9.7. Story 1 友達

3 父の呼ぶ声に引かれたのだろうか?

 ロクとセカイのポッドは《迷路の星》に到着した。
 その前の《凶鳥の星》ではさしたる事もなかったが、ロクがずっと考え事をしていたため、セカイの友達、フェエホーフェンが心配して色々と気を遣ってくれた。

 
「ここに来ると気が重くなる。セカイはどうだ?」
「うん、怖いからいつも大急ぎで通り抜けちゃうんだ」

 《迷路の星》の中心部に行くには延々と続く地下迷路を抜けていかなければならなかった。
 かつての為政者が民や奴隷に命じて造らせた迷路の壁には虐げられた者たちの呪詛や絶望の言葉のようなものが綿々と書き連ねてあった。ロクもセカイもそれらを正視する事はせず、猛スピードで走り抜けるようにしていた。

 迷路を抜けた先がこの星の中心地、中心とは言っても高い石造りの塔が建っていて、塔の上の中心部には今度は直径五十メートルはありそうな深い穴が顔を覗かせていた。
 ようやく無限とも思える迷路を抜けたのに再び穴の底に潜れというのか、どこまでいっても人を憂鬱な気持ちにさせる星だった。ロクもセカイも決して塔に開いた穴の底には入っていこうとはしなかった。

「本当は地下迷路の壁に書かれたメッセージを読みながらゆっくりと進むべきなんだろうが、まだその域には達していないな」
「父さん、そんな事していたら恐ろしい何かに襲われるよ」
「そうかもしれない」

 
 その日もロクたちは脇目も振らずに迷路を抜け、塔のある地上に到着し、塔を登り、巨大な穴の傍でポッドを停めた。
「父さん、いつまでここに物資を置き続けるの?」
 セカイが前回置いた手つかずの物資を回収しながら尋ねた。
「うーん、今回も水や食料に手をつけた形跡がないから、ウイラードもファサーデももう戻ってこないのかもしれない。だがある日ひょっこりと戻って、その時に何も食べる物がなかったら可哀そうだろう」

「そうだけど――あ、あ、父さん、あれ」
 セカイが指差したのは自分たちが立っている穴の縁のおよそ五十メートル先、向こう側の縁だった。そこに黒い人影が三つ、夜闇の中にぼんやりと浮かび上がっていた。
「ウイラードか」
「こっちに来るみたい」

 
 三つの人影は穴の向こう縁からロクたちのいる側までふわりと飛んできた。
「やあ、ロク。久しぶり。そっちはセカイだね。初めまして」
「父さん。デズモンドも一緒だね。もう一人の人はどこかで……」

「ふふふ、かつて帝国と呼ばれた国を率いていた者だ」
「……大帝!という事は父さんの義理の父さんですね。確か父さんを救うために行方不明になったんじゃ」
「ようやく帰ってきた。今はデズモンドと面白おかしく過ごしているよ」
「ああ、そうか。デズモンドは育ての親ですものね」
「君がデズモンドをここから救い出してくれたそうじゃないか」
「いえ、大した事では」
 ロクはちらりとリンを見た。
「それより揃って何の御用ですか?」

 
「コウたちから何か聞いてないかい?」
「大体は。コウと茶々、それにセキからも話がありました――いよいよ、ぼくの出番ですか?」
「うん、そうだよ。でも今回の戦いは少し勝手が違う……これ以上しゃべると又、反則負けになるから僕はお暇しよう。後はデズモンドと大都さんに聞いてよ」

 
 そう言って背を向けようとしたリンをロクが止めた。
「父さん」
「何?」
「二つほど訊きたい事があるんだ」
「言ってごらん」

「まず一つ目、ついさっきの事さ。《蟻塚の星》のピエルイジとバレーロに起こった奇蹟、あれはどう考えればいいんだろう?」
「あの星で行われていた事、本来、女王蟻が死ねば残された雄蟻の内の一匹が女王蟻に変容し、生殖可能になる。同じ事があの二人に起こった。それじゃあ説明になってないかい?」
「全く説明になってないよ……というか、どんな説明をされても納得できない。父さんはあの二人、いやあの星で何をしようとしているんだ?」
「あの星の蟻以外にも途中で性別を変える雌雄同体の生き物はたくさんいる。それは種族を守ろうという本能からくる最適な変化であって、ちっとも不思議じゃない。人間にそれが起こればどうなるんだろうね?」
「……性別に意味がなくなる?」
「そう。性差というものがなくなり、『男だから、女なのに』といった観念は消え失せる」
「それは良い事ばかりなの?」
「きっと差別や性犯罪はなくならない。いや、それどころか新たな形の差別や性犯罪が発生するかもしれない。けど、進化の一つの形としては興味深い」
「……父さん、まるで創造主気取りだね」
「『気取り』じゃなくて、実際に創造主だから仕方ないさ」
「本当はそこまで考えていないんでしょ。ピエルイジたちへのご褒美をあげたかっただけ、違う?」
「さあ、どうかな――」

