9.6. Story 2 レプリカ

3 大帝の帰還

 セキは練習と称して、宇宙空間に出てレプリカをセットした。
「ここなら『ネオ』の重力の影響を受けないな――あ、デズモンド。そこにいると何があるかわからないよ」
「そんな事言ってもお前が無事ならわしも無事だろ」
「あのね、僕は重力制御する時に、対象物の重力を変えるのと同時に自分の重力が変わらないように調整してるんだよ。だから僕の近くにいてくれた方が安全」
「わかったよ。始めてくれ」

 
 セキは全神経を集中し、レプリカに重力をかけていった。
「後は感覚で覚えるしかないな。よし」
 自分の前方1メートルの所にレプリカを浮かばせたまま、セキは『ネオ』に近寄っていった。
「そろそろ引っ張られてもいいんだけど」

 セキの言葉通り、目の前のレプリカが勝手にすーっと動き出した。
「よし、もう一回重力をかけて」
 そこからは力比べだった。セキがレプリカに更に重力をかけ、目の前1メートルの位置にに戻し、そして更に『ネオ』に近付く。レプリカが離れると再び重力制御、この作業を何回か繰り返し、セキは大きくため息をついた。
「あー、やっぱり無理だ。『ネオ』をこっちに引っ張るなんて神業だよ」
「まだ初日だ。お前ならすぐに上手い事コントロールできるようになるよ」
「だといいけど」

 
 訓練は連日続いた。
 ある日の事、『ネオ』からシップがセキたちの方にやってきた。
「おお、セキ。測定装置は完成したぞ。と言っても連邦、いや、新・帝国の優秀な技術者のおかげだが」
 源蔵の声がシップから響いた。
「いよいよ頑張らないとだね」
「それからお前に応援団が来ている」
 源蔵がそう言うと、シップから一頭の獣が飛び出した。
「わあ、ヌエ。来てくれたんだね」
(又、突拍子もない事を始めたと聞いてな。半分冷やかしだ)
「ううん、手伝ってくれるんだろ。わかってるよ」
(もえが神楽坂で教えてくれた。もえ、アウラ、ヒナも一緒だぞ)
「えっ、本当……ねえ、ヌエ。アウラをここに連れてきてくれないかなあ」

 
 ヌエの背中に跨って宇宙空間に出たアウラはおどおどしていた。
「父さん、何?」
「――お前の力を借りたいんだ」
「えっ、ぼくの力って。ヒナも呼ぼうか?」
「今はティン・ソルジャーは別。お前、重力制御できるだろ?」
「多分」
「父さんを助けてくれないか。二人でやればどうにかなるかもしれない」

 
 セキがアウラに手順を教え込む間、デズモンドはヌエに話しかけていた。
「やい、ヌエ。てめえ、コザサの所に居候してるんだってな。何でわしに言わねえんだ」
(……うるせえじじいだなあ。見てるだけで腕がなまってんなら相手してやるぜ)
「おう、但しこれが決着した後でな」

 
 セキとヌエに跨ったアウラ、二人がかりでの重力制御が始まった。
「セキ、アウラ、いいぞ。300メートル進むと『ネオ』の重力の影響を受け始める」
 源蔵の声が聞こえる中、レプリカをキープしたまま、セキたちはゆっくりと進んだ。
「よし、今だ。重力を思い切りかけるんだ」
 セキたちはレプリカに一気に重力をかけた。
「おお、凄い。レプリカが進むスピードが落ちてきた。もう少しで均衡するぞ」
 更に重力をかけた。
「均衡した。更に重力をかけて『ネオ』を引き寄せられるか?」
「……それは無理だよ」

 セキたちは重力を解放すると、急いでレプリカを回収し、大事そうに胸の前で抱え込んだ。
「上出来だ。もう少しで『ネオ』を引っ張れそうだ」
「じいちゃん、だったら明日からはいきなりこの場所からスタートするよ。助走の時間が勿体ないもん」
「ああ、だがこう言っている間にも軌道は徐々にずれている。明日からは重力の影響を受ける正確な地点を教えよう」
「……そうか。日が経てば経つほど引っ張らなきゃいけない距離が伸びるのか。早目に決着つけないといけないね」
「うむ、チコと話をしたが、最悪の場合を想定して『ネオ』の住民の避難用シップの手配、シップへの乗り込み……それから地球側でのミサイルの準備、そういった諸々を考えると、あと五日程度しか猶予は残されていないと思ってほしい」
「大丈夫。明日決着をつけるよ」
「ひいじいちゃん、ぼくがいるから安心して」

 
 翌日、再び『ネオ』の軌道上に源蔵のシップとセキ、ヌエに跨ったアウラ、デズモンドが顔を揃えた。
 セキはレプリカを抱えていたが、上着の胸の辺りが不自然に膨らんでいた。
「おい、セキ。何か仕込んでんのか?」
「さっきヒナが持たせてくれたんだ。『ゲルシュタッド元帥』っていうごついブリキの人形だよ」
「ふーん、いい働きしてくれそうじゃねえか。じゃあ、しっかり頼むぜ」

