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2 文月源蔵博士
セキとデズモンドは多忙なマリスと別れ、《ネオ・アース》に急行した。
「しかし食えねえ奴だなあ。源蔵の事を『目をかけた』だとよ。大都と糸瀬の間の緩衝材として人畜無害だからってだけで選んだようなもんなのにな」
「うーん、そうかなあ」
「お前のじいちゃんを悪く言うつもりはなかった。ごめん」
「ううん、そうじゃなくて、じいちゃんは本当にすごい人なんじゃないかな。だって遠野の女の人たちって、歴史上の大人物としか契りを結ばないんでしょ。ばあちゃんやコザサさんに会った時に訊いとけばよかった――」
「あん、お前、今、何て言った?」
「えっ、何も言ってないよ」
「嘘吐け。コザサって言ったろ。どこで会ったんだ。言ってみろ」
「えーっ、知らないって」
「いいから言え。怒らねえから」
「でもなあ。内緒にしとけって言われたし」
「やっぱり会ってんじゃねえか。どこでだ?」
「……神楽坂」
「へえ、こっちに出てきてんだ」
「暮らしてる。お店が繁盛してるんだよ。もえもたまに手伝いに行ってる」
「……ははーん、わしが常連面して店でくだ巻くのが嫌で秘密にしてやがんな。安心しろよ。行かねえよ」
「そうしてくれると嬉しいな」
「話を戻すが、確かにそうだ。シメノが選んだという事は源蔵には選ばれるだけの何かがあったって事だな。それはわしも大いに興味がある。わしが選ばれたように明確な理由がなきゃあ納得いかん」
「えっ、どういう意味?」
「気にするな。さあ、『ネオ』に着くぞ」
着いてすぐにポート直結の『中央ステーション』に向かった。幸いな事にお目当ての人物はそこで執務中だった。
「よぉ、源蔵」
「これはデズモンドさん、久しぶりです。おや、セキも来たのかい」
源蔵は相変わらず度の強そうな眼鏡にもしゃもしゃ頭で眠たげだった。セキとデズモンドはシップの中での会話を思い出し、顔を見合わせ、首を傾げた。
「今日は大切な用件があって来た」
「――実は私も伝えねばならない事があるんです」
「ふーん、そりゃ同じかもしれねえ。先に言ってみなよ」
「この星の軌道についての重大な発見です」
源蔵の言葉にセキもデズモンドも驚く風でもなく、にやりと笑った。
「同じなんですね」
「ああ、今はほんのわずかのずれだが、これが《青の星》の重力の影響を受けるようになると一気に加速度がつく。後、二十日もすりゃあ、正面衝突するって話だ」
「――たったの二十日。しかし、よく気付きましたね。地球でも大騒ぎになっていますか?」
「いや、ほとんどの人間は何も知らないよ。わしらだってあんたの息子から聞いたまんまをしゃべってるだけさ」
「リンが……なるほど。創造主のお遊びの一環という訳か」
「こいつは手厳しいな。で、何か妙案はおありでしょうかねえ?」
「それについてはこれからですが、簡単に言えばずれた軌道を元に戻せば、再びバランスが取れるはずです。だがどうやってそれを行うかとなると皆目見当がつかない」
「だよなあ。どうあがいても元に戻せないってのがはっきりしたら、この星を爆破するしかないってのが《青の星》の総意なんだ。急がないとミサイルを撃ち込まれちまうぜ」
「我々は新参者ですからそういう結論になるでしょうなあ。困った、困った」
源蔵はスズメの巣のようなもじゃもじゃ頭を掻きむしったが、突然に顔を上げた。
「そうだ、セキ。お前、重力制御ができたよな?」
「えっ、まさか」
「そのまさかさ」
「じいちゃん、冷静になろうよ。まず僕は星みたいなでかい物に重力制御をかけた事がない。もしもできたとしても、それが星の真っ芯に正しくかからなければ、軌道はとんでもない方向にずれる。それを正しく計算して予測するなんて、僕のパワーを数値化する必要があるから無理だよ」
「……」
「セキにしちゃあ上出来。妙に理論的だ。こいつ一人ででっかい星を動かすなんて素人目にも想像がつかねえ。無理な相談だな」
「……そうだな。確かに星の中心に正しく重力制御を施すなど至難の技だ。いっその事、この星自体をシップに変えてしまえばいいが、後二十日ではそれもできない」
「この星がサッカーボールくらいの大きさだったらどうにかなるけどね」