 
「待って。二つ質問があるって言ったじゃないか」
「ああ、そうだっけ。二つ目は何?」
「ぼくが《智の星団》に行って、デズモンドを救出するのを父さんはお見通しだったの。全て父さんの計画通りだったのかい?」
「誰かが来るとは思ってた。そして来るとしたらお前しかいないとも。そういう意味では計画通りかな――でも勘違いしちゃいけないよ。創造主にだって被創造物の行動は予想がつかないんだ。僕に予想できるはずがない」
「じゃあ偶然の産物?」
「うん、お前の行動に比べると、コクやハク、ヘキ、茶々が取った行動なんてまるで綱渡りさ」
「一人でも失敗したらどうするつもりだったの?」
「その時はその時さ。そういうのも含めて楽しんでくれるのが創造主なんだよ」
「無茶苦茶だ」
「それは『死者の国』からマリスを呼び戻したコクや魔王を飲み込んだ茶々に言いなよ。まあ、失敗でも成功でも僕は『上の世界』で一戦交えなきゃならなかった。成功で良かったけどね」
「ふーん、父さん、引き止めて悪かったね」
「健闘を祈るよ」

 
 リンが去って、《迷路の星》の闇の中にデズモンドと大都、ロクとセカイだけが残った。
「全くお前ら親子ときたら」
 デズモンドが肩をすくめた。
「おかしいのは父さんさ。ぼくとセカイは至ってまともだよ。で、何をすればいい?」

 
「じゃまずは状況を説明するか。ここ数日で何か変わった事がなかったか?」
「えーと、特に……そう言えば、ORPHANがダウンしたね。ぼくの星にはあまり影響ないけどね」
「それだよ。ORPHANがダウンし、ポータバインドに頼りっきりの星は完全に全てが麻痺した。それだけならまだいい」
「というと?」
「間もなくORPHANが意志を持ち、独自に行動を開始する」
「そんなバカな。いわゆるマザーコンピュータを持たないからORPHANだろ。互いに制御し合うはずだ」
「ああ、だが創造主はORPHANなのに母ちゃんを造りやがった。それにより銀河はかつてない危機に晒されようとしている」
「それは攻撃かい?」
「まあ、物理的攻撃もあるが、もっと恐ろしいのはORPHANに頼りっきりになってるわしらの価値観の破壊だ」
「具体的にはどういう意味?」
「……それは自分で考えろ」

「今回、デズモンドはプレイヤーじゃないんだね」
「わしの出番はセキの時にひとまず終わったらしい。あんなの何もしてないから、はなはだ不本意だけどな」
「じゃあ、ぼく一人でORPHANの暴走を止める?」
「そりゃ無理だ。いいか。今現在、ORPHANの影響下にない星は少数だ。連邦に加盟してない星、ORPHANとは別に自前のネットワークを構築できる星。《青の星》なんぞは前者だが、お前の住む《囁きの星》や《エテルの都》が後者だ。更に特殊なケースとして《念の星》や《武の星》みたいな意識のネットワークに重きを置く星も例外だな」

 
「なるほど。《エテルの都》か。そういった力を借りてORPHANに対抗するのが現実的だね」
「だがもっと手っ取り早くORPHANに対抗できる力をお前たちは知っている。違うか?」
「……デズモンド、まさか」
「おう、そのまさかだ。隣の星のメサイアに力を貸してもらうんだ」
「無理だよ。メサイアもORPHANと同じ機械だ」
「お前たち親子はメサイアの友達じゃなかったか?」
「そうだけど。もしメサイアがORPHANに共鳴して『人間滅ぼすべし』と判断したらどうするんだい?」
「そん時はそん時だ。いつだって危ない橋、渡ってきてんだ」
「でも」

「ロク」
 大都が静かに口を開いた。
「他に方法はない。エテルは肥大する一方の己の都を守るので手一杯だ。《念の星》や《武の星》の長老たちの意識のネットワークは強力だが、ORPHANほど素早い決断は下せない。これが意味する所は何か、処理速度の点でORPHANに大きく劣れば、それだけで負けが確定だ。ORPHANに対抗できるのはメサイアしかいない」
「……」

「父さん」とセカイが言った。「大丈夫だよ。メサイアは友達だもん。きっと助けてくれるよ」
「セカイ、お前」
「ロク、わしらだって青二才のお前らに銀河の命運を託してここまできた。ここは一つ、セカイを信じてみるのもいいんじゃねえか」
「――わかった。デズモンド、大都さん。これからメサイアに会ってくる」
「そうこなくちゃ。わしらは帰るぞ」

 
 帰りかけたデズモンドが立ち止まり、振り返ってにやりと笑った。
「なあ、ロク。この穴なんだがな」
「ん、何?」
「ウイラード何とかって野郎が入ったまんま帰ってこないんだってな」
「ああ、向こうはデズモンドを徹底的にライバル視していたよ。この穴に飛び込んだのもデズモンドに勝ちたかった一心からじゃないかな」
「ふーん、バカな奴だなあ」
「デズモンド、失礼だよ――」
「そもそもわしを冒険家と捉えていた時点で大バカだ。だが嫌いじゃねえ。そういうバカは」
 デズモンドはそう言って穴の底に向かって一礼した。

「誰がこの穴の底に最初に到達して帰ってくるんだろうな?」
「さあ、そんな人間はいない。謎のままでもいいんじゃないの」
「そうだな。わしや大都、リンやお前ら兄妹なら可能だが、このまんまにしとくのがいいかもな」
 デズモンドと大都は静かに去っていった。

 

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