 
 セキがレプリカを慎重に指定された場所に浮かべた。
「セキ、ほんのわずか進めば勝負が始まる。慎重にな」
 シップからの源蔵のアナウンスにセキは大きく頷き、アウラと目を合わせた。
「アウラ、いくよ」
 セキは大きく息を吐くと重力制御を開始した。
「ゆっくり前に進んでくれ。よし、やはり引っ張られるな。重力をかけてくれ」
 セキとアウラは必死の形相で重力をかけていった。
「もうすぐ均衡するぞ……均衡した。ここからが勝負だ」
「アウラ、もうひと踏ん張りだ。いけーっ」
「その調子だ……おお、『ネオ』が戻り出した。いいぞ。元の位置に戻るまで続けてくれ」
 セキとアウラはレプリカに重力をかけ、まるで綱引きの選手のように『ネオ』を引っ張っていった。
「動いてる。後3センチだ……2センチ……1センチ。ここからは慎重にやってくれ。行き過ぎると逆の方向からやり直しになる……0.5、0.4、0.2、0.1……ストップ。もう引っ張らないでいいぞ!」

 
 あまりにも強烈な重力を一気に解放した反動でセキもアウラもその場から弾き飛ばされ、意識を失った。
 ヌエがすぐにアウラの体を口で咥え事なきを得たが、重力制御が全くできなくなったセキを目がけて惰性がついたレプリカが猛スピードで迫った。

 次の瞬間、セキの胸の人形が飛び出した。
「皆の者、ゲルシュタッドに続けー」
 ゲルシュタッドの人形がレプリカに飛びかかり、続いてシップから何体もの人形が現れ、レプリカに飛びついた。
 人形たちがレプリカと格闘している中、ヌエに咥えられたアウラが意識を取り戻した。
「あっ、まずいよ。父さんが」

 意識を失ったままのセキは全く重力の影響を受けずに、猛烈な速度でどこかに飛び去ろうとしていた。
(ちっ、追いつかねえ。デズモンド、頼むぜ)
「おう、任せろ」
 デズモンドが追いかけたが、セキの姿はすでにはるか遠くに消えようとしていた。
「バカ野郎、速すぎらあ」

 
 デズモンドがセキを追い、他の者がセキの消えた方を呆然と見送っていると不思議な事が起こった。
 飛んでいったはずのセキがゆっくりとこちらに戻ってきた。セキはシップの近くで止まったが、意識は戻っていなかった。
「何があったんだ?」
「まだまだだな」

 
 その場の全員が声のした方を振り向いた。
 立っていたのは黒い兜に黒い鎧、兜の下の顔には無数の傷、まぎれもなくその男だった。その隣にはリンが、そしてもう一人の男と二人の女性も立っていた。
「……須良……大都。大都なのか?」
「源蔵。久しぶりだな」
「しかし君はリンを助けようとして――」
「立ち話も何だ。一件落着したのだから『ネオ』に戻ろうじゃないか」

 
 セキを探しに行ったきりのデズモンドを除いた人間が『ネオ』の中央ステーションの源蔵の執務室に集まった。
 最初に口を開いたのはリンだった。
「まず僕から紹介させてもらうね。そっちのお下げ髪の女性が創造主エニク、そしてその隣の男性が今回の主宰、創造主バノコ、義父さんの隣の赤いドレスの女性は同じく創造主チエラドンナ――じゃあバノコ。今回の勝負の結果を発表してくれるかい?」

「ねえ、リン」
 エニクが尋ねた。
「何をそんなに慌ててるの?」
「デズモンドが帰ってくると又、うるさいから、その前に大事な話は済ませとこうと思ってさ」
「よし、わかった。お伝えしよう。非常に良い出来だった。特に文月源蔵、よく私が残したレプリカを使う事を思いついたな」
「偶然です」
「謙遜する人間は嫌いではないぞ。それにチエラドンナも無事目的を遂げ、戻った。これ以上めでたい事はない。よって君たちの勝利とするが異論はあるまいな?」
「もちろん、異論なんてある訳ないさ」
「大都が重力制御を使ったのは反則にも思えるが、セキを救うためであって、勝負には直接関係ないとみなした。大都、問題ないな?」
「うむ、この星を救ったのはセキとその子アウラだ。私は何もしていない」

「ちょっと待ってよ」とセキが言った。「大都じいちゃんが力を使ったら何で反則になるの?」
「セキ、それはね。すでに大都は新しい創造主の一人だからよ。創造主自らが力を行使してはいけない、それが勝負の基本ルールなの」
 エニクの説明にセキはにこにこと笑った。
「すごいね。父さんだけじゃなく、大都じいちゃんも創造主だって。源蔵じいちゃんも創造主になっちゃえばいいのに」
「いや、私なんぞ、本当に凡人で、何も取り柄のない人間だよ」
「源蔵」と大都が言った。「いつまでそのような偽りの仮面をかぶっているつもりだ。お前の本当の力はそんなものではないはずだ」
「大都。何を言い出すんだ。私は本当に――

