ジウランの航海日誌 (13)

 
 胡蝶閣と呼ばれる建物の一番広い部屋に通されて外の景色を堪能していると、転地たちがやってきた。
「遅くなった――どうだ、この景色は。壮観だろう」
「ああ、いい目の保養になった」
 この後、お互いを紹介し合った。

「息子の水牙だ」
 転地が最初に水牙を紹介した。切り揃えた前髪に鋭い目付きが印象的だった。
 ジェニーの方を盗み見ると、まんざらでもない表情だったので笑いそうになった。
「この年になるまでよい縁に巡り合えずにいるのです。幸い素敵なお嬢様方が揃っていらっしゃる。どなたかこの馬鹿を面倒見てくれませんか?」
「父上、ふざけないで下さい。今はそのような事を話している場合ではありません」
 もう一度ジェニーを見ると、すっかり舞い上がったような顔付に変わっていた。たまらず吹き出しそうになって美夜に脇腹を突かれた。

 
「水牙の隣におられるのが王先生、そして青龍です」
「デズモンドよ」
 昔からの知り合いらしい王先生と呼ばれる小さな老人がじいちゃんに話しかけた。
「因果な役目を受けたのぉ」
「まあな。だが代わりに先生が引き受けてくれる訳じゃねえだろ」
「それもそうよの。ま、いずれにせよ、後、数日でこの馬鹿騒ぎも終わる」
「いずれにせよ、か。いいよなあ、龍は自由で」
「そう言うな。デズモンド・ピアナという男、行き当たりばったりのように見えて緻密な計算をする。今回も勝算あるからこそ乗り込んできたのだろう?」
「ねえよ、んなもん。ロートル冒険家とぼんくらの孫に何ができるってんだ」
「ふむ、だがそのぼんくらの孫の可能性に賭けておる。せいぜい頑張るがええ」

 バカにされたのかな、ぼんやり考えていると、転地が次の人物を紹介する前にじいちゃんが口を開いた。
「その隣は異世界のミミィだろ――ミミィ。ここにいるニナ、葵、ジュネ、アダンは皆、あんたの姉妹みたいなもんなんだぜ」
「まあ、素晴らしいですわね。そのお話、ゆっくりと伺いたいですわ」
「今は取込み中なんで、すまん。わしらが負けた場合には時間がたっぷりあるだろうから、そん時にな」
「面白いお方。どうかご無事で」
 水牙が次の男女を紹介した。
「こちらは《精霊のコロニー》のランドスライド卿、そしてカザハナ殿。覇王の侵攻に遭い、援助を求められにきた」
「へっ、役者は揃ったな。こんだけ手練れがいりゃあ、少しはいい勝負ができそうだ。ところで《将の星》、附馬の奴らはどうした?」
「それが……」
 水牙の口が重くなった。
「彼らは動きません」

 水牙の言葉を聞いたじいちゃんは首を捻った。
「訳がありそうだな。長老のじじいたちの決定か?」
「いえ、それよりももっと強力な『金槍の令』が発布されたのです」
「聞いた事あるが……もっともそれは帝国消滅後の内乱の時の事だからこっちの世界では起こってねえか」
「デズモンド殿。《将の星》の開祖、附馬金槍についてはお詳しいですか?」
「いや、ほとんど知識がねえなあ。長い歴史の中で唯一の金の属性を持った男だろ?」
「左様です。金槍は公孫家の雪花と結婚し、《将の星》を新たに興した」
「かなりの変わり者っぽいよな」
「歴史には記されておりませんが、金槍の変人ぶりはそれだけではありません。せっかく興した附馬家ですが、跡取りが生まれると間もなく家督を譲り、放浪の旅に出たとの事です」
「ふーん、あんまり表沙汰にはしたくねえ事実だな。だがそうなるとあっちの長老殿には金槍はいねえんだな?」
「その通りです。それが理由であちらの長老殿は《武の星》のそれに比べて影響力が弱いとも言われております」
「そりゃそうだ」
「裏を返せば、金槍の言葉こそ絶対。そして数週間前に金槍より『覇王と戦うべからず』という令が発せられました」

「おい、ちょっと待てよ。って事は、金槍はまだ存命か?」
「そうなります」
「で、どこにいるんだ?」
「そこまでは。一説には《青の星》に渡ったという人間もおりますが」
「うーん。その話は『事実の世界』でも耳にした事はなかったなあ。まあ、いい。この世界もあと数日の命だ。元に戻りゃあ、又、色々と変わってんだろ」
「デズモンド殿は大した自信家ですな」
「まあな。じゃあ挨拶も終わった事だし、作戦を話そうか」

