9.7. Story 2 メサイアとセカイ

2 デファデファの戦い

「メサイア、どこで勝負するんだい?」
 《エテルの都》のポートでロクが尋ねた。
「そうだなあ。できるだけ本体に近い場所がいいと思うよ。そうすれば向こうは物理的攻撃を控えざるをえない」
「本体って言っても分散してるからなあ」
「確か連邦の研究所があったよね」
「《巨大な星》、デファデファのラボか。よし、急ごう」

 
 ORPHANが稼働していないのもあり、《巨大な星》の移民局を無視して、直接デファデファに向かった。
「まだ攻撃は開始していないようだ」
「時間の問題だよ。ロク、物理攻撃は君に任せるから」
「わかった。さあ、あれが研究所だ。着陸するよ」

 
 研究所では徹夜続きで目を腫らした研究員たちが突然の訪問者に対応できずにいたが、ロクはお構いなしに一人の研究員を捕まえて聞いた。
「君、どこか部屋を使わせてもらいたいんだけど」
「な、何をするつもりですか?」
「ORPHANを止めるために決まってるじゃないか」
「ORPHANはダウンしたままですが」
「もうすぐ再起動して暴走を始める。そうなれば銀河は終わりだ」
「えーっ、そんな。すぐにご案内します」

 
 ロクたちは人のいない真っ暗な部屋に案内された。
「メサイア、この部屋でどうだろう?」
「うん、いいね。ほんのわずかでも防御力が向上した方がいい」
「よし――あ、君、ありがとう。もういいよ」
「あ、あの、あなた方は?」
「後で教えてあげるよ」
 ロクは研究員を部屋の外に押し出してドアを閉めた。

 
「メサイア、電気が落ちてるけど平気かい?」
「関係ないよ」
「さっき防御力とか言ってたけど、どういう意味?」
「ああ、あれか。攻撃とか防御とか言っても結局は処理速度だ。この勝負は如何に相手より速く演算をこなし、判断し、行動をするかで決まる。だからこの部屋にあるちっぽけな機械の演算装置でも少しは役に立つかもしれないと思って言ったんだ。ぼくより速く動ける奴なんていないはずだけどね」

「安心したよ。で、ぼくとセカイは何をすればいい?」
「ぼくがORPHANに侵入すれば、向こうはこちらを狙って攻撃開始する。ロクにはそれに当たってもらいたい。セカイには後でお願いする事があるはずだからここに一緒にいてほしい」
「わかった」
 ロクは立ち上がって部屋を出ていこうとして立ち止まった。
「助っ人を呼んでくるよ。先に始めてくれ」

 
「セカイ、じゃあ始めようか」
 メサイアは一台の大型コンピュータ筐体の前に椅子を運び、そこに座ると、力任せに筐体の前面のカバーをはぎ取った。
「ちょっと乱暴だけど、少しでも速い戦いをするためにはこの方がいい。ぼくはここから直接ORPHAN内部に侵入する」
 セカイも慌てて椅子を持ってきてメサイアの隣に座った。

 メサイアの両手が筐体の内部に潜っていき、そこからかちかちという音が聞こえた。
「よし、準備完了。黙ってやってても君が退屈するだろうから、実況してあげるよ」
「え、でも処理が遅くなっちゃうんじゃないの?」
「ちょうどいいハンデさ――さて、実況開始だ。今ぼくが立っているのはORPHANの魔王城に続く道の上だ。まだ敵はぼくの存在に気付いていない。ここでいう敵には幾つかパターンがある。まずは障害物、これは何度も同じ場所を通らせて、ぼくの処理を遅らせようとする――

