9.6. Story 1 この星の総意

2 ハーミットとの再会

「で、セキよ」
 タイムズ・スクエアのきらびやかなネオンの下でデズモンドが尋ねた。
「お前、その稲荷寿司、食うつもりか。いつからそんな大食いになったんだ?」
「手土産だよ」
「手土産?」
「うん、まだあそこにいればいいなあ」
「ボクサーの連中はもういないんだろ?」
「すごろくのその先の目の人だよ」

 
 三人はゆっくりとニューヨークの繁華街を北に抜け、そこから東に進路を取った。
「殺風景だな」
「確かこっちのはずだけど」
 街灯もまばらな道をしばらく海岸線に沿って歩き、セキが立ち止まった。
「この中だった」
「ん、ここは遊園地じゃねえか」
「観覧車のそばのベンチを探してよ。そこにいるはずだから」

「おお、あそこだ」
 園内に忍び込んで数分後、三人は観覧車の傍の白いベンチで毛布をかぶって眠る人物を発見した。
「こんばんは」
 セキが声をかけると毛布から白髪の老人が顔を出した。
「誰だよ……ん、あんたは」
「お久しぶりです。まだいてくれて良かった」
「わしの家はここだからな。宇宙人だし凍え死ぬ事もない」
「あの、これ、お土産です」
「おお、わりいな。気ぃ遣わせて。ハーミットに会いに来たんだろ?」
「まだいらっしゃいますよね?」
「言ったろ。ここがわしらの家だって。ついてきな」

 
 名も知らぬ老人の案内で三人は一軒の小さな家の前まで来た。
「ああ、ここだ。はっきりと思い出した」
 セキの声に老人はにぃっと笑い、小さな家の庭の片隅にある小屋の戸を開け、中に入っていった。
 数分後に老人が再び姿を現し、言った。
「さて、わしは、この茶色い、何だこりゃ?」
「ジャパニーズ・スシだよ」
「おお、そうか。帰ってこれを頂くよ。勝手に中に入っていいが、灯りはつけるなよ。わかってるな」

 
 三人は小屋の中に入り、階段を降りて真っ暗な地下室に着いた。
「久しぶりだな。文月の子」
 闇の中から声がした。
「その声はハーミットだね。今日は他に二人いるんだ」
「聞いている。新しい創造主、そして――」

「ジム。何年ぶりになるかな」
 デズモンドが場違いの大声を出した。
「……その名で呼ばれるのも久しぶりだ。あなたがこの星を去り、行方知れずになったと聞いた時、私はひどく失望した。ロロの野望を打ち砕いてくれるのはあなただと信じていたからだ。あなたがいれば、あのような形で魔が蘇る事もなく、息子もああはならなかったのではないか、後悔だけを胸に抱いて生きている」
「ジムよ。それはちょっと違うぜ。そう思ったんなら自分で動けば良かったんだ。ロロも止められたかもしれないし、息子だって意見を聞いたかもしれねえじゃねえか」
「確かに。実際に魔を排除した文月の子らに対しても失礼な言動だった。すまない」
「いえ、気にしてませんよ――今日は僕の父から話があるみたいなんです」
「おお、新しい創造主。息子に会いたいのだろうという予想はつくが、何を話すつもりだ?」
「それは息子さんに会ってから。会うのは難しいらしいですけど、父親の言葉にだけは従うと聞いてますので、ここに呼びつける事は可能でしょうか?」
「できない話ではない。少し時間をくれないか」
「ジム。わしらは外に出てるよ。ここは暗くってかなわん」

 
 たっぷり二時間後、明けようとするする空の下、小声で話に興じていた三人の前に一台の黒塗りの車が音もなく乗り付けた。
 それは要人が使う高級車よりももっとごつい装甲車のような外観をしていた。
 三人は人が降りてくる前に静かに地下室に戻り、その時を待った。

 
「――父さん、大事な話って何ですか?」
 三人が暗闇の中で息を殺していると、地下室の階段の辺りで声がした。
「……おお、ディックか。すまぬが人払いをしてくれないか。極めて大事な話で誰にも聞かれたくない」
 何事かを命令する声とそれに続いて階段を駆け登っていく足音が聞こえた。