 
 じいちゃんは胡蝶閣の大部屋で皆を集めて話し出した。
「さっき聞いたんだが、《将の星》は動かんらしい。公孫と附馬の大船団に引きつけておいて、その隙にわしらが覇王を叩く算段だったが当てがはずれた」
 じいちゃんは一呼吸置いて全員の顔を見回した。
「こういう時はどうすりゃいいか。コメッティーノ、お前ならどうする?」
「あん、決まってんじゃねえか。こっちにゃ実力者が揃ってんだ。ここにいるメンバーだけで十分さ」
「そう言うと思ったぜ。ま、そういうこった。ここにいるメンバーで本拠に潜入して奴を倒す」
「デズモンド殿」と水牙が言った。「それは無理がある。覇王は現在、《虚栄の星》を本拠とし、星の平定に努めているようだが、あの星は広大だ。覇王に行き着く前に駆逐されてしまうぞ」
「やってみなきゃわかんねえだろ。もっともこちらもあんたを含めた七武神の力がどれだけのもんかよくわかってない。あちらの世界では鬼のように強かったが……コメッティーノ。お前、極指の奥義は身に付けたか?」
「ん、何だそりゃ。極指拳の名前は聞いた事あるけどな」
「ランドスライド、お前はどうだ。アラリアの力に目覚めてるか?」
「えっ、何の事でしょう」
「ゼクトも『真空剣』だけ、リチャードは目覚めたばかりだし、ジェニーも当てにはならねえ。水牙、お前は『凍土の怒り』を手に入れてるか?」
「……それは伝説の剣、《古の世界》と共にどこかに消え失せたと聞いておりますが」
「手に入れた所で真の力は引き出せねえか。ま、『水壁』で皆を守ってくれよ」

 
「《虚栄の星》には六つの丘がある。これから言う場所に行ってくれ。覇王はおそらくフェイス地区にいるから、分散して相手の勢力を削ぐ。コメッティーノはジェネロシティ、ゼクトはペイシャンス、水牙とジェニーはテンペランス、ランドスライドとカザハナはカインドネス、ヌニェス、マフリ、ファランドール、ミナモはモデスティ。残りはフェイスに乗り込む部隊だ」
「待ってくれ」とコメッティーノが言った。「おれも乗り込む方にしてくれよ」
「……機を見て来てくれりゃいいんだが。わかったよ。テンペランスには王先生、行ってくれ」
「構わんが、もう一地区忘れとるぞ」
「へっ?」
「『嘘つきの村』じゃよ」
「――なるほどな。じゃあ、そこにはジウランと美夜さん、行ってこい」
「ふむ、なかなかの人選。さすがはデズモンドじゃ」

「そりゃどうも。いいか、戦いの中心はあくまでもフェイスにいる覇王だ。無理して命を落とさねえでくれよ」
「へっ、デズモンド。言ってる事が矛盾してら」
 またコメッティーノだった。
「どうせこの世界は後数日で終わるんだろ。死んだって問題ねえじゃねえか」
「それはあくまでもわしらが勝った場合の話だ」
「何だよ。負けるつもりかよ」
「そんなつもりはないが、これは博打みたいなもんだからな」
「大丈夫だよ。皆、暴れたくてうずうずしてらあ。なっ、リチャード」
「ああ、この力を早く試してみたい」
「ったく、お前らときたら――じゃあ、今夜はゆっくり休んで明日、《虚栄の星》に向けて出発だ」

 

登場人物:ジウランの航海日誌

 

 
Name

Family Name
解説
Description
ジュネパラディス《花の星》の女王
ゼクトファンデザンデ《商人の星》の商船団のボディーガード
コメッティーノ盗賊
ハルナータ《賢者の星》の最後の王
アダンマノア《オアシスの星》の指導者
エカテリンマノアアダンの母
リチャードセンテニア《鉄の星》の王
ニナフォルスト《巨大な星》の舞台女優
ジェニーアルバラード《巨大な星》の舞台女優
《巨大な星》、『隠れ里』の当主
陸天《念の星》の修行僧
ファランドール《獣の星》の王
ミナモ《獣の星》の女王
ヌニェス《獣の星》の王
マフリセンテニアヌニェスの妻
公孫転地《武の星》の指導者
公孫水牙転地の子
ミミィ《武の星》の客分
王先生《武の星》の客分
ランドスライド《精霊のコロニー》の指導者
カザハナ精霊
アイシャマリスのパートナー
デプイマリスのパートナー
マリス覇王を目指す者
マルマリスの父
ツワコマリスの母

 

 Chapter 6 もう一つの地球

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