・ジィゴビッチは『死者の国』へ旅立とうとしていた。
ズベンダのベッドの周りには、グリード・リーグの幹部、新・帝国の重鎮たちが立っていた。
マリスがズベンダに近寄り、その手を握った。
「ズベンダ。連邦がGCU本位制を放棄しました。あなたの望みは叶いましたよ」
「……そうか。連邦の経済は大打撃を受ける。今であれば連邦を滅ぼすのは容易いぞ」
「連邦を滅ぼすなどいつでもできますよ。それよりも今回の混乱により絶望の淵に立たされた人々をどうやって救い出せるか、そちらの方が重要です」
「やはり君を選んでよかった……真の覇王になる日を楽しみにしているぞ」
「はい」
それから間もなく、ズベンダは満足そうな表情を浮かべながら『死者の国』に旅立った。
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