「バカ野郎。慰めにもなってねえぞ」
「……、……待てよ。セキの言う通りだ。星をサッカーボール大にすればいいだけじゃないか。そうか、この日が来るのを予期してバノコはあれを残しておいてくれたのだな」
「おい、源蔵。どうしたんだよ」
「デズモンド、セキ。これから私と一緒に来てくれ。何、すぐ近くだ」
三人はステーションから移動車両に乗って、一分もかからずに目的地に到着した。
車両を降り、地上に出ると、そこには荒涼とした岩山が広がっていて、ぽつんと一つだけ建物が見えた。
「ここはどこだ?」
「中央アジアのとある場所、この星の地理的な中心地だよ。そしてあの建物こそが目指す場所さ」
三人はバインド認証を行い、建物の中に入った。
「こりゃあ、何だ?」
「かつて創造主バノコがこの星を造った時にここで実験を行い、そのままにして去った。ここにはありとあらゆる時代の地球のレプリカが置いてある」
源蔵の言葉通り、体育館のような高い天井の空間には大小様々の球体がぷかぷかと浮かんでいた。
「私もコメッティーノにこれを見せられた時には言葉を失ったよ。どうやって人々に伝えればいいのか、ずっと悩みながら誰にも言えずに今日まできている」
「何でこんなに多くのレプリカを造ったんだ?」
「バノコはあらゆる年代の地球を並べて観察したかったのだと思う」
「何のために?」
「特異点を探すため。もちろん私の推測だが」
「――なるほど。《青の星》では、大都が生まれ、リンが生まれ、今又、最終決戦の舞台となろうとしてる。それはどっかのタイミングで創造主の予想を上回る何かが起こったからって推測したか?」
「おそらくそうだ。バノコはそれを見極め、無用となった実験室をそのまま連邦に引き渡した」
「って事はよ。例えば西暦1600年の《青の星》のレプリカを観察すると、そこでは関ヶ原の戦いが行われてるって訳か?」
「いや、違う。バノコは星に暮らす人には興味がなかったようで、レプリカに人はいない。但しその当時の自然、建造物、人間以外の動植物はそのまま残っている――つまりは1600年のレプリカを見て、1601年のレプリカを見る。そしてその違いにより、関ケ原周辺で何かがあっただろうという結果が導き出される」
「まあ、確かにこの浮かんでる一つ一つに人が暮らしてたら不気味だよな」
「ねえ、じいちゃん。『ネオ』もその一つなの?」
「その通りだ。『ネオ』は西暦0年の地球のレプリカに基づいて造られた。アレキサンドリアの大灯台も存在しているし、ドードー鳥もいる」
「えーっ、そんなすごい星に住んでたんだ。あっちの人が知ったら黙ってないね」
「だから私は連邦と協力して、情報の開示を極力控えてきた。興味半分ではない学者連中だけに調査を許しているのは、いたずらに騒がれたくないためなんだよ」
「当然だな。ましてや『ここに各年代のレプリカがあります』なんてアナウンスしたら、よからぬ事に使おうって奴らで溢れ返っちまうぜ」
「レプリカの観察により歴史上の大発見があるのは確実だが、それが宗教の正統性、領土の正統性、他人の告発、そういった事に使われてはいけない。地球はまだそこまで成熟していないんだ」
「わしらもここで見た物は他言しないようにするよ。で、話を戻すがどうやってこの星の軌道を元に戻すんだ?」
「私の考えはこうだ。レプリカの一つ、セキが扱える程度の大きさの物でないといけないが、を宇宙空間の軌道上に配置する。そこでセキがレプリカに対して重力制御を行い、『ネオ』を引っ張るんだ。『ネオ』の軌道については測定装置を今から開発する。そして起動が元に戻った時点でセキに重力制御を解除してもらう」
「僕が制御できる大きさか。サッカーボールくらいのレプリカがいいかな。それより大きくても小さくても見失った場合に危険な気がする」
「その辺は何度も実験を繰り返してほしい。こちらも測定装置の開発を急ぐ」
「じゃあ早速……ってどうやってレプリカを使えばいいの?」
「天井付近の物は念じれば降りてくる。その他の物は勝手に持ち出せばいい」
「わかった」
セキはそう言ってから空間に浮かぶレプリカを見て回った。
「とりあえずこれで練習してみるよ……えーと、バインドで情報を見ると、西暦1868年だって」