「ループでしょ?」
「その通り。そしてトラップ。こいつの場合は誤った場所に誘い込んでぼくの処理自体を袋小路に追い込んで終了させようとする、厄介な奴さ」
「異常終了?」
「ちゃんと勉強してるね。もしそうなったらまた最初からやり直さないといけない。大きな時間のロスになるんだ。もちろん向こうも攻撃してくる。だからぼくも障害物やトラップを駆使して、こちらに近付けないようにする。常に相手より先に処理を行っていれば負ける事はないんだ」
「ふーん、何だかわくわくする」
「はははは――さあ、道の上に最初の障害物発見だ。これを無効化すると、ほら、ORPHANが侵入者に気付いた。さて、次は何かな?」
「黙ってた方がいい?」
「気にしないでいいよ。今の障害物を無効化するパターンは登録済みだから、もう引っかかる事はない。おっと、次はトラップだ。こいつも無効化して、登録と」
 メサイアは散歩でもしているような雰囲気で次々とORPHANの繰り出す攻撃を無効化していった。

 
「おや、この分かれ道は妙だな。Aの道は細くてトラップとかの気配がない。Bは太い道だけど攻撃が激しそうだ。セカイだったらどっちを進む?」
「うーん」
「そうやって考え込んでる間に『死』にがっちりと抱えこまれるよ。ぼくは太い道を選んだ。だって魔王がいそうなのはこっちだからね」
「えー、ぼくも太い方って言おうと思ったのに」

 
 それまで顔を動かさなかったメサイアがちらっとセカイを見た。
「セカイ、物理攻撃が開始された。西の方向からミサイルが飛んでくる。ロクは上手くやってくれるかな?」

 
 デファデファの上空にいたロクのポッドは目視でミサイルを捉えた。
「来たな」
 ロクはポッドを駆り、飛んできたミサイルを撃ち落としていった。
 次の攻撃は二方向から飛来した。
「まだいけるな。早く来てくれないかな」
 再びロクのポッドはミサイルを全て撃ち落としたが、最後の一発は研究所の上空すれすれの所まで来ていた。
「ふぅー、危ない、危ない」

 息を尽く間もなく、三度目の飛来があった。
「まずい、撃ち漏らしそうだ」
 ポッドを急上昇させ、ミサイルを撃破していったが、数発は無傷のままで研究所を目指した。
 ロクが舌打ちをしていると、一機の旧式のドミニオン型シップが突然に現れ、研究所に迫ったミサイルを破壊した。

「やっと来てくれた。JB」
 ロクが独り言を言うと大声が飛び込んできた。
「おう、悪いな。シップを引っ張り出すのに手間取った。全く最近の若い奴らは自動操縦で育ってるから、こういう時に役に立ちゃしねえ」
「まだまだ来る。全部撃ち落とすよ」
 ロクも旧式の無線に回路を切り替えて答えた。
「任せとけよ。久々の実戦で張り切ってんだ」

 
「ロクは上手くやっているみたいだ。こっちも急がないと。少し走るか」
 研究室ではメサイアがテーブルゲームをしているかのように腰をかけたままで言った。
「うわっ、さすがに攻撃がきつくなってきた。こっちも本気を出すぞ」

 そこからしばらくメサイアは無言のままで筐体に向き合っていたが、不意にセカイに声をかけた。
「ねえ、セカイ。ぼくの背中を触ってもらえる?」
「うん、いいけど」
 セカイは椅子から降りてメサイアの背後に回ると、そっとその背中に触れた。
「熱っ!」
「これこそが永遠の課題なんだ。色々準備をしてきたって言ったろ。かなり強力なバッテリーを積んできたからガス欠の心配はなさそうだけど、オーバーヒートばかりはねえ。どうやら向こうもそれを狙って攻撃を繰り返してるみたいなんだ」
「ぼく、何か冷やす物、探してくる」
「ありがとう」

 セカイが行って、一人きりになった部屋でメサイアがぼそりと呟いた。
「本当はこの人工皮膚も取り去りたいけど、そんな姿、セカイに見せたくないしなあ。まあ、どうにかなるだろう」