「さあ、父さん。私一人です。用件は?」
「実はな。お前に会ってもらいたい人物がいるのだ」
「父さんがそう言うからにはかなりの大物でしょうね。で、アポを取ればいいのですか?」
「いや、すでにここに来ている。お三人、気配を戻して頂いて結構です」
「……何と、一度に三人も。とんだ陳情団だな」

「その名を聞けばお前は会おうとはせずに、むしろ逃げ回る――私に近い方からリン文月、セキ文月、そしてデズモンド・ピアナだ」
「なっ、父さん。こんな時間に悪い冗談は止して下さい――」
「それが冗談じゃねえんだな。わしがジムと旧知の間柄なのは知ってるだろ?」
「本当にデズモンド・ピアナか?」
「そう。そしてわしはリンやセキとも関係が深い。だからこうしてジムの下に駆け付けた訳だ」
「私に面会を希望するのであれば、公式のルートで願いたいものだ」
「悠長な事してる暇はねえんだ。それとも王様は創造主にそんな手間を掛けさせるつもりか?」
「まあ、それはそうだが。で用件は何だ?」
「わしにもわからんから、リンから伝えてもらう。ほれ、リン。出番だぞ」

 
「『アメリカの王』、ディック・ド・ダラス。あなたに確認したい事が二つあります」
 互いの顔が見えない暗闇の中でリンが切り出した。
「一つはよくおわかりの通り、この星の未来についてです。マリスはこの星は新・帝国に組み込まれると言ったが、実際は連邦が常駐しています。ヨーロッパで連邦武官、文官に会ってきましたが、彼らは皆、新・帝国に移行する形でも構わないと言いました。あなたのご意見は?」
「知れた事だ。私は王で居続ける事ができるのであればどちらの体制下でもよい。言っておくが私は独裁者ではないぞ。国の民を苦しめる真似はしていない」

「へえ、どうだかな」
 デズモンドが茶化すような口調で言った。
「月世界ツアーはどうだったんだ?」
「デズモンド。何だい、その月世界ツアーって?」
「ディック・ド・ダラスが独自に始めた自国民のための月旅行さ。自前のシップで月に行って帰ってくる。それだけの事だが、万が一の場合の救助等は全て連邦に行わせる。極めて自分勝手な旅だ」

「デズモンド、それは誤解だ」
 ディック・ド・ダラスはむっとした口調で言った。
「あれは連邦とも合意の上。この星の人間に少しでも地球以外の星に行ってもらおうと思っての企画だ」
「そんな事情があったんかい。ならばワールドカップやオリンピックはどうなんだ?」
「仕方あるまい。仕組みが時代に追いついていないのだ。我がアメリカが圧勝するのは明白だ」
「新・帝国になればその辺にもメスが入るかもしれねえぜ」
「……納得のいくものであれば受け入れる。アメリカの地域の大会よりもレベルの低い大会などつまらんし、『ネオ』も毎回同じ対戦相手ではつまらんだろう」

 
「ではディック・ド・ダラス。あなたは新・帝国の意志に従う、いいですね?」とリンが念を押した。
「うむ。創造主の前で嘘を吐くほどのバカではない」
「でしたら、もう一つの件、今この星に迫りつつある危機について話しましょう――

 
 リンの話を聞き終えたその場の全員が呆然とし、青ざめた。
「参ったな。ディック、忙しい所、時間を取らせて悪かったな。お父さんを大切にな」
 デズモンドが言うとディック・ド・ダラスは我に返った。
「当たり前だ。なあ、最後に一つだけ教えてくれないか。最早、『パンクス』も『アンビス』も不要な存在だと思うが、どう考える?」
「あんたもこうして表に出てきてるし、この世界でまだそんな密室が通用してんのは日本くらいだ。これから日本に行って、幕引きを始める」

「――そうか。だがあの国には」
「ははーん、お前、あいつが勝つと思ってやがんな」
「いや、そういう訳ではないが、負けんだろう。相手は不死身だぞ」
「消しちまえばいいんだ」
「なるほど。創造主の聖なる力を行使すれば可能だな。では今から新・帝国にベットしておくとするか」
「ふん、食えない野郎だ」
「何とでも言え――父さん、また来ますのでお元気で」

 

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