 
 執務室のドアが開いてデズモンドが入ってきた。
「ちきしょー。セキがどこにも見つかりゃあしねえよ。どっかの星に流れ着いてりゃいいんだが、あの速さだと銀河を飛び越えちまうかもしれねえなあ……って、お前ら、何を呑気に茶を飲んでんだよ」
 デズモンドは一同の顔を見回した。
「……ってセキはいるじゃねえか」
 そう言ってから、更に一同を見回した。
「見慣れねえ顔もいるが、リンがいるのを見ると創造主だな。だが一人だけ気になる奴がいる」

 デズモンドは大都の顔を穴が開くほど見つめた。
「……なあ、間違ってたらごめんよ。お前は大都、須良健人のせがれの須良大都じゃないよな?」
「デズモンド。ようやく再会したね。まさかこんな場所でとは思わなかったよ」
「……」
「どうしたの、デズモンド。泣いてるのかい?」
「うるせえ、バカ野郎。六十年もかかっちまったじゃねえかよ」
 デズモンドは人目もはばからず大声で泣き出した。

 
「やれやれ」
 リンが肩をすくめた。
「こうなるんじゃないかと思ったよ。じゃあ僕たちは行こうか――あ、デズモンド。このまま祝勝会でオーケーだよ」
「そりゃ当然だ。セキとアウラがここまでやったんだからよ」

 デズモンドがリンと話す間にチエラドンナはそっと席を立つと、大都の肩に手をやり、耳元で何事か囁き、大都は黙って頷いてチエラドンナの手を握り返した。

 
 大都を含めた創造主たちが去り、リンの言葉通りの祝勝会となったが、話題の中心はセキやアウラの活躍ではなく大都だった。
「ちきしょう。もっと色々と大都と話したかったのによ。源蔵はたっぷりしゃべったんだろ?」
 デズモンドが悔しそうに言うと、源蔵は気の毒そうな表情を見せた。
「いや、私もほとんど話をしていないが、すぐに又会いに来てくれるよ。向こうも話す事が山ほどあるはずだから」

「源蔵、お前、本当にいい奴だなあ。文月っていう素晴らしい一族の親玉なのにちっとも偉ぶらない。わしも一族のはしくれとして見習う点は多いよ」
「デズモンド、もう酔っぱらったの」
 セキが大声で言った。
「デズモンドは《オアシスの星》のピアナ家でしょ。文月じゃないんだから」
(何だ、セキ。知らなかったのか?)
 ヌエが言った。
(コザサはデズモンドと契った。源蔵とデズモンドは義理の兄弟だぞ)
「えっ?」

 誰も言葉を発さなかったが、デズモンド本人が沈黙を破った。
「ヌエの言う通りだ。わしは遠野でコザサと暮らしてた時期がある。源蔵がシメノと暮らすより前、ありゃあ東京オリンピックの時分だったな」
「って事はデズモンドは僕の大叔父?」
「そうなるな。そんな事よりよ、今回の主役、セキとアウラ、そしてヒナの話をしようぜ」
「もうデズモンドは勝手だなあ」

「いいじゃねえか。なあ、アウラ。お前、いつから重力制御なんか身に付けたんだ?」
「今回が初めてだよ」
「実はアウラは僕たち九人の兄弟の全ての能力を身に付けているみたいなんだ」
「本当かよ」
「アウラが庭でヌエと遊んでる時にハクとコクの『電雷』を撃ったのを偶然見たんだよ。それで今度はヘキの『爆雷』をやってごらんって言ったら、これも難なくやってのけた。って事は重力制御もできるだろうって思った訳さ」
「ふーん、わしが見立てられなかったのも当然だな。ヒナ、お前のブリキ人形もすごかったぞ。あれはお前の意志で動かしてんのか?」
「最初だけよ。後は勝手に動いてくれるわ。でもあのボールを止めようとして、皆ぼろぼろになっちゃった。直してあげないと」
「結果としてセキの命を救ったんだから仕方ねえや。なあ、ゲルシュタッドって名前はどこで知ったんだ?」
「えーっ、それ言ったのデズモンドおじさんじゃない。『一番強い人って誰?』って訊いたら、『強さだけでいえばゲルシュタッドだな』って」
「ああ、あん時の話か。お前らと話す時には本当に注意が必要だな」

 
「ねえねえ」
 もえが楽しそうに言った。
「ところで創造主の勝負は何勝何敗になったの?」
「えーと、これで二勝三敗かな。こっちは後がないから、一つも負けられない状況は変わってないね。次に勝ってタイに持ち込んで、そこからもう二つ勝たないと」
「ふーん、まだ出番のないのがハクとコク、それにロクだからちょうどね」

「そう言えばコクはどうした。近くに住んでるはずなのに全く顔も出さねえじゃねえか」
「デズモンド、コクは今結婚の準備でバタバタしててね。『皆によろしく』と一言だけ伝言を預かってきたよ」
 源蔵が嬉しそうに言った。
「ほぉ、コクもついに年貢の納め時か。これで子供が生まれりゃ、ますます文月は安泰だ」

 

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 ジウランの航海日誌 (14)

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