 
 セカイは攻撃に恐れおののく研究所員の一人に尋ねた。
「氷はどこですか。何か冷やす物が欲しいんです」
「……君も知ってるようにORPHANがダウンしてるから冷蔵庫は使用できないんだ」
「水でもいいんです。冷やせれば」
「通りを隔てた所に『水牙池』があるけど。今出ていくのは危険すぎる」
「ありがとう」
「あっ、君」

 
 セカイは研究所の外に飛び出し、一目散に走った。
 池の傍らには木造の小屋があり、その中では管理人らしき老人が頭を抱えて震えていた。
「な、何だ。おどかすなよ、坊主。何しに来たんだ」
「あの、池の水を研究所に持っていきたいんです」
「はぁ?訳わかんねえ事言いやがって。帰れ」

 セカイは小屋の片隅に放置されたままの錆び付いた旧式のポンプに目を留めた。
「あのポンプ、使えるんですか?」
「ポンプだぁ?ああ、あれか。あれはこの辺がまだ畑だった頃にこの池から散水してたんだ。今じゃあ、建物だらけだから止めたが、まだ使えんじゃねえか」
「お借りしてもいいですか?」
「どうした。研究所で火事でもあったか?」
「……そんな感じです。急いで冷やさないと」
「若い者は言葉遣いがなってねえな。『冷やす』じゃなくて『消す』だろうが」
「あ、はい」
「いいけどよ。この爆撃の中で平気なのか?」
「優秀なパイロットが上空にいるんで大丈夫です」
「んじゃあ、おれも手伝ってやるよ。ガキ一人じゃあ運び出せねえからな」

 
 セカイが老人と小屋から何か大きな機械を運び出して池のほとりまで運んでいるのを、ロクは空から見かけた。
「あれ、セカイが。どうしたんだ?」
「何だ、あのガキは。死にたいのか」
「JB、あれは息子のセカイだ。ちょっとの間、よろしく」

 ロクはそう言ってポッドを下降させた。
「セカイ、何してる?」
「ああ、父さん、実は――」

 
「――よし、これで完了だ。父さんは空に戻るからな。ご老人は避難をして下さいね」
「当たり前だ。こんな場所にはいらんねえよ」
「セカイ、上手くいったのを見届けたならお前も研究所に戻れ。JBとぼくがどんなに腕利きでも流れ弾が飛んでくるかもしれない」
「はい」
 ロクはJBが孤軍奮闘を続ける空へと戻っていった。

 
 スイッチを入れると、ポンプが唸りを上げて動き出し、池に突っ込んだホースが動き出し、ロクが固定してくれたもう一方のホースの先端から勢いよく水が噴き出した。
 水はきれいな放物線を描いておよそ10メートル先の研究所に降り注ぎ、セカイのいる所から虹が見えた。
「よし、これでOK」
 セカイは放水の水でびしょびしょになりながら研究所まで走って戻った。

 
「おや、雨かな」
 研究所の中のメサイアは建物を叩く水音を感じ取った。
 そこにずぶぬれのセカイが戻ってきた。
「どうしたんだい、そんなになって」
「隣の池から放水してるんだ。少しは涼しくなるかなと思って」
「ありがとう、セカイ。おかげで涼しくなったよ――さあ、いよいよこっちもクライマックスだ。今からボス戦さ」
「頑張ってね」
「問題ないよ。よし、ボスの登場だ。ん、何か言ってるな。『何故、お前は人間の味方をするんだ?』だって。『守りたい友達がいるからだよ』――戦闘開始!」

 メサイアは楽しそうに体を揺すりながら筐体と向き合っていたが、突然「オーレ」と大声を上げた。
「どうしたの?」
「終わったよ。ORPHANを支配していた魔王は倒した。これで元通りにバインドも使えるようになるはずさ」
「あっけなかったね」
 メサイアが筐体から両手を抜こうとした時、研究所内の電源が復活し、室内の明かりが灯った。
 きっと空中での戦いも終わり、ロクも戻ってくる。
「ねっ。さてと――」
 今度は室内の固定ヴィジョン投影装置が明るくなり、そこには一人の少年の姿が映っていた。

 

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